ヌエとしての蓮舫
蓮舫氏の二重国籍問題で明らかにされたのは、彼女が「ヌエ」だということです。
ヌエ(鵺)とは、「平家物語」にでてくる妖怪で、サルの顔、タヌキの胴体、トラの手足を持ち、尾はヘビだそうです。
ヌエはおとなしいいきもだそうですが、一転して噛みつくカミツキガメに変身してしまうのですから、おおこわ。
この人の場合、日本の顔、台湾の胴体,中共の手足、ではさしずめ尾っぽは東京ですかね。
このように二重国籍とは、日本-中国-台湾のいずれから見ても、「自国籍があるように見えてしまう」から困ったもんです。
「1972年以降、私の国籍は形式上『中国』。中国の国内法では外国籍を取得した者は自動的に(中国籍を)喪失をしているので、二重国籍にはならない」
この場合の「中国」は中華人民共和国なことは明らかです。
なぜなら中国しか外国籍取得と同時に自動的に国籍放棄になる法律を持つ国はないからですが、これでは彼女は自分が「中国人」といっていることになります。
ではこの1972年という年はどのような意味でしょうか。それはたぶん1972年が日本と中華民国が断交した年だから、自分は「中国籍」だと言いたいようです。
この人がわかって言っているなら危険、わかっていないのなら愚かです。
日本の国籍で台湾出身者が「中国」と表記されるようになったのは、1972年以降ではありません。
1952年(昭和27年)4月28日、つまり日本が戦後主権を回復した時から一貫しています。
この日、日本は中華民国と「日華平和条約」に署名し、この7時間半後にサンフランシスコ講和条約が発効しました。
同時に日本は、「外国人登録令」(昭和22年公布・施行)を廃止して、「外国人登録法」を制定し、台湾出身者を中華民国(中国)の国民とみなして国籍を「中国」と表記するようになったのです。
1969年6月以降は、中華人民共和国出身者も同じく「中国」と表記されるようになり、現在に至っています。
つまりこの場合の「中国」とは、必ずしも中華人民共和国を指しませんし、1972年の断交の年はこの問題とはなんの関係もないことなのです。
あえて日本政府が「中国」と記しているのは、中国と台湾との関係で日本政府が取り続けている「あいまいな態度」があるからです。
日本政府は中華人民共和国と国交を樹立するにあたって、台湾が中国の一部だとする中国の主張を「尊重した」という微妙な表現をとりました。
これは台湾を中国領土だと認めたわけではなく、そういう主張を中華人民共和国側がしているのを日本政府は「十分尊重している」(共同宣言)ていどの意味です。
実はこれでも中国に譲歩しすぎで、カナダのように「テーク・ノート(留意)する」、あるいはオーストラリアの「アクノレッジ(認識)する」程度の表現でよかったのです。
ここから、あたかも日本は「台湾は中国の一部」という中国の主張をすでに承認したかのような錯覚が日本国民の間で生れてしまいました。田中角栄の拙速による失敗です。
ただし、「留意する」も外交的にはよく使われる表現で、相手の立場に同意はしないが、その立場だということは理解しているていどのニュアンスで止まっています。
日本政府とて決して台湾を中国領土と認めたわけではないよ、漠然と「中国」と呼ぶことでその意志を表明しているんだ、というのがこの「中国」に込められた意味です。
それほどデリケートなガラス細工の関係があることを、どうやら蓮舫氏は知らないようで、彼女にかかると「中国」=中華人民共和国となってしまいます。やれやれ、困ったお人だ。
我が身かわいさのあまり、「中国」表記=中華人民共和国だと国民に説明してしまったわけで、この蓮舫氏の言い分が正しければ、現在の台湾(中華民国)は「中華人民共和国台湾省」という行政区となってしまいます。
したがって蓮舫氏の論法ならば、 中国軍(中国人民解放軍)の台湾侵攻は、中国の正統な領土への進駐にすぎないことになります。
このようにこの蓮舫発言は、在留台湾人の地位を貶めて危機にさらし、さらには日中台の微妙な含みを残したバランスを崩す結果となったのです。
蓮舫が台湾籍を持ちながら、共産中国との統一を望む統一派と同じ立場だと言われるのはそれ故です。
ところで、蓮舫氏の血脈を調べて分かったことは、彼女の祖母にあたる陳杏村という女傑は、魔都と呼ばれた戦前、戦中の上海を舞台にして、日本軍特務機関、蒋介石のテロ組織である青幇、あるいは中国共産党の特務をてんびんにかけて巨富を築いた人物だということです。
陳杏村は阿片取引などで巨富を築き、これを元種にして戦後日本の政界工作をすることになります。
