第5次中東戦争にはならないと思います
第5次中東戦争が起きて世界大戦に発展するぞ、と騒ぐ人が出ていますが、ありえないと思います。
しかもこの発信源は、ひともあろうに私が今までいちばん信頼していたイスラム研究者の池内恵氏ですから、ショックでした。
池内氏はこうツイートしています。
いったいどういう意味で、池内氏は「第4次中東戦争まで中東の時計の針が戻る」というのでしょうか。
池内氏は第4次中東戦争(ヨナ・キプール戦争)の枠組みがまた再現されて、「 全アラブvsイスラエル」の枠組みで第5次中東戦争が勃発するとでも考えているのでしょうか。
ありえない想定です。
では、第4次中東戦争当時の両陣営の枠組みをみてみましょう。
イスラエル陣営はただ一国ですが、攻め込んだアラブ諸国は、エジプトを主力として、シリア、イラク、ヨルダンの4カ国でした。
イスラエル内部も複雑に分裂していましたが、外からの侵略に対しては団結するのがこの国の掟です。
一方、アラブ諸国はさらに複雑で、「パレスチナの大義」という概念規定が欠落したスローガンはすべての国が賛成するものの、現実にイスラエルとの戦争に兵を出す段になると温度差が浮き彫りになりました。
4度にわたり衝突「中東戦争」ってどんな戦争だった?(THE PAGE)
上図をみればわかるように、第1次から第4次まで一貫して参戦しているのはわずかにエジプト一国だけです。
大きな軍事力を持つサウジは一貫して、米国との摩擦を恐れて不参加を決め込みました。
原油の最大顧客が米国だったからです。
参戦した3カ国は、エジプトはシナイ半島、ヨルダンはヨルダン川西岸、シリアはゴラン高原と、共に3回の中東戦争でイスラエルに領土を奪われたためにやむなく参戦したのです。
そして現在、シナイ半島はすでに返還され、残るヨルダン川西岸には小規模ですがパレスチナ自治区となり、ゴラン高原にはPKO(UNDOF)が入っています。
同上
つまり、いまや湾岸諸国にとって、しょせん「外国」にすぎないパレスチナのために、中東最大の軍事大国のイスラエルと戦争などして国の浮沈を賭けたくはないのです。
それに湾岸諸国はイスラエルが核を保有していることもよく知っています。
そしてイスラエルがハマスの妄想のように地上から消し去る危機に遭遇した場合、それを使用することをためらわないこともわかっています。
わかろうとしない国がひとつありました。
ハマスのような狂信者を育て、中東諸国にテロ組織を配布して地域の不安定を作り出しているペルシャ人の国です。
湾岸諸国からすれば、イランなど宗派も違う上に、エラソーにイスラエルと戦えと呼号しながら、自分は一度も本格的戦闘を交えたことがない安全地帯にいたような国です。
こんな国がいくら太鼓を叩いても、湾岸諸国は参戦することはありえませんし、仮に米国と対決することになろうとも湾岸諸国は冷やかに眺めているでしょう。
第4次中東戦争での主力は、エジプトとシリアだったことを忘れないで下さい。
ヨルダンは参戦したものの、戦場に到達しないようにのろのろと進軍したといわれていますから、実際「アラブ側」といっても実態は2カ国プラスアルファ程度にすぎませんでした。
とうてい「全アラブ陣営」の枠組みで戦っていないのが、おわかり頂けたでしょうか。
第4次中東戦争によって、エジプトはいかなる手段でもイスラエルには勝てないということを身に沁みて理解しました。
言い換えれば、イスラエルを消滅させることは物理的に不可能だと悟ったのです。
しかもただぼろ負けしたのではなく、最終的には負けたにせよ、戦い半ばまではイスラエルを押しまくり、イスラエル軍自慢の機甲部隊と航空機を多く撃破しました。
いままで一回も勝ったことのないアラブ陣営にとって、この緒戦の勝利は特筆すべき輝かしい経験でした。
スエズ運河を渡河してシナイ半島に侵攻するエジプト軍
第四次中東戦争 - Wikipedia
しかしイスラエル軍の主力が揃い反撃に出ると、形勢は逆転し、逆にエジプトとシリアは自国領土に攻め込まれて終わりました。
「純軍事的にみればイスラエル軍が逆転勝利をおさめたのだが、戦争初期にとはいえ第一次、第二次、第三次中東戦争でイスラエルに対し負け続けたアラブ側がイスラエルを圧倒したという事実は「イスラエル不敗の神話」(イスラエルはアラブ側に対して決して負けない)を崩壊させ、逆にイスラエルに対して対等な立場に着くことができたエジプトは1979年、エジプト・イスラエル平和条約を締結し、1982年にシナイ半島はエジプトに返還された(同年ゴラン高原はイスラエルが一方的に併合を宣言した)」
Wikipedia
皮肉にも、緒戦でのエジプトの勝利によっていままで出ると負けだったエジプトは自信を回復し、米国やイスラエルと対等の立場で交渉し、平和条約の締結に至っています。なにがどうころぶかわかりません。
この1979年に第4次中東戦争の結果生まれたエジプト-イスラエル平和条約が、今のアラブ世界とイスラエルの関係の基本となっています。
そこで決まったのは以下です。
●エジプト-イスラエル平和条約
・相互の国家承認
・1948年以来続く中東戦争の休戦
・1967年の六日間戦争で占領したシナイ半島からのイスラエル軍及び入植者の段階的撤退(1982年完了)
・返還後のシナイ半島におけるエジプト軍の兵力規模および活動地域の制限と国連平和維持軍の駐留
