領空侵犯には無害通航はない
中国軍機が領空侵犯しました。
「防衛省によると、領空侵犯したのは、中国軍のY9情報収集機1機。26日午前11時29分から同31分にかけて、長崎県の男女群島沖の日本領空を飛行した。領空侵犯は約2分に及び、防衛省関係者は「十数キロは飛行した可能性がある。2分は長い」として、何らかの意図的なものとの見方を強めている。
海洋進出を進める中国は、小さな動きを積み重ねて圧力を強める「サラミ戦術」を取っているとされる。尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺では中国海警局の船舶が領海侵入を繰り返し、九州西方でも中国の艦船や無人機などの活動がたびたび確認されている。
今回の領空侵犯は、こうした東シナ海での活動強化の一環だった可能性もある。中国側の目的に関し、木原氏は「事柄の性質上、確たることを答えることは困難だ」と言及を避ける一方、「警戒監視および対領空侵犯措置に万全を期していく」と強調した」
(産経8月27日)
中国軍機の領空侵犯は意図的か 2分間で数十キロ飛行 防衛相「主権の重大な侵害」と非難 - 産経ニュース (sankei.com)
産経
防衛省
上図の黒い日本を囲む線が領空で、8月26日午前11時29分から2分間にかけて、わが国領空の男女群島領空を侵犯しています。
領空侵犯したのは中国空軍所属のY9電子偵察機です。
機首下レードームから新型のY9ZDのようです。
Y-9 (航空機) - Wikipedia
防衛省・自衛隊:中国機による領空侵犯について (mod.go.jp)
ジェーンズ・ディフェス・ウィークリーもこんなツイートをしていました。
electronic warfare aircraftというのは電子戦機のことですが、さすが専門誌、各部の名称の説明つきです。
電子戦機 - Wikipedia
「Y-9DZには新型のセンサーと通信システムが装備されている。同機がEW(電子戦)や電子情報収集(ELINT)、電波探知(ESM)、合成開口レーダー(SAR)による敵軍の動向監視、ジャミング(電子妨害)、心理戦(PSYOPS)などさまざまな特殊任務を飛行できる新世代の多用途電子戦機であることを示唆している」
航空自衛隊スクランブルで初確認された中国軍機の正体とは?(高橋浩祐) - エキスパート - Yahoo!ニュース
この機体は中国メディアによれば「中国の強さと決意を世界に示している」そうです。(ああ、うっとおしい)
「Y-9Z情報収集機は、光学およびレーダー偵察装置を装備した偵察機です。 航空機は戦場の状況を認識し、戦場の情報を収集および分析でき、幅広い監視機能を備えています。 広い範囲では、わずかな変化でも監視できる。
この航空機は、台東の海況などの海域を監視するのに特に適しており、 さらに、台湾軍や米軍の艦船、潜水艦、航空母艦などの大きな目標と比較して、航空機にはより多くの利点がある。
Y-9情報収集機は重要な軍用機として、アメリカの航空母艦に対する捜索作戦において重要な役割を果たしており、中国軍が強力な情報収集能力を持ち、常に敵の行動をコントロールしていることを示している。
同時に、中国軍の強さと決意を世界に示している」
中国人民解放軍の新型機は台東上空に円を描くために派遣され、日本は米国に警告を発した (baidu.com)
この中国の「決意」とやらを背負ってY-9DZは堂々とわが国領空を侵犯しました。
飛行経路について、防衛省は淡々と飛行経路をアップしています。
当該機の飛行経路のを遠眼でみると、大陸から東シナ海を経て侵入しているようです。
たぶん北部戦区所属なのかもしれません。
防衛省
このY9ZDは、2023年に台湾島の東の太平洋海域で米国、日本、フランス、カナダが共同で実施している海軍演習を監視し、情報を収集するために配備されました。
環球時報はこう書いています。
「台湾島の東に位置するこの海域は、台湾問題において重要な戦略的価値を持つ、なぜならそこから人民解放軍が島を包囲し、外国の軍事干渉の試みを拒否する可能性があるからだ、と匿名を条件に語った中国の軍事専門家は日曜日に環球時報に語った。
