ガザに再入植するのだ、と叫ぶ人たち
反イスラエル眼鏡でみると、イスラエルは凶暴な極右一色に見えるようですが、あいにくイスラエルは一枚岩ではありません。
パレスチナ国家を認めて共存をすることを唱える人もいますし(だからオスロ合意が出来たのですが)、ナニを言っていやがる、そんな合意をしたからテロリストの温床を与えちまったのではないか、西岸はむろんのことガザ全域もイスラエル軍が再占領して入植すべし、ということを平気で言う者もいます。
10.7以降は後者が妙に元気づいています。
せっかく慎重な交渉を勧めているこのデリケートな時期に困った連中です。
イタマル・ベングビール公共治安相 ロイター
「[エルサレム/ワシントン 29日 ロイター] - イスラエルのイタマル・ベングビール公共治安相は28日に開かれた集会で、ユダヤ人入植者らにパレスチナ自治区ガザへの帰還を呼びかけた。強硬派として知られるベングビール氏の発言は政府の公式見解と対立するもので、パレスチナ自治政府とイスラム組織ハマスは共に反発している。
ベングビール氏は、ユダヤ人入植者と軍隊がガザ地区に戻ることがハマスによる昨年10月7日の奇襲攻撃を繰り返さないための唯一の方法になるとし、「10月7日のあの出来事を繰り返したくなければ帰還し、この土地を支配する必要がある」と語った。
同集会は入植者の団体が企画し、数百人が参加。十数人の閣僚も参加した。
パレスチナ自治政府は、こうした呼びかけはパレスチナ人の強制移住につながり、地域の安全と安定を脅かすと非難。ハマスは、同集会で「パレスチナ人に対する強制移住と民族浄化の犯罪を実行に移す意図が明らかになった」とした」
(ロイター1月30日)
イスラエル強硬派閣僚、入植者にガザ帰還呼びかけ 米「無謀で扇動的」 | ロイター (reuters.com)
「テレビ放映された記者会見でこの問題について質問された首相は、議員や閣僚は自分の考えを話すことが許されているが、戦後のガザに関するイスラエルの政策は、ガザに再定住させる決定はなされていないと述べた。ガザ地区のユダヤ人入植地の復活に対する彼の反対は「変わっていない」と彼は言った」
(イスラエルタイムス1月29日)
閣僚らがガザの再定住を呼びかけ、ガザ住民に退去を促す歓喜の会見 |タイムズ・オブ・イスラエル (timesofisrael.com)
ここは歴史的に見て、イスラエルが農業をしなければ荒野だった場所だったからです。
1967年、六日戦争でイスラエルはガザからシナイ半島に至るまでを軍事占領下に置くことになりました。
その後、エジプトに和平条約との交換に大部分の土地はエジプトに返還しましたが、エジプトはパレスチナ難民が多く住んでいるガザは受け入れませんでした。
シナイ半島を追われた形になったユダヤ人入植者たちは、北上してガザへ移転したのです。
この時期、ガザには21のユダヤ人入植地があり、ユダヤ人8000人が住んでいました。
上図の6都市です。
この集会で叫ばれたスローガンに「グッシュ・カチーフに帰る時が来た」というものがあったそうです。
「グッシュ・カチーフ」はその中でもっとも繁栄した都市名で、ガザ再入植運動のシンボルとなっています。
ここに帰ろう、というのがガザ再入植運動です。
ところで、一般的にパレスチナ問題が語られる時、常にパレスチナ難民=犠牲者、ユダヤ人=悪玉という形で語られることが多いようです。
西側メディアには、おしなべてこのトーンが基調にあるようですし、特に日本の中東研究者はベタで反イスラエル・反米です。
ですから、今回のガザ戦争でもイスラエルに対する虐殺は見逃される傾向にあります。
ここで忘れられがちなのは、過去難民を出したのは、パレスチナだけではなくユダヤ人にも難民が出ているということです。
「確かに、70万人のパレスチナ人が住居を失い難民となったが、イスラエル側も第2次世界大戦後、アラブに居住してきた80万人のユダヤ人が難民となっている。難民の数ではユダヤ難民のほうがパレスチナ難民より多い。しかし、イスラエルとパレスチナ間で紛争が起きる度に、パレスチナ難民問題に焦点が集まり、イスラエル側はユダヤ難民の存在についてはあえて主張しないこともあって無視されてきた経緯がある」
