北朝鮮と中国が米空母の「軍事偵察」にこだわるわけ
北朝鮮が軍事偵察衛星「万里鏡-1号」と称するミサイルを発射し、今回も失敗しました。
今回は第3段の分離に失敗して空中分解したようです。
北朝鮮は10月までに3回目の発射試験を行うと宣言しています。
「北朝鮮の国営メディアは24日、2回目となる偵察衛星の打ち上げが失敗したと発表した。
BBC韓国は、同日午前3時50分にロケットの発射を確認。ロケットは、中国と朝鮮半島の間に位置する黄海の国際水域の上を通過した。
日本の防衛省によると、ロケットはその後、沖縄本島などの上空を通過し、太平洋に落下した。
日本ではこれを受け、全国瞬時警報システム(Jアラート)が発動し、屋内への避難が呼びかけられた。警報は20分で解除された」
(BBC2023年8月24日)
北朝鮮が2回目の偵察衛星打ち上げに失敗、太平洋に落下 - BBCニュース
BBC
北朝鮮は前回の失敗を改善して第1段、第2段までうまく作動したが、第3段の分離に失敗したと言っていますが、どうも違うようだと、JSF氏は見ています。
JSF
「日本防衛省の観測では、今回の千里馬-1型ロケットの落下物が全て予告落下区域から外れていたと推定されています。つまり、北朝鮮の言う第1段と第2段は成功し第3段で問題が生じたという説明と食い違いがあります。落下物が全て予告落下区域から外れていたとなると、全段に何らかの問題が発生していたのかもしれません」
(JSF8月24日)
北朝鮮ロケット発射失敗、日本側観測と食い違う説明(JSF) - エキスパート - Yahoo!ニュース
北の言い分どおり第1、第2段まで正常に作動していたなら、想定された軌道上(上図右赤点線)に落下せねばなりませんが、第1、第2、第3段ロケットのすべてがバラバラの地点に落下しています。
となると、前回のように第2段の失敗にとどまらず、全段の作動が狂って、発射直後から軌道に乗らなかった可能性があります。
2回目は改善ではなく改悪。
これでは開発チーム全員、高射砲で吹き飛ばされますな。気の毒。ツルカメツルカメ。
前回、今回と続けて「軍事偵察衛星」に執着しているのには、ワケがあります。
北が狙っているのは韓国の都市や軍事基地などではなく、太平洋上の米空母打撃群であり、それを探知する「眼」が欲しいのです。
「キム総書記は2022年3月に国家宇宙開発局を視察したと伝えられた際、「軍事偵察衛星の開発と運用の目的は、南(韓国)地域と日本地域、太平洋上でアメリカ帝国主義の侵略軍とその追従勢力の軍事行動の情報をリアルタイムでわが軍に提供することにある」と発言しています」
(NHK2023年1月26日)
北朝鮮 軍事偵察衛星の狙いとは?ミサイル開発との関係は? | NHK
下の写真は、2022年3月、国家宇宙開発局を視察する正恩ですが、この男が見入っているのは、朝鮮半島や黄海、東シナ海です。
NHK
ここで正恩が口にした「リアルタイムでの軍への情報提供」とは、「動く標的」、すなわち米空母打撃群を追尾し情報を得ることです。
火星シリーズの長距離弾道ミサイルが政治的な相互破壊確証をめざすものだとするなら、「動く標的」を監視し攻撃を準備するのはもっとリアルな軍事的必要から来ています。
北にとってトランプ時代に眼前で見せつけられた米空母3隻の示威に手も足も足も出なかったのは、よほど屈辱だったはずです。
この米国のプレゼンスの象徴である空母をなんとしてでも沈めたい、そのためには対艦ミサイルを充実させ、その眼となる位置情報が欲しい、しかしどこの国もそんなものを売ってくれない、ならば自力で軍事偵察衛星を保有せねばならない、と考えたのでしょう。
米国と対抗して「戦っている」ということだけが国家的アイデンティティの国ですから、そう思いつめるのもむべなるかなです。
北朝鮮、弾道ミサイルの「眼」を打ち上げ: 農と島のありんくりん (cocolog-nifty.com)
ところで北以外、もう一国米国の空母打撃群を死ぬほど憎み、かつ嫉妬せんばかりに空母に憧憬を抱いている国があります。
