日本はドイツの脱原発を模倣できません。
ドイツにあり、日本にない理由がかつては3つ、今は1つ減って2つあるからです。
ひとつめの理由は、ドイツは大きなヨーロッパ電力広域連携の送電網の中に位置しており、電力が余剰の時は旧東欧諸国に輸出し、不足した場合は輸入しています。
Integration of large scale wind in the grid - The Spanish Experience, REE 社,2008
このおかげで東欧はドイツの風車が回りすぎると、突如過剰な電力を流し込まれ、逆に不足すると突然の大量需要が舞い込むということになり、自国の電力需給すら不安定になったほどです。
よく、「脱原発をしても原発大国フランスに電気を売ってやったゾ」と見てきたようなことを言う人がいますが、それは正しくはありません。
脱原発議員連盟の河野太郎氏はこう述べています。
「ドイツは脱原発というが、隣のフランスから原子力の電力を輸入して脱原発している。電力料金も高くて困っている。」となぜか誇らしげに発言する議員がいます。
2015年にドイツはフランスに対して13.27TWhの電力を輸出し、3.84TWhの電力を輸入したことがわかります。差し引き9.43TWhの「輸出」超過です。ドイツはフランスの原子力の電力を使って脱原発をしているわけではないのです」
ドイツの電力輸出 | 衆議院議員 河野太郎公式サイト (taro.org)
河野氏の論拠がこの図です。
PowerPoint-Präsentation (agora-energiewende.de)
しかし、これも一種の錯覚です。
山本隆三(常葉大学経営学部教授)による『電力自由化がもたらす天国と地獄』によれば実態はこうです。
電力自由化がもたらす天国と地獄 破綻する電力と儲かる電力の違いは何か? Wedge ONLINE(ウェッジ・オンライン) (ismedia.jp)
ひとつは、原発に76%依存しているフランスが,原発の点検のために発電量を急激に落としてしまったことです。
「フランスでは、原子力発電所の蒸気発生器などの一部機器に炭素濃度が高い材料が使用されているため強度不足の懸念があるとして、原子力規制委員会が点検を命じた。2016年の第3四半期より臨時の点検作業が開始されている。いま、定期点検を含め合計58基(総出力6313万kW)中17基の原発が停止中だ」
(山本前掲)
その結果、フランスの発電量は大きく減少し、9月の発電量は1998年以来最低の266億kWhまで落ち込み、輸出大国フランスが、一気に輸入大国に転落したのです。
その結果が、ドイツに対して輸入超過になってまいました。
大場紀章(エネルギーアナリスト)氏による欧州電力網の中の収支はこのようになっています。
ENTOS-Eのデータによる対周辺国に対する電力の物理的な電力輸出入量
独仏の電力輸出入の問題|大場紀章 エネルギーアナリスト/ポスト石油戦略研究所代表|note
これを見ると、ドイツは純輸出量の51.8TWhのうち、0.7TWhはフランスから調達しているのが実態です。
当然のことながら、日本は電気を買えません。
欧州送電網の中にあるドイツと島国日本では置かれた地理的条件がまったく違うのです。
そもそも売った、買ったというのは、周辺国との収支トータルで見ねばなりませんが、このような複雑な電力需給収支をしていることも知らないで、「ドイツに学べ」はないもんです。
そしてもうひとつが、ロシアからの天然ガスですが、これが消えました。
ウクライナ情勢、米欧各国の思惑は… ロシアからガス供給を受ける欧州、対ロ制裁で強く出られず:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)
EUの消費する天然ガスの25%はロシア・ガスプロムから供給を受けており、その最大の消費国はいうまでもなく、脱原発に走ったためにエネルギー基盤がもっとも脆弱となったドイツでした。
これがEUをして、ウクライナでロシアに強く出られなかった決定的な理由とったのは記憶に新しいところです。
「ロシアの天然ガスは欧州の調達量の4割を占め、各国の経済活動や市民生活を左右できる「武器」だ。もともとノルドストリーム2の計画に反対してきた米国は、ロシアの侵攻危機に伴って「ガス輸出はロシアの重要な資金源にもなっている」(米政府高官)と、制裁措置としてドイツに計画の停止を求めてきた。
そうなれば欧州などでのガスや電気のさらなる高騰は必至。対ロ制裁で米欧との協調を掲げるショルツ氏だが、15日の記者会見では計画停止について明言しなかった」
(東京2022年2月17日)
ロイター
このようにメルケルの脱原発政策という手品の種は日本にないふたつの要素、つまり電気を直接に外国から供給してもらえる広域電力網と、これも直接に地続きのロシアから供給される天然ガスによって支えられていたわけです。
そして三つ目の隠し玉が国産褐炭でした。
下図はドイツの電源比率です。13年を見ると、石炭に15.4%、石炭に19.6%、天然ガスに10.5%と言ったところで、原子力すら15.4%もあります。