これが戦後政界を揺るがせた「台湾黒いバナナ事件」です。
ちなみに蓮舫氏は、つい最近までこの祖母の建てた「バナナ御殿」に一家で住んでいたそうです。
父親の謝哲信と幼年期の蓮舫
この時に、日本政界工作に巨額の黒い資金をばらまく役割をしたのが、蓮舫氏の父親である陳杏村の息子・謝哲信でした。
父・謝哲信氏が亡くなった時に、蓮舫氏には大きな遺産が残されたはずです。
父親の謝氏は政商だった母・陳杏村の台湾バナナルートの日本事務所長のような立場だったからです。
巨額の金が謝氏の元にあつまり、黒い霧の中に消えていきました。
憶測の域を出ませんが、蓮舫氏が相続税を租税回避するために、台湾籍を捨てなかったとしてもそう不自然ではありません。
というのは台湾は、日本よりはるかに相続税が安いからです。
ここにも、彼女のもう一つの体質である、「違法ではないが、限りなく脱法に近い」ことをやってのける体質が現れているのではないか、と見る向きもあります。
蓮舫氏の祖母である陳杏村は、これはもう女傑、あるいは、女帝というにふさわしい存在でした。
戦時中に表向きのタバコ商の看板の裏で、日本海軍の裏工作であった阿片取引などに関わっていたとされています。
当時日本海軍は米国などのタングステンなどの戦略物資の禁輸で苦しんでいました。しかし、哀しいかな軍人にはどうしていいかわかりません。
そこで白羽の矢がたったのが、大陸に様々なパイプを持つ右翼の児玉誉士夫でした。
児玉は、上海を拠点にしてこの裏工作に当たります。これが俗にいう「児玉機関」です。
児玉は、1937年、外務省情報部長河相達夫の知遇を得て、中国各地を視察し、翌38年には海軍嘱託となり、41年から上海で児玉機関を運営しています。
この裏工作の資金源が阿片密売でした。
陳は、上海で児玉機関のための物資調達や、阿片密売の売り捌きなどに協力していたようです。
この阿片密売によって陳杏村は巨富をなし、児玉も戦後、日本に持ち帰った巨富を元手にして黒幕にのしあがっていきます。
では陳が単純な日本軍協力者かといえば、どうも違うようです。
どうやら陳は二重スパイのようでした。
国民党政権のテロ組織であった青幇は漢奸(裏切り者の中国人の意)狩りをして数万といわれる白色テロをおこなっています。
青幇の本拠地は上海にありました。
しかし、陳は日本軍に取り入って巨富を得て、しかも戦闘機を2機も贈るという派手なまねをしておきながら、結局、青幇の漢奸狩りからは逃げおおせています。
後に一度逮捕された際も、釈放されています。
疑わしき者を容赦なく殺しまくった青幇にしては不自然です。
ここから、陳は実は日本軍協力者という仮面をかぶって、その情報を国府に流していたスパイではなかったのか、という疑惑もささやかれています。
中国情報サイト・サーチナはこう書いています。
「1945年、日本軍が降伏したのち、陳杏村は売国罪で起訴されたが弁護士に弁護を頼んで仮釈放となり、台湾に帰った。
台湾当局の裁判所は当時の社会的事情に迫られた事、国民党の地下工作と関係があった事の理由から「陳杏村売国事件」に無罪を言い渡した。」
この陳が戦後に手がけたのが、台湾バナナの日本輸出でした。
同じくサーチナはこう述べています。
「台湾に帰った後も、陳杏村は依然として実業と政治の世界で大いに活躍する名声赫々たる女丈夫であった。
彼女は大一貿易有限公司総経理、福光貿易株式会社社長、契徳燃料廠股フェン有限公司董事長を歴任し、更に台湾地区青果輸出業同業公会理事長を務め、台湾が海外に進出を果たす、とりわけ日本向けバナナ輸出貿易事業において主導的な役割を果たしたという」
当時、バナナ貿易ほどボロイ商売はなかったようです。
日本人にとっては高嶺の花であるバナナは高価で売れ、しかも輸入枠があったからです。
ですから、一回このバナナ輸入枠さえ押さえてしまえば、安く輸出できて、ベラボーに高く売れる市場を独占できたのでした。
これが陳の錬金術第二幕でした。
彼女がやった方法は、裏金をふんだんに政界にバラまいて、バナナ貿易を独占することでした。
このようにして政界工作をしていた「台湾バナナの女帝」・陳杏村と、既に政界のフィクサーとなっていた児玉とは二度目の協力関係を持ちます。
ところで、陳杏村の孫の蓮舫氏は、高野孟氏という中国派ジャーナリストの手引きで北京大学に留学します。
蓮舫氏という人は、「国家」という存在そのものを根本的に理解できません。
それは祖母や父親から受け継いだ、しょせん「国家」などは自分のために利用するものであって、帰属は上っ面だけでいいという考え方が、孫の蓮舫氏の中にも根強く存在するからです。
