ロシア戦争経済の幻
今のロシアはウクライナ戦争に全振りした戦争経済にシフトしています。
やや意外感がありますが、ロシア経済は「好調」です。
24年の経済成長率はなんと3.2%もあるのです。
「世界銀行は10月17日に発表した欧州・中央アジア経済見通しで、2024年のロシアの実質GDP成長率を3.2%、2025年は1.6%、2026年は1.1%と予測した。
2024年6月に同行が発表した世界経済見通しと比較して、2024年は0.3ポイント、2025年は0.2ポイントそれぞれ上方修正し、2026年は据え置いた。その理由として、消費者心理が好調なことや、実質所得の増加や防衛、インフラを含む政府支出の大幅な増加により、成長率が潜在成長率を大きく上回っていることを挙げた」
(ジェトロビジネス短信 2024年10月25日)
IMF、ロシアの2024年経済見通しを上方修正(ロシア) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース - ジェトロ
これをもってしてロシアラバーの人たちは「西側の経済制裁は効いていない」、「モスクワやサンクトペテルブルクなとでは消費活動が活発で平時と変わらない」などという話をよくします。
プーチンの強気はこういう好調な経済に支えられているのだ、ロシアはまだまだどこまでも戦えるぞ、一方ウクライナを見ろ、もうタオルを投げてもらいたがっているじゃないか、トランプ和平を欲しているのはゼレンスキーのほうだというわけです。
ホントでしょうか。
「景気がいい」というのをGDPの成長率だけでみれば、それは事実です。
だって戦争経済やっているんですから、あたりまえじゃないですか。
戦争前の平時には、軍事費がGDPに占める割合は3.5%程度、中国では2.1%、日本やドイツでは1.0%程度といった数字です。
ロシアはウクライナ戦争前までは2.6%くらいでした。
制裁下のロシア経済、なぜ「危機」を回避?GDP堅調だがリスクも [ウクライナ情勢]:朝日新聞デジタル
しかし戦争が始まるや、戦費は莫大なものになります。
日本がおこなった過去の戦争の場合では、1894年に起こった日清戦争では、当時のGDPに対して17%、1904年に始まった日露戦争ではGDPの実に60%もの費用がかかっています。
また1941年から始まる大戦では、なんと880%(!)という仰天する数字となります、つまりGDPの8.8倍です。
そしてロシアの場合、6.1%に膨れ上がりました。
砲弾を作っても、鉄砲の弾を作ってもGDPとしてカウントされるんですから、そりゃGDPは激増しますね。
テレ東
「アメリカのCNNテレビは11日、NATO=北大西洋条約機構の分析として、ロシアの砲弾生産能力が、欧米の3倍近い年間およそ300万発に達している可能性があると報じました。欧米がウクライナ向けに生産する砲弾は年間120万発で、NATOの高官は、「われわれは生産戦争に直面している。ロシアの生産面での優位性が、戦場での優位性をもたらしている」と危機感を語りました」
ロシアの砲弾生産能力 欧米の3倍か 年間およそ300万発 NATO危機感(2024年3月12日)
今ロシアは全力で武器を生産していますが、一発の砲弾の材料を作るためには火薬を作る工場が要り、大砲や砲金を作る会社などが必要で、そこに支払いが生じます。
同時に、工員には労賃が支払われますから、国が全力で砲弾や戦車を作り始めたら巨額の公共投資が発生します。
戦争前の不景気はどこへやら、表面的には消費活動も旺盛になり「景気がよくなる」ようにみえるのです。
極端にいえば、戦死者の墓穴を掘ってもGDPは増えます。
今、ロシアは徴兵された者に手当てを支払い、戦死者に弔慰金を支払っています。
これは地方の貧困層にとって一種のばらまきとなって、地方経済を「活性化」させています。
なんで私が「景気がよくなる」とか「経済の活性化」にカッコをつけてきるのかおわかりでしょうか。
それは幻想、あるいは短期的な麻薬だからです。
なぜなら、戦争経済で出来たものは戦場で速やかに消費されるために国民生活に残らないからです。
また民製品を制限して軍需品に振り向けるわけですから、民製品が品不足になります。
