岸田政権、自衛隊訓練場計画を簡単に投げ出す
こういうニュースを聞くたびにゲンナリしまします。
「防衛省は、沖縄県うるま市のゴルフ場跡地で計画していた陸上自衛隊の訓練場新設を断念する方針を固めた。住宅地などに近いことから地元住民らが反対しており、理解を得るのは困難と判断した。同省関係者が11日、明らかにした。
木原稔防衛相は同日午後、中村正人市長と面会して伝達する。2月の住民向け説明会では反対意見が続出。市、県も白紙撤回を要求していた。 訓練場は、陸自第15旅団(那覇市)の師団への格上げに伴う体制拡充の一環。同省は今後、県内の別の場所を検討する」
(時事4月11日)
防衛省、訓練場の新設断念へ 沖縄県うるま市、地元反対:時事ドットコム (jiji.com)
理由は例によって例の如く、デニー知事らの反戦平和運動の成果です。
デニー氏は頭から,聞く耳を持たずに陸自訓練場に反対していました。
その理由は、これまた例によって例のごとく県は米軍基地反対やってんだから、自衛隊のほうもダメだ、という当人たちだけにしかわからない理由です。
「沖縄県の玉城デニー知事は13日、うるま市石川のゴルフ場跡地で計画されている陸上自衛隊の訓練場新設について「沖縄県としては、米軍基地のさらなる返還を求めている。自衛隊基地の計画が進められることが住民にとって不安を増幅させることになっては絶対に良くない」と指摘した。「地域住民の思いに応えられるように、防衛省は計画についての是非をしっかり考えてほしい」と話し、地域住民の意思を尊重することを改めて求めた。
11日に防衛省が住民説明会を開き、住民から反対の声が上がったことについて、「計画地域が住宅地に近接しているにもかかわらず、事前の十分な説明もないまま計画ありきで物事が進んでいることに、地域住民から反対を含めて強い懸念が示されるのは当然だと思う」と話した」
(琉球新報2月13日)
デニー知事、住民の「強い懸念は当然」 計画の是非、検討を 陸自訓練場新設で 沖縄 - 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)
ここまでは一種の反基地派の伝統芸なのでなんの驚きもありませんが、驚いたのはむしろ政府があっさりと引き下がったことのほうです。
木原防衛相は早々に4月11日、訓練場計画を撤回してしまいました。
おいおい、政府は一押しも二押しもしないで諦めるのか、とやや呆れました。
たぶん安倍氏なら菅官房長官をはりつけたように、気長に東京と沖縄を往復させて現地行政を説得にあたったでしょう。
それをなんの働きかけもなく放り出すとは、さずがは岸田氏です。
いちおう県内で別の場所を探すと言っていますが、徹底的に地元と話し込んで合理的判断で断念したわけではなく、こんなチョイ出しで引っ込めれば次からは足元を見られます。
これで沖縄駐屯の陸自には県内の訓練場がなくなりました。
木原氏が岸田氏からどういう指示をもらったか知りませんが、この断念劇と同時期に開かれていたのが日米首脳会談です。
岸田氏は、バイデンに自衛隊と米軍との指揮統制を一元強化するという約束をしていたので、ここで現地沖縄でもめている姿を見せたくなかったのでしょう。
ともかくモメたくない、オレの日米首脳会談の影で地元ともめている姿を見せて、ガバナンスが効いていないザマを見せたくない、たぶんそんなところです。
それにしても岸田氏のひ弱さはハンパではありません。
岸田氏はポスト安倍を争う総裁選で敗北し、終了宣告を受けていたところ、菅氏の総裁選辞退というフロックで、首相の地位が転がり込んで来た人です。
決して実力で首相になったわけではなく、人望があったわけでもなく、派閥が強かったからでもなく、ただただ運が良かっただけです。
そのような彼は、外圧に際して正面から取り組むのではなく「そらす」「転化する」といった弱者の知恵で対応しようとしました。
政策課題をコツコツ片づけていき理念を実現するというのではなく、とりあえず当座が凌げればよいという姿勢です。
こういう時に起きたのが、岸田氏を外相として取り立ててくれた安倍氏の暗殺でしたが、彼はこれを統一教会狩りにすり替えてしまうことで、安倍は殺されるような奴だったんだという認識を国民に植えつけました。
またいままで公然の秘密だった政治資金パーティの一部還流も、共産党の告発のままに騒ぎ立て、あろうことか安倍派潰しに利用しました。
あげく派閥解体というオーバーランをしてしまったために、いまや自民党は焼け野原、戦えない党になっています。
その結果が補選の全敗です。
つくづく一国の指導者なんかをやらせてはいけない人だと思います。
このひとはやがて自民党だけではなく、国を潰すでしょう。
それはさておき、岸田氏はこの訓練場の意味をわかっていて、あっさり取り下げたのでしょうか。
今、陸自は南西方面、つまり中国に対応した方面を強化を急いでいます。
現在、沖縄に駐屯する2000人規模の第15旅団を1個連隊から2個に増強し、3000人規模の師団に格上げしようとしています。
