米国が軍事介入しなければ、イスラエルは核保有を宣言するかもしれない
イスラエル情勢を語る時に、なぜか語られないものがひとつあります。
イスラエルの90発以上といわれる核の存在です。
「2019年5月現在、イスラエルの保有核弾頭総数は80と推定される(Kristensen, Hans M. & Korda, Matt 2019)。2014年末時点でイスラエルは約300kgの高濃縮ウラン(HEU)と約900 kgの兵器級プルトニウムを保有している(IPFM 2018)。
核爆弾一発の製造には(技術的レベルなどにも影響されるが)12–18kgのHEUあるいは4–6kgのプルトニウムが必要であることから、イスラエルは167–250発の核爆弾に相当する核分裂性物質を保有していることになる」
イスラエルの核戦力一覧長崎大学 核兵器廃絶研究センター(RECNA)
後述しますが、これは疑惑ではなく公然の秘密です。
イスラエルは、保有をあえてあいまいにする戦略をとっているだけのことです。
これはイスラエルが、米国の核の傘(拡大抑止)に入っていないことを意味しています。
初めに、念のために言っておきますが、私は今のイスラエルに対しては是々非々の立場です。
ガザ地区侵攻は過剰報復で容認できませんし、今回のイランの核施設爆撃も自衛の範囲内ですが、ネタニヤフはそれを越える可能性があると見ています。
ただし、イスラエルがイランの核保有を2度目のホロコーストだと認識するのは当然ですし、反撃の権利は留保されるべきです。
今回の「立ち上がる獅子作戦」を発動したのは、米国を含む国際社会がイランの核開発を止められないと見たからです。
米国さえとうとう「2週間後に決める」と後退してしまいました。
実はこの作戦中にもトランプはあのド素人のスティーブ・ウィトコフを、イラン外相のアラグチと秘密交渉させていました。
そこでウィトコフはイランに「柔軟性を示せ」と言ったとか。
イランは、イスラエルとの紛争が激化する中、米国と直接会談を行ったと外交官は言う
たぶんトランプは、こんな妥協線を模索しているはずです。
「イランはウラン濃縮を地域協力の枠組みに位置づける新提案をしていると伝えられている。サウジもウラン濃縮に関心を有しており、この行方は興味深い。
最近の報道で、イラン側は交渉次第ではこれまで拒んできた米国人のIAEA査察官を核施設へ受け入れる可能性を示したとのことである。これに関連し、トランプ大統領は、イランとの合意案は「非常に強力で、査察官の立ち入りが可能だ。われわれは望めば何でも持ち出し、破壊することもできる」と述べた由であるが、当然のことながら、米国人のIAEA査察官は米国の立場で業務に当たるのではなく、国際公務員として業務に当たるので、米国が「望めば何でも持ち出し、破壊することもできる」わけではない」
(岡崎研究所6月20日)
核兵器10個分の高濃縮ウランを持ち、核の「寸止め」がイランの戦略の核心…トランプ政権のアプローチに見られる変化とは? Wedge ONLINE(ウェッジ・オンライン)
トランプの戦争嫌いは有名です。この新たなイラン提案の詳細な中身はわかりませんが、あの国が核開発を止める気などいささかもないのはわかりきった話です。核保有とアヤトラ体制は一体だからです。
しかしそれを信じたふりをしたいのが、西側諸国、特に米国です。
トランプにとって、いまや中東における一番の関心事は、もはやイスラエルではなく、サウジです。
イスラエルは揉め事ばかり起こしますが、サウジは未来の富を約束しています。
「なぜ、第二期トランプ政権が第一期政権とは異なるアプローチを取っているかについては、いくつもの背景・理由が考えられる。トランプはサウジアラビアとの関係を重視しており、サウジはイランと23年に国交を正常化しており、イランとの対立激化よりは地域の安定を望んでいること。中東地域が18年よりも軍事紛争が激化した状況となっていること。米国として、第一期トランプ政権時にもまして対外的な紛争に関与することに慎重になっていること、などを指摘することができるだろう」
(岡崎研究所前掲)
イスラエルは、米国がカッコばかりで軍事介入はないし、地中貫通爆弾がフォルドゥの核施設に使われることはないと、腹をくくったはずです。
そしてその時に登場するは、イスラエルの核保有宣言です。
公然の秘密ですが、イスラエルの核は、米国にすら完全に隠匿して開発されました。
米国政府がイスラエルの核の存在に気がついたのは、英紙サンデー・タイムズが1986年10月5日号において「暴露─イスラエル核兵器の秘密」というスクープ記事によってでした。
