「イスラエルの核」という複雑なパズル
イスラエル情勢を語る時に、なぜか語られないものがひとつあります。
イスラエルの90発以上といわれる核の存在です。
後述しますが、これは疑惑ではなく公然の秘密であって、イスラエルは保有をあえてあいまいにする戦略をとっているだけのことです。
これはイスラエルが、米国の核の傘(拡大抑止)に入っていないことを意味しています。
イスラエルの核は、米国にすら完全に隠匿して開発されました。
米国政府がイスラエルの核の存在に気がついたのは、英紙サンデー・タイムズが1986年10月5日号において「暴露─イスラエル核兵器の秘密」というスクープ記事によってでした。
同紙は、イスラエル南部のネゲブ原子力センターの元原子炉技術者モルデハイ・ヴァヌヌの内部告発証言と、彼が撮影した多数の写真に基づいて、極秘の巨大な地下工場で核兵器が製造されていることを暴露しました。
そしていまや、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は2017年、イスラエルが保有する核弾頭数を80発と推定しています。
この80発はミニマムの数字で、おそらくイスラエルは現在約80~200発の核爆弾とその運搬手段を保有していると見られています。
米国はあえてこの「イスラエルの核」の存在に眼をつぶってきました。
最初の暴露記事が出た1986年から6年後に、米国はイラクに開戦するにあたっての大義を核兵器や大量破壊兵器の開発阻止に置きましたが、戦後の検証によってそのようなものはなかったことがわかっています。
またイランは2003年に核開発が露顕した後、厳しい制裁を受け続けています。
しかし、中東において最初に核開発に成功し、核爆弾とその投射手段を保有するイスラエルにはひとこともありませんでした。
これは二重基準です。
どうしてこのようなダブスタをイスラエルに対してだけとるのでしょうか。
その理由は逆説的ですが、NPT(核拡散防止条約)体制を護持したいからです。
世界の主権国家を、核保有国である米露中英仏(P5)と、それ以外の非核兵器国に二分して管理するのがNPT体制です。
これこそが戦後体制そのものでした。
しかし唯一の例外がありました。いうまでもなくイスラエルです。
煎じ詰めると、主権国家の運命はどこの国の核の傘に入るのかで決定されます。
なんの紛争もない凪の地域ならいざ知らず、外国の脅威にさらされている国にとって、どの国の差し出す核の傘にわが身を預けるのかで、国家の行き先は決定されてしまうのです。
たとえばアジア・オセアニアにおいては、日韓豪NZの国々は中国の核に対峙するには米国の核の傘に入るしか選択の余地がなかったわけです。
では、イスラエルはどうでしょうか。
イスラエルは米国の兵器体系に依存しながらも、核兵器に関しては独自の道を選択しました。
つまりイスラエルは、米国や欧州を信じていなかったのです。
欧州は、ナチスのホロコーストに際して無力だったばかりか、フランスのようにドイツ占領地域においてユダヤ人狩に協力した恥じるべき歴史を持っています。
どうしてら彼らを信用できようか、それがイスラエルの本音でした。
そして誕生したばかりのユダヤ人国家の存続の担保として核を保有したのです。
イスラエルという国を無から作り上げ、核保有に踏み切ったのはダヴィッド ・ベングリオン初代首相でした。
ベン・グリオン ハウス|アレックスソリューションズ@イスラエル (note.com)
「「原子力兵器」の開発・保有は、初代イスラエル首相ダヴィッド・ベングリオンの着想である。ベングリオンが核兵器開発を重視した理由としては、
①「イスラエルの破壊・抹殺」を叫ぶアラブ諸国による「第二次ホロコースト(the second Holocaust)」を絶対に阻止するとの決意。
②人類初の原爆製造に成功したアメリカのマンハッタン計画にユダヤ人科学技術者が多大の貢献をしたことなどからくる「ユダヤ人の頭脳」への信頼。
③原子力エネルギーを利用した大規模淡水化事業によって不毛のネゲブ砂漠を花咲く緑の草原に変える。
(『イスラエルの核不透明政策と ケネディ~ニクソン政権』船津靖)
HG40206 (2).pdf
