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2023年9月11日 (月)

自主避難というディストピアを自ら選んだ人たち

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日本はサッカーもラグビーもツヨイ!

さて、原発事故で自主避難者たちが各地で訴訟を起こしました。
左翼政党の支援をもらって訴訟団を結成し、一部では勝訴したようです。

「東京電力福島第1原発事故を受け、福島県などから京都府への自主避難者ら57世帯174人が国と東電に計約8億5000万円の損害賠償を求めた訴訟で、京都地裁は15日、国と東電の責任を認めるとともに、自主避難については新たな基準を示した上で、避難を相当と認め、賠償するよう命じました。
原発避難者の集団訴訟は全国で約30件。国の責任を認めたのは、昨年3月の前橋地裁、同10月の福島地裁判決に続いて3件目。関西での判決は初となります。 」
(しんぶん赤旗 2018年3月31日)

この訴訟団には、福島県内ならいざ知らず、神奈川、東京などの人も含まれていているそうです。
賠償額はおおよそ平均数百万から1500万円で、本来彼らが受け取るべき補償額の一部だとのことです。
つまりは、こんなものはごく一部で新たに新法を作って自主避難者に政府が設けた避難区域の避難者ベースの補償金を寄越せということのようです。

これを初めに聞いた時、神奈川だということに脱力しました。
神奈川で逃げたんだったら、福島の隣のわが茨城県なんぞ全県丸ごと避難だ、とね。
その多くは四国、九州、沖縄に脱出しています。

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自主避難者の賠償認める―京都地裁、国の責任を三度断罪 | JCP京都: 日本共産党 京都府委員会 (jcp-kyoto.jp)

当時の私の取引先の担当者(それも2名!)は、仕事を辞めて家族で安全圏と見定めた地方に逃げています。
だいたいが奥さんの主導で、婦唱夫随のようです。
幸せに暮らしていればよいのですが。オーイ、どうしてるんだーい。

脱出など念頭になく、測定することで正しく脅威を知ることで放射能と戦っていた私なんぞ補償金など要求しようなどとは夢にも思いませんでした。
田畑、住居、森林、河川、湖沼、そして農産物などをことごとく計測して、脱出の必要がないことはを確信していたからです。
家屋はドブや雨樋まで測りました。こういう下水系は放射性物質がたまりやすいのです。
それを知っているグリーンピースなどは、福島で計測するときは必ず側溝で計っているくらいです。

しかし当時いくら私が声を枯らして、説得しても彼女たちは聞く耳を持たなかったことでしょう。
なんせ彼女たちの恐怖の対象は、前回にも登場した「低線量被曝による多臓器障害」という悪質なデマだったからです。
ほんの少しの放射線も許さないのですから、理性的議論が成立しません。

なるほど当時、私たちの頭上を2011年3月15日、22日に通過した放射能雲は、いかなる飛散をして、どこにどれだけ降下したかさえ分かりませんでした。 
事故当時私は野外にいました。おそらく目に見えない禍々しい雲が影のように過ぎ去っていったことでしょう。 
過ぎ去った視線の先には松戸、柏、東葛地域があり、そこで雨が降ったのです。大量の放射性物質と共に。
しかし、当時の私はもちろん、国民の誰ひとりそれを知りませんでした。
その理由は、政府の許すべからざるSPEED((緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム )情報の隠ぺいにあります。
いや、隠蔽ではなく、その価値を官邸の誰も知らなかったのです。
後の調査報告で、官邸には着信しても、ほったらかしになっていたとか。
本来、現場指揮をとるべき原子力安全委員会が、半ば狂人と化したカン首相のパワハラで機能不全になっていたためです。

その時、私たち自主測定運動にかかわった者たちを駆り立てたのは、消費者や監督官庁であるはずがない。 
自分の家族を守ること。自分の地域を自分で守ること、ただそれだけです。 
だから私たちは、「政治」に期待することなく、自分たちで大学の研究室の扉を叩き、教えを乞い、大学教員と共に地域の農家有志と共に自主的測定運動をしたのです。 
風評被害で潰れかかった自分の農業経営もそっちのけにしたために、後からえらい目に合いましたが(苦笑)。

