難しい「プリゴジンの乱」の後始末
他ならぬクレムリンの報道官であるペスコフが言っているのですから、ほんとうでしょう。
「プリコジンの乱」直後の6月29日、プーチンはモスクワでプリゴジンとワグネルの指揮官30人と会談していたようです。
「ロシア大統領府のペスコフ報道官は10日、プーチン大統領がプリゴジン氏とモスクワのクレムリンで面会していたと発表しました。
ペスコフ報道官によると、面会はプリゴジン氏の反乱が終結した後の先月29日、3時間にわたって行われたということです。
面会にはプリゴジン氏やワグネルの部隊指揮官ら35人が出席し、プーチン大統領はワグネルの前線での働きや先月の反乱についての見解を伝えました。
一方、ワグネル側の出席者は「国家首脳や最高司令官の熱烈な支持者、兵士であり、祖国のために戦い続ける用意がある」と表明したということです」
(日テレ7月11日)
プーチン大統領 プリゴジン氏と面会していた 反乱後に直接(日テレNEWS) - Yahoo!ニュース
呆れたことには、ベラルーシでプリコジンで合流するといわれていたワグネル部隊も解体されないどころか国内に残留しているようです。
御大に至っては、どうやらもサンクトペテルブルクにいるとのこと。
このペスコフの言うことを信用するなら、なんらかの手打ちがあって元の鞘に収まったようです。
小泉悠氏が冷静な分析をしています。
氏の分析をベースにして、この「プリゴジンの乱」を整理していきます。
「プリゴジンの乱」は「プーチンの終わりの始まり」のようには見えない:小泉悠 | 記事 | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト (fsight.jp)
小泉氏は、プーチンが「プリゴジンの乱」の後始末として、反乱罪に問わず特赦したことは確かだと見ているようです。
「ロシア国営放送が26日に流したプーチンの演説を見ると、プリゴジンは許さないが、進軍を停止したワグネルの兵士は「愛国者」と位置付け、国防省などの機関と契約する、ベラルーシへ行く、除隊して家族のもとへ帰るという3つの選択肢が提示されている。ルカシェンコも27日、プリゴジンがベラルーシに到着したことを明かし、ワグネルの兵士が望むならプリゴジンに合流できるとした」
(小泉前掲)
ただし、プリコジン個人はお咎めなしでそのまま特赦してしまっては、プーチンは自分が行った演説で「プリゴジンは許さん」といったこととの整合性がとれません。
たぶん29日の密談でなんらかの妥協が計られたとしても、プリゴジンがそのままワグネル軍のオーナーてい続けることは難しいはずです。
またプリコジン個人の責任をまったく問わないとなると、今回の「武装蜂起」(もどき)でヘリとお宝の空中指揮管制機まで落とされた連邦軍のメンツが立ちません。
軍は厳正な処罰を望んでいるでしょうし、軍トップのショイグなどは生命を狙われたと思っているはずですから、絶対にプリゴジンをそのままにする後始末には反対するはずです。
「乱が収束した当初、下院国防委員長のアンドレイ・カルタポロフは「ワグネルは非難されるようなことは何もしなかった」などと発言したが、同じ国防委員会の中からは「友軍殺しの責任を取らせるべきだ」という発言が出るなど、ワグネルの扱いには溝が見られる」
(小泉前掲)
力の信者であるプーチンにとって軍は絶対的存在です。
今回の「反乱」が正規軍でなかったのがせめてもの救いで、プリゴジンに南部軍管区の軍が同調していれば政権のみならず、国家崩壊意の可能性すらありました。
というのも、ロシアは歴史上2回も軍の内部対立と、クーデターの失敗で国を潰している珍しい国だからです。
一回目は、第一次世界大戦初期の1914年8月のことです。
タンネンベルクの戦いでロシア軍はドイツ軍に指揮官の反目で屈辱的大敗を喫しました。
それがきっかけでどんどんと戦況は不利になり、ロシア帝国は政治・経済の混乱のカオスとなり、それを共産党のクーデターに突かれて国家崩壊を招きました。
ソ連を生み出した10月革命は赤色テロによる軍事クーデターでした。
そのソ連も1991年、ゴルバチョフの失脚を狙った共産党左派によるクーデターが失敗したことで国家崩壊に至りました。
ソ連の国家崩壊により、ソ連圏と呼ばれる東欧、中央アジア諸国は分離独立しました。
この時、軍の介入を止めたのがエリツィンで、さらに彼に押し上げられたのがプーチンです。
当時、このふたりは「民主化の旗手」という称号を奉られていましたが、プーチンの本質は今ご覧になっているとおりです。
とまれ、2回の国家崩壊後のロシアは失敗国家そのもので、厳しい道を長期間歩むこととなりました。
それ故、プーチンは軍の起源を取ることについて誰よりも熱心で、軍を強化し続けました。
特に戦略ロケットについては膨大な予算を割いています。
その反面、陸軍の近代化はおざなりになっており、それが今回のウクライナ戦争で露呈しています。
それはさておき、プーチンは常に軍トップの国防相、参謀長には腹心を当てているおり、今回も彼がもっとも注目したのは、軍の動向だったはずです。