「防衛省が、沖縄県を中心とした南西諸島防衛を担う陸上自衛隊第15旅団を師団に格上げする時期を令和8年度とする方向で調整していることが、分かった。政府関係者が24日、明らかにした。中国が東シナ海などで軍事活動を活発化させる中、台湾有事などに備えた南西地域の防衛体制強化の一環で、現在の1個普通科連隊を2個連隊とするのをはじめ、3千人規模に増強する」
(産経10月24日)
<独自>陸自沖縄部隊の師団化、令和8年度に 政府、南西防衛強化急ぐ - 産経ニュース (sankei.com)
師団化するといっても、通常の師団は外国では1万人、陸自でも5千から7700人はいますから、大きめの旅団といったところです。
ただし、指揮官は師団化に伴い、陸将補から陸将に格上げしますので、在沖米海兵隊第3海兵遠征軍(ⅢMEF)の司令官(中将)と同格の階級となります。
軍人同士はこういうことに神経質なのです。
また普通科連隊のほか、通信、施設、後方支援の部隊も増強し、さらに有事における住民避難を円滑に行うための機能も持たせます。
いままで沖縄県は中国の正面でありながら、長らく防衛空白地域でした。
宮古八重山に自衛隊が配備されたのはつい先日のことです。
膨張を重ねる中国の正面は、那覇から先はノーガード。
信じられないことですが、理由はもういいですね。
沖縄の自衛隊は、1972年10月、復帰直後に移駐した臨時第1混成群と翌年の第6高射特科群が始まりです。
「混成」と名前がついているように臨時編成という色彩が強い部隊です。
彼らは沖縄で地道な活動を展開します。
もっとも有名な部隊は第101不発弾処理隊と第101飛行隊でしょう。
不発弾処理隊は、世界でもっとも出動回数が多い不発弾処理部隊として地味に活動を続け、一回の失敗もないという驚異的な記録を打ち立てました。
第101飛行隊は、全国でもっとも出動回数が多い緊急搬送部隊で、いかなる悪天候でも離島に駆けつけて救助に当たりました。
こうした地道な積み上げの上に、県民の信用を勝ち取り、2010年3月に第15旅団として再編されました。
拒絶反応で宙に浮いた入学 隊員の子、受け入れへ動く教師も<駐屯50年「自衛隊」と沖縄>③ - 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)
私が初めに沖縄旅行をしたときには、役場の前に自治労の「日本軍の上陸阻止」というおどろおどろした立て看板を見た記憶があります。
「日本軍」ですよ・・・。
当時自治労は、自衛隊員の住民登録を拒んでいたのです。
当然、自衛官の子供たちも編入学できずに、教育を受けられませんでした。
成人式にも出席を許さなかったのですから、自衛官は市民扱いされていなかったのです。
なんとも凄まじい自衛官差別です。
あれから52年。
混成団から旅団、そして連隊が増強され3000人規模になれば、当然必要なのが訓練場です。
いまでもあることはあります。
ただしいまある3カ所は小隊規模の訓練がやっという手狭さで、とてもじゃないが3000人規模の部隊を動かす訓練は不可能です。
ですから、いまでも連隊規模の訓練をするには、いちいち本土の大分・日出生台演習場に渡って訓練を続けてきました。
簡単に移動といいますが、陸自の部隊移動は隊員と共に、多くの武器、車両などの装備品も共にも船舶で移動するのです。
しかも船ですから、その乗り降りだけでも馬鹿になりません。
2023年度は県外で29日間の訓練を実施し、その往復の移動だけで83日間も費やしているのです。
つまり実際の訓練期間の倍以上かけて移動していることになります。
その間の112日間もの長期間、沖縄の防衛は空白になります。
陸自もこんな長期間空白にするわけにはいかないので九州の部隊を代替させていますが、彼らは沖縄の地理にも不慣れなために大きな負担となっています。
これではまずいので、地元で訓練場を作ろうというのが今回の計画でした。
それが一瞬でパーですから、なにをかいわんやです。
岸田政権は、リアルに沖縄防衛を考えてはいないことが改めてわかりました。
ワシントンでつまらないギャグ飛ばしていないで、足元から解決していきなさい。
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本当に薄っぺらく情けない無責任な恥知らずの首相であり、
薄汚い精神性の知事です。
投稿: ねこねこ | 2024年5月 4日 (土) 08時55分
沖縄の自民党からも反対が出たあたり、そもそも難しい場所だったとも考えられないでしょうか
投稿: 中華三振 | 2024年5月 4日 (土) 10時14分
木原防衛相は当該地での訓練場新設に遅くまでこだわってました。
それはここを諦めれば、次の場所という展開が非常に困難となるからです。岸田が防衛相に因果を含めたのは、中華三振さんの言うように「そもそも危ない場所だった」という事ではなく、目の前に迫った6月の県議選の影響にビビッた沖縄自民党が判断して政府に申し入れたからです。
その沖縄自民党は県議会多数を本当に取る気があるのか?という体たらくです。「誰も落選しない」を優先して、候補者すら満足に立てられないのが現状です。そして、防衛だけが犠牲になる。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2024年5月 4日 (土) 22時41分