福島事故 カン首相と吉田所長の抗命
菅直人元首相(←珍しくキチンと呼んであげました)の緊急対応そのものに対しては、今では肯定する人のほうが少数派です。
彼の主張の核心だった、「東電の全面撤退をオレが止めた」という主張は、朝日新聞・木村英照記者の『官邸の100時間』で拡散され、さらに彼が書いたスクープ記事として増幅していき、ひと頃は反原発運動の「定説」にまでなっていました。
しかしこの東電撤退説は、吉田調書の公開と朝日の謝罪と共に完全に否定されてしまいました。
しかし、その間反原発派が流布させてきた、「福島事故は人災」あるいは「地震で原発が壊れた」というのは半ば定説と化してしまいました。
また東電は人災説の主犯とされ、「事故時に逃亡を企てていた極悪卑怯な奴ら」という負のイメージは、訂正されないままに漠然とした「印象」として定着し続けているようです。
この東電悪玉論は、事故対処のみならず、事故原因そのものまでも地震によるものだと決めつけています。
この福島事故地震原因説は、国会事故調のみが匂わせているにすぎず、政府事故調は明解に否定しています。
政府事故調によれば、福島第1は、地震発生直後、新福島変電所からの外部電源が送電鉄塔の倒壊により途絶したにもかかわらず、定期点検中だった4号機A系(海水冷却)を除いてすべての非常用DG(ディーゼル発電機)は起動しています。
これによって、1号機から6号機までの非常用M/C(金属閉鎖配電盤)の電圧は正常に復帰しています。
これによって原発は自動的に停止モードに入りました。おそらく地震のみの衝撃だったのならば、福島第1は完全に耐えたと結論づけることができます。
しかしそこに、津波が襲来したのです。政府事故調報告書は、こう書いています。
「津波到着後、1号機から6号機に設置されていた13台の非常用DGのうち、2号機B系(空気冷却)、4号機B系を除いたすべての非常用DGが機能を停止したと推認できる」
(政府事故調報告書)
つまり非常用ディーゼル発電機が機能したか否かこそが、この福島事故の核心的問題であって、それは地震に耐えて起動したが、津波によって停止した、これが事故の運命の分岐点だったのです。
今の規制委員会の余りに地震のみにシフトした規制の流れは、この事故の原因の本質からはずれたもので、後にいろいろ出てくる地裁レベルの判決もこの空気に便乗したものにすぎません。
出典不明
そもそも菅氏が「海水注入停止命令をしただろう」という批判に反論して、「いやそれをしたのは東電だ」という弁明から始まったことです。
そしてそれはやがてお定まりの東電バッシングへと変化していきます。
さて、菅氏の主張が正しかったのかどうか、一連の東電、保安院、安全委員会も巻き込んだきしみに、幕を下ろしたのは、この吉田昌郎所長でした。
これを周囲は、海水注入停止命令と受け止めたのが、連絡官として官邸に詰めていた武黒一郎フェローです。
この人物の経歴を見るとまさに原子力畑一直線なのが分かります。東電のまさにエリート中のエリートです。
そして、この武黒フェロー(副社長待遇)が、注水停止を命じた相手が、私たちもよく知る吉田昌郎所長でした。
東電のような国家官僚機構を思わせる牢固な組織で、武黒氏は、吉田の5年先に入社し、組織系列上も上司に当たります。
ほぼ絶対的指揮権を持つと言っていいでしょう。
下に政府事故調が作成した、緊急対策時の組織系統図を載せておきます。
以下のやりとりは、朝日新聞木村英昭記者が、『官邸の100時間』という本の中で記録しています。
木村記者は、宮崎知巳記者と共に、東電撤退問題を描いた『官邸の5日間』『東電テレビ会議49時間』、あるいは『福島事故タイムライン』などの著作を書いています。
宮崎記者は、鼻血風説の源流である、『プロメテウスの罠』第6シリーズのデスクです。
木村、宮崎両記者は取材源の菅氏に接近しすぎたためか、あるいは、そもそも考え方に親和性があったためか、菅氏に大いに入れ揚げました。
そして、東電逃亡撤退説や、海水注入東電説彼などを流布させ、それはたちまち反原発派の定説と化しました。
あげく、菅からリークされたと思われる「吉田調書」をネタ元とする、「所長命令に背いて所員は逃亡」という捏造スクープを放ち、朝日を社長謝罪の窮地に追い込んだことは、記憶に新しいことです。
朝日特有の「角度」をつけすぎたようです。
では、船橋洋一氏『カウントダウン・メルトダウン』と、木村英昭氏『官邸100時間』をソースにして、以後の状況を再現します。
国会証言する武黒フェロー。彼は菅氏の圧力に全面屈伏して、吉田所長に注水を止めるように指示してしまった。
●官邸・武黒から吉田所長への携帯電話
2011年3月12日午後7時過ぎ。官邸から携帯で吉田に電話。
武黒「おまえ、海水注入は」
吉田「やってますよ」
武黒「えっ、おいおい、やってんのか、止めろ」
吉田「なんでですか」
武黒「おまえ、うるせぇ。官邸がグジグジ言ってだよ」
吉田「何言ってんですか」(電話を切る)
国会証言では紳士的な口調で、冷静に語る武黒氏を知る者にとっては、仰天するような乱暴な調子です。