(ウィーン発コンフィデンシャル 2023年12月14日)
「難民」はパレスチナ人だけではない : ウィーン発 『コンフィデンシャル』 (livedoor.blog)
つまり、イスラエルが建国されたことで、中東各地に居住していた80万ものユダヤ人たちが難民状態になってしまった時期があるのです。
その数はパレスチナ難民より10万多いことになります。
彼らはイスラエルに移住するしか選択肢がなく、一斉に移住を始めました。
その結果、アラブ世界に万単位で居住していたユダヤ人が十数人になるまで激減しました。
「モロッコには1948年まで約26万5000人のユダヤ人が住んでいたが、2018年の段階でその数は2150人に激減した。イラクでは13万5000人から10人以下に。
エジプトでは7万5000人のユダヤ人が2018年には100人になっている。イエメンでも6万3000人から50人以下に。リビアでも3万8000人のユダヤ人が現在ほぼゼロだ。
チュニジア、シリア、レバノンでも同様だ。中東・北アフリカに住んでいたユダヤ人が戦後、難民として放浪し、最終的にイスラエルに避難していったわけだ」
(ウィーン発前掲)
語弊がある言い方かもしれませんが、イスラエル建国はアラブ世界では「ユダヤ人問題の解決」だったようです。
その結果、生み出されたのがパレスチナ難民でした。
それゆえかどうか、中東諸国は、表向きはパレスチナ難民に同情的に「パレスチナの大義」などと言っていながら、現実には冷淡です。
それは下図のUNRWAへの拠出金を見ればわかるでしょう。
サウジを除いて15位以内に出てくる中東諸国はありません。
金満な石油大国が多いにも関わらず、実にしわいもんです。
国連のガザ支援機関、「極めて切迫した」状況 日本なども資金拠出ストップ - BBCニュース
パレスチナ難民の多くはレバノンに住んでいますが、 市民権がなく土地の所有も認められず、厳しい就労制限があります。
ですから、低賃金の日雇いや季節労働者が多いのが実情です。
決してアラブ世界はパレスチナ難民に優しくないのです。
今回のガザ戦争でも口ではイスラエルを非難するものの、解決に乗り出そうとしているのはカタールとエジプトくらいなもので、大部分の国は懐手しています。
この二国もガザ難民を引き受けようという気はありません。
パレスチナ難民を受け入れると、ハマスのようなテロリストが一緒に入ってきてしまうからです。
このような状況で出てくるべくして出てきたのが、復古主義的なガザ再入植運動だったようです。
しかしもちろん、彼らが要求を満たすようなことがあれば、パレスチナ問題の解決は未来永劫ないはずです。
« ガザ「戦後統治」が決まらないと落としどころがない | トップページ | ガザ住民6割がハマス支配を拒否 »





エジプトやサウジ・UAEやクェートなどの湾岸諸国にしてみれば、パレスチナに支援金を拠出しても国益にならないし、パレスチナ人の民政向上の役にも立たない事を理解してますからね。
それどころか、多額の支援金はテロを助長しかねないという意味で中東諸国にとってマイナスにすらなりかねないから、西側に対する言い訳程度、お付き合い金額の支援でしかないのでしょう。
「アラブの大義」とかは口で言うもので、それじゃ食えませんから。
それにしても、イスラエルが長期にガザを支配する事はマズイです。
イスラエル国民にとって、植民も一つのビジネスチャンスなので、長期に渡れば政権も圧力に抗せなくなります。
かと言って、ブリンケンの理想はハードルがかなり高く、時間がかかりすぎます。
つまるところ、イランを何とかしないと決着が着きません。
そこで、バイデンはイランを包摂する政策を取りたいようですが、イランがテロによる変革手段を手放す事はあり得ない。
トランプ政権時のボルトンの構想のように、イランに一撃を加えるのも手だったでしょうが、今さら誰も賛成しないし、米国もそんなことしている場合じゃない。難しいです。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2024年2月 2日 (金) 09時56分