真実味を帯びてきた米国のNATO脱退
米国がNATOから脱退する可能性があると報じられています。
「NBCニュースがレビューしたペンタゴンのブリーフィングによると、トランプ政権はそれを変えることを検討しているという。
ペンタゴンは、アメリカ軍の戦闘司令部と司令部の大幅な再編に着手している。そして、検討中の計画の一つは、アメリカがNATOのヨーロッパ連合軍最高司令官(軍事用語ではSACEURとして知られている)の役割を放棄することを含むと、二人の国防当局者は述べた。
現在この役職に就いている将軍は、米国欧州軍の司令官も務めており、ロシアとの戦争でウクライナへの支援を監督する主要な司令官である。
このような再編成にどれくらいの時間がかかるかは明らかではなく、完了するまでに修正される可能性がある。
SACEURを放棄することは、少なくとも、第二次世界大戦以来、ヨーロッパの安全保障と平和を定義してきた同盟である」
(NBCニューズ3月19日)
Trump admin considers giving up NATO command that has been exclusively American since Eisenhower
このNATO司令官職は、ヨーロッパに対する米国の責任を象徴する地位でした。
この伝統は、米国がナチスドイツと戦った大戦中から戦後まで一貫した米国の立場でした。
初代の司令官は当時の大戦の英雄で、後の大統領ドワイト・D・アイゼンハワーであり、以来4星の将官(大将)によって継承されてきました。
つまり米欧同盟の揺るがぬ米欧連帯のシンボルだったわけです。
第1次政権の国防長官であったジェームス・マティスは、2017年に「NATOは現代史上最も成功した、最も強力な軍事同盟だ」と誇らしげに語ったことがありました。
それほどNATOと米国は切っても切れない関係だったのです。
これが第2次政権になるといとも簡単に打ち捨てられることになります。
それはNATOたかり論が年来の持論のトランプが再登場したからです。
「ところが、先週末行った大統領選の選挙集会で、トランプ氏は仮にNATO加盟国がロシアから攻撃を受けてもこれを助けるつもりがないことを明らかにした。ロシアへの対応こそはNATOの核心部分であり、最優先事項に他ならない。にもかかわらず、トランプ氏はこう言い放った。「いや、私はあなた方を助けるつもりはない。むしろ彼ら(ロシア)に好き放題やらせるだろう」
(CNN2024年2月14日)
米国のNATO離脱、トランプ氏の本気度はかなりのもの - CNN.co.jp
「自分はヨーロッパを助けるつもりはない。ロシアの勝手にさせる」ですと、大統領としての見識もなにも、頭のネジが吹っ飛んだような発言です。
これは就任前の発言ですが、公約に忠実なトランプは有言実行(←褒めていない)でそのまま実行に移しました。
その表立っての理由は、NATO諸国が自分たちの適正な負担分を意図的に支払っていない、というものです。
つまりは米国はヨーロッパは防衛義務を怠たり、米国にたかっているのはけしからん、防衛費を3%にしろ、いやもう手切れだ、というものです。
こういう言い方はトランプの十八番で、日本に対してもしています。
それも「トランプの猛獣使い」とまで言われた安倍氏に対してです。
NHKの安倍首相番だった岩田明子氏はこう書いています。
「〝事件〟が起きたのは、会談が想定通りに進み、終盤に差し掛かったときだった。セーフガード(緊急輸入制限)の話に触れると、トランプ氏が「米国は安全保障上、日本を守っているのに、なぜ米国産牛肉が高いのだ? オーストラリアが日本を守っているわけではないのに、オージービーフは安い」と不機嫌になった。
そして、トランプ氏がいきなり、「Stupid deal(ばかばかしい交渉だ) Deal is off!(交渉はなしだ!)」と怒りを爆発させ、席を立ってしまったのだ。
首脳会談に備え、日本の茂木敏充経済再生相(当時)と下交渉を行っていたライトハイザー通商代表(同)の顔から血の気が引いたというから、トランプ氏の豹変(ひょうへん)は米国側にとっても予定外のトラブルだっただろう」
