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2025年12月16日 (火)

やっぱり「南京大虐殺」ですか

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案の定、中国は歴史カードを切ってきました。
伝統的な日本攻撃カードです。

「【南京時事】旧日本軍による南京事件から88年を迎えた13日、中国江蘇省南京市の大虐殺記念館で国家追悼式が開かれた。式典に出席した石泰峰共産党中央組織部長は演説で「軍国主義を復活し、戦後の国際秩序に挑戦し、世界の平和・安定を損なういかなるたくらみも決して容認しない」と述べ、日本の右傾化を念頭にけん制した。
 中国は2014年からこの日を「国家哀悼日」に指定し、毎年追悼式を開催している。習近平政権が今年を「抗日戦勝80周年」と位置付けているのに加え、高市早苗首相の台湾有事発言に中国側が強く反発する中での式典開催となった」
時事2025年12月13日 
中国、「軍国主義の復活」日本けん制 南京事件88年で追悼式典:時事ドットコム

もううんざりするくらい繰り返し議論されてきたテーマです。
政治的にキッチリ色分けされていて、左翼は大虐殺派、保守系は虐殺幻派となっています。
で、私はといえば、ことこのことに関しては「限定的にあった」派です。

中国と日本の「大虐殺」派筆頭の東大の加藤陽子氏は『満州事変から日中戦争へ』という本の中で40万人説を出していますが、荒唐無稽にもほどがあります。 
こういう人とは、中国共産党・政府と同じでまったく議論そのものが成立しないと思います。
最後になると、「侵略した土地で1人でも殺せば虐殺だ。侵略した日本が悪いぃぃ」という感情論になるのは目に見えているからです。 
南京事件や慰安婦問題かイヤなのは、事実の探求ではなく、初めから結論を用意した政治闘争になっているからです。

そして、中国共産党の豊富なプロパガンダと、日本外務省の比類ない無為無策によって、宣伝の主要な場を欧米、カナダなどに移行し、「南京アトロシティ」「南京マサカー」として完全に根付いている現実があります。 
また、1930年代と現代では人権感覚が隔絶しており、兵士の殺害についても極めて狭く解釈されるようになっています。 
これは慰安婦問題でも見られたことで、管理売春が世界の一般的制度だった戦前と現代を並べて、今のラジカル・フェミニズムの規範で過去を裁こうとしています。 
当時の人々は、当然のこととして当時の価値観、当時の制度と法の下で生きているわけですから、本来後世の私たちは腰をかがめて、当時の人たちの視線に立たねばならないはずです。 

そこで、私はひとつの価値尺度として、国際法的にはどうなのだろうかという視点を考えてみました。
というのは、戦時国際法であるハーグ陸戦条約・ジュネーブ条約は80年前と今も共通だからです。 
私が今回言っていることは、どこそこで日本兵が何百人殺したというレベルの話からいったん離れて(後述しますが)、それが「組織的・計画的虐殺なのか、それとも戦闘行為なのか」ということです。
私は計画的大量虐殺はなかったと思います。日本軍に30万人という那覇市人口に等しい市民を丸々殺害し、処理する能力も意志もありませんでした。

Photo_21937年12月に南京城陥落で喜ぶ日本兵。https://the-liberty.com/article.php?item_id=10397 

かといって、日本がまったく白い手袋だったとも思いません。 
掃討戦における捕虜の大規模な殺害、便衣兵摘出時の一般市民殺害は、日本軍側記録にも残されています。
戦闘員との交戦と違って、丸腰の捕虜と便衣兵はいわばグレーゾーンなのです。このことに触れないと公平さを欠きます。 
やや詳しく見てみます。