軍がプリゴジンにつかないことが明らかになったから「特赦」に踏み切ったのでしょう。
ただし、ここで強い姿勢なのはあんがい軍だけで、全体的にはワグネルを失うには惜しいという議論がなされているようです。
小泉氏はこのところのロシア国内の論調が、「子供は親に責任を持たない」というヨシフ・スターリンの言葉がよくでてくることを指摘しています。
「子供」つまりワグネル部隊は、「親」つまりプリコジンには責任はないとするもので、この両者を分けて考えろ、「プリゴジンには責任を取らせないといけないがワグネルの隊員たちはその限りではない」という議論です。
前述の下院国防委員長のカルタポロフはこう言っているそうです。
「歴戦のワグネルを解体すればNATOとウクライナにとってこれ以上ない贈り物になってしまう」とも述べ、軍事組織としてのワグネルはなんとか存続させてやりたいという思惑が滲む。そこで出てくるのが「法律できちんと位置付けよう」
(小泉前掲)
カルタポロフはワグネル軍の指揮官を別な人物にして、法律で位置づけろと言っているようです。
たしかにここで強く出て全体を処罰的に解体してしまい、プリコジンを牢屋に入れてしまうと、再び元の木阿弥で反乱を計画してしまうかもしれません。
ワグネルには現にバフムトでウクライナ軍と激闘を演じており、いちおう「勝った」ことになっています。
そのような経験は、逃げまどって塹壕に閉じこもった経験しかない、ロシア連邦軍にはないものです。
プーチン政権に寄り添う中国、ワグネル反乱「打撃は少ない」…国内世論への飛び火も懸念 : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)
ワグネルは、腰抜けの連邦軍とは違って自分たちは直接にウクライナ軍と白兵戦を戦ってきたぞ、そして勝ったぞ、シリアで戦ったのもオレらだ、という強い自信を持っています。
「バフムト制圧に関して連邦軍ばかりが脚光を浴び、ワグネルの手柄が無視されているとして、プリゴジンは公然と軍への不満を口にするようになった。依然としてワグネルは非合法組織なので国防省が彼らに言及できないことは当然なのだが、ともかく前線で一番血を流してきたのは自分たちなのだ、という自負がプリゴジンにはあるのだろう。
こうした不満はシリアに送られたワグネル傭兵の手記にも出てくるものであり、日陰者であるが故のフラストレーションが組織的に溜まっていたような感じがしないでもない」
(小泉前掲)
「10日以降にバフムトから撤退」 ワグネルのトップが表明 - 産経ニュース (sankei.com)
にもかかわらず、あいも変わらない軽歩兵として使い勝手よく使われてきました。
連邦軍はとうに大隊戦術群(BTG)という諸科連合となっているのに、ただの小銃ひとつの歩兵。
バフムトでは、戦車や榴弾砲、あるいはミサイルの重装備を与えられず、小銃ひとつで戦わされ、大砲の支援も乏しく、小銃の弾も満足にない、戦傷者の後送もされないので2万人も戦死してしまう、そんな憤りがワグネル軍全体にたちこめていたわけです。
その戦功もろくに称賛されずに、お前らは6月イッパイで解体だ、連邦軍の一部隊になれという命令をショイグから受けて切れたのでした。
「法律できちんと位置づける」とかんたんに言いますが、これが先日の国防省の指揮下に入れだと同じだとおもわれたら、断固としてワグネルはそれに従わないでしょう。
かといって一度「反乱」を犯した者を野放しにもできない・・・、小泉氏も「頭が痛いところだ」と言うように、プーチン自身決められないのが実相に近いのかもしれません。
ロシアがマリウポリの市民を強制収容所に連行、南東部併合への住民投票画策か 米国大使が指摘:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)
ウクライナに平和と独立を
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なんかもうこの2週間で何があったのやら訳がわからん状態ですね。プーチンとしては裏仕事を全部まかせてたプリゴジン&ワグネルは切るに切れないけど、軍上層部は当然許せないけどプーチンの威光には逆らえないというトコですかね。
プリゴジンは普通なら国家反逆罪で殺されて当然なんですけど、それやると各地で反乱が起きるかも?と。
以前プリゴジンだという映像で指先までちゃんとあるから影武者だという噂まで出たし。正直もうちょっと情報が出てくるまで何とも憶測の域を出ません。
投稿: 山形 | 2023年7月12日 (水) 06時15分
結局のところ権威主義において為政者の影響力が強いうちは理不尽だろうがまかり通るし都合が悪い事は有耶無耶にもできると理解することにしてます。
全部西側諸国の陰謀ですよハイw
さすがにプリゴジンを何事も無かったかのように表舞台に戻すような事は許さないでしょうが、別の表向きのリーダを祭り上げてワグネルはしれっと復活しそうですね。
投稿: しゅりんちゅ | 2023年7月12日 (水) 17時02分