トランプ関税戦争、中国の不思議な静けさ
カナダとメキシコが1カ月間の猶予をもらったようで、追加関税の執行が先のばしになったようです。
撤回じゃありませんからね、念のため。
「米政府が4日に発動するとしていたカナダとメキシコ製品に対する25%の関税について、ドナルド・トランプ米大統領は3日、1カ月間停止すると表明した。カナダのジャスティン・トルドー首相とメキシコのクラウディア・シェインバウム大統領も同日、発動が停止されると発表した」
(BBC2月4日)
トランプ氏、メキシコとカナダへの関税発動を1カ月停止すると発表 国境対策などで合意 - BBCニュース
トルドーは2回トランプに電話し、こんなことを提案したようです。
新提案ではなく焼き直しただけですが。
「トルドー氏がソーシャルメディア「X」に投稿した内容を引用し、カナダが国境警備に13億カナダドル(約1400億円)を支出することを約束したと説明。同国がさらに、合成麻薬フェンタニルの販売阻止に取り組む責任者を任命し、関連組織をテロリストに指定することになったとした。
そのうえでトランプ氏は、「この最初の結果に非常に満足している」とした」
(BBC前掲)
国境警備の厳重化と合成麻薬を売りさばいている組織のテロ組織指定ですか。
国境警備なんてなにをいまさら強化かつうところですし、麻薬マフィアの連中は中国系ですよ。
大丈夫かな、トルドーさん。あ、もう辞めるンだったっけね。
まぁ、1カ月やるから成果が上がったか、お手並み拝見というところでしょうな。
BBC
ところで、今回の関税戦争で、妙に他人事のような顔をしているのが中国です。
いちおう抗議らしきものは口にしていますが、かつてのように報復関税などとは叫ばず、WTOに提訴なんぞと上品なことを言っています。
世界でいちばんWTOを舐め腐っていたのは、他ならぬ中国のはずで、こんな形骸化した機関になんの拘束力もないことは中国も米国もとっくに承知のはずです。
したがって痛くもかゆくもありません。
「 中国商務省は2日、米国の追加関税に世界貿易機関(WTO)を通じて異議を申し立てると発表した。
商務省は声明で、米国の関税措置は「WTOのルールに著しく違反している」と非難。同時に、率直な対話と理解を呼びかけ、協議の余地を残した。中国政府は「対抗措置」を取るとも述べたが、詳細には踏み込まなかった。中国側の今回の反応は、第1次トランプ政権時の米中貿易紛争で見られたような即時の緊張激化には至らず、中国がここ数週間に用いてきた比較的慎重な表現を繰り返すにとどまった。
トランプ米大統領は米国時間1日、カナダとメキシコからの輸入品に25%、中国からの輸入品に10%の追加関税を課す大統領令に署名。合成麻薬「フェンタニル」の米国への流入を中国が阻止する必要があるとした。
中国外務省は「フェンタニルは米国の問題だ」と反発し、「中国側は米国と広範囲にわたる麻薬対策協力を行い、目覚ましい成果を上げてきた」と強調した」
(ロイター2月2日)
中国、WTO通じて対抗へ 米国の追加関税に | ロイター
なにが「フェンタニルは米国の問題」だって、製造元は中国で、それがカナダやメキシコを通じて流れ込んでいるんでしょうが、とトランプに代わって怒りの表明。
ところがかんじんのトランプ翁は妙に中国にはクールで、たぶん就任前の習近平との電話会談でなにかゴニョゴニョと密約でもしたような気がしてきました。
就任前にトランプは、中国製品に対して60%の追加関税を課すと公約していました。
それがカナダ、メキシコの2分の1の10%ですから、この60%はただの中国を交渉の席に座らせるためのブラフだということになります。
中国経済の現状は、とてもじゃないが米国と正面切って関税戦争なんぞする余裕はありません。
社会主義計画経済をお題目にしているはずのこの国が、膨大な過剰生産を仕出かしているからです。
その縮図が不動産バブルの崩壊です。
「中国において、近年世界が経験したことがない不動産価格の異常な値上がりが起きたことが指摘される。不動産価格の水準を年間所得との比較で見ると、上海50倍、深圳43倍、香港42倍、広州37倍、北京36倍(2023年NUMBEO調べ)と、歴史的高水準に達している(東京は12倍、NY10倍)。バブル期の東京の同倍率が15倍であったことと比較すると、中国の深刻度は明らかである」
(武者リサーチ2023年9月9日)
日中不動産バブルの比較と中国Japanificationの可能性 | 武者リサーチ (musha.co.jp)
不動産投資は中国経済の主要な牽引力であり、中国の対GDP比率544%に達します。
企業規模も巨大であり、都市住民の25%以上が建設不動産関連が雇用しているために、不動産バブル崩壊と企業破綻が本格化することにより、雇用不安が一気に表面化します。
失業率の増大は個人消費を確実に冷え込ませますから、家電、衣料など幅広い消費分野を道連れにしました。
このような国内市場の過剰生産による飽和は、いやでも海外輸出に頼らざるを得なくなります。
「中国の全体的な対外貿易の状況は、非常に不利な状況と言うべきです。中国は現在、過剰生産状態で、いかに輸出を拡大するが緊急の課題で、そうしなければデフレが加速し、将来の雇用圧力もさらに高くなります。これは中国政府が長年にわたって、自分で仕掛けた罠にかかってきた結果であり、もはや現在、解決することはできない問題だと、李恒青はいいます」
(福島香織中国趣聞1321)
中国はすでに60%関税に対して具体的対策を整えていました。
その安全弁がメキシコです。
たとえば中国は過剰生産となっている鉄鋼・アルニミウムをいったんメキシコに輸出した形にして、メキシコから米国へ迂回輸出していました。