南京戦において、中国軍が全面崩壊し、掃討戦に移った1937年12月14日から、日本軍は大量の中国兵を捕縛しています。


①第13師団 幕府山付近        ・・・1万4777人 捕虜(飯沼守日記)
②第16師団 堯化門鎮          ・・・7200 捕虜(第36連隊戦闘詳報)
③下関など南京北側           ・・・3096 捕虜 (第33連隊戦闘詳報)
④城内安全区摘出           ・・・約2000 便衣兵(佐々木到一私記)
⑤城外                ・・・数千名 便衣兵(同上)
⑥第9師団 南京北部掃討地域          ・・6670 便衣兵(歩兵第7連隊戦闘詳報)
⑦第6師団 下関          ・・・約5500 捕虜(第45連隊史・第6師団戦闘詳報)
⑧第6師団 漢中門外 捕虜と認めず ・・・約1000名 捕虜と認めず(折田護日記)
⑨第114師団 南京城南部              ・・・1659 捕虜 (歩兵第66連隊第1大隊戦闘詳報)
⑩国崎支隊 江興州               ・・・2350 捕虜 (国崎支隊戦闘詳報) 
・計                              ・・・4万5000人
・うち処刑が記録されているもの①②③④⑤⑧⑨  ・・・計約4万人
・捕虜として認められて殺害された者①②③⑨   ・・・計2万6730人

これらは部隊の戦闘詳報と従軍した兵士の日記などによる数字ですが、ひとり単位までカウントされていても必ずしも正確ではありません。 
これは戦闘詳報では往々にして戦果を誇大に書いてしまう人間心理が働くからで、上の表にある「佐々木到一私記」は有名な資料ですが、「当師団のみで5万人を解決した」と書いている部分もあります。
ですから、おおよその手掛かりとなる数字ていどに押さえていただきたいのですが、これに民間人で便衣兵と誤認された数を加えて、おおよそ4万人前後となります。
この数字に民間人被害数を加えたものが、秦郁彦氏などが唱える3.4万~4.2万という「中虐殺」説です。(『南京事件・「虐殺」の構造』)

Photo_3入城式。戦友の遺骨を抱いている。

「便衣兵」は現代では死語となっていますが、中国特有の市民の姿をした兵隊です。今風に言えば、テロリストと言っていいでしょう。
私服を着ているのにいきなり爆弾を投げてきたりします。もちろん国際法違反ですが、中国はこれをおおっぴらに行ったために、日本はこれに悩まされ続けました。
この戦法が問題なのは、軍が一般市民までも「怪しい奴ら」とみてしまうことです。
米軍が4千人ものテロリストによる戦死者を出したイラク戦争を見れば、お分かりいただけるかと思います。まったくあれと同じ構図です。
レジスタンスがいけないというのではなく、大戦中のレジスタンスはドイツ軍からみればリッパなテロリストに写ったでしょうが、軍服は着ていなくても腕に腕章をしたり、揃いの徽章をつけたベレーなどをかぶっています。
レジスタンスは国際法的には「市民軍」(militia and volunteer corps )扱いを受けますが、正規軍同様に戦時国際法を守る義務は課せられていて、破ればただのテロリストとして裁判なし処分されても文句はいえません。

脱線しますが、よく「自衛隊はいらない。市民が守るんだ」と元気のいいことを言うリベラル文化人がいますが、そんなことをすれば侵攻軍によって真っ先に裁判なし処刑されるのでお止めください。
武器もない、その扱いも知らない「市民が戦う」って、それって竹槍持って本土決戦をするってことですか(苦笑)。本気でやったら地獄でしょうな。
それはさておき、一方軍人はジュネーブ条約によって、捕虜の資格を持ちます。
脱走を企てたり、抵抗をしない限り、捕縛した側もやたら撃ってはいけません。

Photo_4集めされた便衣兵。私服を着て民間人と判別不能。ヘルメットの跡などて判別したが、最後は雰囲気だったという。

では、この便衣兵はといえは、戦闘員が充たすべき以下の条件全部に違反していますから、アウトです。


戦闘員が充たすべき条件
①責任を持つ指揮官がいること。
②遠方から見てはっきりとわかる軍隊の徽章、軍服を着用していること。
③武器を隠し持っていないこと。
④戦時国際法を遵守した行動をとること。
1、To be commanded by a person responsible for his subordinates.
2、 To have
a fixed distinctive emblem recognizable at a distance.
3、 To carry arms
openly.
4、 To conduct their operations in accordance with the laws and
customs of war.