というか、北などはとりあえずやらしておけばいい程度の幼稚な段階です。
もっとも危険なのは、言うまでもなく北よりもケタ違いに強力な中国です。
中国の場合も、北と似たトラウマから始まっています。
1995年から翌96年にかけて、台湾海峡危機が発生したことを覚えておられるでしょうか。
蒋台湾の民主化に邁進していた李登輝は母校コーネル大学(もうひとつの母校は京大ですが)を訪問するという名目で、米国訪問を要請していました。
中国は李登輝を独立を企む「国家分裂主義者」と見ていましたから、この男を政権から追放し、米国との絆を断ち切ってしまおうと決心したのです。
李は訪米することで米国とのつながりをアピールし、民主化なった台湾を世界にアピールしたかったのですが、中国を恐れたクリントン政権はビザを発給しようとしなかったために訪米は頓挫してしまいました。
この弱腰に怒った議会が、クリントンに強く抗議し、結局クリントンも折れて訪米を認めることとなります。
結局、李は1995年6月、堂々と訪米したのですが、中国が怒るまいことか。
中国の国営報道機関は李を、「中国を分断する企図を持つ反逆者」と烙印を押し、ミサイルで恫喝を加えます。
台湾周辺海域に弾道ミサイルを撃ちまくったのですから、お前子供か。
これが約1年間も続く台湾海峡危機、別名「第3次台湾ミサイル危機」です。
このとき、米国は対抗して2個空母打撃群を派遣しました。
「これに対してアメリカはベトナム戦争以来最大級の軍事力を動員して反応した。1996年3月にクリントン大統領はこの地域に向けて艦艇の増強を命じた。当時この地域には、空母ニミッツとインディペンデンス(「独立」の意味。)を中心とした2つの空母戦闘群がおり、ニミッツ空母戦闘群は台湾海峡を通過した。この危機に対して、1996年に中国の首脳部はアメリカ軍が台湾の援助に来航することを阻止できないと認めざるを得なかった」
第三次台湾海峡危機 - Wikipedia
派遣した空母の名が、偶然とはいえ「インデペンデンス」(「独立」)という名称だったことは中国首脳の自尊心をズタズタにしました。
しかし地団駄踏もうと対抗手段がありません。目の前を堂々と通過する米空母に手も足もでなかったのです。
結局、空母に対する有効な攻撃手段を持たなかった中国は、ミサイル恫喝の中止に追い込まれます。
この事件は、中国に大きなショックを与えました。
米国が来援すれば台湾統一が不可能になってしまうからです。
中国が海軍力のキャップを埋めねば、台湾統一ができないことを悟った瞬間でした。
海洋を征しないかぎり米国の覇権を奪えない、このことを自覚したのです。
それ以降、中国は魔物にでもとりつかれたように大海軍建設に邁進します。
当時のバブル景気に後押しされて、有り余るチャイナマネーをぞんぶんに海軍建設に注ぎ込んだのです。
中国、「強軍」へまい進 国防費90倍に―透明性欠き戦力増強:時事ドットコム (jiji.com)
練度はともかくとして、隻数では海自を遥かに陵駕します。
海自の将官が、5年前なら対抗できたが、今は日本単独では無理だといわしめています。
中国海軍、海自能力より大幅優位 米機関報告書「尖閣圧倒のシナリオ」 - 産経ニュース (sankei.com)
かくして毛沢東以来の陸軍国を大海軍国家に変身させてしまったのですから、なんともかとも。
同時に南シナ海を実効支配すべく、その足掛かりとして滑走路と軍港をもった3ツの海上要塞をけんせつして完成させてしまいました。
また空母の仕組みを知るべく「遼寧」をスクラップとして買い込み、これを再生させて空母「遼寧」を作り上げます。
そしていまや世界第2位の大海軍国として、新造の空母3隻を加えて、大型空母4隻体制にしようとしています。
そしてもうひとつが、ASBM( 対艦弾道ミサイル/anti-ship ballistic missile)という射程約 1500 キロメートルの弾道ミサイルです。