米国もそれに気がついており、メキシコからの鉄鋼・アルミニウムに対して25%の関税をかけるとしていました。
「メキシコ経済省は2月27日付プレスリリース
で、北米鉄鋼産業強化に関する米国通商代表部(USTR)との会合に関連して、次の合意内容を明らかにした。
1(輸出入のモニタリング強化のため)鉄鋼、アルミニウム製品について、米国と統合した関税分類を作成する(既に完了)。
2 貿易協定のない国からの鉄鋼、アルミニウムの輸入動向に配慮し、205の関税品目で一般関税率を25%とする(2023年8月15日付官報公布政令に基づき実施済み)」
メキシコ経済省、米USTRと鉄鋼・アルミニウム製品輸出入の監視強化と関税率変更で合意(米国、メキシコ) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース - ジェトロ
ですから、中国にとっての心配はたかだか10%の追加関税などではなく、メキシコに対する25%の関税なのです。
「米国セント・トーマス大学の葉耀元によれば、中国政府にとって追加関税10%より心配なことは、メキシコから米国に輸出される商品の多くにかけられる25%の関税だろう。実際にはメキシコの対米輸出品の多くは、メードイン中国の再輸出であり、最終的には中国の製造業に影響を与えるものだからだ、といいます。実はメキシコへの追加関税は中国への制裁なのです」
(福島前掲)
一方、トランプにとっての最優先課題は、まず第1に不法移民の強制送還と国境の安全を守る事、そして麻薬の流入防止です。
これに基づいてトランプは隣国のカナダとメキシコに関税戦争を仕掛けました。
実に乱暴な手段ですが、この両国が参りました、麻薬と不法移民は今後ださないことを誓いますと一札いれないか限り続くことでしょう。
トランプは90日間といっていますが、どうでしょうか、これだけで政権が丸々4年間かけてやっても終わらないような大きな案件のはずです。
となると、必然的に中国の優先順位が落ちます。
同時にはとてもできません。
今、中国は経済はデフレに直下降、政権内部は常にガタピシいっており、台湾に手を回す力の余裕は限られています。
「アメリカのトランプ次期大統領と中国の習近平国家主席が17日夜、電話で会談し、経済や貿易など両国間の問題について意見を交わしました。
中国側の発表では、双方は戦略的な意思疎通の仕組みをつくることで合意したとしていて、習主席としては安定した関係の構築を目指したいという姿勢を示した形です。
中国外務省によりますと、電話会談で習主席は、両国の経済・貿易について「本質はウィンウィンの関係で対立や衝突は選択肢であるべきではない」と述べました。
また、統一を目指す台湾については「中国の国家主権と領土の一体性に関わる問題でアメリカには慎重に対応することを望む」と述べました」
(NHK1月18日)
習主席とトランプ次期大統領が電話会談 “意思疎通で合意” | NHK | 習近平主席
とまぁ、今は互いにゴタは避けような、というところのようです。
ゲルさん、いまさら日米会談で「尖閣は安保第5条の確認をめざす」なんてやっていると、うるさがられますよ。
とうぶん、彼の脳裏には「尖閣」なんてありませんから。
« さぁ、米国はインフレ再燃だ | トップページ | トランプ、ガザを米国領にするって? »
いやマジで、外務省は石破トランプ会談に「尖閣諸島の安全保障」を明文化させたいみたいです。
まあトランプから見たら、そんな実際に有名事実化だけしてる案件なんぞ「そんなの勝手にやれ、認めてやったらじゃあお前は何をディールで譲るんだ?」という話ですよ。
日鉄とUSSの合併問題に注目してます。
昨年の選挙においてバイデンが介入した時点で「もう日鉄は引き上げろ」とは思いましたが、技術面や投資力で考えたらベストなマッチングな訳で。。
米国鉄鋼労連トップのエロい人が「中国に製鉄技術を教えた日本が邪悪の根幹」だそうで、「パールハーバーを忘れるな」まで持ち出す始末。時代錯誤も甚だしい。
で、バイデンやオバマの民主党政策をすぐにでも批判したいトランプは、先日のワシントン航空事故まで「あいつらのせいだ!」とか先走りし過ぎで言ってましたけど、USS買収問題ではこれまでバイデンに追従してたのがどうなるかです。
このままだと米国伝統のUSSはジリ貧化して潰れますからね。。
投稿: 山形 | 2025年2月 5日 (水) 08時57分
鉄、アルミ、麻薬(フェンタニル)等の中国→アメリカへの迂回輸出、改めて勉強になりました。
それにしても今までのバイデン民主党政権はこれらの問題をなぜスルーしていたのか不思議です。放置していい問題とも思えませんが。
アホだから?
投稿: 泰山木 | 2025年2月 5日 (水) 15時14分
この問題は、フェンタニル等の薬物問題に限って話するとわかりにくくなるように思います。トランプの狙いはメキシコやカナダのような生来的なアメリカの友邦国を中共依存から引き離す事にあって、そのために関税を使っているんでしょう。
カナダやメキシコと米国が揉めればもめるほど中共にとって有利に運び、「静けさ」はその間は高見の見物を決め込む中共のいつもの手段です。カナダやメキシコがお茶を濁す程度で終わるのかどうか、それはこの一か月を見ていましょう、という事ですかね。
山形さん指摘のUSS問題も今の日本の日中関係の状態では難しく、まして石破政権下で成就するとは考えにくいです。
日鉄そのものも現経営陣は親米国派ですが、中国との合弁会社を未だに五、六社は抱えていて、元凶の稲山相談役は未だに習近平もうでを繰り返しているバランスの悪さ。ポンぺオさんも頭痛いでしょう。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2025年2月 5日 (水) 19時52分