政界の動的平衡が始まった
熱帯雨林の研究者がスマトラの奥地での研究をまとめた『生物と無生物のあいだ』(福島伸一 )という本に、「動的平衡」という言葉が出てきます。
どういうことかと煎じ詰めていえば、生態系というのはガチッと固定されたものではなく、むしろ常に流動しながらバランスを取っているという考え方です。
たとえば、熱帯雨林では毎日ドカドカと巨木が倒れています。
人が伐採するんではなく、いわば寿命で倒れるのですが、倒れる時に隣の樹もついでに倒してしまうと、密林にポカッと大きな空き地が出来るそうです。
するとこのような密林は極相林といってこれ以上大きくなりようがない巨木ばかりの集団で、樹木の枝が大きく冠状になっている樹冠を作っています。
ですからあんがい密林の下の土地はスカスカで人も自由に往来できるような空間ができています。
巨木の樹冠で太陽が差さなかったのですね。
それが巨木が倒れると、地表に太陽が一気に差すようになります。
すると、今まで土の中に眠っていて発芽を抑えられていた様々な樹の種が我も我もと発芽を開始し、新しい植物相を作りだしていくのだそうです。
古い巨木が天を覆っている限り、新しい植物は育たないわけですが、その巨木が倒れた新しい空間、隙間(ニッチ)ができると、我先にとその新たに出来た空間に新しい植物が育ち始めます。
するとここに新しい植物同士の均衡(バランス)が生れます。このようなことを「動的平衡」というそうです。
考えてみれば、人間の世界も同じようなところがあります。かつてのIT産業も、バイオテクノロジーも、重厚長大産業の不況の間隙を縫って登場しました。発生した時代はまさに90年代の不況時です。
不況時といえど全てが後退し凍結してしまったわけではありません。むしろ、新しい価値観と行動指針、更にいえばまっとうな倫理観を合わせもった新しい産業が生れる絶好のチャンスなのです。
さて、人間界の一部である政界も似たところがあります。
いままでは自民党長老という巨木が派閥という小集団を作って支配していました。
派閥を否定するわけではありませんが、派閥とはしょせん頭領を首相に押し上げる装置でした。
40代、いや50代ですら「若手」と呼ばれ、総裁選に出るなど考えられもしなかったのです。
岸田氏が単独支配を目指したために始まった派閥解体は、自身が政治的に行き詰まることで総裁選というバトルロイヤルを生みました。
実に「面白い」総裁選で、国民のいいガス抜きとなりました。
同時に開かれていた立憲の貧相な競争と較べれば一目瞭然のように、はからずも自民が多士済々であることが証明された結果になりました。
結局、岸田、菅をつけた石破氏が勝利したわけですが、指導力がなく人望もない新首相が座ったためにただの新たな動的平衡の始まりにすぎなくなりました。
いままでのそれなりによくできていた党内生態系を破壊して出来上がったまがい物の安定であるが故にに、きわめて不安定なのです。
特に大集団だった安倍派は再起不能なほど裏金問題で叩かれたために四分五裂し、弱体化しました。
旧経世会という大派閥だった茂木派も同様です。
言ってみれば、密林の大樹が倒れてポカっと空間ができたのです。
とりあえず3人の長老支配で均衡しようとしていますが、いまや長老間は猜疑心が蔓延して憎み合っていますから、かつての角福戦争の再来のような状態となるでしょう。
今回の組閣を見ると長老支配そのものです。
政治アナリストの伊藤惇夫氏は「派閥が関与できなかった珍しい人事だ 」(読売10月1日)と妙な褒め方をしていますが、たんに極小派閥の悲しさで身内がいなかっただけのことです。
結局、大臣、政務官の人事はできずに菅、麻生、茂木、森山、二階氏らの協力を得る形でしか頭数を揃えられないという重鎮主導型となってしまいました。
今回岸田派は林官房長官しか入閣していないのはなぜかわかりませんが、菅岸田の長老紛争のタネになるでしょう。
【図解】衆院選、10月27日投開票=新内閣10月1日発足―石破総裁「早期に国民の審判」(時事通信) - Yahoo!ニュース
次の選挙まではなんとか党内対立は抑えるでしょうが、終わったら見物です。
石破氏は泡沫派閥しか持たない弱いリーダーですし、あのような人望がまったくない陰キャラですから党の抑えが効きません。
たぶんかつての角福戦争もかくやというものと思われます。
かつての角福戦争は第3次まで繰り広げられ、様々な政治家が入り乱れた党内闘争に発展しました。
角福戦争 - Wikipedia
いずれにせよ、今の閣僚は選挙までの生命です。
選挙が大幅議席減にでもなれば内閣自体が持ちません。
仮に勝ったとしても、その後こそが長老たちの出番であり、派閥解体後の新勢力図を巡って党内闘争が激化します。