同紙は、イスラエル南部のネゲブ原子力センターの元原子炉技術者モルデハイ・ヴァヌヌの内部告発証言と、彼が撮影した多数の写真に基づいて、極秘の巨大な地下工場で核兵器が製造されていることを暴露しました。
そしていまや、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は2017年、イスラエルが保有する核弾頭数を80発と推定しています。
この80発はミニマムの数字で、おそらくイスラエルは現在約80~200発の核爆弾とその運搬手段を保有していると見られています。
米国はあえてこの「イスラエルの核」の存在に眼をつぶってきました。
最初の暴露記事が出た1986年から6年後に、米国はイラクに開戦するにあたっての大義を核兵器や大量破壊兵器の開発阻止に置きましたが、戦後の検証によってそのようなものはなかったことがわかっています。
またイランは2003年に核開発が露顕した後、厳しい制裁を受け続けています。
しかし、中東において最初に核開発に成功し、核爆弾とその投射手段を保有するイスラエルにはひとこともありませんでした。
これは二重基準です。
どうしてこのようなダブスタをイスラエルに対してだけとるのでしょうか。
その理由は逆説的ですが、NPT(核拡散防止条約)体制を護持したいからです。
世界の主権国家を、核保有国である米露中英仏(P5)と、それ以外の非核兵器国に二分して管理するのがNPT体制です。
これこそが戦後体制そのものでした。
しかし唯一の例外がありました。いうまでもなくイスラエルです。
煎じ詰めると、主権国家の運命はどこの国の核の傘に入るのかで決定されます。
なんの紛争もない凪の地域ならいざ知らず、外国の脅威にさらされている国にとって、どの国の差し出す核の傘にわが身を預けるのかで、国家の行き先は決定されてしまうのです。
たとえばアジア・オセアニアにおいては、日韓豪NZの国々は中国の核に対峙するには米国の核の傘に入るしか選択の余地がなかったわけです。
では、イスラエルはどうでしょうか。
イスラエルは米国の兵器体系に依存しながらも、核兵器に関しては独自の道を選択しました。
つまりイスラエルは、米国や欧州を信じていなかったのです。
欧州は、ナチスのホロコーストに際して無力だったばかりか、フランスのようにドイツ占領地域においてユダヤ人狩に協力した恥じるべき歴史を持っています。
どうしてら彼らを信用できようか、それがイスラエルの本音でした。
そして誕生したばかりのユダヤ人国家の存続の担保として核を保有したのです。
イスラエルという国を無から作り上げ、核保有に踏み切ったのはダヴィッド ・ベングリオン初代首相でした。
ベン・グリオン ハウス|アレックスソリューションズ@イスラエル (note.com)
「「原子力兵器」の開発・保有は、初代イスラエル首相ダヴィッド・ベングリオンの着想である。ベングリオンが核兵器開発を重視した理由としては、
①「イスラエルの破壊・抹殺」を叫ぶアラブ諸国による「第二次ホロコースト(the second Holocaust)」を絶対に阻止するとの決意。
②人類初の原爆製造に成功したアメリカのマンハッタン計画にユダヤ人科学技術者が多大の貢献をしたことなどからくる「ユダヤ人の頭脳」への信頼。
③原子力エネルギーを利用した大規模淡水化事業によって不毛のネゲブ砂漠を花咲く緑の草原に変える。
(『イスラエルの核不透明政策と ケネディ~ニクソン政権』船津靖)
HG40206 (2).pdf
すなわちイスラエルの核開発は、二度とホロコーストを受けないというユダヤ民族の決意そのものであり、それはユダヤ人を海に追い落とせと叫んで四方から攻め込んで来るアラブ諸国に対する恐怖が背景にあったのです。
これは今に至るもいささかも変化しないイスラエルの根っこにある感情です。
すぐれた現実主義者だったベングリオンは1948年の独立戦争の勝利の後も、アラブ世界の攻撃はこれで終わりとならず極めて長期間これに耐えぬかねばならないことをわかっていました。
彼はこう言っています。
「平和は,アラブ側が自らの敗戦と和解するまで来ない。この敗戦がアラブ人指導者の愚かさや分裂に起因する単なる失敗ではなく、将来にわたって訂正不可能であることをアラブ側が理解するまで平和は来ない。
和平の実現には、アラブ人が(イスラエル建国という)領土の損失を最終的に受け入れる必要がある」
(船津前掲)
ベングリオンは、アラブ側が物理的にイスラエルを解体できないと理解するまでこの包囲は続き、アラブにイスラエルの最終的不可逆性を納得させるには、核を手にする必要があると考えたのです。