(産経3月9日)
安倍時代の日米決裂危機 トランプ氏説得秘話 ウクライナの事態人ごとではない 岩田明子 さくらリポート - 産経ニュース
結局この時は、トランプの娘婿で大統領上級顧問であったクシュナーがなだめて会談は再開されましたが、もう第2次政権では誰も止められないのですよね、と岩田氏は憂慮しています。
第2次政権では、物言う人はことごとく煙たがられて、いかに有能であろうと再び呼ばれることがなかったからです。
米国は日本を守っているのにアメリカンビーフが高い、いったいなんのこっちゃ、どう関係あるんかいな、アホとちゃうか、と思いますが、こういう大人なら赤面するようなことを公式の首脳会談で大声でまくし立て、おまけに席を蹴る、これがトランプ流のディールのようです。
こういうどこかの田舎のオッサンが酒場でクダを巻くようなことを首脳会談で言ってしまって無反省というのがトランプという男です。
トランプは飲みませんが、常に酔っぱらっているようなもんです。
トランプはNATOや日米安保の仕組みを理解していないか、分かっていてディールしているのかは知りませんが、そもそも間違っています。
確かにウクライナ戦争前までは、トランプのたかり発言は一部は的を射ていました。
NATOは太平の夢に眠りこけて軽武装を決め込んでいたからです。
「一方で14年には、NATOの加盟各国が国防費を今年までに国内総生産(GDP)の少なくとも2%へ引き上げることで合意していた。オバマ大統領以降、米国の歴代大統領はNATO加盟国に圧力をかけ、この拠出の水準を達成するよう迫ってきた。しかし合意の時点でその水準にあったのは米国、英国、ギリシャの3カ国のみだった」
(CNN前掲)
この太平楽が一度に吹き飛んだのはプーチンがウクライナに侵攻したからです。
ヨーロッパは現実のロシアの侵攻に恐怖し、特にロシアやウクライナと国境を接するエストニア、リトアニア、ルーマニアなど欧州のNATO加盟国は一斉に2%以上の拠出に踏み切りました。
軍事費削減の旗頭だったドイツさえ変化しました。
「ウクライナでの戦争を受け、ドイツも長年の政策に終止符を打つことを余儀なくされた。同国の国防費の拠出は従来、GDPに対してかなり少額に押さえ込まれてきたが、NATOに関するトランプ氏のコメントから間もない12日、ドイツのショルツ首相は政府としてGDP比2%に相当する国防費を拠出する約束を今年果たすと表明した。(略)
実際には、NATO加盟国間での国防費の拠出額は急増している。NATOによれば17年、欧州の加盟国とカナダの拠出額は2700億ドル前後だったのに対し、米国は約6260億ドルを支払った。23年には欧州とカナダの拠出額が3560億ドル、米国が7430億ドルとなる。NATO加盟31カ国中、今や11カ国が国防費の対GDP比2%以上の目標を達成している」
(CNN前掲)
メルケル軍縮によってボロボロにされたドイツ連邦軍さえ、いまや急速に蘇りつつあります。
しかしこのようなヨーロッパの大きな変化をトランプは理解せずに、40年間同じことを言い続けているのです。
第1次政権で安全保障補佐官だったジョン・ボルトンはトランプはNATOを脱退するつもりだと見ています。
「トランプ政権の大統領補佐官(国家安全保障担当)だったジョン・ボルトン氏と昨年夏、筆者のポッドキャスト番組で話をした際、同氏はトランプ氏について「NATOの前提を根本から見直すだろう。トランプ政権の2期目でそれをやるのだと思う。つまり米国をNATOそのものから離脱させるということだ」との見方を示した」
(CN前掲)
米国がNATOから脱退した場合、NATOは一気に存続の危機に立たされることとなります。
樋口元陸将はこう述べています。
「約10万人弱とみられる在欧米軍の主力が欧州から撤退したり、また、次図の通り、NATOにおいて、欧州(カナダを含む)各国を合わせた国防費(36%)と比較し、約2倍近くを国防費(64%)に充当し世界最強の軍事力を維持する米国が抜ければ、前掲のイスメイ卿が示したNATOの主要な3つの役割がすべて形骸化することになる」
