パナマ運河問題は「領土拡張意欲」などではありません
このところトランプ外交に批判的なことばかり書いていますが、「空気投げ」という秘術もあったことを書きそびれていました。
「空気投げ」というのは、ほぼなにもしないうちに相手のほうから飛んでいってしまうという謎の術です。
それがパナマ運河問題です。
【米国のルビオ国務長官は2日、就任後初となる外遊先の中米パナマでホセ・ラウル・ムリノ大統領と会談し、パナマ運河から中国の影響力を排除するよう求めた。ムリノ氏は、パナマに運河の運営権があると反論した一方、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」から離脱する方針を示した」
(読売2月3日)
アメリカ国務長官と会談したパナマ大統領「一帯一路」から離脱方針示す…運河は「我が国が運営」 : 読売新聞
では、どうしてパナマに米国がこだわるのでしょうか。
読売の特派員が書いているような「領土拡張欲」でしょうか。
わきゃありません、トランプはが今シャカリキでやっているのは中南米から流入する膨大な不法移民なのに、中米を自国領にしてどうしますか。
最大の理由は、パナマ運河が事実上中国によって支配されているからです。
パナマ運河には太平洋側と大西洋側の出口にある二つの港湾があります。
それは太平洋側のバルボア港と大西洋側のクリストバル港で、これを運営しているのは香港系のハチソンですが、ここが大いに怪しい。
ハチソン(CK Hutchison Holdings Limited )は李嘉誠が握る財閥で、香港を拠点とし、ケイマン諸島に登記されている多国籍コングロマリットだとされています。
ハチソンは総売上高の8割以上を海外から得ており、エネルギーやインフラ、通信、港湾といった国の基幹産業を握っています。
CKハチソン・ホールディングス - Wikipedia
日本では考えられませんが、発展途上国では往々にしてインフラを外国に委ねています。
いかにこれが恐ろしいことなのかわかっているのかな。
このハチソン財閥の李嘉誠は、かつては中国と民主派の二股をかけていましたが、いまは完全に中国の支配下になっています。
「香港一の富豪、李嘉誠氏は香港民主化運動の隠れ支持者であり、中国に対する裏切り者だとして「ゴキブリの王」と呼ばれる一方で、米国のトランプ政権とその同盟国は李氏を中国共産党に忠誠を誓う人物で、極めて重要なインフラ事業は任せられないと考えている。
中国と欧米の間に広がるあつれきの板挟みとなっている李氏にとって、双方共に満足させることはかつてないほど困難だ。91歳の李氏が築き上げた企業帝国は、多くの人々が「新冷戦」と呼ぶ今の状況に国際的な企業がどう対応すべきかを示す重要な指針となっている」
(ブルームバーク2020年7月7日)
米中ににらまれた香港一の富豪、「新冷戦」に企業はどう向き合う - Bloomberg
李の息子は人民政治協商会議のメンバーとなっていて、中国国内の港湾開発と運営を多数手がけています。
このような利権は、中国共産党に絶対服従を誓わない限り得られないものです。
つまり、ハチソンは中国政府の言いなりの政商です。
こんな影に中国政府がいる企業が、大西洋と太平洋を結ぶ要であるパナマ運河の肝を握っていたわけです。おーこわ。
これに対して反撃を開始したのがトランプでした。
トランプは就任演説でこう言っています。
【米国のトランプ大統領は20日の就任演説で、「米国は領土を拡大し、新たな地平に国旗を掲げていく」と述べ、領土拡張に意欲を示した。太平洋と大西洋を結ぶパナマ運河の領有や、国内外の地名の一方的な改称を主張した。
トランプ氏は演説で、「中国がパナマ運河を運営している。それを取り戻す」と訴えた。1999年に米国がパナマに管理権を返還したことを「愚かな贈り物だった」と述べ、パナマ運河の通航料金が高すぎるとの不満を示した。これに対し、パナマのホセ・ラウル・ムリノ大統領は20日、X(旧ツイッター)での声明で、パナマ運河は「今もこれからもパナマのものだ」と反発した」
(読売1月21日)
トランプ大統領「領土を拡大」「パナマ運河を取り戻す」…管理権返還は「愚かな贈り物だった」 : 読売新聞
読売はトランプ憎しで、「領土拡張に意欲」などと薄っぺらいことを書いていますが、トランプが狙っているのはパナマ運河の運営権を中国から奪還すること、さらに中南米にはびこっている一帯一路と対峙することです。
中南米はかつては圧倒的な米国の経済圏でしたが、いまや見る影もなく、中国資本が跳梁跋扈し、一帯一路の要衝になっています。
去年もチリに中国を結ぶ新たなハブ港湾が完成しました。
「ペルーの首都リマ郊外で14日、中国国有の海運大手が過半を出資するチャンカイ港が開港する。アジアと南米を結ぶ貿易の大幅な効率化が期待され、南米の新たなハブ港となる。中国の広域経済圏構想「一帯一路」の南米での要になると見られており、中国の影響力が増すことを米国は警戒する。アジア太平洋の経済統合に向けた新しい『海上高速道路』を切り開くことになる」
(日経2024年11月12日)