また、外国の干渉勢力がこの地域を支配することができれば、「台湾独立」分離主義者の勢力を支援することができると専門家は述べた」
(環球時報 2023年6月11日)
中国人民解放軍が新型偵察機を配備、米国と日本の空母が台湾島の東で演習を実施 - 環球時報 (globaltimes.cn)
Y9の任務は、台湾周辺の米空母打撃軍と海自艦隊を追尾・監視し、それを随時対艦ミサイル部隊に通知することだとされています。
「オブザーバーによると、中国人民解放軍は航空部隊に加えて、これまでにも遠洋演習のために空母群をこの地域に数回派遣しており、ロケット部隊は対艦弾道ミサイルで敵艦を標的にすることもできる。
専門家によると、外部勢力が台湾問題を利用して中国を挑発し、地域の緊張を煽るのをやめるべきだという」
(環球時報前掲)
この対艦ミサイルはYJ-62と呼ばれるもので、すでに北部戦区に配備されています。
中国海軍、朝鮮半島方面を管轄する北部戦区にYJ-62対艦ミサイルを初配備か(高橋浩祐) - エキスパート - Yahoo!ニュース
「ジェーンズによると、YJ-62は弾頭1発で排水量最大5000トンの船舶にダメージを与えることができるという。ミサイル推進システムは、中国製のWS500ターボファンエンジンと未公表の固体燃料ブースターモーターで構成される」
(高橋浩祐) - エキスパート - Yahoo!ニュース
ところで、中国のSNSの香ばしい反応が届いております。
「中国の短文投稿サイト微博(ウェイボ)には26日、中国軍情報収集機による日本領空侵犯を伝える日本や香港のメディア報道が転載された。海上自衛隊護衛艦が7月に中国領海を一時航行したことに触れ、領空侵犯は「報復だ」「よくやった」などと肯定的に捉える投稿が相次いだ。
中国外務省は海自艦の領海航行を巡り日本に抗議し、再発防止を要求。日本側が「技術的なミス」と説明したと明らかにしている」
(共同8月26日)
中国SNS、領空侵犯に「報復」「よくやった」 海自の領海一時航行と関連付ける - 産経ニュース (sankei.com)
日本も空自がスクランブルをかけても「よくやった、報復だ」なんてわけのわーらんことをいう奴はいなかったようですが、中国はあいかわらず脳が煮えていますね。
「報復だ」というのは、今年7月、海自の「すずつき」が中国艦艇の追尾・監視をしていて、一時的に中国領海に入ったことを指しているようです。
「関係者によりますと、7月4日の午前、中国東部 浙江省の沖合を航行していた海上自衛隊の護衛艦「すずつき」が一時、中国の領海内に入ったということです。
「すずつき」は当時、中国軍の訓練の監視任務に当たっていて、中国側から退去勧告を受け領海の外に出たということです。
各国の艦艇は、沿岸国の秩序や安全を害さなければ領海を通過できる「無害通航権」が国際法で認められています」
(NHK2024年7月11日)
海自の護衛艦 一時 中国領海を航行 防衛省がいきさつを調査 | NHK | 防衛省・自衛隊
刺激するのは本意ではないでしょうが、国際法上はなんの問題もありません。
いままで中国など既に2回も領海侵犯していますが、中国SNSの連中は知らないくせに「報復だ」などと叫んでいるのでしょうな。困った人たちです。
海警の領海外縁の接続水域侵犯など年中行事です。
領海侵犯は、2016年6月、中国海軍ドンディアオ級情報収集艦が口永良部島(鹿児島県)西の我が国の領海(吐噶喇(トカラ)海峡)を南東進して、海自に警告を受けています。
2回目は2017年(平成29年)夏に中国海警局の公船2隻が、対馬海峡、津軽海峡及び大隅海峡沿岸の我が国領海内を航行しています。
『中国軍艦による我が国領海内の航行』参照
海上自衛隊幹部学校 (mod.go.jp)
海自「すずつき」の事案は、完全に国際海洋法第17条が定めた無害通航に属します。
では、中国艦艇のケースはどうだったでしょうか。微妙なんです。
「有害通航」について国際海洋法はこう既定しています。
「(1)有害な活動
外国船舶による領海の通航が、沿岸国の平和、秩序又は安全を害するとされる活動の具体例は以下のとおりである(条約19条2)。