その火力のうち石炭が42%を占めています。しかも石炭の火力の内訳は、質の悪い硫黄分が多い国産褐炭火力(発電出力22.4GW)で、石炭火力(同29.0GW)と同じくらいの比率です。
AFP
2018年にハニエル炭坑が閉山しましたが、これは環境問題とは関係なく、外国産の安い石炭が入ってきたためです。
「石炭は環境汚染の最大の原因として高まる批判にさらされているが、プロスペル・ハニエル閉山のきっかけは環境問題ではなく、安価な外国産の輸入だ。最盛期には約60万人が従事したドイツ石炭産業は、競争に敗れて衰退。アンゲラ・メルケル(Angela Merkel)首相の政府は2007年、国内の無煙炭鉱を18年末までに閉山すると決定した。11年もの長い準備期間には、早期退職制度を整え、労働者のデモを回避する効果があった。
ただ、ドイツ国内にはまだ露天掘りの褐炭鉱山が幾つもある。また、国内の火力発電所ではロシアや米国、オーストラリア、コロンビアなどから輸入された無煙炭が使われている」
(AFP2018年12月21日 )
ドイツ最後の無煙炭鉱、ついに閉山 奇跡の復興支えた歴史に幕 写真12枚 国際ニュース:AFPBB News
ちなみに日本の石炭依存度は16.8%(01年)で、しかもCO2対策は世界最高の水準にあります。
幸か不幸か、日本の炭坑はすべて閉山されてしまっています。
この辺のことをアピールしないで、「いまだ再生可能エネルギー1.6%にすぎないエコ後進国」、という妙に卑下した自己認識を持っているのがわが国です。
私に言わせれば、再生可能エネルギーが多いからといって別に環境大国ではないんですがね。
中国なんか硫黄分の多い低品質石炭と排ガスで金星のようなスモッグの底に沈んでいますが、世界有数の太陽光発電の国であるのは確かですから、ドイツ流に「再生可能エネルギー大国の中国はエコ大国だ」と宣伝して下さい(爆笑)。
※関連記事農と島のありんくりん: 2013年10月 (cocolog-nifty.com)
それはさておき、こんなに石炭に強依存してしまうのは、ドイツが国内の雇用政策として長年に渡って国内炭鉱を維持してきたためで、強みでもあり弱みでもあります。
※関連記事石炭と再生可能エネホルギーのネバーエンディングストーリーの悪夢: 農と島のありんくりん (cocolog-nifty.com)
さて、2011年6月9日のメルケル首相演説は、「2022年までに全ての原子力を停止する」とした脱原発部分だけが抜き出して日本では報道されてしまいましたが、火力発電所の増設や送電網増強も述べています。
メルケル演説の骨子はこんなかんじです。
(「ドイツ電力事情」国際環境経済研究所主任研究員 竹内純子氏による)
●2011年6月9日のメルケル首相演説
①供給不安をなくすために2020年までに少なくとも1000万kWの火力発電所を建設(できれば2000万)すること。
②再生可能エネルギーを2020年までに35%にまで増加させること。但し、その負担額は3.5セント/kWh以下に抑えること(*しかしこれが2013年には約5セントに上がることが発表され国民の不満が増大している)
③太陽光や風力発電などの変動電力増加に伴う不安防止のため、約800キロの送電網建設すること。
④2020年までに電力消費を10%削減して注目の再生可能エネルギーは、設備容量ベースで20%前後(※統計年によって違う)にする。
このようにメルケル首相は、火力発電の増設と送電網の増設、節電などをワンセットで述べています。
ただし、ご注意いただきたいのは「2020年までに再生可能エネルギーを35%にする」という中身です。
これはあくまで設備容量ベースなのです。これが他のエネルギー源と違う点です。
この「設備容量ベース」カウントは、再生可能エネルギーに対しての「美しい誤解」、悪く言えばトリックを呼ぶ原因になっているからです。このブログとおつきあいいただいた方には、もうお分かりだと思いますが、この設備容量ベースというのは、「条件さえよければ、これだけ発電できますよ」という理論的可能性の数字です。
再生可能エネルギー以外だと、故障とか定期点検で停止しているとかの特殊事情がなければ、設備容量ベース=発電量ですが、再生可能エネルギーではまったく違うのです。
ニューズウィーク
風が吹かねばプロペラは回らず、曇りや雨だと太陽光発電はただの箱だからです。
ですから、再生可能エネルギーでは設備容量に稼働率をかけたものが実発電量となります。
ややっこしいですが、再エネが主力電源になるという者は、往々にしてそれを忘れて議論していますからご注意ください。
●再生可能エネルギーの稼働率の実数値
・太陽光発電平均稼働率・・・10.4%
・風力発電 ・・・23.4%
だいたい平均して、再生可能エネルギーの稼働率は10~20%前後程度だと推測されます。
ですからよくメガソーラー発電所などと言っても、実は10分の1メガソーラーなのです。
ドイツのように長年に渡って莫大な国家財政を注ぎこんで再生可能エネルギーを育成しても、天候という現実の壁があるということは知っておいたほうがいいでしょう。
そして発電した場所と消費地が大変に離れているため、大規模な送電網を建設せねばなりませんでした。