すなわちイスラエルの核開発は、二度とホロコーストを受けないというユダヤ民族の決意そのものであり、それはユダヤ人を海に追い落とせと叫んで四方から攻め込んで来るアラブ諸国に対する恐怖が背景にあったのです。
これは今に至るもいささかも変化しないイスラエルの根っこにある感情です。
すぐれた現実主義者だったベングリオンは1948年の独立戦争の勝利の後も、アラブ世界の攻撃はこれで終わりとならず極めて長期間これに耐えぬかねばならないことをわかっていました。
彼はこう言っています。
「平和は,アラブ側が自らの敗戦と和解するまで来ない。この敗戦がアラブ人指導者の愚かさや分裂に起因する単なる失敗ではなく、将来にわたって訂正不可能であることをアラブ側が理解するまで平和は来ない。
和平の実現には、アラブ人が(イスラエル建国という)領土の損失を最終的に受け入れる必要がある」
(船津前掲)
ベングリオンは、アラブ側が物理的にイスラエルを解体できないと理解するまでこの包囲は続き、アラブにイスラエルの最終的不可逆性を納得させるには、核を手にする必要があると考えたのです。
この根源的とでも言っていいホロコーストへの恐怖がある以上、イスラエルの核をとりあげることは不可能です。
しかし同時に、ベングリオンはこのイスラエルの独自核武装をもっとも嫌うのは、他ならぬ独立宣言の19分後に承認してくれた米国であることも熟知していました。
米国は最大の支援国であると同時に、イスラエルの核についてもっとも嫌う国なのです。
なぜなら、イスラエルの核武装は米国が考えているNPTという戦後枠組みを否定するものだからです。
それが故に極秘に開発し、核保有をひとことも漏らさず、持っているとも持っていないとも言わない曖昧戦略に徹したのです。
まるで中東の都市伝説のように漂うイスラエルの核の幽霊です。
ただし欧米もイスラエルが核保有していることは充分に知っていました。
だから、先日のガザ地区核爆発というフェークニュースが信憑性を持って世界に流れたのです。
しかし彼らはイスラエルの核を非難できないでしょう。
なぜならホロコーストを許したという巨大な倫理的負い目があるからです。
このあいまい戦略は、米国にとって福音でした。
表向きは、核拡散防止条約体制は崩壊していないように見えるからです。
そして実態を知っているアラブ側は、これ以上のイスラエル侵攻をすればイスラエルが核使用に踏み込むということに恐怖しました。
そのうえ通常兵器でも、情報戦においてもかなわないとなれば、一部の過激派が振り回す「パレスチナの大義」という旗は静かに降ろすしかなかったのです。
つまりベングリオンが夢見た、イスラエルを囲む平和な環境が整おうとする兆しがほのかに見え始めたのです。
それがトランプが放った「アブラハム合意」であり、さらにイスラエルとアラブ世界の盟主サウジとの接近でした。
この流れが完了すれば、安んじてイスラエルはこの核という戦略的資産を神殿からとりださずに済んだはずでした。
しかしこの共存を断じて許さないとする国が一国残りました。
それがアラブ人ではなくペルシャ人の国イランです。
そしてこのイランはロシア、中国と新悪の枢軸を組んでいます。
イランが操る大規模テロが大爆発したのです。
今後、イランが核保有し、国際社会がイスラエルを孤立させる方向で動いたならば、イスラエルは核保有宣言をするかもしれません。
核なき世界が夢だという岸田氏よ、ぜひイスラエルの核というパズルをほどいてみてください。
お菓子のような反核では、どうにもならないことが少しは分かるでしょうし、米国がこれほど奔走しているのはイスラエルに核保有宣言をさせないためだと分かるでしょう。
最悪ここで核の火の手が上がれば、世界を巻き込んだ大戦に発展する可能性もありえます。
なお、念のために申し添えておきますが、私は今のイスラエルによるガザ地区爆撃は過剰報復で容認できないと考えています。
また、いっそう泥沼化し、被害を爆発的に拡大する地上進攻にも賛成しかねます。
ただし彼らがこれを2度目のホロコーストだと認識するのは当然ですし、反撃の権利は留保されるべきです。
これが大前提であって、しかしなお、今イスラエルに必要なことは頭を冷やすことです。
