西田校長「全体としては偏向してはいない」
同志社国際高校の西田校長がまたぞろこんなコトを言っているようです。
「同校の西田校長は6月19日、3月の沖縄研修旅行に参加した3年生(当時2年生)を対象に実施した説明会で、「辺野古のプログラムにおいて『偏っている』という風に指摘された。それ以外の部分に関しては今回、教育の中立性、という部分では議論にはなっていない」と述べ、「学校の意図としては、全体像としては決して偏ったものを提供しているという風には今も思っていない」と強調した」
(産経7月20日)
<独自>辺野古沖事故、同志社国際高が「中立性」調査始める 校長は「全体として偏らず」 - 産経ニュース
困った人です。まだ自分の立場を理解していないようです。
同志社国際高校がやってきた「平和教育」なるものの結果、生徒の死亡事故が起きたにもかかわらず、「全体の意図としては偏っていない」、こんな言い訳が成立すると思っているほうが非常識です。
今、問われているのは、「平和教育」なるものの実態なのですよ、西田校長。
文科省の調査報告には、同志社国際高校の「研修旅行」は「政治的活動」であって、教育基本法第14条第2項 違反であると指摘しています。
「沖縄県名護市辺野古沖で船が転覆し、研修旅行中だった同志社国際高校(京都府)の生徒らが死傷した事故で、文部科学省による調査の結果概要が21日、わかった。生徒たちは同校教員から、乗船の目的について「基地建設とそれに反対する人が対峙 する『現場』を見ること」と伝えられていたとした。
同日開かれた参院文教科学委員会理事会に概要を示した。関係者によると、同校は2015年から18年にかけて、辺野古への米軍基地移設工事に反対する辺野古テント村への訪問を研修旅行の一部コースで実施。その際、現地ガイドの依頼を受け、生徒向けのしおりに「ここでの闘いは『座り込み』です。私たちの行動に賛同いただける方は、まず一緒に座り込んでください」と記載していた」
(読売2026年5月22日)
辺野古沖転覆、乗船目的について教員が生徒に「基地建設と反対の人の対峙する現場見る」…文科省調査 : 読売新聞
抗議船に生徒たちを乗せた目的について「基地建設とそれに反対する人が対峙 する『現場』を見ること」だという生徒の証言も出ています。
つまり「反対する人が対峙する現場」に生徒を連れ出して、反対派のリーダー格だった金井氏に語らせ、かつ荒天の海に乗り出して人ひとり殺したのです。
いや、「多様な意見も生徒に教えている」と西田校長は言うのですが、ここまで反対運動に首まで漬かってバランスもへったくれもないもんです。
かつてはこれほど偏ってはいませんでした。
遺族の武石氏はかつての研修旅行は違ったとして、こう書いています。
「同志社国際高校の過去の文集を確認する限り、沖縄研修旅行において、かろうじて多角的な視点を提供していたのは、過去に実施されていた普天間高校の生徒との交流プログラムだった。
2015年3月の旅行まで、計7回の実施では、主に3日目、ホテルで一緒に夕食をとり、出し物を披露し、グループディスカッションを行うというものだった。その7年間(手元には6年分の資料のみ)で、基地の近くで暮らす同世代から、挙げきれないほどの様々な意見を聞いたことが残っている。
「基地はなくなって欲しい。」
「基地があることに賛成か反対かで聞かれると答えが難しい。」
「基地がなくなったら、困る人も多い。」
「騒音は本当に困る。」
「騒音は気にしたこともない。」
「基地がここからなくなればいいというものでも無い。移設先の人がどう思うか。」
「クラスの中にも親が基地で働いている人がたくさんいる。」
「米兵のことを怖いと感じるし、事件もあるし、迷惑。」
「基地の人は優しいし、お祭りにも行く。怖いと思ったことはない。」
「交流会に向けて準備する時くらいしか、基地のことを考えない。」
これ以外にも、わずかだが国防についてや反対運動に対する意見などもある。同じ沖縄に住む高校生でも、意見はこれだけ多様だった」
普天間高校との交流会|辺野古ボート転覆事故遺族メモ
まぁ、でしょうね。
私もベトナム戦争真っ盛りの厚木基地の真横で育ったので実感できますが、これが周辺の子供たちのリアルな認識なのです。
ある時、朝日新聞が小6だった私たちハナ垂れに取材に来て、君たち米軍機の爆音で学習困難になるだろうなんて誘導質問をしていましたが、ハナ垂れ小僧らはヒコーキ、カッコよくて大好き、うるさいのは馴れっこみたいなことを答えていましたっけね。
最後に写真を一枚ということで、学校の上空に米軍機が来た時に手で耳を覆ってなにやら叫ぶガキどもの写真を撮っていき、それが紙面に出たようです。
もっともその時、私らクソガキはなんて言って叫んでいたのか、「カッコいい!」です。(笑)
