「ワグネルの乱」と核兵器
「ワグネルの乱」を観客席から見ていた西側は相当に憂鬱な気分だったようです。
西側はロシアの解体を望みません。
ソ連崩壊のようなことが起きると、核兵器の処分だけで大問題だったからです。
いちばんいい例はウクライナです。
ウクライナは1990年代前半、米ロに次ぐ世界3位の核保有国で、ソ連が崩壊し、独立したウクライナ国内には当時、1240発の核弾頭と176発のICBMが存在していました。
このウクライナの残った核兵器をいかにして取り上げるかが問題となりました。
「独立後初代のレオニード・クラフチュク大統領は一時、戦術核の搬出に疑問を感じて中断したが、旧ソ連の後継組織として発足した「独立国家共同体(CIS)」への加盟後、自発的に戦術核を搬出。ウクライナは1996年6月に「すべての核弾頭の搬出完了」を宣言した。
その経緯の中で1994年、米国、ロシア、ウクライナ3国は「ウクライナ非核化協定」に調印、さらに同年、英国を加えた4カ国でウクライナのNPT調印と引き換えに、米英露がウクライナの主権・領土尊重を約束するブタペスト合意に調印した」
(春菜幹男2022年12月26日 )
5000発の核弾頭をロシアに搬出していたウクライナ:ロシアが「核攻撃」すればNPT体制は崩壊へ:春名幹男 | インテリジェンス・ナウ | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト (fsight.jp)
まさにウクライナ版非核三原則でした。
米露はブタペスト覚書において、「ウクライナの領土保全ないし政治的独立に対して脅威を及ぼす、あるいは武力を行使することの自重義務を再確認する」とおためごかしの約束をしてみせ、核を取り上げました。
当時内政の混乱の極にあったウクライナには、大量の核兵器を維持する力はなかったのは事実であったとしても、もっと粘り腰で合意の担保を取るべきでした。
とまれ、ウクライナは誠実に非核化を実行し、その結果得たものは、ロシアの14年のクリミア侵攻と22年全土侵略、そして核による脅迫だったのです。
これほどひどい背信行為はありません。
さて、「ワグネルの乱」直後の26日、ルクセンブルクで開かれたG7会議では、ワグネルが核を奪取する可能性が論じられたといいます。
「EU=ヨーロッパ連合はルクセンブルクで26日に外相会議を開き、民間軍事会社ワグネルが武装反乱を起こしたロシアの情勢やウクライナの戦況への影響などについて意見を交わしています。
会議に先立って記者団の取材に応じたEUのボレル上級代表は「週末に起きたことが示しているのは、ウクライナへの軍事侵攻はロシアの力を弱め、政治システムにも影響を及ぼしているということだ。ウクライナへの支援を続けることが、これまで以上に重要になっている」と指摘し、ウクライナへのさらなる支援を訴えました。
その上で「ロシアのような核兵器をもった大国が政治的に不安定になるのは望ましい状況ではなく、この点についても考えなければならない」と述べました」
(NHK6月26日)
EU外相会議 武装反乱のロシア情勢やウクライナ戦況など協議 | NHK | ウクライナ情勢
ウクライナ支援のさらなる強化は西側の大義ですから置くとして、「核保有国であるロシアの不安定化は困る」というのが本音です。
たぶんいくつかのシナリオが討議され、その中には「プーチン失脚・プリグジン政権樹立」というシナリオもあったはずです。
その場合、一番の心配は核兵器の管理でした。
「 ロシアの路上を戦車が行き交う映像で思い出されるのは、1991年のソ連時代に共産党強硬派が起こしたクーデター未遂事件だ。当時、懸念されたのが「ソ連の核兵器が果たして安全に保たれているのか」「悪意を抱く軍の指揮官が弾頭を盗み出すのではないか」という点だった、と複数の元米情報当局者は話す。 (略)
ロシア民間軍事会社ワグネルが武装反乱を起こし、一時モスクワに進軍を開始したことで、米政府内には昔の恐怖がよみがえった。それはロシア国内が大混乱に陥った際、保有されている核兵器がどうなってしまうかという問題だ。
元米中央情報局(CIA)高官で欧州とユーラシアの極秘活動を監督していたマーク・ポリメロプロス氏は「情報機関の世界では(ロシアによる)核兵器の備蓄にとてつもない注目が集まるだろう」と述べた」
(ロイター6月26日)
アングル:ロシアの核兵器管理は正常か、ワグネル反乱で懸念浮上 | ロイター (reuters.com)
仮に、ソ連崩壊時のようなことが再現されれば、ワグネルやあるいは鎮圧に向かったといわれるチェチェンのカザロフのようなならず者が核兵器を掌握してしまう悪夢もないとはいえなかったのです。
「国防総省の元高官だったエブリン・フォーカス氏は米メディアの取材に、「今回、ロシアで内乱があった時、すべての核施設を責任者がしっかり管理し続けられるかが最も心配だった」と述べている。