なぜ私たちが自主的にならざるをえなかったのでしょうか。それは端的に、自治体を含めて「政治」があまりにも無能だったからです。 
地元自治体は県の指示待ち、県は国の指示待ち、そして国家官僚は「政治主導」の号令の下で去勢されていました。
あの2011年3月下旬に、東日本で測定車を走らせてリアルタイム線量を記録していたのは米海軍しかいなかったのです。そして福島第1を上空から撮影したのもまた米軍でした。 
地元自治体や地元農業団体の多くは、なまじ独自測定して高線量が出たら大変なことになると及び腰となり、県は国の指示待ち、その国は政府の指示待ちですから話になりません。 
そして政府はカン暴風雨で崩壊していました。

国民に正しい情報を的確に与えないと、非常時にどうなるか肝に命じましょう。
国民は政府の公の情報を信じなくなり、閉ざされたSNSのサークルの情報だけを信じるようになります。
そしてこの放射能系SNSはありとあらゆるデマのごみ箱でした。
いわく、「福島県警の警察官3名が急性白血病で死亡」「福島の妊婦、7人中5人がダウン症や奇形児、流産の恐怖」「秋田で震災がれき作業員7人が死亡:放射能被曝で」「福島で新生児7人中5人がダウン症や奇形児」「地井武男さん死去は散歩で放射性物質吸いすぎたかから」などなど。まさにカルト。
これをモロに信じた人たちが自主避難者の群れとなりました。

この人らが逃げ出した、当時の神奈川の線量を見てみましょう。

・神奈川県の2011年6月18日午前9時~19日午前9時まで

                      ・・・0.056マイクロシーベルト
・同  事故後の最大値            ・・・0.069

こんな線量では、いかなる障害も人体には及ぼしません。
にもかかわらずパニックになって石垣島まで飛行機で逃げたとすれば、石垣島まで飛行機で約2時間かかるとして11.6マイクロシーベルトの線量を浴びることになります。
神奈川でジッとしていればいいのに、脱出したおかげでいっぺんにその200倍も浴びることになったのです。
ちなみこの航空機の飛行中の放射線量は、飛行機のクルーの要請で計測されたものですが、年がら年中飛行している彼らに特にガンが多いというデータはありません。

では、福島事故から半年後の2011年9月の東日本の放射線量を振り返ってみましょう。

●東北、関東の空間放射線量(2011年9月4日午前9時~5日午前9時)
・福島県浪江(避難区域)         ・・・15.5マイクロシーベルト
・福島県福島市             ・・・1.2
・茨城県            ・・・0.083
・千葉県              ・・0.043
・東京都              ・・0.056
・神奈川県            ・・・0.049 

ここまでが、福島と南方にあたる関東の数値です。
東京、神奈川に行くと、福島より100分の1にまで放射線量が下がることが分かります。
では、福島県の北方にあたる東北各県はどうでしょうか。 

・宮城県           ・・・0.061
・岩手県           ・・・0.023 

比較のために大阪の空間線量はといえば

大阪府           ・・・0.076マイクロシーベルト 

面白いことには、大阪市は東北より高いのです。
大阪市民の皆さん、自主避難しなくていいんでしょうか。
ついでにもうひとつ。日本の農水産品を放射能が危ないと言って輸入禁止にした韓国・ソウルの線量をは東京の倍です。

・ソウル           ・・・0.14

大阪とソウルが高いのは原発事故とは無関係で、地盤に花崗岩が多くあるからで、ウランやトリチウムも多く含まれています。
ちなみに花崗岩、つまり御影石でできた国会議事堂外壁をシンチエーション・サーベイメータで測ると0.29マイクロシーベルトあります。
地表から1メートルで0.18μSvです。 
福島市庁舎前地表1mで.0.17μSvですから、それより高い線量だといえるわけです。
おいおい、国会は福島現地より線量が高いのですか。
通年国会などという提案があるようですが、その場合の年間放射線量がどうなるかといえば、1年換算にするには「8.766」という係数をかけます。
すると、累計で2..54ミリシーベルト(mSv)となってしまいます。
タイヘンだぁ、1ミリシーベルトの除染基準の2倍だぁ。国会を除染しなくっちゃ! 
山本太郎サン、いいんですか、大阪で10円ハゲができたなら、議事堂にいたらツルッパゲになりまっせ。(笑)

