首相は事故直後に現地に行ってはならない
熊本地震は国家的災害の様相を呈しています。
それに対して、高市内閣は迅速かつ冷静沈着に支援を進めています。
時系列で追ってみます 。
16:27 地震発生
16:28 危機管理センターに官邸対策室設置
16:29 総理大臣指示
17:25 官房長官緊急記者会見
17:30 気象庁記者会見
17:48 総理大臣記者会見
また自衛隊は即座に救援に当たりました。
令和 8年熊本地震に係る災害派遣について
令和8年7月28日(火)1627頃、熊本県熊本地方を震源とする最大震度7の地震が発生。
○同日(28日)1730、熊本県知事から陸上自衛隊第8師団長(北熊本・熊本)に対し、情報収集、人命
救助、物資輸送、生活支援等に係る災害派遣要請があり、同時刻受理。
自衛隊の
主な活動
○連絡員について、熊本県庁等に、延べ31箇所・約80名派遣。
○航空機について、延べ20機態勢(固定翼:11機、回転翼9機)で航空偵察を実施。
○陸上自衛隊第8偵察隊(北熊本・熊本)、陸上自衛隊第4偵察隊(福岡・福岡)の初動対処部隊が地上偵察
を実施。
○商業施設(イオンモール熊本)において、陸上自衛隊第8偵察隊(北熊本・熊本)及び陸上自衛隊第42即
応機動連隊(北熊本・熊本)の人員約30名、車両約10両が活動を継続中。
○陸上自衛隊別府駐屯地及び北熊本駐屯地を一時的な避難所として開放し、避難者の受け入れを開始。
○給水支援のため、陸上自衛隊西部方面特科連隊(北熊本・熊本)が八代市役所へ前進中(人員約100名、
水トレーラー4両含む車両約30両)。
PowerPoint プレゼンテーション
なおこの災害派遣とは別に、地震直後築城のF-2が即座に上空から災害状況を偵察しています。
法制上首長の派遣要請を受理してからなので1時間経過していますが、初動で3600人を投入し、翌日4600人規模に増員しています。
この規模は警察2000人、消防1410名と比較しても圧倒的に多く、災害救助の主力は自衛隊が担っていることがわかります。
また自衛隊は、外からの補給を受けねばならない警察や消防と違って、補給まで含めた自己完結型組織で、だれの補給も受けることなく長期間働くことができます。
これはインフラが破壊された被災地を救うにもっとも適した組織だということです。
これは東日本大震災や能登地震でも証明されています。
ところで大地震の時にもっとも必要なのは情報の提供です。
政府は地震発生後1分で官邸対策本部を設置し、直ちに情報を発信し続けています。
逆にやってはならないのが、政治家のこれみよがしのパーフォーマンスです。
絶対に首相や閣僚は当面現地に行く必要はないし、行ってはなりません。
それでなくても72時間の救出リミットで奮闘している現場に政府関係者が行けば、その警護や応対でマンパワーが割かれてしまうからです。
これをやらかした馬鹿者がいます。3.11東日本大震災と福島原発事故当時首相だった菅直人氏です。
この人物が真っ先にやったのは東電本社殴り込みと福島原発への「視察」でした。
いちばん置いてはいけない男が事故対処のトップにいた: 農と島のありんくりん
ANN
たとえば、3月12日早朝の福島第1への突然の「現地視察」において、同行した武藤栄東電副社長はこのような証言をしています。
「免震重要棟に入った。そこで交代勤務だと思うが、作業員の人が大勢いた。中には上半身裸というか、除染などの人だと思うのだが、大変だなと思った。その前で菅氏はなんと言ったかというと、「何で俺がここに来たと思っているのだ」と言った。これには呆れました」
吉田所長は、調書の中で管氏を名指しで、「なんだ、馬鹿野郎」と吐き捨てるように言っています。
緊急対応に忙殺されていた現場にとって、何の役にも立たない首相に「視察」にこられては迷惑以外なにものでもなかったからです。
むしろ阪神淡路大震災時に、「わしゃ初めてなんじゃぁ」とへたり込んでいた村山首相のほうが無能をわきまえていたぶん無害度が低かったといえます。
これと対照的なのは高市氏でした。
驚くべき圧倒的なスピードで対処を決め、政府側が被災者の現場ニーズを先回りして準備を先行させました。
たとえば連日32度を越える様な炎暑に参っていた被災地に、空自を使って簡易クーラーを大量にプッシュ型支援を行いました。
現地に余計な負荷をかけずに必要と思われる支援物資と人を送り込む、情報発信を継続する、予算措置を行う、これがリアルな危機管理なのです。
このようなことは、政府機能がある東京にいてこそできるのであって、首相が在京している必要があるのです。
災害時に首相は現地に行ってはならないことを心得ていた高市氏と狂乱のパーフォーマーであった菅氏との違いはここにあります。
« また定番の「沖縄差別論」が始まりました | トップページ | 日曜写真館 一茎に一仏 かくも蓮花溢れ »



でも明後日には現地視察するとかで・・・停電の解消に大まかな目途がたったとはいえ、ちょっと早すぎるのではないかと。
能登地震の時の岸田さんは、首相が大名行列作っても道路すら寸断されているのが分かっていたから当分動かなかった。
マスコミに「冷たい」と散々に書かれたり、山本太郎のスタンドプレーでの「現地は必死アピール」にも耳を貸さなかった。むしろ公邸でバカ息子が乱痴気騒ぎを起こしたり、そんな時でも高級店で家族で飲食しててまたたたかれた。
総理が自ら動くときはタイミングが大切です。入ってくる情報をまとめて指示を出すのがお仕事です。
投稿: 山形 | 2026年8月 1日 (土) 05時02分
「ナフサは6月に詰む」と公共の電波で大法螺吹いて大恥かいた反高市の自称コンサルタントが、懲りる事無く「高市首相は直ぐ現地入りせよ」と火病ってたが、彼の脳内では菅直人のスタンドプレーがどれだけの被害をもたらしたか、完全に「無かった事」になっているようですね。
投稿: 珊瑚は大切に | 2026年8月 1日 (土) 08時45分