もちろん、同じ東電内部の会話で、しかも上司・部下の関係ですからわからないではありませんが、いかに武黒氏が動転しパワハラまがいを働いていたのかわかります。
武黒氏は、もはや原発事故に立ち向かう技術者としてではなく、ただの菅氏のご機嫌を取り結ぼうとする道化と化してしまっていたのです。
斑目氏に次いで、、余りにも無残なテクノクラートの姿がそこにあります。
事故に当たったっての彼らの素人政治家への屈伏は、日本の原子力安全文化の最終的崩壊を示すものでした。
海水注水を止められて驚愕した吉田所長は、テレビ電話で清水正孝社長に直訴します。
清水社長。福島事故において、「嵐になれば現場にみんな駆けつける」モットーは守られなかった。
吉田 テレビ会議で本店の武藤副社長に海水注入の必要を訴える。
東電本店「官邸の了解が得られていない以上、いったん中断もやむをえない」
・吉田、納得せず
東電清水社長「今はまだダメなんです。政府の承認が出てないんです。それまでは中断するしかないんです」
・吉田「わかりました」
(※テレビ会議画像 http://matome.naver.jp/odai/2134425146053938201)
吉田氏は、政府事故調への証言の中でこう述べています。
「指揮系統がもうグチャグチャだ。これではダメだ。最後は自分の判断でやるしかない」
(政府事故調)
この吉田氏の決意こそが、この事故における「灰の中のダイヤモンド」でした。
本来最前線で戦う吉田氏をサポートすべき政府官邸、保安院、東電本店はことごとく将棋倒しのように倒壊し、彼の敵と化していたのです。
そして吉田昌郎と69名の人々、後に外国メディアから「フクシマ・フィフテーン」と称賛された現場職員と、現場支援で駆けつけた自衛隊、警察などの現場力の肩に、日本の命運は託されていたのです。
さて、武黒フェローから、電話で注水停止命令が来た直後、吉田はそれを「分かりました」と切った後に、清水社長からも同様の停止命令が下ります。
吉田は、テレビ電話に聞こえるように大きな声で、制御室にいた所員全員にこう言い渡しました。
「海水注入に関しては、官邸からコメントがあった。一時中断する」
そして、テレビカメラに背を見せて注水担当に対して、こうしっかりと指示を出します。
「本店から海水注入を中断するように言って来るかもしれない。しかし、そのまま海水注水を続けろ。本店が言ってきたときは、おれも中断を指示するが、しかし絶対に水を止めるな。わかったな」
抗命です。組織社会においては、厳罰を以て処分されるべきことには違いません。
しかし、吉田の指示こそが正しく、この指示がなければ、東日本は長きに渡ってノーマンズランドを強いられたはずです。
東電の事故直後の2011年5月26日の東電プレスリリースはこう記述しています。
<3月12日の主要な時系列>
(略)
18:05頃 国から海水注入に関する指示を受ける
19:04頃 海水注入を開始
19:06頃 海水注入を開始した旨を原子力安全・保安院へ連絡
19:25頃 当社の官邸派遣者からの状況判断として「官邸では海水注入について
首相の了解が得られていない」との連絡が本店本部、発電所にあり、 本店本部、発電所で協議の結果、いったん注入を停止することとした。
しかし、発電所長の判断で海水注入を継続。(注)
(注) 関係者ヒアリングの結果、19:25頃の海水注入の停止について、発電所長の判断(事故の進展を防止するためには、原子炉への注水の継続が何より
も重要)により、実際には停止は行われず、注水が継続していたことが判明しました。
出典不明
以上でお分かりのように、狭い意味で、吉田所長に注水停止を「命じた」のは東電本店から官邸に派遣された武黒フェローであり、彼からの「吉田は頑として言うことを聞かず注水を継続している」という報告に動転した、東電本社の清水社長でした。
しかしそれは、この状況の流れを見ればわかるとおり、武黒フェローに強要したのが誰だったのか、ということです。
それは、周囲の保安院の専門家に、「お前、水素爆発はないと言ったじゃないか」と不信を募らせていた人物。
安全委員会の斑目委員長の、「今、水を入れなきゃいけないんです。海水で炉を水没させましょう」という提案を、海水だから再臨界を迎えるという間違った素人考えで、「もっと検討しろ」と、議論を断ち切ったまま退出してしまった人物。
東電・武黒フェローをして吉田所長に電話させ、「まだ注入しているのか、止めろ!」と言わしめた人物。
そして東電清水社長から吉田所長に、「官邸の了解が得られていない」と言わせた人物。
そう、それは菅直人内閣総理大臣閣下、その人でした。
彼の犯した失敗の本質は、海水注入停止命令を出したか出さないか、という具体事象だけの問題ではなく、むしろ緊急対応時の指揮権を私的に掌握してしまったことにあります。
首相はただの対策本部長であっていわば調整役にすぎません。
事故対応の現場指揮に介入する権限はなかったのです。