南京戦において中国軍の司令官は、中国文化の「エライ奴から先に逃げる」という文化を発露して、真っ先に逃げてしまいました。
しかも「お前ら死守しろ」と言って、降伏すらしなかったのですから話になりません。
卑怯もさることながら、指揮官は敗北した場合、敵軍に降伏を通知せねばなりません。
白旗を持った軍使が敵陣に赴き、「わが軍は本日何時何分を以て貴軍に投降いたしました」ということを通告し、「分かりました。では何時何分を以て戦闘行為を中止しますから、武器を捨てて陣地から出てきてください」という答えを貰わねばなりません。
これを攻める側が受諾すればその瞬間に休戦が成立します。
これが国際法的に「正しい負け方」なのです。

下の写真がシンガポール陥落時の英軍の降伏軍使の写真です。日本軍の先導者に率いられて白旗と国旗をもって従っています。これが文明国のスタンダードです。Hi英軍のシンガポール降伏。これが「正しい降伏」の仕方

南京戦の場合、あくまでも司令官・唐智生が降伏のための軍使を送って、降伏が日本軍司令官・松井岩根によって認められなければ降伏は成立しないのです。
よく勘違いされますが、兵隊が手を上げて投降した時点では捕虜としての要件を充たしていません。
本当に降伏する意志があるのか戦闘中では見極めがつかないし、武器を隠し持って攻撃されるかもしれないからです。
陸戦条約では投降した敵を殺傷することを禁じていますが、現実には中国軍のテロリストまがいの戦争をくぐってきた日本軍にとって、微妙なところです。

まとめておきます。


●投降兵(正規軍兵)
①武装解除の上で、捕虜として捕縛した投降兵を殺害することは違法。
②ただし、捕虜の敵対行為が原因で殺害した場合、状況により判断が[異なる。
③投降とほぼ同時に殺害した場合、戦闘中、戦闘行為の継続中ととるか、虐殺ととるかは個々に判断。

というわけで、私はこの捕虜殺害とされた約2万6千人に関しては、国際法的にも日本に非があると言われても仕方がないと思っています。

ただし、日本は当時捕虜条約を批准していなかったので、違法ではないとする説もあります。

 

Photo南ベトナム・サイゴンの崩壊の日。逃げた兵士が捨てた軍靴や装備が散乱している。

さて、司令官が真っ先に逃げてしまったために、それでなくても士気が高いとは言えない中国軍は我先にとヘルメットを捨て、軍服を脱いで市民から服を奪って隠れようとしました。
このために日本軍は、本来想定していなかった「摘発」をするはめになりました。
この時に戦闘で興奮している日本兵によって、多くの誤認殺害がなされたと思われます。
民間人の人数に言及した資料としては、スマイス調査報告がありました。かなり問題のある資料なのですか、スマイス報告書の数字はこうです。


・農村部の一般市民殺害数(対象は江寧県の一部・・・推定1000人以下。
・都市部
                          「兵士の暴行」・・・2400人
                        「拉致」されたもの・・・4200人
計                       死者3400人 拉致4200名

一方、安全区国際委員会という外国人居留者から日本大使館に提出された「南京暴行報告」によれば、安全区内における「殺人」は50名でした。
スマイス報告書は「拉致」が便衣兵摘発なのかどうかわかりませんし、もしそうだとしたら処刑された可能性があるわけでそれと重複カウントされた可能性があります。
したがって、農村部で1000人以下、都市部で2000~3000人(うち便衣兵の摘発が1000~2000人)、計3000~4000人ていどだと思われます。
また、この民間人被害者の相当部分、特に農村部の被害の多くは、軍規が崩壊した中国軍も関係していることは想像に難くありません。