というのも、核兵器が反乱軍の手に渡った場合、地球のか6月30日)なりの地域を「消し去る力」が敵方に渡ることを意味するので、米政府関係者は神経を尖らせていた」
(堀田佳男6月30日)
ワグネルの乱:早くも米国で取り沙汰され始めたプーチンの後継者 ロシア崩壊で最も心配される核兵器の行方は(1/4) | JBpress (ジェイビープレス) (ismedia.jp)
しかしかつてのソ連崩壊時と異なるのは、現代のロシアの核兵器管理システムはかなり堅牢にできていることです。
秋山信将氏(一橋大)はこうツイートしていました。
「それに比べれば今はもっと核管理のガバナンス体制はまともだろう。ワグネルが核貯蔵庫を襲ったとして、果たして核を奪取できるのか、また奪ったとしてどんな使い道があるのか、そもそも起爆させられるのかなどを考えるとリスクを過大に評価すべきではないでしょう。
プリゴジンの乱で、にわかに核管理のリスクや核セキュリティ上のリスクが注目されたが、一般での盛り上がりとは裏腹に、核屋が集う僕のツイッターのタイムライン上では、巷間騒ぐほどリスクがあるわけではないという議論で盛り上がっていました」
(秋山信将ツイート 6月27日)
nobu akiyama
秋山氏が指摘しているのは、今の米国の核管理システムをそっくりそのままロシアに移しかえたロシア核発射システム「チェゲット」のことです。
米国が大統領、副大統領、ホワイトハウス補完用と三つに分けているように、発射命令権限を3ツに分割しています。
この3名とは、大統領、国防相、参謀総長の3名です。
現在では、プーチン、ゲラシモフ軍参謀総長、そしてショイグ国防相の3名ということになります。
ショイグ国防相とゲラシモフ軍参謀総長
ロシア統括司令官にゲラシモフ氏 参謀総長が直接作戦指揮|全国のニュース|北國新聞 (hokkoku.co.jp)
プーチンが発射命令許可を国防相と参謀総長に求めると、随伴しているロシア軍士官が核戦争用通信装置「カフカース」を使って送信します。
残り2名が同意して認証すると、初めて大統領の発射指令が有効になり、戦略ロケット軍司令部に送られて発射の運びとなります。
チェゲット【詳しく】ロシアは核兵器を使うのか?プーチン大統領の判断は? | NHK
やっかいなのは、この「チェゲット」以外に、もうひとつ半自動式発射システムがも用意されていることです。
これは米国の核発射を感知したり、露大統領が暗殺されたりした場合、人間の判断を迂回して核を発射するシステムです。
まるでターミネーターの世界ですが、本当にロシアには存在します。
米国にも似たものがあると言われています。
たぶんトランプが持ち出した核の秘密文書には含まれているはずです。
ロシアの半自動式発射システムは、その名も「ぺリメートル」(死者の手)という悪趣味な名称を持っており、これがあるために、西側はプーチン暗殺をためらっているとささやかれています。
仮にプリゴジンが、核を掌握しようとした場合、以下の2つの方法で「チエゲット」の認証カードを奪うこと以外にありません。
①プーチンを暗殺以外の方法で拘束すること。
②ゲラシモフ軍参謀総長とショイグ国防相を拘束すること。
ですから、本気でクーデターをしたかったのなら、この3名をつかまえなければならないのですから、手の届かないサンクトペテルブルクに逃げられた時点でゲームオーバーなのです。
それにしても同時期にプーチンは、ベラルーシに核の前進配備をしており、その場所に今回「反乱軍」の頭目に私兵をつけて移駐させようというわけです。
「そうだ、彼は確かに本日、ベラルーシにいる」とルカシェンコ大統領は集まった国防関係者に述べ、プリゴジン氏のベラルーシ亡命を手配したのは自分だと話した。
大統領は、もしワグネル戦闘員がプリゴジン氏に合流したいなら、使われていない軍事基地を提供すると述べた。「フェンスもあり、なんでもある。自分たちでテントを設置するといい」。
さらに、ワグネルがその実戦経験をもってベラルーシ軍の助けになることを期待するとも述べた5
( BBC6月28日)
ベラルーシ大統領、プリゴジン氏の到着を発表し亡命を歓迎 ワグネルに基地提供と - BBCニュース
ルカシェンコは極めて不安定な独裁政権です。
常に反対派におびやかされており、今回もプリゴジンに同調する動きかありました。
もしルカシェンコが倒れて反プーチン勢力が権力を掌握し、核基地も掌握したらどうするつもりでしょうか。
チエゲットがあるからと、安穏としていられるのかどうか。
その時、プリゴジンがどのように動くのか、それほどまでにルカシェンコを信じているのか、それともなにか別の意図があるのか、いずれしても理解に苦しみます。
Володимир Зеленський
ウクライナに平和と独立を
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