(a) 武力による威嚇又は武力の行使であって、沿岸国の主権、領土保全若しくは政治的独立に 対するもの又はその他の国際連合憲章に規定する国際法の諸原則に違反する方法によるもの
(b) 兵器(種類のいかんを問わない。)を用いる訓練又は演習
(c) 沿岸国の防衛又は安全を害することとなるような情報の収集を目的とする行為
はい、中国の領海侵犯した艦種は情報収集艦でしたね。
元来このような艦艇は非武装ですから、一見外から見ても大砲がやミサイルが動いてはいませんが、艦内ではさまざまな電子情報を採取し、自衛隊の動きを探っているのですから国際海洋法17条1Cの「情報収集」に属すると、わが国が断定してもかまわなかったのです。
「すずつき」事案は純然たる無害通航、中国情報収集艦はグレーゾーンというわけです。
では、領空侵犯についてみてみましょう。
領空侵犯にはそもそも「無害航行」という概念自体が存在しません。
原則では、軍用機が領空を侵犯したら、即落されても文句がいえません。
実際に、トルコは領空侵犯したロシア空軍機を撃墜しています。
「2015年11月24日9時20分頃、トルコとシリアの国境付近で、ロシア空軍のSu-24戦闘爆撃機がトルコの領空を侵犯したとして、トルコ軍のF-16戦闘機に撃墜され、シリア北部に墜落した。トルコ軍は国籍不明機2機が領空を侵犯したと認識し、10回警告したが領空侵犯を続けたため1機を撃墜したと主張している。Su-24の乗員2人が死亡したとみられる」
ロシア軍爆撃機撃墜事件 - Wikipedia
しかし一律に領空侵犯即落せとはならず、個別の国内法規に従って判断しています。
日本の場合、自衛隊法第84条がそれにあたります。
第84条 領空侵犯に対する措置
「防衛大臣は、外国の航空機が国際法規又は航空法(昭和27年法律第231号)その他の法令の規定に違反してわが国の領域の上空に侵入したときは、自衛隊の部隊に対し、これを着陸させ、又はわが国の領域の上空から退去させるため必要な措置を講じさせることができる」
この「必要な措置」にも順番があります。
過去の国会答弁に基づけば、(1)領空侵犯機の確認、(2)領空を侵犯している旨の警告、(3)領空外への退去または自衛隊基地等への誘導、(4)武器使用という、段階的な措置がとられます。
最後の「武器使用」には、信号射撃(警告射撃)は含まれず、本気で撃墜することが「武器使用」に相当します。
しかしこれが可能なのは、領空侵犯機が自衛隊機の警告や誘導に従わずに退去せず、さらに自衛隊機に対して実力をもって抵抗してきた場合にかぎられます。
そしてもう一つは、国民の生命および財産に対して大きな危険が間近に切迫している場合です。
たとえば、日本の領空を侵犯した爆撃機が爆弾倉を開いた場合には、地上に住む国民の命、財産に危険が差し迫っていると捉え、これに対して武器を使用することができます。
ところが実際にはこれも微妙なところで、ただ領土上空を通過しただけだと、警告射撃を実施しても従わず侵入を続けた場合でも自衛隊は撃墜していません。
実例としては、1987年にソ連爆撃機バジャー2機が沖縄本島上空を侵犯しましたが、警告射撃までで終了しています。
結局、ソ連の言い分の「計器の故障」で済ましています。
対ソ連軍領空侵犯機警告射撃事件 - Wikipedia
落せば国際紛争になるという決意がつかないのでしょう。
わからんではないですが、戦闘機では一瞬で奥深く侵入され、「爆弾倉の扉が開けば」なんて悠長なことを言っている間に、ミサイルなら前兆なしで発射されてしまいますがね。
今回は電子偵察機だったから「よかった」ですが、これが爆撃機なら悩ましいことになったことでしょう。
ぜひ、この判断の責任をパイロットに押しつけず政府がとりきって頂きたいものです。
蛇足ですが、日中友好議員連盟の二階翁たちが5年ぶりに訪中しているそうですが、こんなレームダッックを頂く国の終わった人が団長の議員が行っても屁のつっぱりにもなりません。
というか、こんな時期に訪中する必要はまったくありません。こちらが融和的態度に出たと思われるだけです。