つまり、菅氏の言う、「注水停止を命令させたのは武黒と清水だ」という主張は、「嘘は言っていないが、かといって、ほんとうのことは何ひとつ言っていない」という虫のいいものにすきません。
むしろ問題は菅氏批判にとどまらず、このような素人に最高指揮権の私的掌握を許す余地がある原子力安全政策そのものでした。
この反省から事故後は、現場指揮権は規制委員会に一元化されています。
さて吉田所長の最期に残された遺言とも言うべきビデオメッセージがあります。
この直後、吉田はまるで戦死するかのように死去しています。
やや長文ですが、一部を引用させていただきます。
「覚悟というほどの覚悟があったかはよくわからないが、結局、我々が離れてしまって注水ができなくなってしまうということは、もっとひどく放射能漏れになる。そうすると5、6号機はプラントはなんとか安定しているが、人もいなくなると結局あそこもメルト(ダウン)するというか、燃料が溶けることになる。
そのまま放っておくと、もっと放射能も出る。福島第2原発も一生懸命、プラントを安定化させたが、あそこにも人が近づけなくなるかもしれない。そうなると非常に大惨事になる。そこまで考えれば、当然のことながら逃げられない。
そんな中で大変な放射能、放射線がある中で、現場に何回も行ってくれた同僚たちがいるが、私が何をしたというよりも彼らが一生懸命やってくれて、私はただ見てただけの話だ。私は何もしていない。実際ああやって現場に行ってくれた同僚一人一人は、本当にありがたい。私自身が免震重要棟にずっと座っているのが仕事で、現場に行けていない。いろいろな指示の中で本当にあとから現場に話を聞くと大変だったなと思うが、(部下は)そこに飛び込んでいってくれた。本当に飛び込んでいってくれた連中がたくさんいる。私が昔から読んでいる法華経の中に地面から菩薩(ぼさつ)がわいてくるというところがあるが、そんなイメージがすさまじい地獄のような状態で感じた。
現場に行って、(免震重要棟に)上がってきてヘロヘロになって寝ていない、食事も十分ではない、体力的に限界という中で、現場に行って上がってまた現場に行こうとしている連中がたくさんいた。それを見た時にこの人たちのために何かできることを私はしなければならないと思った。そういう人たちがいたから、(第1原発の収束について)このレベルまでもっていけたと私は思っている」
吉田昌郎とは、このように心の深い人でした。
同じ時代を生きた私が英雄と呼べた数少ないひとりです。
合掌。
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また、中国がIAEAに中華権威主義で何けせつけてきむしたね。こっちは構わないのだけど、あちらのとりちうむ
投稿: 山形 | 2023年9月13日 (水) 14時06分
おさらいするって大事ですね。
朝日新聞が他社に先駆けて非公式に入手した「吉田調書」には、「線量の低いところへ一回退避して次の指示を待て」との自身の言葉が十分伝わらず、伝言ゲームが起きてしまった、との発言があります。
また、「よく考えれば2F(福島第二)に行った方がはるかに正しいと思った」との発言もあります。
吉田所長のそのような発言もあったことを、読んで知っていたはずなのに、朝日新聞は後に取り消すことになるあの1面トップ記事を書いたのです。
参考「朝日新聞社報道と人権委員会」の見解
https://www.asahi.com/shimbun/3rd/prc20141112.pdf
マスコミとは、「死んだに等しい」過ちを繰り返すのが宿命なんですかね。
(今また、こんどは全マスメディアが、過去からの「死んだに等しい」過ちが露わになっていますが、どうする。)
投稿: 宜野湾より | 2023年9月13日 (水) 17時19分
もしこの吉田という人が所長ではなくて、ごくフツーのサラリーマン所長だったら、もう本当に大変なことになっていたんですねぇ。海水注入を中止していれば、原子力発電施設は高熱で溶けて放射性物質がドバーで、今日の屁のようなトリチウム騒動では済まないレベルの本当の大事故になってました。
もう10年以上経ち、つい当時の事を忘れがちですが、故吉田所長はじめ彼をささえたスタッフに改めて感謝いたします。昔から、「日本はトップは無能だけれど、現場が優秀なんで何とかなってる」と言われ続けていますが、この時もトップは無能さを曝け出していただけなんですね。改めて思い起こさせていただきましたわ。
中共や北は内政から崩壊し始めると独裁者支配なんで必ず外へ出て来ます、もうガチですわ。日本政府トップが能無しだとしたら、もう自衛隊の有志しか頼れませんわ。故吉田所長とそのスタッフのような人達が、自衛隊の中にいてくれることを、心から祈ってますわ。
私のようなドシロートにも、有事にはケンポー第9条に抵触するような判断を強いられ、違反する行為によってしか守れないものがあり、誰かがそれをしなければならないと判ります。
投稿: アホンダラ1号 | 2023年9月13日 (水) 22時06分