「ドイツでは風力発電所は常に強い風が吹く北部に集中しているが、大規模な工場の多くは南部にある(南部に集中する原発は次々と運転を停止している)。北部の風力発電所から南部の工業地帯に電力を送るのは容易ではない。風が強い日には、風力発電所は大量の発電が可能になるが、電力はためておくことができない。供給過剰になれば送電線に過大な負荷がかかるため、電力系統の運用者は需給バランスを維持しようと風力発電所に送電線への接続を切断するよう要請する。こうなるとツアー客が眺めた巨大なブレードも無用の長物と化す。
一方で、電力の安定供給のためには莫大なコストをかけてバックアップ電源を稼動させなければならない。ドイツでは昨年、こうした「再給電」コストが14億ユーロにも達した」
(ニューズウィーク2018年10月27日)
ドイツでもグリーン電力の夢は頓挫していた | ニューズウィーク日本版 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)
「現実の壁」は、単に天候と送電網だけではありませんでした。
現実に大々的に国家レベルで再生可能エネルギーを導入するとなるとバックアップの火力発電所が悲鳴を上げ、工場は瞬間停電に日々備えなくてはならなくなりました。
「なんだたかが瞬間」なのかと甘く見てはダメです。今のコンピータ制御の工場システムは、ミリ何秒単位の瞬間停電で製造工程がストップして、ひどい時はオシャカの山を築いてしまいます。
その原因は、再生可能エネルギーが慌ただしく変化する場合、バックアップ電源とのリレーがうまくいかずミリ秒(千分の1秒)単位の停電を引き起こしてしまうからです。
ドイツの「シュピーゲル」誌はこう述べています。
「ドイツ産業エネルギー企業 (VIK) の調査では、過去3年間にドイツの電力網の短い中断の回数は 29 %です」。
そのためにドイツから逃げ出す製造業がじりじりと増え始めました。
工場が外国に移転するというのは、とりもなおさず雇用がなくなるということですから大問題です。
ドイツ商工会議所のアンケートでは、60%の企業が瞬間停電や電圧変動などを恐れていると回答し、電力供給の不安定さからドイツ国外へ工場移転した企業がすでに9%、さらに移転計画中が6%ほどあるということです。
BMWの新工場もメキシコか東欧に作る予定のようですが、販路戦略との関わりも大きいといえども、このドイツ国内の頻繁に起きる瞬間停電に嫌気が差したのかもしれません。
こんな犠牲を払いながらドイツは脱原発=再生可能エネルギーという「理想」のために、火力発電所と送電網の大増設を始めたわけです。
そして何度も書いてきましたが、再エネの最大の問題はFIT(固定価格買い取り制度)による賦課金の多さです。
これがドイツの電気料金を押し上げているガンになっているのは衆知のことですが、河野氏はこう言っています。
「その内訳をみると発電や送配電のコストの合計は5.9ユーロセント/kWhだったものが7.1ユーロセント/kWhに上がっているだけで、あとは賦課金や税です」
(河野前掲)
おいおい河野さん、さりげなく「あとは」と言っていますが、この「あとは」のほうが大変なんでしょうが。
「ドイツの電気料金は、家庭用・産業用ともに、フランスの約2倍の水準。2015年で見ると、①ドイツの家庭用電気料金は、1kWh当たり0.28ユーロであるのに対し、フランスでは同0.15ユーロ、②ドイツの産業用電気料金は、1kWh当たり0.20ユーロであるのに対し、フランスでは同0.11ユーロ」
石川和雄"再エネ大国"ドイツと、『原子力大国』フランスの比較(その1) 〜 ドイツの電気料金は、フランスの2倍 | ハフポスト NEWS (huffingtonpost.jp)
石川前掲
もちろんこの原因は、再エネの賦課金の過重な負担にあります。
「ドイツの電気料金が高いことの大きな理由は、再エネ賦課金が相当高いことで概ね説明される。
ドイツの再エネ賦課金は、例えば0.0205ユーロ/kWh(2010年)から0.06354ユーロ/kWh(2016年)に上昇している。これは、1kWh当たりの小売価格の2割以上を占めていることになる」
(石川前掲)
ちなみに緑の党のハーベック大臣の原発ゼロの対策は、唯一再エネを全力で増設することだそうです。
「ハーベック氏は電力拡充のため、今後、全力で再エネを増やすという。
日射時間が短いドイツで頼りになるのは風力なので、風車には国土の2%を割き、設備容量を2〜3倍にする。また、ここ数年、風力に対する投資が急激に減っているため、その対策も取る。つまり、補助金をさらに増やし、住民の建設反対運動を抑えるために法律を改正し、また、風車の認可に乗り気でない自治体にはプレッシャーをかけるというから強権的だ」
緑の党のドイツ版「大躍進」政策 | アゴラ 言論プラットフォーム (agora-web.jp)
ハーベック氏には悪いが、つまり実効的対策とはならない上に、さらに再エネ賦課金の負担を増やして国民と企業を苦しめることでしょう。
観念のお化けのやることは、ほんとうにコワイ。
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