ウクライナの反攻が失敗したって?
反攻は既に始まっているが、想像以上に遅れていると、NHKはこう報じています。
「反転攻勢がいつ開始したかについてウクライナ側はあえて曖味にしていましたが、ロシア国防省が、ちょうど1か月前の6月5日、前の日に東部ドネツク州でウクライナ側が大規模な攻撃を始めたと発表し、その後のゼレンスキー大統領の発言などから、6月上旬に始まったというのがおおかたの見方です。
ウクライナ国防省は、6月19日までに、ドネツク州や南部ザポリージャ州であわせて8つの集落を奪還したと発表しました。しかし、その後、目立った成果は発表されていません。
フィナンシャル・タイムズは、「1か月前に始まった反転攻勢で、ウクライナは、ロシアの強固な防御ラインに穴を開けることに苦戦してきた。ウクライナ軍が直ちに大きく前進するという、西側の一部が抱いていた期待はしぼんでいる」と伝えています」
(NHK7月5日)
ウクライナ反転攻勢「1か月」 地形がウクライナ軍の前進を阻む - キャッチ!世界のトップニュース - NHK
このような苦戦を伝える報じ方は、米国に現れ始めています。
ウオール・ストリート・ジャーナルはこう書いています。
「ウクライナが大規模な反攻を開始したとき、西側の軍事関係者は、キエフ(キーウ)がロシア軍を撃退するために必要な訓練や砲弾から戦闘機までの武器をすべて持っていないことを知っていた。それでも、彼らはウクライナの勇気と機知に期待した。しかし、ウクライナ軍の大幅な前進はほぼ阻止された」
この書き方は誤解を招きますね。
ロシアはウクライナの反攻に対する防御を固める充分な時間がありました。
その間、森林に隠れて待ち受け、その前に地雷源を敷いて待ち構えていたわけです。
NHKは、ニューヨークタイムズの衛星写真を紹介しています。
NHK
「ニューヨーク・タイムズは、衛星写真をもとに、ザポリージャ州でウクライナ軍がこのように平野や畑を進んでいると分析しています。開けた大地が広がっていて、ウクライナ軍の兵士や軍用車両が上空から、いわば丸見えになっているのです。
本来ならば、ウクライナ軍は戦闘機による上空からの支援を受けながら前進したいところですが、F16戦闘機の供与やパイロットの訓練は遅れています。平野にも、ところどころに林や森がありますが、そこにはロシア軍の兵士や戦車が待ち構えているような状況です。こうした中でウクライナ軍は少しずつ前進していくしかないものと見られています」
(NHK前掲)
ウクライナが米国にクラスター弾の供給を切望したのは、このロシア軍陣地前の地雷源を効率よく広範囲に破壊するためでした。
機関銃で撃ちまくって来る中で、一個一個掘るわけにはいかないでしょう。
ウクライナ軍が自国民がいる民間地域で使う道理がない。
にもかかわらず、「ロシア軍報復でクラスター弾使用」などという報道をしてしまっています。
たとえば朝日はこんなかんじ。
「国際的に禁止の動きがある「クラスター弾」をウクライナに供与するとした米国の決定をめぐり、ロシアのショイグ国防相が11日、インタビューに「ウクライナに対して同様の破壊手段で報復せざるを得ない」と述べた」
(朝日7月12日)
ロシア側「同様の手段で報復」 米のクラスター弾供与決定めぐり発言 [ウクライナ情勢]:朝日新聞デジタル (asahi.com)
ロシアのプロパガンダをそのまま報じなさんな。
なにが報復ですか。ロシア軍はとっくに使いまくっていますよ、しかも民間地域で。
また反転攻勢の始まった当初に、ロシア軍はマニューバ防御で待ち構えていたために、ウクライナ軍は大敗した、反攻作戦大失敗と言っているロシアンラバーもいました。
しかし成功したのは初めの時だけで、直ちに戦術を変更しました。
ウクライナ軍はロシアの戦法を知り尽くしています。
とうぜんでしょう。元は同じソ連軍でしたから。
逆にネガティブなことばかり言っている人たちにお聞きしたいものですが、西側の兵器を供与されたウクライナ軍が一気にロシア軍を海に突き落とすとでも考えていたのでしょうか。
