インドネシアの悪い冗談のような和平案
このところウクライナ軍の大反攻目前という噂のせいか、和平案がいくつかでてきました。
まぁ、膠着状態のうちに和平に持ち込めということのようです。
これから紹介するように、和平案は、親中国や親露国、あるいは国内では左翼陣営からでています。
彼らは口を揃えて「人命が失われてはならない」と言いますが、仲介案はいずれも実現性がなく、要はロシアに勝ち目がなくなっていることから、見ていられなくなって飛び出したということのようです。
たとえば、ロシアは占領している4州を自国領土の組み入れましたが、外からはウクライナ軍の反撃、内からは常にレジスタンスに怯えており、とうてい安定統治できるとは思えません。
極東地域は大規模な徴兵のためにいっそう荒廃が進んでいます。
ロシア国民がもっとも恐れているのは、プーチンの総動員命令だそうです。
極東ロシア軍は半分がウクライナ戦線に投入されており、軍の空洞化が進んでいます。
ロシア軍で健在なのは空軍くらいなもので、主体となっている陸軍の戦死傷者は最大で27万人(うち戦死者は6万人)、失われた戦車は3千両といわれ、これはロシア軍保有戦車の3分の2に相当します。
兵力で劣るウクライナ軍、ドローンと携帯式ミサイル駆使し奇襲攻撃…露軍の主要都市攻略阻む : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)
そしていまやロシア国内、それもモスクワまでがロシア反乱軍の活動エリアとなってしまいました。
このまま戦争が泥沼化すれば、西側からの支援が途切れないウクライナと違って、ロシア軍は砲弾すら枯渇するありさまです。
戦争の長期化が進めば、ロシアの経済的孤立はいっそう深まり、建て直しが不可能になることでしょう。
このようなロシアとそれを支援する中国の窮状を見ての和平提案なのです。
ほんとうに助けたいのは、ウクライナ国民の命ではなくプーチンのロシアなんです。
さてひとつめはなんとインドネシアのもので、今のウクライナにDMZ(非武装中立地帯)を作れ、という悪い冗談のような提案です。
「シンガポールで開催中の「アジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)」で3日、インドネシアのプラボウォ国防相が登壇し、ロシアによるウクライナ侵攻について「停戦し、非武装地帯(DMZ)を設けるべきだ」と提案した。
プラボウォ氏は、韓国の国防相と欧州連合(EU)の高官によるセッションで、「ロシアとウクライナに平和交渉を促す、『シャングリラ宣言』を提案する」と発言。その内容について、「まず停戦。そして、ロシアとウクライナの間に非武装地帯を設け、国連が監視する」と説明した」
(朝日6月3日)
ウクライナ停戦へ「DMZ設けるべき」 インドネシア国防相が提案(朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース
インドネシアのプラボウォ国防相 朝日
インドネシアは、この会議の「シャングリラ・ダイアローグ」(アジア安全保障会議)として「シャングリラ宣言」をだそうと提案しています。
「プラボウォ氏は、韓国の国防相と欧州連合(EU)の高官によるセッションで、「ロシアとウクライナに平和交渉を促す、『シャングリラ宣言』を提案する」と発言。その内容について、「まず停戦。そして、ロシアとウクライナの間に非武装地帯を設け、国連が監視する」と説明した」
(朝日前掲)
なんか、日本でも大量に発生している「まずは停戦」論にそっくりですが、ウクライナが受諾する可能性がゼロですから、国際社会でウクライナに圧力をかけて依怙地な態度をあらためさせ、現状凍結を認めさせろ、ということです。
ウクライナ戦争に関して、ASEANはひとことで言えば日和見です。
彼らの頭には、コロナで疲弊した経済の回復しかなく、軒並みにマイナス成長になってしまった経済を回復することしか頭にありません。
そのような中、ウクライナ戦争という世界史的大事件が発生してしまい、われ関せずというわけにもいかず、かといって「民主主義と自由を守る」などということを素直に信じられるほどナイーブでもないというところでしょう。
彼らには中国やロシアサイドから、ウクライナ軍は遠からず崩壊する、今ウクライナを信じたら身の破滅だ、という情報でも得ているのでしょう。
戦争はヨーロッパに任せておけ、われわれ東南アジアは無関係だ、というのが彼らの本音です。
そしてなにより、中国の存在です。
ASEANは一見自由主義陣営にいるような顔をしていますが、現住所は中国経済圏に完全に取り込まれています。
そんな彼らにとって、ロシア非難し、西側に加担したなら中国様のお怒りに触れる、そうなったら経済再建どころか中国市場から追い出されるかもしれない、ブルブル、という恐怖があるようです。
そこで言い出したのが、「まず停戦」案です。
国連がDMZを作り、維持管理するという朝鮮半島型休戦をやったらどうかということです。
インドネシアは漠然と「国連管理のDMZ」と言っていますが、朝鮮戦争型「国連軍」を作るか、あるいPKF型平和維持軍を作るしかないのです。
前者は100%無理ですし、後者も安保理決議を中露が妨害するでしょうから、まるで無理。
そもそも、本来は国際平和を担うべき安保理常任理事国がまっさきに侵略をしているのだから、話になりません。
このように実効性のない「まず停戦」案とは、侵略している側はいいとして一方的に国土を蹂躙され、国民を殺され続けている側にとって現状固定とはいかなる意味をもつのか、少し考えればわかりそうなものです。
それは侵略軍占領の永久固定化なのです。
この提案は、「平和」とか「和平」などいう聞こえのいい言葉で装飾されていますが、なんのことはないただの領土分割案です。
このインドネシア案は、中国の12カ条の和平提案の劣化コピーにすぎません。
ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場 (fmprc.gov.cn)
●ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場
2023年2月24日
1すべての国の主権を尊重する。
2.冷戦の考え方を放棄する。
3.敵対行為をやめる。
4.和平交渉の再開
5.人道危機の解決(略)
6.民間人と捕虜(POW)の保護
7.原子力発電所の安全を守る。
8核戦争は戦われてはならない。
9.穀物輸出の促進
10.一方的な制裁の停止
11.産業チェーンとサプライチェーンを安定させます。
12.紛争後の復興を促進する。
中国は「平和」、「寛容」、「連帯」などという言葉を散りばめていますが、中国共産党政権が「平和」という言葉を使用した場合は、「中国共産党による平和」であり、「寛容」とは支配が完了した後の抑圧的管理体制のことで、「連帯」とは法の支配を守らないならず者国家同士の「連帯」を意味します。
「主権の尊重」とは、プーチンにとっては今のウクライナ占領地は、住民の要請に従って既にロシアに編入されて「神聖なロシアの国土」である以上、なんの問題もなく、ロシアは賛成するでしょう。
ワシントンポスト
そもそも、プーチンのロジックに従えば、ウクライナなどという国は存在しないのですから、主権蹂躙には当たらないのです。
中国はそれを充分に理解したうえで、和平提案第1条にデカデカと「主権尊重」と書き込み、西側の気のいい愚か者らが喜ぶことを書き込んだのです。
そして「敵対行為の停止」に至っては、ウクライナ戦争はプーチンが昨年2月24日、ロシア軍を侵攻させたことから始まったという厳然たる事実を完全に無視しているのですから話になりません。
仮に和平案があるとすれば、第一条は、ロシアのウクライナ侵略を認めないことから書き起こさねばなりません。
要は、中国やインドネシアの和平案は、ウクライナに領土分割を認めさせ、そこに住むウクライナ国民に永久にロシアの牢獄にいることを強要することです。
そしてロシアに対する「一方的制裁」を止めさせる、まことにロシアにとってだけ意味のあるすんばらしい「平和」です。
もちろんそんなことをウクライナ側は百も承知ですから、シャングリラ対話に出席していた、ウクライナのレズニコフ国防相はにべもなく拒否しています。
「ウクライナのレズニコフ国防相は3日、シンガポールで開催中のアジア安全保障会議(シャングリラ対話)に登壇した。ロシアによる侵略を巡って、中国が停戦の仲介に乗り出していることについて、「必要ない」と述べた。
レズニコフ氏は、停戦の仲介役として複数の国が名乗りを上げているが、「ほとんどはロシアの利益のためのようだ」と述べた。その上で、「法の支配ではなく、力の支配が広がってもいいのか」と強調し、国際社会に戦闘継続に向けた支援を呼びかけた」
(産経6月3日)
ウクライナ国防相、中国の停戦仲介「必要ない」 - 産経ニュース (sankei.com)
ハンガリーも独自の「和平案」を出しています。
「ハンガリー政府は、ロシア・ウクライナ戦争の当事者に停戦を呼びかけ、クリミアが記載されていないウクライナの地図を公開しました。対応するビデオがYouTubeのデバイスの公式チャンネルに表示されました。
閣僚会議が投稿したビデオでは、戦争が「簡単にグローバルになる可能性がある」ため、敵対行為の終結を求めるナレーションが行われています。政府は「平和の時が来た」と信じており、「命を救う」ために当事者間の交渉を要求している。(略)
多くのメディアがウクライナの地図(赤でマーク)のフレームに注目を集めました。スクリーンショットは、ビデオの作者がクリミアをキエフが支配する領土に帰していないことを明確に示しています。
ウクライナを取り巻く領土全体が1色でマークされているため、半島がロシアに「帰属」されたかどうかを地図から明確に言うことは不可能であることに注意することが重要です」
ハンガリー政府は、クリミアのないウクライナの地図を示した戦争の終結を求めるビデオを公開しました (svtv.org)
なるほど確かにクリミア半島は入っていていようですので、ハンガリー案はドンバスと南部占領地域の放棄を提案しているようにも見えます。
War Mapper(@War_Mapper)さん / Twitter
とはいえ、まぎれもない自国領土割譲を前提とした「和平案」にはウクライナは乗れないし、ドンバス放棄を前提としてはロシアも乗れないでしょう。
いずれにしても親露国か親中国が出した観測気球といったところでしょう。
よく武器を支援するな、「外交」で解決しろという平和愛好家が、わが国には佃煮ができるほどいます。
しかし、それを国内でマウントするためだけで言っているぶんにはただの人畜無害の観念論ですが、いったんリアルな外交の場でやれば、つまるところ中国かインドネシアのようなことを言うだけのことです。
【ウクライナ危機 侵攻「新局面」】㊤自由の精神 恐れた独裁 プーチン氏、国民性見誤る - 産経ニュース (sankei.com)
ウクライナに平和と独立を
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「インドネシアの計画ではなく、まるでロシアによる提案」、とレズニコフ氏。本質を突いている。
負けそうになっているロシアの断末魔と、プーチン失脚が自己都合に合致しない習近平の思惑が日和見ASEANの代表格インドネシアに言わせたものですね。
停戦ラインを決めるのは戦場の状況なので、交渉では終わりません。
どちらかが負けそうになる機会が訪れる時に交渉が始まるのであって、それはロシア側なのが明白になりつつある証左なのではないでしょうか。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2023年6月 6日 (火) 16時31分