そのため、花崗岩が広く分布している西日本では大地放射線が多く検出されますが、人体には無害です。
大阪を中心として、後に震災瓦礫ハンタイ闘争なるトンデモ紛争が勃発するのですが、あんたら自分の地域の放射線量知ってやってんですか、と思いましたね。
改めて言う必要もありませんが、福島県をのぞいては、事故後半年で通常の空間線量に戻っています。

もっともこう書いたところで、自主避難に走った人たちは、バンダジェスフスキーやトンデルの「低線量内部被曝で心筋梗塞になったり、小児ガンになる」という俗説を妄信しているのですから、どんな低くてもダメなんでしょうが。
避難区域を除いてまったく避難する必要はありません。
自主避難は、まったく必要がないのにデマに乗せられて避難したにすぎないのです。

こんな自主避難まで補償をする法律ができれば、首都圏、東北の数千万人規模の住民すべてに適用せねばなりません。
そうしなければ悪平等だからです。
そりゃそうでしょう。勝手に自主避難したことによる精神的苦痛があるなら、逃げなかったことによる「精神的苦痛」だってあるわけですからね。
たとえばかく言う私のように馬鹿な煽動には踊らされず、「被曝」地に踏みとどまって放射能の計測を続け、放射能と戦う活動をした者たちの「精神的苦痛」などはどうカウントすればいいのでしょうか。
故郷や地域の仲間をさっさと捨てて、逃げる必要がまったくないのに遠く九州、沖縄まで逃避して家庭崩壊したのが賠償対象になるなら、はるかに「危険」な場所で持ちこたえて戦った私たちはどうなるんですかね。
必要がないパニックになった者には現金補償、留まって戦った者はにはナンもなし。へ~、たいしたもんだ。

少なくとも私は金で報われようとは思いません。住んでいる地域を微力でも守れたことの充足感だけで充分です。
だから、逃げた連中が金を要求する精神が分かりません。身勝手に逃げておいて金をくれ、冗談じゃない!これが「残った」私たちの本音です。
この人たちは単に武田邦彦などの悪質なデマッターに騙されて、不必要な避難を自己選択したにすぎません。

石垣島へ逃げた自主避難者歌人俵万智氏の一句。
「子を連れて 西へ西へと 逃げてゆく 愚かな母と 言うならば言え」(俵万智)

そのとおり。
あなたは自分で地獄をえらんだのです。しかも家族を巻き込んで。

 

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コメント

勝手にパニック起こして移住した人になんて、何の補償も与える必要がありません。
私は震災から10日も経って物流が安定して関連ニュース以外にテレビもつまらんので久々に文学作品でも読もうかと···雨の中歩いてちょっと遠くの本屋まで出掛けて、たまたま目に入って買ったのが映画化もされたドイツ文学「みえない雲」という(笑)
で、その日の雨が大した量では無かったけど当地での最大放射能雲だったというね。

タラワマチさんみたいなカネ持ち有名人はさすがの行動力(プッ!)。原発事故直後に東京から仙台の実家までバス乗り継いで両親残して預けてた子供だけ連れて山形空港(ごった返してましたね!)に到着して、ようやく臨時便で脱出して乗り継いで石垣島まで。
普通の人なら出来ないし、現地で馴染めたのはどこでもやっていけるネームバリューあってこそ。自ら作り出したディストピアなんか面倒見る必要無し!

