プーチンを和平会談に引きずり出すには
ウクライナ戦争の終わらせ方について考えています。
もちろんウクライナの全面勝利で終わり、ロシア軍が自国に戻るのがいちばんいいわけですが、残念ながらその可能性は限りなくゼロです。
ただしロシアが全面勝利する可能性もまたゼロです。
プーチンが夢想したのは、ウクライナを「同民族」と見立ててこれを大ロシアとして合邦することでした。
そしてこれを足掛かりにして旧ロシア帝国の勢力圏を復活させることを構想しました。
今思えば、お笑いですが、この独裁者は真剣にそれが可能だと考えていたのです。
なにひとつ政治的懸案もなく、紛争もないベタ凪状態であったとしても、ひとりの狂人が支配する専制主義国家においては、侵略戦争を起こすことが可能なことを教えてしまいました。
戦争の経過をおおざっぱに見ておきます。
当初ロシアはウクライナ全土の占領を企み、心臓部のキーウを電撃的に占領し、ゼレンスキーを倒して傀儡政権を打ち立てようとして手痛いウクライナ軍の反撃に合い、初手でつまづきました。
そこで侵攻計画を変更して、キーウ攻略に用意していた部隊を東部や南部に転用しました。
その目的は、ウクライナを海から切り離し内陸国に封じ込めることです。
ハルキウを含むドニプロ川東部、ザポリージャ州、ヘルソン州、オデーサを含む南部領域に攻勢をかけまし、これはオデーサを除いておおむね成功しています。
2024年5月から同年12月の間、ロシア軍は占領している北部・東部から占領地を拡大しようとしましたが、この間の24年10月にウクライナ軍にクルスク州に侵攻されるという逆襲にあっています。
一方ウクライナ軍は南部で分断攻撃をしかけましたが、残念ながら失敗しました。
「ロシア軍は、ウクライナのルハンシク州、ドネツク州、ザポリージャ州で攻勢し、主力はドネツク州全域を占領するように主に2つの方向から攻撃するという構想を立案し、実行している。
この攻撃は、ドニプロ川の線まで突進するものではなく、ドネツク州の境界線までを占拠する程度の攻撃衝力でしかない。
この間、ロシアはウクライナ軍にロシア国境での配備の弱点を突かれクルスク州に進攻された。
そして、ロシア軍はこのクルスク州の奪還を目指しているが、3か月が経過しているものの奪還できてはいない」
ウクライナ戦争は戦争末期へ、ロシア軍の肉弾戦がいよいよ限界に 当初の最小損失・最大戦果が、今や最大損失・最小戦果へと激変(1/7) | JBpress (ジェイビープレス)
現在、ロシア軍はクルスクからウクライナ軍を追い出そうと、肉弾攻撃をくりかえしていますが、1か月間で3.5万~4.7万人といわれる膨大な死傷者を出しています。
ウクライナ軍はクルスク戦線を天王山と心得ていますから、そうそう簡単に奪還されることはなく、プーチンはクルスクが奪還されるまで和平提案には乗れないことになります。
だってそりゃそうでしょう。現時点で「武器を置く」ならば、クルスク州のかなりの部分はウクライナの実効支配に置かれてしまい続けるからで、プーチンのメンツは丸つぶれです。
「現段階では、ロシアという巨大な国家が、最も小さい軍事目標達成(クルスク奪還)のために多大な損失を出している。この努力は無意味である。
現在の戦争を継続すると、ロシア国内の痛みはますます大きくなっていく。
そして、戦争継続の意味は薄まり、ロシア政権内部に不満が高まることになる」
(西村前掲)
そしてそれを心得ているウクライナは、攻撃の無人機や巡航ミサイルの攻撃の矛先をロシア国内の石油関連インフラや軍事産業施設に移しています。
これは軍事目標と違って即効性はありませんが、ボディブローのように経済活動と国民生活の暖房や電気といった冬を迎えた国民生活に大きな影響を出しています。
プーチンが一番望むのは、西側からかけられた経済・金融制裁の解除ですが、これも戦争を続ける限り終わることはありません。
いやそれどころか、ロシアが勝利などしようものなら、いっそう制裁は強化され半永久的なものになるはずです。
プーチンが和平提案に乗るには、ロシア軍が重大な局面の戦闘で完全敗北を喫し、これ以上ウクライナ領土を侵略する力がないという自覚が生まれる必要があります。
具体的には、クルスクという自国領を完全奪還する見込みがないこと、そして今の占領地を温存するので精一杯であることということをプーチンに認識させねばなりません。
クルスクは今連日激しい戦いが繰り広げられており、ロシアはわずかな数キロの土地を得るために人海戦術を採用し、いたずらに膨大な犠牲を積み上げています。
このクルスク戦線の膠着状況があと数カ月間続くなら、ロシアは疲弊し尽くします。
外人部隊や囚人までといったありとあらゆる人的リソースをぶちこみ、戦後最大の死傷者を出して、なお止むかどうなのか。
たぶんプーチンはここで一撃をかまして敵に重大な損失を与えて、国民を納得させて有利な条件で講和に持ち込むことを考えているのかもしれません。