(樋口譲次3月21日)
真実味を帯びてきた米国のNATO脱退、蘇るド・ゴール仏元大統領の遺言 トランプ政権、NATO軍最高司令官ポストの放棄を検討へ(1/3) | JBpress (ジェイビープレス)
このまま推移すればいわゆる「西側」と称された陣営は早晩消滅するのは必至です。
こういう素人同然の人物が大統領に座り、世界の安全保障体制を壊しまくる、なんとも悪い夢を見ているようです。
なんかバイデンが懐かしくなってしまいました。
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まず、ソ連崩壊とワルシャワ条約軍が消滅した時点でNATOのあり方をよく考えるべきだったという前説がありますけど。
世界を分割したいた東西陣営で一方が崩れたら、そりゃあ当時の中欧諸国は西側に擦り寄りますわな。
で、そのNATOというのが第二次世界大戦後にアメリカが覇権を握った象徴でした。冷戦終結後もアメリカが「世界唯一の覇権国家」でいられた起源です。まあ安穏と乗っかってた欧州各国にも責任がありますけど、30年前ならそれでも構わなかったし。
で、NATOの東方拡大(旧ワルシャワ条約機構軍諸国の飲み込み)が進んで、これが怖くて仕方がないのかロシアです。その中で生まれたのが元KGBで上手く立ち回ったプーチンの実質終身の独裁者システムです。
米国は湾岸戦争の頃の「世界の警察官」を自ら降りたわけですが、じゃあその後は?
クリントン政権では経済繁栄したけど2001年にはWTCテロ発生。ブッシュJrが切れて「テロとの戦い」なんて始めましたが、結局大した成果が出てないんですよね。プーチンがロシアのトップになる時期です。
民主党オバマが政権取り返したけど、まあ何かと弱腰だし「みんな仲良く!」の理想が先行しすぎ。
その反動が第一次トランプ政権たったんですけど、まだ優秀なブレインが側近にいたし日本には安倍晋三という稀有な政治家がカウンターにいました。彼も前政権でのブレインももういません。
で、トランプさんにちゃんと読んでおいて欲しいのは第二次世界大戦中でのチャーチルとルーズベルトの「大西洋条約」ですね。。
永遠のパートナーかと言われていた米英がここまで離れたことは歴史上で初でしょう。
投稿: 山形 | 2025年3月25日 (火) 06時47分
ここのところのトランプさんを見ていると裸の王様感が半端ないです。でもこういうトランプさんを支持している方々が米国には一定数いることも承知しておくべきなんでしょうね。
偏見かもしれませんが、内陸の州に行けば行くほどその状況が顕著に見られる様に思え、ひとたび海沿いに行くとなると、今度はお目覚めになられた方々ばかりになってしまうという。
もはや米国には穏健な現実主義者っていないんでしょうか。
投稿: 右翼も左翼も大嫌い | 2025年3月25日 (火) 08時52分
村野将先生と合六強先生の真似をして、以前から合衆国が今のようになることを考え言及されていた、故・中山俊宏先生の2019年4月の論考を再び読んでみる。
「アメリカが後ろ向きになった時にどうするのか?同盟に代わるプランBをめぐる議論」
https://www.spf.org/jpus-insights/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_23.html?fbclid=IwZXh0bgNhZW0CMTEAAR2UEvhiHVBmBgjBDZKBZ3t25wQrZV_CSlmmszp_RHoTOlWpSatPZ5cXKhk_aem_Ultjm8y5N6Oq0AXul1QVfA
ついでに2020年YouTubeショート動画での、中山先生の「トランプの本当の怖さ」も再び見る。
https://www.youtube.com/shorts/8EedlPkPWos
中山先生が今おられたら、論考の続きを聞けたのに…
投稿: 宜野湾より | 2025年3月25日 (火) 18時38分