朝日新聞の連載で国道13号で福島から栗子峠を越えて米沢市に入る前にクルマの窓を開けると子供がギャン泣きしたとかありましたね。あの「プロメテウスの罠」でしたっけ?もう内容が酷すぎました。国民に恐怖ばかり煽ってどうすんだと。
また伊達市の田舎から単独で山形に避難した嫁さんが、落ち着いて戻ってみたら近所から「何だアイツ」と白い目で見られ家庭崩壊したとか、郡山市から旦那は仕事で留まったけど嫁さんと子供は山形に避難したけど残された旦那がアル中になったりフーゾク通いや不倫して家庭崩壊とかどうにも悲しいことが連続。
雪の少ない浜通りからの避難者には県や米沢市も最大限支援しましたけど豪雪地の除雪なんか知らなかったり、急ぐあまり無駄にデカい空家を契約したりが続出(それでも家賃は公費)。あの年は会津発祥の東北初の東証一部上場飲食企業の「幸楽苑」がシングルファザーの晩酌のお陰で売り上げ激増したり。
悲しかったのは、雪道に慣れていないママさんが家族に会いに運転していた栗小峠でスリップ死亡事故とかですね。。やりきれないです。

武田邦彦(自分は平気で川西町に講演に来た)みたいな煽りまくったヤツらは万死に値します!!

SPEEDIデータの隠蔽は最悪手でしたね。
それこそ数億円でも国会で「国費の無駄遣いだ」と追求する共産党なんか激オコしそうなもんですが。あれ、100億超ですよ。常時アップデートが必要なのでさらに毎年数億円。普段は何の役にも立たないのに。やっと出番が来たら民主党政権は隠蔽しました。

ユーチューブにダッシュボードにポケット線量計付けながら福島県内をドライブしてみた動画(ピーピー鳴りまくり)なんてのが沢山上がってたので(あのバカ売れしたウクライナSOAKS製線量計が精度デタラメだったけど)、2011年9月には私はドライブがてらに福島から相馬に抜ける国道115線を久しぶりに走ったけど、周辺のミルク工房や道の駅はもちろん閉鎖。セシウム検出された米がニュースになったの青波地区にも行ったけど、まあ人気が無かったですね。夜だったし。
沿線各集落ごとに必ず一軒は明かりが点いていて、あれは「防犯」のためだっんだと。
相馬市の沿岸部は道路が砂に埋まってました。国道6号も所々で段差を無理矢理埋めた場所が多くてガッタガタ。山側の抜け道を利用して南下したけど、どこからアタックしても福島第一原発から30キロで通行止めが徹底していました。

その後宮城県に北上して、昔よくドライブしていた浜街道を目指すも津波でどこも全滅!砂で覆われてました。何度もスタックしかけて引き返しました。途中で元は畑だった場所で水溜りの水を指で舐めてみたら···薄い塩味でしたね。。仙台空港近くの防風林の松もスッカスカになってて驚きました。
本当に1000年に1度のとんでもない津波だったんだと。。。


当時、どこの都道府県も放射能デマを信じて瓦礫受け入れをしてくれない中、石原都知事の英断で岩手県の瓦礫を受け入れてくれました。
その瓦礫を東京都に搬出す前に必ず放射能染料の測定を東京都の職員の方と測定していました。
毎日、いつも東京都より線量が低いのに受け入れ反対する人がかなりいると話していたことを思い出します。
石原都知事の判断力、人間としての器、本当にすごい人でした。

管理人さんも地元に残ってこのように自分で勉強して測定するってすごいことです。誰よりも説得力があります。

俵万智さんのあの歌は、胸の内の何処かで自分の愚かさを感じていたからか。それとも馬鹿なあなた方にはわからない、ということか。

1964年10月16日、東京オリンピックが開催されている時に、中共は初めて実験で核爆発に成功しました。
以来1980年までの大気圏内核実験と1996年までの地下核実験は、公式で46回、推定で50回以上といわれます。
先行してソヴィエト、アメリカ、イギリス、フランスも実験していたゆえに、世界中に放射性降下物がある時代があったことは、ある程度の年齢を重ねた方々は皆さんご存知のことですね。
中共ではろくな調査をしていないようですが、核実験によるフォールアウトの実態や影響は、我が国では当然調査され、今では検索すれば誰でも様々な資料にあたれます。
ご参考のひとつに、平成27年公開と思われる沖縄県公害衛生研究所報1977年11月
https://www.pref.okinawa.jp/site/hoken/eiken/syoho/documents/s11_17-27.pdf

(ちなみに、2014年公開のこちら↓によると、沖縄県には比較的高い自然放射線・放射能レベルを呈する地域があるそうです。
https://u-ryukyu.repo.nii.ac.jp/record/2007657/files/No97p039.pdf)

