イラン核施設空爆は広島、長崎だって?
トランプを初めて褒めたら、さっそくこれです。
NATO首脳会議での発言。
「トランプ米大統領は25日、イランとイスラエルの停戦は「非常に順調だ」と述べた。米軍によるイラン核施設への攻撃でイランの核開発計画を「数十年」遅らせたと成果を強調。「あの攻撃が戦争を終結させた。広島や長崎の例は使いたくはないが、あの戦争を終わらせた点で本質的に同じことだった」と主張した」
(朝日6月25日)
トランプ大統領、イラン空爆と広島・長崎の原爆投下「本質的に同じ」(朝日新聞) - Yahoo!ニュース
初めこの発言をリードだけ読んだ時は、「広島、長崎のような悲劇を招かないためにイランの核施設を空爆したのだ」という趣旨かと思って頷いていたら、まったく逆。
今後起きるかもしれないイランとの戦争を予防するために、オレは広島・長崎のような空爆を命じたのだ、ということのようです。日本はイランと一緒か。
ナニ言ってんだか。このような言い草に日本政府は例によってスルーですが、日本人としてはだまって見逃すわけにはいきません。
このトランプの言説は、米国がよく原爆投下の言い訳に使うものですが、「米軍は本土決戦による100万人戦死を予防するために原爆投下を決断した」と、まるで人道上の判断で核攻撃したかのような体裁となっています。
事実はこの原爆投下計画(マンハッタン計画)は、すでに1943年(昭和18年)5月5日に決定されています。
時期としては、ガダルカナルからの撤退、山本五十六長官の戦死、アッツ島で日本軍が全滅の頃です。本土決戦はおろか、まだ勝負の行方はわからなかった時期です。 すなわち、戦争の中盤頃から既に、米国は核攻撃の意志をもち、それを実行に移していたのです。
「最初の爆弾の投下地点について意見が交わされたが、最適の投下地点はトラック港に集結している日本艦隊であろうというのが大方の意見のようであった。スタイアー将軍が東京を挙げた。 (中略)
日本人が選ばれたのは、彼らが、ドイツ人と比較して、この爆弾から知識を得る公算は少ないと見られるからである」
(『資料 マンハッタン計画』1943年5月5日付け資料135 軍事政策委員会政策会議)
しかもこの米国の記録から分るように、当初には、東京が攻撃目標に上げられていました。
東京が原爆投下の目標にならなかったのは、都市部が完璧に通常爆撃で焼き尽くされて廃墟と化していたからにすぎません。
このように原爆開発は、まったく本土決戦とは関係のない、米国人の戦略的都合にすぎません。
ただし米国は、落とすことには積極的でしたが、どこに具体的に落すかについては、若干悩んだようです。
実は京都は最後まで広島と攻撃対象を争った都市でした。
前掲『資料』はこう語ります。
「京都―この目標は、人口100万を有する都市工業地域である。それは、日本のかつての首都であり、他の地域が破壊されていくにつれて、現在では、多くの人々や産業がそこへ移転しつつある。心理的観点から言えば、京都は日本にとって知的中心地であり、そこの住民は、この特殊装置のような兵器の意義を正しく認識する可能性が比較的に大きいという利点がある」
京都は、「知的レベルが高い」から、核攻撃の意味を正しく理解するだろうということのようです。なんとふざけた言い分か!