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なんとも悩ましい話ですね。「ガザで核爆発」なんてデマは論外ですが。
かつては南アフリカも「実は核弾頭を持っている」「イスラエルとの共同開発」とか噂されていました。正にアパルトヘイトが酷すぎると欧米から制裁を受けていた80年代後半てすね。インド洋の沖合で核実験したとか。
で、今は持ってませんよと。何発持ってて残りはどう処分されたのかは完全に謎のままですけど。
投稿: 山形 | 2023年10月26日 (木) 08時06分
エジプトやサウジなどの湾岸諸国は米国が地域から離れつつある中で、イランの台頭が脅威と感じているのが明らかです。
イランもパーレビの時代は自由でした。女性がヒジャヴなどせずに道をあるいていたし、人々の暮らしむきも良かった。
湾岸諸国が今のイランをけん制するためにイスラエルと関係改善し、イランの軍事的脅威から逃れる方法を模索するのは必然です。
イランはアブラハム合意をはじめ、サウジとイスラエルとの国交正常化や、果てはオスロ合意さえ妨害したいので、その延長線上に今回のハマスによるテロ事件が勃発したと見るべきです。
湾岸諸国は、今回イスラエルが地上戦をどう行うか、その事に注目してはいるでしょう。サウジがイスラエルとの関係改善を凍結するなど、時間はかかるでしょうが、その大きな流れは変わりません。
イスラエルには革命イランを抑え、破壊出来るだけの軍事力があり、その中心たる核もあるからです。
イスラエルの核はかように地域の政治に重要な役割を果たしていて、さらにそのバックには米国が隠然と控えているとなれば、悪あがきはイランの側です。
イスラエルが核所有している事を公然と認めれば、イランが核所有してはならない理由の一端が削がれます。
イスラエルはなるべく自重して自然にわが身に覇権が落ちてくるようにすべきだと思いますが、「ユダヤ人は同情されて死ぬよりも、憎まれつつ生きる方をのぞむ」と言った元首相の言葉が示すように、この地域独特の事情は我々には理解不能かも知れません。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2023年10月26日 (木) 22時58分
「サムソンオプション」という本によると、南アフリカとイスラエルの核兵器開発の協力体制は、1960年代にはじまっていたそうです。
イスラエルの核兵器開発がうわされたのは、1960年代初頭でアメリカが1986年まで気づかなかったとは、考えにくいので、事実上黙認していたのでしょうし、南アフリカの核兵器開発協力も同様です。
南アフリカは、1993年に保有していた核兵器を解体したと発表した際に、解体した核弾頭は6発と報告していますが、一部関係者からは、「サッカーボール大の小型核弾頭もあった」との証言もあります。証言が事実なら、その小型核弾頭はどこへ行ったのか?これは、協力関係にあったイスラエル以外に考えられないでしょう。
もし、イスラエルが核使用に踏み切るとしたら、この小型核弾頭が使われるのではないかと予測されます。
想像以上に、水面下における「核のつながり」は入り組んでいるように思われます。
投稿: ami | 2023年10月29日 (日) 00時21分
amiさん、どーも。
例えばトム·クランシー原作でベン·アフレック主演で90年代に映画化された「トータル·フィアーズ」でしたっけ、一応SFではありますけどかなり有り得そうな核テロがテーマでした。あの作者そういう絶妙なトコ書くの上手だし。
73年秋の第四次中東戦争で核爆弾2発搭載したイスラエルのA-4が砂漠で墜落して、一発は周囲に核汚染。残りの一発がアメリカに持ち込まれてドカン!そして実は核爆弾はアメリカ製という話でした。
ロシアとの交渉やKGBも絡んで···実際に第四次中東戦争ではソ連は介入ギリギリで、核使用もしようとしていたのは事実のようで。ブレジネフは不眠症と泥酔で(米国のニクソンと同じかよ!)、当時の介入を一番推してたのが後に「改革的指導者だったが早死した」という評価のKGB長官アンドロポフだったりします。
想像以上に、水面下での「核のつながり」は入り組んでるという評価は私も同意てますね。
投稿: 山形 | 2023年10月29日 (日) 06時42分