Photo_5

また中国軍には督戦隊という味方の兵士が逃げないように、後ろから機関銃で撃つための特別部隊すらいました。
映画『スターリングラード』で冒頭にでてきますね。あのチャイナ・バージョンです。
この督戦隊が機銃を乱射して、軍服を捨てて逃げようとする自軍の兵士をなぎ倒していたという証言もあります。
私個人の推測としては、捕虜の違法殺害の2万6千人に、摘発時の誤認民間人殺害2000~4000人を加えた2万8千~3万人ていどだと推測します。
あるいは安全区国際委員会の民間人被害者50名が正しければ、一気に下がって2万6050人という事になりますが、なんともいえません。

「虐殺ゼロ」派は、捕虜が国際法要件を充たしていない、便衣兵処分は正当であるとしていますが、後者はともかくいったん受け入れた捕虜を裁判なし処刑したことはいかがなものでしょうか。
南京事件を、おおざっぱに見てきましたが、数字はとりようでいくらでも変化するので、あくまでもひとつの目安にすぎません。

問題は何度も繰り返しますが、「国家意思」の有無です。
南京一般市民を全員殺戮することを命じた大本営の命令書、あるいはその議事録、それを受けた中支派遣軍から師団への命令書、師団司令部から連隊司令部への命令書、現場指揮官への命令書などなど大量になければなりません。
よく敗戦時に焼却したという人がいますが、慰安婦問題もそうでしたが、軍というのは巨大な官僚機構ですから、上から下まで各級で文書が大量に残っていなければなりません。

とまれ便衣兵といい、督戦隊といい、戦争のルールがまったく違う相手と戦ったのが、当時の日本だったのです。
それは今に至るもまったく変わりません。

 

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コメント

日本として苦しいのは侵略戦争をしている以上、既に加害者の立場に立っており、仮に犠牲者が1000人、いや100人だったとしても虐殺は虐殺じゃないかと言われると真っ向からは否定できないということですね。
中島今朝吾のように師団レベルで指示を出していた人と判断できる人もいるし厳しいです。

南京はもうかなり中国の奥部にあるんで、そこで軍事行動を取ればそらもう立派な"侵略"ですわ。旧日本陸軍や天皇陛下の旗本のような建付けの旧関東軍は、本気で"大東亜共栄圏"というナラティブを狂信(としか)して、中国全土を制圧するばかりか南アジア諸国までも影響下において、大日本帝国を大アジアの盟主として、白人どもの西欧列強と対等の関係を持とうとしていたんですわ。

それは、日清戦争や日露戦争で数々の武功をたてた栄光の日本軍だったのが、世代が進むとその過去の手柄を神格化して、実戦をロクに知らないクセに陸海軍大学校で成績が良いだけのエリート軍人が誇大妄想に走った成れの果ての姿ですわ。おかげで一般日本国民は大変な目に合わされたし、周辺諸国の一般国民もヒドイ目に合った人が多いとしても不思議じゃない。

当時の南京市民もトンだトバッチリで、命を落とした人達はご愁傷様です。

けど21世紀も1/4経ったというのに、"一帯一路"という大ユーラシアナラティブを唱える独裁者を勝手にさせている中国共産党ごときに、旧日本軍を批判する資格など無いと言いたいですわ。中共こそ、今を生きる者にとって"人類の敵"ですわ。旧日本軍なんて、もう地上のどこにも存在してない。現代中国の一般市民の"敵"のクセして、中国政府を語るなと言いたい。悔しかったら、人民を代表するという国家主席を一般普通選挙で決めてみろ!ってんだ。

まあ、無かった事を、書いてみた・・
そんな話ですよね。

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