なるほど彼女は自分で言うように、「多様性の象徴」ではあることに間違いないでしょう。
ただしそれは、この二重国籍事件で明らかになったように、極めて利己的な意味において、ですが。
蓮舫氏は成人した後に北京大学に留学しています。
陳はこれまでの経緯からなんらかの北京政府とのパイプを持っていたはずですが、それと蓮舫氏の留学と関連づけられるかどうかは不明です。
ここにもうひとり蓮舫氏の人生に、強い影響を与えた人物が登場します。
それがかつて総評左派労働運動を率い、「高野総評」とまで呼ばれた高野実の息子である高野孟氏でした。
父親の実氏は生粋のマルクス・レーニン主義者で、中ソを平和勢力と規定し、労働運動を革命の学校と位置づけたような人物です。
長男である高野氏もまた、中国派エージェントとしてマスコミ業界で知らぬ人とていない存在でした。サンデープロジェクトでよく見る顔でしょう。
ちなみに、鳩山由紀夫氏と共に旧民主党の立ち上げに関わり、現在も鳩山氏の主宰する東アジア共同体研究所の理事を務めています。
日本を火の中に入れてやるとほざいた駐日大使の懇談会にも、鳩山氏や福島氏と並んで顔を出していた人物です。
その彼が蓮舫氏を北京大学に送り込み、さらには弟子格の村田信之氏まで付き添わせ、やがてふたりの結婚の媒酌人まで努めています。
後にテレビ業界に蓮舫氏を紹介し、その後、政界入りを勧めたのも、この高野氏です。
ただ、その後の蓮舫氏が中国の意に沿ったことを、多く発言し始めたことは事実なようです。
そしていま東京都知事選において再び蓮舫氏は「ヌエ」体質を武器にしようとしています。
それは「オール東京」という、オール沖縄をパクった選挙戦術を使ったことからもわかります。
今回は「無所属」だそうですが、民主党政権以来、一貫して民主党系列を転々とし、民進党では代表までやった人物が、なにをいまさら「無所属」だつうの。しらばっくれるのもいい加減にしなさいよ。
まぁ、立憲から見れば立憲に見え、共産党から見れば共産党に見え、無党派から見ればそうも見える、というだけのヌエです。
オール沖縄とは共産党を中心とした全野党共闘のことですが、要は共産党を隠して、立憲と共産党が共闘関係を結ぶことです。
むき出しの立共共闘とせずに、反自民を組んだら共産党も「たまたまいた」という体裁を作るための装置です。
ご丁寧には、蓮舫氏が落選すれば東京26区をあてがい、立憲を辞めた松原仁氏と競わせるという安全装置までついています。
つまり、この東京都知事選は、次の衆院選のモデル作りとして立憲共産党が考えたものなのです。
蓮舫氏、そういえば「都政をリセット」だそうですが、日本を根底からリセット、すなわち全否定したい共産党好みのフレーズではあります。
写真 アオサギです。
« 究極のセンタク | トップページ | 日曜写真館 川原への道野茨の花のみち »
この人がいつもやろうとしてるのは、ResetではなくDeleteなんだよなあ。。
鵺とはいい得て妙です。
投稿: 山形 | 2024年6月 1日 (土) 05時08分
大陸人らしい他者への攻撃性が見えますね
投稿: 通りすがりの関西人 | 2024年6月 1日 (土) 09時13分
蓮舫のかみつきスタイルや歌舞伎よろしく見栄を切るような所作
ってのは、地頭の悪さを隠すための道具でしょう。
しかし、そうした上から目線の演技体質ならば小池のほうがはるかに年季が入っているし、堂に入ってます。内容が無い政治家である事は共通点ですが。
日本の言う「一つの中国の尊重」とは、平和的交渉が行われている限りの事です。これは軍事的行動を起こさせないためのカードであり、中国に対する一つのトラップとして機能して来ましたね。
逆に台湾に手をだせば、台湾は独立する可能性が高いです。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2024年6月 1日 (土) 09時28分
毎度のことながら投票に苦しむ都知事選挙です。
蓮舫の過去発言で、日本のパスポートはどこへでも行きやすく便利なので持っている。なんてのがあったような気がします。
この発言のころは台湾の入出国には台湾旅券、他の国派日本旅券と使い分けてたかと。
やらしい人です。
彼女へ投票する人は、打倒自民の思考回路。
中国や韓国へ利する都政を行いそうです。
都政に有益な人、自分達に有益な人に投票します。
どこぞのYouTuber市長も出るらしいですが、東京都のための立候補じゃないし、議会と争うことがお好きな京大OBは止めて欲しい。
投稿: 多摩っこ | 2024年6月 2日 (日) 01時07分