DF-21D
「これは中国本土から発射し、衛星などを通じた精密誘導で海上の米空母をピンポイントで攻撃できるとされる。対地攻撃にも使えるため、在日米軍基地も標的になりうる。開発に成功すれば、東アジアでの軍事紛争に米軍を介入させないという中国の「接近拒否戦略」の切り札になるとみられている」
Microsoft Word - Andrew Erickson and Gabe Collins.doc (suikoukai-jp.com)
日本はこのような中距離弾道ミサイル自体を保有していません。
本来なら反撃能力を持つと宣言した時点で、トマホークではなく中距離弾道ミサイルの保有を選ぶべきでした。
政治的理由で、検討対象にもならなかったのは残念でした。
また航空機や艦船から発射するYJシリーズ対艦ミサイルも開発しました。
特に脅威なのは、290カイリの長射程をを持つYJ-18です。
これ海自の90式対艦ミサイルの射程の3倍をもちますから、アウトレンジされてしまいます。
これは軍事偵察衛星とセットで運用されています。
中国海軍と日米艦隊が対決する場合、この対艦ミサイルと中距離弾道ミサイルの飽和攻撃が待ち構えているはずです。
中国海軍、海自能力より大幅優位 米機関報告書「尖閣圧倒のシナリオ」 - 産経ニュース (sankei.com)
また「眼」となる軍事偵察衛星も347基と米国に迫る勢いです。
「米宇宙軍トップのサルツマン作戦部長は14日、上院軍事委員会の戦略軍小委員会の公聴会向けの書面で、中国人民解放軍が347基の情報収集・監視・偵察(ISR)用の衛星を運用していると明らかにした。
2021年末の260基から大幅に増加。民間衛星も活用した米軍のISR能力に迫っているとみられ、サルツマン氏は公聴会で「中国とロシアは宇宙領域での米国の優位を弱めようと動きを強めている」と警戒感を表した」
(毎日2023年3月15日)
中国軍が347基の情報収集衛星を運用 米宇宙軍が明らかに | 毎日新聞 (mainichi.jp)
これに自信を深めた中国が行った去年2022年8月の台湾海峡危機は、台湾をぐるりと包囲し弾道ミサイルを対本上空を通過させました。
このとき波照間と眼と鼻の先に着弾させています。
「台湾有事は日本有事」が現実に 中国演習で高まる脅威 - 産経ニュース (sankei.com)
「中国軍は95年7月と96年3月、短距離弾道ミサイル東風(DF)15計10発を台湾本島北部と南部の沖合計3カ所に発射したが、着弾地点は今回の演習区域より遠かった。また、大規模上陸演習地は台湾海峡の中国大陸側だった。
今回は、台北、基隆、高雄の重要港湾沖や軍港がある北東部の宜蘭沖に加え、日本の排他的経済水域(EEZ)に食い込む東部沖にも演習域を設定し、台湾本島を事実上、封鎖。軍用機や艦艇が事実上の停戦ラインである台湾海峡の中間線を越え、東部沖にも艦艇を進出させて東西から挟撃する態勢をとっている。4日の弾道ミサイル発射では、初めて台北上空を越えて東部沖に着弾した」
(産経2022年8月5日)
このように米空母が、台湾有事においてどこに位置しているのかが決定的に重要なのです。
石平氏と峯村健司氏の共著『習近平・独裁者の決断』によれば、米中軍事衝突のリスクが高まると、米軍の空母機動部隊は台湾付近から退避し、グアムまでいったん下がると述べられています。
現時点で、東アジアでは空母1隻体制状態です。
もう一隻増強して2隻体制にするという話は、前々からありますが、実現していません。
すると、現有の日米の海軍力では、台湾付近の通常戦力の軍事バランスで中国が優位に立ちます。
なかでも、中距離ミサイルについては中国2000発に対して米国はゼロという圧倒的な中国優位の状態ですから、米国といえども苦しい所です。
ですから1隻でも米空母が沈められるリスクを米国は取らないだろう、というのが両氏の見立てです。
空母は米国のプレゼンスと威信の象徴ですから、これを一隻沈められたら政権が飛びます。