この根源的とでも言っていいホロコーストへの恐怖がある以上、イスラエルの核をとりあげることは不可能です。
しかし同時に、ベングリオンはこのイスラエルの独自核武装をもっとも嫌うのは、他ならぬ独立宣言の19分後に承認してくれた米国であることも熟知していました。
米国は最大の支援国であると同時に、イスラエルの核についてもっとも嫌う国なのです。
なぜなら、イスラエルの核武装は米国が考えているNPTという戦後枠組みを否定するものだからです。
それが故に極秘に開発し、核保有をひとことも漏らさず、持っているとも持っていないとも言わない曖昧戦略に徹したのです。
まるで中東の都市伝説のように漂うイスラエルの核の幽霊です。
ただし欧米も、イスラエルが核保有していることは充分に知っていました。
ガザ地区核爆発というフェークニュースが信憑性を持って世界に流れたのも公然の秘密だったからです。
しかし彼らはイスラエルの核を非難できないでしょう。
なぜならホロコーストを許したという巨大な倫理的負い目があるからです。
この核のあいまい戦略は、米国にとって福音でした。
表向きは、核拡散防止条約体制は崩壊していないように見えるからです。
そして実態を知っているアラブ側は、これ以上のイスラエル侵攻をすればイスラエルが核使用に踏み込むということに恐怖しました。
そのうえ通常兵器でも、情報戦においてもかなわないとなれば、一部の過激派が振り回す「パレスチナの大義」という旗は静かに降ろすしかなかったのです。
つまりベングリオンが夢見た、イスラエルを囲む平和な環境が整おうとする兆しがほのかに見え始めたのです。
それがトランプが放った「アブラハム合意」であり、さらにイスラエルとアラブ世界の盟主サウジとの接近でした。
この流れが完了すれば、安んじてイスラエルはこの核という戦略的資産を神殿からとりださずに済んだはずでした。
しかしこの共存を断じて許さないとする国が一国残りました。
それがアラブ人ではなく、ペルシャ人の国イランです。
そしてこのイランは、ロシア、中国、北朝鮮と「新悪の枢軸」を組んだならず者国家でした。
そしてイランが操るハマスが、10.7大規模テロを引き起しました。
今後、イランが核保有し、国際社会がイスラエルを孤立させる方向で動いたならば、イスラエルは核保有宣言をするでしょう。
核なき世界が夢だという岸田氏よ、ぜひイスラエルの核というパズルをほどいてみてください。
お菓子のような反核では、どうにもならないことが少しは分かるでしょうし、米国がこれほど奔走しているのはイスラエルに核保有宣言をさせないためだと分かるでしょう。
最悪ここで核の火の手が上がれば、世界を巻き込んだ大戦に発展する可能性もありえるのです。
トランプが軍事介入をためらい続けるなら、イスラエルは水面下で、ならば核保有を宣言せざるをえなくなるぞ、と通告することでしょう。
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この件で「イスラエルに制裁を!」という声が、日本の保守派に多いのにはビックリです。なにやら、「西側は核保有について二重基準であり、イスラエルが先制攻撃をした」って事になってるらしいです。
記事のような歴史的背景もありましょうが、何よりもイラクは他国家と共存できる国ではありません。彼らの国是は「イスラエルを地上から抹殺する事」であり、そのために複数のテロ組織を傘下にし、あるいは自ら育成・支援する事をさながらにしてきました。
このような国が核を持つなら、非国家のテロ組織が核を使用出来るようになる事は自明です。NPTなんぞ、なんの意味もなくなります。
そういう世界が到来する事は何が何でも避けねばなりません。
メルツ首相はイランを攻撃したイスラエルについて「我々のために汚れ仕事をしている」と述べ、攻撃を支持しています。
アメリカがどう動くか分かりませんが、イスラエル防衛についてはすでに行っています。イランの核排除に寄与する限定的で条件付きの参戦は認められる方向のようです。
投稿: 山路 敬介(宮古) | 2025年6月21日 (土) 16時32分
結局米軍、バンカーバスター出しちゃいましたね…たった3日で…
マジで何なのこのアホタコジジイ…「戦争なんて金の無駄遣いしない偉大なるビジネスマン大統領」ちゃうんかい…
「これは特別軍事作戦()だから戦争ではない(キリッ)」なんですかね。
投稿: ねこねこ | 2025年6月22日 (日) 10時29分
はいはい、ねこねこは大喜びで駆け回るだけ。
はいはい、こんなことでめでたしめでたしで締めていいのね。
ではサイナラ。以降は無視で良かろう。
投稿: 山形 | 2025年6月22日 (日) 14時39分