そして戦時体制下においては、戦争を遂行することが最優先の目標ですから、煎じ統制経済が始まります。
作るものを国が決定し、価格も統制します。
これは既にロシアで始まっています。
では、ここで一見都市部での経済が活発に見えるのはなぜなのか考えてみましょう。
それは制裁に大きな穴があるためです。
それは中国とインドが制裁に参加していないからです。
両国はロシアから大量に原油や天然ガスを買い込み、民製品を輸出しています。
つまり、ロシアはじぶんの国の産業は武器生産に全振りして、民製品は中国から買って埋め合わせているのです。
まぁ元々たいした民製品を作れなかった国ですから、目立たないだけです。
中国など、トランプから制裁をかけられた場合、ロシアのような制裁逃れをするべく研究に勤しんでいるようです。
「中国政府はウクライナ戦争開始以降、ロシアから石油を購入し、電子部品から洗濯機まであらゆるものを供給することでロシア経済を支援してきた。その一方で、欧米による制裁を回避する実例をロシアから学ぶなど、中国としても独自の戦略的利益も得ている。
事情に詳しい関係者らによれば、中国はロシアによる全面侵攻後の数カ月間に複数の省庁を横断する組織を設置。欧米による制裁の影響を研究し、指導部に報告書を定期的に提出している。
これは特に台湾を巡る紛争で米国とその同盟国が中国に同様の制裁を科した場合に備え、その影響を緩和する方法を学ぶことが目的だという。またこの取り組みの一環として、中国政府当局者らは定期的にモスクワを訪れ、ロシア中央銀行や財務省、また制裁対策に関わるその他の機関と会合を持っていると関係者らは述べた」
(ウォールストリートジャーナル2024年12月2日)
中国、ロシアに制裁回避を学ぶ 台湾有事に備え | The Wall Street Journal
戦争経済はまさに麻薬です。
これに国家経済を全力で投入すれば、いったんは景気が浮揚しますが、戦争が終わった瞬間地獄が始まります。
そりゃそうでしょう。戦争経済というのは国家の全リソースを軍需産業だけに投じる極端に歪な経済なのですから。
だから戦争というエンジンが止まってしまったらどうしますか。
経済全体がなにを作ったらいいのか分からずにボーゼンとしてしまうのです。
一方、今、徴兵を強化できるギリギリまで増加させ、北朝鮮の傭兵まで投入していた兵隊たちが、戦争が終われば当然国に還ってきます。
しかしもう仕事がないですよ。工場は武器生産をもう出来ないし、民製品には簡単に転業できません。
ちょうど先の大戦直後の日本のように、戦闘機を作っていた会社が鍋ヤカンを作ることになってしまうのです。
ロシアの場合、安価な中国製がすでに民生品市場を押さえてしまっていますから、いまさらロシア製なんか売れやしません。
かくして到来するのは大失業時代です。
ここでしまったと思うでしょうが、その時はもう遅いのです。
戦争経済という麻薬を吸ってしまった中毒症状がここで現れます。
これが戦後のウルトラ大不況の到来です。
これがわかっているから西側は武器生産に全振りしないのです。
しかし元々原油くらいしか売るものがないというモノポリーな上に、独裁国家ですから歯止めが掛からないで、崖に向けて突進するのです。
このように考えてくると、ロシアは戦争を止めないかもしれません。
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世の中にはロシアフレンズならずともロシア経済好調論をいう専門家がいて、それを前提論拠にしてウクライナ戦争の帰趨を語るものだから混乱します。むしろウクライナ支援派がいう、「ロシア経済2025年問題」の方が見通しとして正しい。
政策金利22%の国でどうやって経済活動を営めるのか? それだけ考えてもわかりそうなものですけどね。
だからプーチンは戦争をやめる事は出来ず、やめたとしてもプーチンにとっての地獄ですから。
たとえウクライナが一時的に終結しても、かならずどこかで戦争をし続けるんじゃないか。それは同盟国北朝鮮に与して韓国へかもしれないし、今度は戦争がもっと直接的な利益を生むケースに変わってくるのじゃないですかね。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2024年12月 6日 (金) 22時42分