事実上分裂してしまった旧経済世会の茂木派、安倍氏という核を失って好き放題に叩きまくられた安倍派、派閥解消をとなえながらしっかり勢力温存をはかっている岸田派、派閥を解消しなかった麻生派がそれぞれの思惑で競り合うことでしょう。
そのとき一方の核となるのが、派閥横断的支持を持つ高市・小林ホークなどの保守ブロックであることは間違いありません。
今、この新たに開いたニッチに、次の新たな動的均衡を求めて新しい芽が吹き始めます。
これで石破氏がしっかりとした派閥運営をして人材を育て上げていたら、まったく違った展開となったはずなんですがね。
しかし、安倍氏への怨念と権力欲だけで首相になった石破氏にはなにもないカラッポです。
ですから、小林ホークなどの若手人材が次々に表に出てくるはずです。
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選挙日程がガッチリ決まっているみたいなので、早く選挙して欲しいですね。結果が楽しみです。そこで、ゲル内閣への審判がきっちり下ってくれると嬉しいのですが。
投稿: 一宮崎人 | 2024年10月 3日 (木) 10時16分
清和会に関しては大恩ある故人から名前を譲り受けたにもかかわらずその人の言いつけを亡くなった後に反故にし、結果それが命取りになったのは絶対に許される事では無いです。
自滅に等しいものだと認識してます。
特にその判断をした当時の幹部の方々は政界から身を引いと欲しいとすら思っています。
彼らの自滅が今の石破政権を産み出した原因の一つであることは間違いないのですから。
残った芯のある若手や国家観を共にできる面々から新しいグループを形成して次世代のリーダーを産み出してくれること期待しています。
投稿: しゅりんちゅ | 2024年10月 3日 (木) 11時34分
分子生物学者、福岡伸一先生の動的平衡については下記リンクが分かりやすくインタビューで語られています。
https://toyokeizai.net/articles/-/10108?display=b
--動的平衡をざっくりと「定義」すると。
絶え間なく動き、入れ替わりながらも全体として恒常性が保たれていること。人間の社会でいえば、会社組織とか学校とか、人が常に入れ替わっているのにブランドが保たれている、そういうものをイメージしてもらってもいい。
熱帯雨林の研究を今されているのかもしれませんが、文転してからは益々動的平衡について、入れ替わりを生態系に合わせたポジティブな語り口で展開されているのを見かけました。
新陳代謝や変革との違いを語るなら、
「動的平衡の状態にある生命は、利己的ではなく利他的で、相補的である。」
という要素でしょうか。
自民という括りであるなら、
議員については、派閥シャッフルと人事システムのテコ入れ、旧安倍派と高齢重鎮の位置替え。
支持者についてはここ数年で入党した所謂岩盤保守と、高齢層や企業団体中小自営業といった昔からの自民岩盤支持者のリバランスが今起きているのだと観察しています。
前者はこの動的平衡の過程で自分達の数は思ったほど多くない事を知り、後者は視野の広さと透明性公平性を突き付けられながら世代交代が必要なのではと思います。
その過程での表れとして若手の活発化、高市氏の台頭と惜敗がある。後者が自民内で置き替われない場合、国内のボリューム層の受け皿を引き受けきれなくなる。
日本政治という括りであれば政権交代しても10年20年で見ればまた揺り戻すよね、という感じでしょうか。
河の流れのような概念が日本人的で、例えやすいかもしれないの思いました。
投稿: ふゆみ | 2024年10月 3日 (木) 12時34分
動的平衡に例えるなら、石破政権は「かりそめの平衡状態」。
次の衆院選で議席をどこまで減らすか?が、この内閣の命運を決めます。石破は233を目標にするようですが、現議席261から30近くも減らして、それでなお立っていられるのか? 出来たばかりの内閣を改造するのは見っともないし、いきなり求心力が失われるのが必定ではないでしょうか。
また、大所帯の自民党にとって、派閥は悪い面より良い面の方が実は大きかったと思います。派閥を解消すれば幹事長に権力が集中せざるを得ず、森山さんにそれらを捌き、利害を調整する胆力は残されていないでしょう。すると、当然に新たなGRP化の道は避けられず、枠組みだけが新調されて登場する事になります。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2024年10月 3日 (木) 19時01分
三角大福中時代を辛うじて知っている自分としては、その再来がまた観られることになろうとは思わなかったね。
岸田と石破、そして菅や安倍もそうだけど、「自分の明確な後継者を作らなかった(作れなかった)」のが共通しているところなので、しばらくは短命内閣が続くと思う。
投稿: 守口 | 2024年10月 4日 (金) 23時03分