わきゃないでしょう。米国とNATOの供与は遅れ続けてきました。
戦車の供与は遅れ、F-16の供与はさらに遅れに遅れてこの秋にも間に合わないでしょう。
どうしてゼレンスキーがNATO諸国巡りをせねばならなかったのでしょうか。
それは反転攻勢に必要な武器が不足していたからです。
とくにバイデンの恐露病は深刻でした。
米国は核戦争を恐れる余り、武器供与の逐次投入をしてしまいました。
せめて去年の暮れに戦車と戦闘機の供与を決めておけば、この反攻に間に合ったのですが。
ですからウクライナ軍は西側の戦車だけ与えられても、航空優勢がない、砲弾が不足しているという苦しい状況で、反攻作戦に踏み切らざるをえなかったのです。
ゼレンスキーが反攻時期に口を濁していたのはそのせいです。
もし米軍が同じ攻勢をかけるとすれば、徹底した空爆と砲撃をした後に、丁寧に地雷源を啓開してからレパルトとブラッドレーを前進させたことでしょう。
当然のことですが、ウクライナだって、そういう定石を踏みたかったのですよ。
ゼレンスキーのG7時のバイデン会談の目的は表敬なんかじゃありません。
渋る米国に、F-16の供与を直談判したのです。
朝日
「バイデン米大統領が21日、主要7カ国(G7)サミットにあわせて来日したウクライナのゼレンスキー大統領と広島市内で会談した。米政権は侵攻の長期化も見据え、欧州からウクライナへの米F16戦闘機の提供を認める方針に転じ、今回のG7で欧州首脳らに伝達している。バイデン氏はゼレンスキー氏にも、支援を続ける意思を強調した」
(朝日2023年5月21日)
バイデン氏がゼレンスキー氏と会談、支援強調 F16供与で戦局は?:朝日新聞デジタル (asahi.com)
ウクライナは本来ならば、F-16が到着し、パイロットの訓練も行き渡り、砲弾も充分備蓄したあたりで反攻をはじめたかったはずです。
しかし政治的状況が万の準備を許しませんでした。
米国メディアから思ったほど前進しないという無責任な批評が出るのを聞いて、ウクライナ軍はバイデンがF-16を渋ったツケをオレたちの生命で支払っているんだと内心思ったことでしょうね。
ウクライナ軍総司令官・ヴァレニー・ザルジニー将軍は控えめにこう述べています。
ワシントンポスト
「ザルジニーは、彼の最大の西側支援者は制空戦闘機なしで攻撃を開始することは決してないだろうが、ウクライナはまだ近代的な戦闘機を受け取っていないが、占領中のロシア人から領土を急速に取り戻すことが期待されている。
つい最近約束されたアメリカ製のF-16の供与は、最良のシナリオでも秋まで到着する可能性は低いだろう。
ウクライナ軍は限られた資源のために、ロシアから時々10倍に撃たれている」
ウクライナの最高将軍、ヴァレリー・ザルジニーは、砲弾、飛行機、そして忍耐を望んでいます-ワシントンポスト (washingtonpost.com)
またウクライナ軍が反攻作戦で何を目指しているのか、ザルジニー司令官は率直にこう語っています。
「ロシア軍は、ロシア本土と、ロシアが2014年に不法に併合されたクリミア半島の間に陸路を確立した。そのリンクを断ち切ることは、ロシアの軍隊に補給する能力に大きな打撃を与えるだろう」
(ワシントンポスト前掲)
サポリージャ州の線で、ロシア内地とクリミアを結ぶロシア回廊を断ち切って分断することです。
「この陸の補給路は、ロシア本土(ロストフ)~マリウポリ~メリトポリ~ヘルソン州~クリミア半島の経路とその逆の経路のことで、これを遮断してしまうと、ザポリージャ州とヘルソン州は兵站的にロシア本土やクリミア半島から遮断されてしまう。
つまり、この2州に存在するロシア軍は兵站的に完全に分断され孤立し、敗北せざるを得なくなるのだ。
だからウクライナ軍の主作戦はザポリージャ正面なのである」
(渡部悦和 2023年7月27日)
緒戦の失敗を猛省、ウクライナ軍がいよいよ反転攻勢第2弾 後方の兵站基地や砲兵を効率よく叩き、正面攻勢へ(3/8) | JBpress (ジェイビープレス) (ismedia.jp)