このリスクを取って、米空母打撃群はグアムへと下がります。
このように米空母のスタンスは東アジアの軍事情勢に決定的意味を持ちます。
米空母がグアムまで下がった場合、日本は最悪シナリオに備えねばなりません。
自衛艦隊は単独で中国艦隊と海上決戦することは不可能ですから、宮古、石垣に展開する対艦ミサイル部隊と潜水艦隊のみを残して、水上艦は中国との艦隊決戦を回避し、沖縄本島の線まで下がるかもしれません。
断腸の思いですが、海自単独では台湾はおろか宮古、石垣も救えないのです。
日本付近の海上優勢は大きな打撃を受けて、日本のシーレーンは中国よって寸断され、エネルギーの枯渇が現実味を帯びます。
だから、自力でエネルギーを供給できる原子力が必要なのですか、そのへんは別の機会に。
これが最悪シナリオです。
一番悪いことを考えて対策をたてましょう。
長々と説明しましたが、この米国のプレゼンスの象徴である「空母」をなんとしてでも沈めたい、そのためには対艦ミサイルを充実させ、その眼となる軍事偵察衛星を保有したいというのが北の意図です。
このことを抜きにして、ただ北の脅威をさわぎたてても意味がありません。
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確かに、北朝鮮の脅威を騒ぐだけでは意味が無いし、ニュースなどがいつも「〇〇に対する牽制」というお手軽な決まり文句で済ませるのも、頭が足りていないです。
8月21日の琉球新報社説では、ひとつの説の中で自ら「覇権主義的行動を強める中国」と書いているのに、結論は対話、対話&対話。
もしかして、「覇権主義」って言葉の意味を理解していない、調べもしないで使っているのですかねぇ?
そして、我が国が軍備を増強することと、対話しないことは同義ではないが、対話ゼロかのように扱い続けるしか彼らにはない。
先日偶然目にしたテレビのニュース番組、民放っぽい画面だったというだけで、RBC、QAB、OTVのどれかは覚えていませんが、石垣のとある「市民」らしき人の「(北朝鮮のミサイル発射は)全然気にしていません。防衛をダシにされているようで(薄笑い)」という「街録」の映像音声ひとつだけで、北朝鮮への文句を述べる人の登場すら無し。
その放送の翌未明に発射されたのは間が悪かったねぇ、ですが、「(北朝鮮を)全然気にしていません」、ココに微苦笑。もうこんな風にしか、マスコミとそこに出る人にはやれないのです。
何処にどういう理由で賛成・反対、これはいろいろあって当たり前ですし、逃げて逃げて生き延びるやり方も、祖国郷土防衛を掛けて攻撃に立ち向かうやり方もあり。
ですがそれは、「気にする気にしない」のようなお気持ちに基づいて決めるものでもないです。
マスコミ中心に「千年に一度に備えろ」と散々主張してきたのですから、リスクの把握と測定を、現実を広くよく観察して行わなければ、対応を決めることも、その評価検証をすることもできないはずです。
投稿: 宜野湾より | 2023年8月26日 (土) 09時42分
韓国メディアでは2段目の故障とか「宇宙飛翔体」とか言ってますけど、着弾海域がこれだけ左右にバラバラですから···発射直後から制御不能になってますね。
デジタル制御のコモディティ化が進んだ時代なのに、職人技でやってた日本がようやく内之浦から打ち上げ成功した「おおすみ」が1970年ですから、まだまだ遅れているのは間違いないですね。
てか、未だにロケットの組み立てや実験ってのは「職人技」なんですけどね。
ここんとこJAXAも失敗続きで頭痛いです。小泉政権時代に強引に統合されて予算も減らされ纏められた組織的に問題があるのでは?と。何しろ旧東大系(ISASやNAL)の固体燃料の自動化と安価が売りのイプシロンの打ち上げペースが上がらない上に失敗。経産省NASDA系の新型H-3も失敗して高価な搭載衛星だいち3号もろともボカンですからね。。
投稿: 山形 | 2023年8月26日 (土) 09時45分