(中国、ペルーに「一帯一路」要港 中南米貿易を効率化 - 日本経済新聞 。
このような構図の中に置いてみると、パナマ運河の重さがわかるでしょう。
中南米の海運のハブ、大西洋と太平洋を結ぶ要として浮かび上がってきたのです。
中国はこのハブ港に中国に情報を筒抜けにするバックドアを仕掛けました。
それが中国の一帯一路政策のと共に肥大したLOGINK(国家物流平台 )という物流管理情報システムでした。
広東省は、物流業界ネットワークchain_Modernバルク商品供給の新しいモデルを探求-Modern LogisticsNews公式サイト
「中国が世界の物流に関するデータを把握する能力を急速に拡大させている、と米ウォールストリート・ジャーナル紙が警戒的に報じている。それを通じて中国が、経済活動のみならず安全保障上の優位を高めることにもつながりかねないためだ。
中国は、2007年に開発された「LOGINK」と呼ばれる物流情報システムを軸にデジタルネットワークを拡張している。LOGINKは世界の荷主を結ぶデジタルネットワークであり、「ワンストップの物流情報サービスプラットフォーム」とも呼ばれている。
そこでは、公的データベースのほかに、実に45万以上に上る中国国内および世界各地の巨大港湾のユーザーから入力された情報も併せて利用されている。
中国政府はこれを通じて、世界の商取引に関する他国には分からない情報を得ることができるのである」
一帯一路構想のもと世界の物流データの支配を強める中国とデータを巡る米中覇権争い | 木内登英のGlobal Economy & Policy Insight | 野村総合研究所(NRI)
また中国が投資した港湾で使われるZPMC(上海振华重工(集团)股份有限公司) 製の大型クレーンにもバックドアがついていました。
ZPMCは世界の港湾クレーンの7割のシェアを持ち、米国でも8割を寡占している企業ですが、このクレーンを使うと自動的に中国に情報が発信されることが判明して、米国で大きな問題となっています。
「米国の海事産業は中国で製造・加工・組立された機器や技術に危険なほど依存していると総括した。特に、港湾クレーンに関してはZPMCが世界市場の7割、米国市場の8割を生産していると問題視した。この寡占状態は、中国政府が世界の海事産業で支配的な地位を占めるべく、ZPMCに対して国営銀行などを通じて融資や補助金などの優遇措置を戦略的に提供し、それをもとにZPMCが市場相場から離れた価格設定を行ってきた結果だとした。また、米国国内で代替製造能力が欠如していることも問題視した」
米共和党議員、港湾クレーンの中国依存を問題視、代替調達や国内製造の強化も提言(中国、日本、米国) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース - ジェトロ
つまり中国の一帯一路とは、港湾、空港、道路、鉄道などのインフラを中国が押さえることで、世界の物流の要衝を支配し、物流と情報を支配することです。
そして自らの中国経済圏に組み込み、敵対する国家の海運情報を盗むのです。
そして一度戦争が始まればこの情報は大いに役に立つことでしょう。
パナマ運河の場合、今後予想される米中対決に際して、運輸情報を抜き取られるのもさることながら、運河自体が閉鎖され、大西洋と太平洋の連結を断ち切られます。
民間船舶のみならず、大西洋の軍艦は太平洋に行くことが不可能になります。
マルコ・ルビオは初仕事してパナマを訪問し、パナマ大統領は会見後、中国の一帯一路からの脱退を表明しました。
また、現在のところ、2026年の更新をしないとしているが、場合によっては早期の脱退もあるとしています。
「マルコ・ルビオ米国務長官は2日、中米パナマの首都パナマ市で同国のホセ・ラウル・ムリノ大統領と会談し、同国が管理権を持つパナマ運河について、中国の「影響と支配」を「即時に変更」するよう求めた。
ルビオ国務長官は、パナマが行動しなければ、両国間の条約に基づく権利を保護するために必要な措置を講じると警告した。
ムリノ大統領は記者団に対し、アメリカ軍が運河を奪取するという深刻な脅威はないとみていると語った。その上で、中国の影響に関するトランプ氏の懸念に対処するため、技術レベルの話し合いを提案したと述べた」
(BBC2月3日)
ルビオ米国務長官、パナマ運河の「中国の影響」を減らすよう要求 パナマ訪問で - BBCニュース
米国は武力までちらつかせてパナマを脅迫したわけですが、結局パナマも空気投げされてしまったようです。
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>中米のパナマ政府が中国の巨大経済圏構想「一帯一路」から離脱する方針を明らかにしていることについて、中国外務省の報道官は「外部からの干渉を排除し、正しい決断を下すことを期待する」と述べ、離脱を思いとどまるよう呼びかけました。
ほんと、「正しい決断」をすることを期待しますよね…中国も自分のことよく分かってるじゃん。
投稿: ねこねこ | 2025年2月 8日 (土) 11時26分