渡部悦和元陸将の分析を基にしてみると、ウクライナ軍の反攻作戦は主に3方向(攻撃軸といいます)から開始されました。
・第1攻撃軸 トクマク軸(ザポリージャ州西部軸)
・第2攻撃軸 ベリカノボシルク軸(ザポリージャ・ドネツク州境軸)
・第3攻撃軸 バフムト軸渡部悦和氏による
重要度には差があって、かつてアゾフ連隊が死守した南部マウリポリとベルシャンスクへ向かう第1軸と、メリトポリへと向かう第2軸が反転攻勢の最も重要な作戦です。
バフムトへの攻撃軸は、ロシア軍を拡散させて南部に戦力を集中させていための支攻です。
BBC
そしてこの反攻には2つのフェーズで成り立っています。
・フェーズ1は、敵の陣地や配備の弱点を探る攻撃。
・フェーズ2は、主力の本格反攻。「ウクライナの主作戦正面における反転攻勢を大きく段階区分すると「フェーズ1:一部の部隊による攻撃と阻止作戦」、「フェーズ2:主力による本格的な攻撃」であり、現在は「フェーズ1」の段階である。
フェーズ1における「一部の部隊による攻撃」の目的は、ロシア軍の陣地・配備の弱点を見出すことだ。
ウクライナ軍は一部の部隊(第47機械化旅団、第65機械化旅団)によるトクマク軸での攻撃を試みたが失敗した。この攻撃は6月初旬に開始され、約10日間継続した。
この攻撃が成功しそうにないと分かると、ウクライナ軍は阻止作戦に移行した」
(渡部前掲)
つまり現時点までの戦いは、このフェーズ1の段階にすぎず、ロシア軍陣地や配備を探り、どのような戦術で待ち構えているのかを探るためのものだったのです。
この段階で失敗だ成功だ、レオパルト戦車が何台破壊された、一日何メートルしか前進していないといっても意味がないのです。
果ては、ここで朝鮮半島型和平などを提唱するに至ってまったくの見当違いです。
朝鮮半島型和平とは、占領地をそのままロシアに差し出すことに等しいからです。
ロシアの侵略に報酬を与えることです。
「和平」なんてまだまだ先のこと、もう少し落ち着いてウクライナの奮闘ぶりを見ましょう。
ここで妙に悲観的になっては、ロシアの思うツボですよ。
ウクライナのロシア戦争、ウクライナの兵士がバッターフィールドにシルエットとウクライナの国旗
ウクライナに平和と独立を
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米報道はバイデン政府や民主党の都合、意向を忖度した若干の角度がついたもののように思います。それを垂れ流すしか脳のない日本の主流メディアの報道もしかり。
一次情報に最も近い現地からのSNS発信や、映像とセットになった信頼できるロシア人軍事ブロガーなどからの情報も重要です。
そのうえで記事文脈でクリミア関連でいえば、ウクライナ軍はチョンガル鉄道橋を再び攻撃して落としています。
クリミアはじめ、占領地内のロシア軍兵站施設に対する徹底的な破壊も一般報道以上に相当な成果をあげています。
前線ではロシア軍からの攻撃回数は激減していて、突如として「攻撃していても勝てない」と悟ったかのような勢いのなさ。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2023年8月 1日 (火) 15時09分
山路さんのおっしゃるヘルソンとクリミアを結ぶチャンガル橋の破壊は今後ロシア軍にかなりのダメージを与えると思います。
一度に大量の物資を運べる鉄道輸送が使えなくなれば、ちまちまとトラックや船でピストン輸送するしかありません。
線路を直しても直ぐにストームシャドウが飛んでくることでしょう。
クリミア内の燃料や弾薬貯蔵庫も爆発してますので、ジワジワ効いてくる。
ドニプロ川の橋頭堡も2ヶ所に増え、日々増員増強中、ウクライナ軍のクリミア攻撃は激しさを増すでしょう。
西側諸国が半導体など輸出規制をしているものをロシアへ渡している国が腹立ちます。
メドベージェフは口を開くと核攻撃です、精神的に追い込まれてるとみればよいものでしょうか?
投稿: 多摩っこ | 2023年8月 1日 (火) 22時35分