核実験によるフォールアウトが盛んであった頃の我が国に生まれ育ち暮らした人々に、フォールアウト由来の死亡や健康被害が有意に多くて社会問題になる、ということはありませんでした。
その一方で、ロプノール実験場のあるシルクロード一帯におけるウィグル人の健康被害が酷いことが、後に発覚することになります。
そして、NHKが仕掛けたシルクロード・ブームに乗って、80年代から多くの日本人が楼蘭へ行きました。
(そのあたりのことも含む記事を、かつて管理人さんもエントリーされましたね。
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2018/11/2009.html)

健康被害は急性か否かや放射能水準はどうかなど、どういう被曝かによる、我が国や各国の過去の調査からわかるそういった情報は、インターネットが普及していなかったシルクロード・ブームの頃は簡単に手に入らなかったけれど、2011年には入手可能でした。よく知らない人のブログやSNSや新聞記事と、我が国や各国の大学、専門機関、官公庁のデータや論文を比較参照することは可能でした。
管理人さんのような方々に叩かれた扉を開けて、協力する先生方がありました。
当時の政権が、わからなければ調べて、偏りのない知見を集め、データを国民に知らせるべきであったことは論を俟たないし、冷たくても結果論でも、自主避難した人も「自主」、自らの選択だと思っております。
それにしても、核実験を肯定しないし、当時の政権の重要情報に疎かった有り様を理由に国家賠償を求めるならばその気持ちはあり得ると思うし、年間1ミリシーベルト未満主義に陥った武田邦彦氏、「ベクレてる」の山本太郎氏、朝日「プロメテウスの罠」etc…罪深い者たちとその理由は、記憶・記録しておきたいものです。

俵万智先生、今、宮崎県民のはずです。時々、ローカルのTV番組とかなにかで見掛ける気がします。なんで宮崎県なのか自分はわかりませんが、石垣島より本州(九州)のほうがよかったのでしょうかね?

子どもの通う小学校にも長靴に謎のビニール袋を被せて身を守って?側溝の線量を測る母親達が出てきて、〇〇さん、そこ!触ったら危ないわ!きゃー!ありがとう!とか友情を深めながら世田谷の平和を守っていました。
農協関係の我が家は東電の次に終わりな職業の妻子として憐れみ目線で距離置かれてました。
まあ、ニワカ活動母達なのでパニックが落ち着いたらやってた側はすっかり忘れて楽しそうに暮らしてはります。

そんな中、私はここを毎日読みながらいち早く土中の粘土質が囲い込むように吸着する検証結果を書いていただいた日の感動は今も厚く思い出します。
本当に良かったお天道様は農と共にある私達に光をあててくださるのだと、管理人さんはじめ農家の方々の健康を改めて祈ったものです。

私の地元では、下水から出る汚泥焼却灰の受け入れをエコセメント業者が拒否して蓄積する一方でした。
下水は濃縮されてしまうので焼却灰からヨウ素やセシウムが検出されたのが原因でした、これを石原都知事が東京湾の埋立地へどうぞと助けてくれた覚えがあります。
保管場所がパンク状態でしたから神様に見えました(笑

今はセシウムだけ検出されてるようですが、不勉強のため行き先は不明です。
可燃ゴミの焼却灰はエコセメント製品になってます。目につき易いのは道路の側溝やインターロッキング、擁壁などですね。
もしかすると基準値が決められてエコセメントへ回ってるかもしれません。

自主避難だと思い出すのは大麻で逮捕された元女優です、ベクレル山本たちに感化されてような。
記事中の俵万智は親の世話をするとかで、昨年9月に仙台へ戻りましたね。
仙台→石垣→宮崎→仙台

記事の自主避難者に賠償金、これなんなんだろう。
腹立たしいですね、特に東京や神奈川。
強制避難なら理解できますが、勝手に転居しておいて金を寄越せって都合が過ぎるような気がします。

共産党系の入れ知恵で、悪党の東電から賠償金をせしめてやろう。
一つでもこんな判決が出るとこれから大変なことになるやも

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