これがかつての大戦末期の日本にも登場した「一撃講和論」です。
一種の精神錯乱ですから、まともな判断ができなくなっています。
ならば、プーチンに思う存分、国が傾くほど疲弊していただいたらいいのです。
したがってやるべきは、ウクライナ支援の引き剥がしではなく、逆に徹底的なウクライナに対する支援です。
そしてクルスクからのウクライナ軍の撤退と引き換えに、ウクライナの未来に渡る平和の担保を要求すべきです。
すなわちそれがNATO加盟です。
ここまで犠牲となったウクライナ国民を納得させることができることは、これ以外ありません。
オバマ時代駐露大使をしていたマイケル・マクフォールはこう述べています。
「プーチンをなだめることで平和は生まれない。NATO加盟を伴う安全保障と引き換えにウクライナに名目上、領土の一部をロシアに移譲するという妥協だけが恒久的な平和を生み出すだろう。
戦闘で殺された同胞のために戦っているウクライナ兵の多くに武器を手放させるのは非常に難しい。ゼレンスキーとウクライナ国民は、NATO加盟という対価が得られない限り、そのような犠牲を払うことはないだろう。
これは、ウクライナ国民に戦闘をやめるよう説得するためにトランプが使える唯一の切り札だ。ウクライナのNATO加盟は、ロシアとウクライナの国境に恒久的な平和を維持する唯一の方法である」
【ウクライナ戦争終結へ私たちが知っておくべきこと】プーチンとゼレンスキーは痛みを受け入れることができるのか Wedge ONLINE(ウェッジ・オンライン)
トランプが選挙戦で言っていたようなウクライナ支援の削減をした場合、プーチンは戦争をやめる理由がなくなり、最低でもクルスクからのウクライナ軍撤退まで戦争を継続しようとするでしょう。
あるいは最悪、かつてのように再び南部、東部占領地からの進撃すらありえますし、そうなった場合ウクライナは徹底的に戦うしか選択肢はなくなります。
これはマクフォールがいう、「プーチンをなだめること」に他ならない下策の極みです。
そもそもこれではゼレンスキーのほうが、和平交渉に乗れないではありませんか。
ある意味で、最大のネックはマクウォールが言うようにトランプがウクライナのNATO加盟に賛成しない可能性が高いことです。
「この和平案のメリットをトランプに納得させるのは容易ではないだろう。しかし、ウクライナをNATOに加盟させることで、トランプは外交政策の優先事項の一つである負担分担において大きな勝利を収めることができる。
NATOに加盟すれば、ウクライナ軍は同盟国の中で最も経験豊富な欧州軍となる。ロシアと国境を接する他のNATO同盟国に、ウクライナ軍が習得した空、海、陸のドローンを供給することもできる。
トランプは、ウクライナのNATO加盟により米国は欧州での防衛費を削減し、アジア太平洋地域で拡大する中国の影響力を抑えるための資源を解放できると米国民に説明できる。トランプがこの和解の仲介に成功すれば、彼が切望するノーベル平和賞の候補になるかもしれない」
(岡崎研究前掲)
トランプはディールを好きなくせに、妙に頭が堅いところがあるので相当に難しいかもしれません。
つまり、トランプ、NATO、そして当事者のロシア、ウクライナといった4者が合意しないと和平会談さえ始まらないのです。
戦争は始めるのは簡単ですが、終わりにさせるのはかくも大変なのです。
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なるほど……
ウクライナは結局諦める必要があると言う事ですね
正月 久々に読書しました
米中対立の先に待つもの 津上俊哉
なかなか良かったです
管理人さんが未読ならお勧めします
投稿: 通りすがりの関西人 | 2025年1月13日 (月) 10時07分
ブログ主様の見立てに全く同感です。
様々な報道を総合すると、ゼレンスキーは被占領地の棚上げは覚悟してい、しかしNATO加盟の条件を外す事はあり得ません。NATO不加盟ならゼレンスキーのみならず、ウクライナ国民が納得しません。
が、これは当然。ブタベスト覚書きにもあるように米国には多大の責任があります。
また、プーチンの一撃講和は突き詰めれば小型核という事になるかもですが、それをやれるほどプーチンの頭は完全には狂ってもいないとウクライナは見切っています。かつてのウクライナのよる反転攻勢が不首尾に終わった大きな原因のひとつは、武器援助が途絶えそうになった事。迂遠ですが、ウクライナへの援助を厚く速やかに行う事、ロシアへの制裁をなお完全にし、ガスも重油も遮断する事が終戦への道です。それと、停戦はロシアに利する事になるので要注意です。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2025年1月13日 (月) 18時23分