これを戦後日本人は、米国の良識が歴史都市京都を救った美談ストーリーのように語り伝えています。
冗談ではない、京都も投下候補地だったのです。
また多くの教科書は広島が、「軍都」であることが重要な投下理油だったと書いています。
これは、戦後左翼の常套句で、まるで広島か軍都だったからこんな目にあったんだ、みんな軍国主義が悪いんだ、という理由付けに使われました。
前掲『資料』は、広島についてもこう冷厳に投下候補になった理由を書いています。
「広島―ここは、陸軍の重要補給基地であり、また、都市工業地域の中心に位置する物資積み出し港である。広島はレーダーの格好の目標であり、広い範囲にわたって損害を与えることのできる程度の広さの都市である。隣接して丘陵地があり、それが、爆風被害をかなり大きくする集束作用を生むであろう。川があるので、焼夷弾の目標としては適当ではない」
ここで米国が重視しているのは、軍事的な理由ではなく、広島がむしろその爆撃効果がはっきりと掴める地形的理であったことです。
要するに広島になったのはこういう理由です。
「日本人は、知的レベルが低いから、ドイツ人のようにこの原爆の価値をみやぶって、自分も作る科学力はない。
だから、米国の意志を教えるために、「知的レベル」が高く日本人が貴重に思っている京都に投下するのもいいだろう。政治的に効果はもっとも高い。
一方広島は、丘陵に囲まれ、一方が海に開けているので、核兵器の集束効果が期待できて、今後の核開発に役に立つ」
事実、戦後直ちにこの結果を知るべく、米国は大規模な米国戦略爆撃調査団( USSBS)を、広島、長崎に送り込み精力的な調査に当たらせました。
もちろん人命救助ではありません。その核の効果を早く知りたかったのです。彼らは膨大な報告書を作成しています。
この報告書は、ソ連との冷戦期の戦略構築に大きく貢献しました。
Records of the U.S. Strategic Bombing Survey | 日本占領関係資料(憲政資料室) | リサーチ・ナビ | 国立国会図書館

さて、上の写真を御覧ください。Google Earthによるものですが、広島は海に面して三方を山によって塞がれている地形だとお分かりいただけると思います。
これに原爆の爆撃効果の図を重ねてみます。
このような地形は、もうひとつの被爆地・長崎にも共通していますが、核爆弾の数十万気圧の超高圧と、数万度に達する超高温、そして風速280メートルもの爆風を効果的にするにはうってつけの地形でした。
鍋の中で爆発させるほうが、広い場所でするよりも効果が高められると計算したのです。
まさに悪魔の智恵。
また、市街地範囲が直径3マイル(約4.8㎞)以上あることも条件でした。この規模ならば市民の人口が30万人ていどに及び、殺傷力の測定が容易になるからです。
5月11日の第2回投下目標検討会議で、このような条件を持っていた京都、広島、横浜、小倉、新潟、長崎、京都などが挙げられ、これらの都市は広島が第一目標となるまで空襲が差し控えられました。
空襲してしまうと、核兵器の威力が測定できなくなるからで、広島の空襲禁止指示は5月28日に出されています。
私は原爆投下という日本特有の表現ではなく、「核攻撃」nucleophilic attackという表現を使用すべきだと思ってきました。
これを同志として使えば、an atomic bomb was dropped on・・・ですから、その目的語まで指定せねばなりません。

(写真 長崎市への核攻撃された瞬間)
その目的語はいうまでもなく、Hiroshima citizenです。しかも、もっと厳密に言えば、非武装市民demilitarization citizenです。
したがってこうなります。
The United States nucleus atacked demilitarization citizens in Hiroshima,Nagasaki.