行けば豪勢な飯を食わせてもらい、要人と握手してやくたいもない「友好的な」言質を取られて、足元を見られることがいいことなのかどうかちっとはわかりそうなもんです。
行く前日に領空侵犯されているのですから、その時点で政府は訪中を止めるべきでした。
少なくとも国際社会からは、張り倒されてもニヤニヤしながら「「旧交を温めることができるのは大変喜ばしいことです」なんて言っている奴がキングメーカーをやっていられる国と写ることでしょうな。
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アステラス社員がシナチスに不当拘束されていると言うのに、議員だけでなく、人権団体も抗議一つしませんね。何故でしょうね。
投稿: エネルギー名無し | 2024年8月29日 (木) 10時00分
右・左どちら方向の先にも無駄に勇ましい人々がいて、一方は「領空侵犯即撃墜が常識!」などとポストしたり、それを肯定や援用でリポストする。他方は独立国家が侵略されている現実にも、この度の中共による我が国領空侵犯に際してさえも、「攻められた時にどうするのか」の話を、全く必要としないか出来ないでいる。
どちらもファンタジーで、なぜ事実を正確に押さえ、問題を分けて把握しないのだろうかと思う。
我らの自衛隊は、命令無しには実行しないのが基本中の基本。
既に読まれた方もおそらく多いでしょうが、参考に↓
稲葉義泰氏「領空侵犯機は撃墜…できません!初めて入ってきた中国軍機への"対処ステップ"とは」
https://trafficnews.jp/post/134616
そして同じく稲葉氏の、「日本の防衛上の最大の弱点」は「いざという時に迅速に政治決断を下せるのか」、そして「政治家を選ぶ国民の問題でもある」という論考に、個人的に首肯。
https://president.jp/articles/-/85098
防衛省が中共軍機の機種と飛行ルートを公開していても、「日本側の反応を見ている可能性がある」とか「単純に航路を見誤ったのではないか」との見方をする「政府関係者」があるらしいが(実在するか否かは知らん)、もし仮にそうであったとしても、それで中共に攻撃の意図は先々まで無い証左にはならない。
イタリア、フランス、ドイツの各軍にもしっかり悪態を見せて嫌われてくれたし、アレが中共共産党の指図か解放軍内部の手柄争いかは知らねど、どちらにせよ我々の側にある問題を克服するスピードと強度練度を上げる口実は、向こうがくれている。
投稿: 宜野湾より | 2024年8月29日 (木) 15時25分
なんでこんな尻尾を振る政治家ばかりなのか。
情けなさ過ぎる。いつまでこんな事を繰り返して、国民が納得するはずないでしょう。
投稿: らんちゃん | 2024年8月29日 (木) 18時51分
フィリピンの海でもやりたい放題ですよね。
今回のようなことが今後は頻繁に起こり得るような感じもします。
林が総裁になった日にはどうなることやらと不安で仕方ありませぬ。
二階が中国で何をやってるのか分かりませんが、映像を見る限り、顔や首は痩せ細り、両脇を抱えられてヨタヨタと歩く姿、もう終わった人の雰囲気が漂ってました。
中国側もあれを見てどう感じたか、利用出来るウチは使ったろうやでしょうな。
投稿: 多摩っこ | 2024年8月29日 (木) 22時41分
自衛隊法は改正すべきです。
国際法で許されているものが、自分で自分の手足を縛っておいて、任務の遂行を妨げる結果になるのが目に見えてます。
どうやらこの件、NHKテロ事件とも相まって、メキシコ人尖閣上陸事件と関係がありそうです。
髙橋洋一氏の見解では、尖閣で日本はメキシコ人男性の身柄を確保し、尖閣が現在も日本の施政権内である事を世界に知らしめました。
そのことが作用しての反応だった、と言う事だと思います。
それにしても我が国の媚中議連には、付けるクスリもないようです。
二階は人生最後の訪中になるかもなのに、習近平が会ってもくれないうら寂しさよ。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2024年8月30日 (金) 00時29分