(ウィキ前掲)
ですから第4次中東戦争こそ、アラブ諸国にコペルニクス的転回を与えた戦争だったわけです。
その意味で、池内氏が「第4次中東戦争時に戻る」というのは大変けっこうなことだと私は思うのですが、ナニを心配されているのかしら。
このような経過を持つエジプトが、いまさら「外国」のパレスチナのために戦争をイスラエルに仕掛けるということはありえません。
エジプトが立たないような対イスラエル戦争など絶対にありえませんし、エジプトが踏み切る可能性はかぎりなくゼロである以上、第5次中東戦争などどこをどうしても起こりようがないではありませんか。
ところで、エジプトなどの湾岸諸国の態度を飯山陽氏はこう規定しています。
①イスラエルに対しては、入植や「占領」を批判。
②パレスチナの大義は支持。
③パレスチナ自治政府に対しては失望。
④ハマスはテロ組織。
(飯山陽note)
ハマスはメディアのいうように「ガザ住民の福利厚生団体」などではなく(あたりまえだ)、ISなどと同じイスラム教原理主義テロ組織です。
ですから、湾岸諸国が④ハマスをテロ組織と認定しているのは、彼らがイスラム原理主義国家を目指して王政打倒を叫んでいるアブナイ奴らだからです。
彼らは、サウジ、ヨルダン、UAE、ついでに世話になっているカタールの王室などもまとめて地獄行きだと考えています。
こんな自分の国をメチャクチャにしかねない過激派と一緒に戦争ができるかどうか、考えてみればお分かりのとおりです。
カタールがハマスのボスを優遇しているのは、ヤクザにめかじめ料を払って、うちだけはなんとかお眼こぼしをと思っているからにすぎません。
カタールは、米国に睨まれないために米軍基地を置いてバランスをとったつもりになっています。
このように湾岸諸国はまことにいじましい国々で、軒並みハマスに対しては強い嫌悪感をもっています。
ハマスはかつてエジプトにおいてムスリム同胞団をもとにしてつくられた団体ですが、エジプトはハマスと袂をわかっています。
むしろ今はハマスの流入を恐れて、ガザとの国境にあるラファ検問所を閉めています。
「イスラム教は信仰だが、国の安全保障にまつわる政治を必ずしも超越するとは限らない。
エジプトに住む何百万人ものムスリムの人たちは、ガザの民間人の苦しみを前に、何とかしたいと思っているはずだ。
しかしエジプト政府は、たとえ平時だったとしても、ラファ検問所を越えてガザからエジプトへ入ることを認めていない。イスラエルは今回、ガザ地区を完全封鎖しているが、ハマスが2007年からガザを実効支配するようになってからというもの、エジプトは同じようなことをしていたのだ」
(BBC10月18日)
【解説】 他国は巻き込まれる? イスラエル・ガザ戦争、読者の質問にBBC特派員が回答 - BBCニュース
湾岸諸国は、今回の事件について外国から問われれば「パレスチナの大義」と条件反射的に応えるでしょうシ、イスラエルのガザ爆撃を非難するでしょうが、実際にはただのお題目にすぎません。
かつてのように戦争などする気などまったくありません。
その力もなければ意志もないのです。
エジプトさえガザとの検問所を閉めて難民の流入を防ぐていどの対応しかしていませんから、あとの諸国は推して知るべし、戦う気などゼロです。
中東諸国が戦う気がないのに、誰が中東戦争をするのでしょうか。
この状況に危機感を持ったのが、イランとハマスでした。
最期の大物であるサウジすらまさにイスラエルと握手しようという直前にこのハマスのテロが炸裂したわけです。
ハマスを操ったのはイランであることは確かです。
直接にゴーサインをだしてはいないようですが、ここまでハマスを育成してしまったのはイランとカタールです。
イラン=ハマスは到底イスラエルが主権国家として容認できない規模のテロを仕掛けてイスラエルをおびき出し、ガザの戦場に引き込んで市民の死傷者の山を築かせて孤立化させようとしています。
イランの手先のヒズボラが米軍基地に攻撃をしたために米国はイラン国外の軍事目標を攻撃していますが、極めて抑制された反撃で、イランとの全面戦争に発展する可能性はありません。空母打撃群を2個急派しましたが、それはヒズボラへの押さえだといわれています。
この空母打撃群は、常に中東、大西洋方面に配置されているものですから、アジア方面が手薄になっているということはありません。
したがって、アジア方面の兵力を引き抜かねばならないような事態ではありません。
仮にそうなっても困らないように、日本は対中抑止を重層化しておく必要があります。
いま、日本がしているのはフィリピンとの準同盟関係づくりです。
「日本とフィリピン両政府は、自衛隊とフィリピン軍が共同訓練する際の入国手続きなどを簡略化する「円滑化協定」の締結に向けた協議を進める方針を固めた。岸田文雄首相が11月上旬にフィリピンを訪問して同国のマルコス大統領と会談し一致する。同協定が締結されれば、日本が「準同盟」と位置づける豪州、英国に続き3カ国目となる」
(朝日10月28日)
自衛隊とフィリピン軍、訓練円滑化へ 来月首脳会談、中国念頭に協力 [岸田政権]:朝日新聞デジタル (asahi.com)
要は、米国がどうであろうと日本は日本の構えを怠らないということに尽きます。
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