(写真 原爆投下の当日、やけどと負傷にあえぐ被爆者。学童や女子学生の無惨な姿が痛ましい。1945年8月6日午前11時ごろ、爆心地から2.2キロの千田町三丁目御幸橋西詰撮影松重美人氏=広島平和記念資料館の展示物より)
私たち日本人は非武装市民の頭上に核兵器を投下されたのです。
軍事的に見ても、まったく広島・長崎への2発の核攻撃は不要なものだったのです。
もし軍事的な攻撃目標が必要ならば、広島の近隣にある呉軍港を標的にすればいいのですが、戦後この軍港をつかいたかった米軍はここをあえてはずして人口密集地に定めました。
百歩譲って軍事的圧力により日本を降伏に追い込みたいのならば、後にさんざん核実験をしたような無人島で実験してみせればいいのです。それだけで、すでに継戦能力を喪失していた日本政府は降伏を決意したでしょう。
米国は、大戦の後にくるであろう対ソ戦に備えて核兵器の実戦データを欲していました。
ユタ砂漠などの実験では威力が読みきれなかったからです。
露悪的に言えば、人体実験データが必要だったのです。
だから、現実に人が大勢住む都市で、無警告に落としてみる「必要」があったのです。
いわば広島・長崎合わせて約34万人の犠牲者(5年後)は、生きながらにして人体実験に供せられたのです。
このことを戦後、日米はぼやかそうとしました。
米国は本土決戦で百万人死ぬのを予防するためだといい、日本人はまるで天災にでもあったように「安らかに眠ってください」と蓋をしてしまいました。
これはあの有名な「過ちはくりかえしません。安らかに眠って下さい」、という平和公園石碑の文句にもつながる重大な自己欺瞞です。
小野田氏はルバング島から帰還して、平和公園を訪れた時、この石碑を見てこう尋ねたそうです。
「これは米国が書いたものか」
戦後、保守側は、米国の庇護によって冷戦期を泳ぎ渡ろうとし、一方戦後リベラル側もすべてを日本軍国主義の責任にしたかったために、その思惑の一致から、米国の戦争犯罪に対する追及がはずされ、まるで日本民族を襲った天災か、自業自得のように「修正」されたのです。
そしてその思惑は、米国の罪悪を帳消しにしてくれるために、日米合作の「歴史修正」となり、21世紀でもトランプかチャラっと言ってのけるような「事実」となってしまったのです。
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長年、毎朝楽しみにして拝読させていただいています。
今回も素晴らしい回でした。当に膝を打ちたくなりました。
ありがとうございます。
投稿: ひだか | 2025年6月27日 (金) 06時15分
あの広島の平和記念公園の石碑ね。
「安らかに眠って下さい、過ちはくりかえしませぬから」って、本当に誰から誰に言ってるのやらです。
15年ほど前にいわゆるクソコラ画像で下に「次は絶対に勝つ!」と付け足された画像を見て爆笑しました。
それにしても、トランプの世代なら当たり前の認識なのか。残念ながら史上初の原爆投下が実現した昭和20年8月にはもう日本にまともに迎撃する手段も失ってました。嫌な表現ですけど広島と長崎の市民は実験用モルモットにされたわけです。
むしろ一刻も早く全面降伏すべき状態だったのにムダに長引かせた当時の大本営や、まさかのソ連に仲介してもらおうなんて甘すぎる外務省が人類初の悲劇を生みました。
アメリカの原爆開発記録やグローブスその他の作戦面はいくらでもドキュメント番組があるのでここでは省いて良いでしょう。
むしろ戦後の謎の「原爆投下正当化」の共有や、サヨクの「軍都だから狙われた」論の矛盾や不当性を広く知ってほしいですね。
投稿: 山形 | 2025年6月27日 (金) 09時20分
たしか、原爆計画にも携わった超天才フォン・ノイマン(コンピューターの基礎も作ったユダヤ人)も、「日本人の心を折るためには王城の地である京都に投下するべき」とかナントカ言ってたらしいですわ。「東京(皇居)に落とすと戦後処理の交渉が出来なくなるから良くない」とも。超合理的に考えた末の原爆投下ですわ、人情なんてまるで無い。
米国やトランプ親ビンを擁護する気はサラサラ無いですが、戦争も時間が経つにつれ米国側の死者も多く出ていて、万歳アタックや神風アタックは日本人をなんやら理解不能な不気味な種族(作家カート・ヴォネガットはその作品の中で、黄色い醜いチビ猿どもと言わせている)だと思わせ、戦争終結には日本人を短時間に大量にブチ殺すべきだという事になったらしい。もちろん、当時イケイケだった旧ソ連に対する牽制の意味も大きい。戦争は、どこまでも戦争ですわ、味方の損害を最小にして敵の損害を最大にするだけです。敗者には何もないし、何も与えられないんですわ。
次があるとしたら、絶対に勝てるようにしておかないといけない。それが戦争に負けた国のやるべき事なんですが、次も負けそというか不戦敗?
投稿: アホンダラ1号 | 2025年6月28日 (土) 02時35分