「基地の少年」の昔語り: 農と島のありんくりん
基地といやがおうでも共存せねばならない周辺住民は、偏ってばかりはいられません。
仕事でつながっている人も大勢いるでしょうし、基地内に土地すら所有し地代をもらって生きている人もいます。
だから本土の人から「基地のない平和な沖縄」と言われるとちと違う。
「基地もあって平和な沖縄」ていどのニュアンスが本音なのです。
この沖縄研修旅行」はこの高校が作られた1980年頃からあったのは事実ですが、そうとうに形が違っていました。
当時の卒業生はこう回顧します。
「親からも電話がかかってきました。あなたも抗議船に乗ったのか?と聞かれました。一体なんのことかと思いました。当時から海上での抗議活動はありましたが、船に乗るという話は一切でてきていません。
私たちのときはチャーターした観光バスに乗って、道の駅『かでな』から嘉手納基地を見学して、戦闘機が飛び立つ様子を見てから辺野古に移動して、辺野古漁港と大浦湾側の浜側から陸地で基地建設の現場を見学しています。座り込み運動をやっているテント村の人たちとも話もしましたが、実際に話した内容は、辺野古という土地はこういう場所であるとか、いつから座り込みをしているかといった何気ない世間話をしたくらいで終わっています。
基地建設の経緯は事前にも学びましたが、歴史的な経緯を知るというものです。現地にいっても一緒に座り込みをしようと誘われたこともなければ、運動に参加したこともない。高校生が現地の人と世間話をした程度にとどまっています」
(産経5月30日)
「いつから抗議船に…」同志社国際OBが語る平和教育の変質(石戸諭) - エキスパート - Yahoo!ニュース
それをベタ一色の泥絵具で、「かわいそうな沖縄」「反基地の人々が政府や米軍に対して抵抗運動をしている」みたいな調子で塗りたくり始めたのは西田氏が校長になり、「高名な平和運動家である金井氏」を招聘したあたりからです。
産経
同志社国際高校が金井氏を「平和教育の導師」として迎え入れたのが2023年、西田氏が校長になったのは2024年とぼぼ同時期です。
この時期あたりから、同校の沖縄研修は急激に左傾化していくようになります。
「昭和55年の開学以来、同校の伝統となってきた沖縄研修旅行。「平和学習」の一環として、辺野古を訪れるようになったのは平成27年ごろからとされる。移設工事の現場を見学する中で金井牧師と関わるようになり、令和5年からは、金井牧師の抗議船に乗って海から見学する形になった」
(産経4月18日)
「悲劇の継承」から反基地へ変質した平和学習 事故は旅行会社も手出さぬ〝聖域〟で起きた 検証リポート・平和学習(後編) - 産経ニュース
同志社高校は問題の所在から逃げないほうがいい。
反日左翼の反基地運動に乗った「平和教育」が知華さんを殺したのです。
学校は彼女を守るために何もしなかったし、する気もなかった。引率教師は極度に怠惰であり、亡くなった生徒の顔と名前すらわからなかった、余りに怠惰、余りに無能。
それこそが問題なのであって「全体を見てくれ」などとよく言えたモノです
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都道府県警察官は都道府県公安委員会が管理する警察職として、海上保安官は国土交通省外局の特別司法警察職として、どちらも捜査権の行使において自治体首長の指揮や政治介入を受けられる仕組みにはなっていない、それが基本であり、法執行機関としての責任ある措置を取るために、証拠固めから被疑者の権利保護まで、必要な時間も手間もかける仕事をすることは、極めてざっくり簡単ながら記させて頂きます。
ご遺族の心情をどれだけ理解できたとしても、ご遺族になれはしない私は、外部の者として注視し続けると同時に、スピードを求め過ぎず、ドラマティックさは求めないでいようと考えています。裏付けられる事実を淡々と。
但し。
ミスや過失を個人に帰すだけなら簡単だが、誰かのミスや過失が生まれるには、組織や全体にそうなるシステムやシステムの穴があったと考えて、ではそれが起きたのは何故なのか、と遡って見直したほうが宜しい。
それができないのなら、そこまでの覚悟とクオリティであるということ。
投稿: 宜野湾より | 2026年7月22日 (水) 06時38分
いつも楽しみに拝読・拝見しております。この件では黙っていられなくて、連日の投稿になりますがご容赦ください。
私自身は地域の公立高校だったのですが、生徒より政治活動を優先する日教組の教師に酷い目にあいました。それで、娘は地域の公立高校には行かせたくなくて、それなりに選んだ私立高校へ進学させました。同じような感覚で、今子を持つ人の親は「同志社国際高校だけは行かせてはいけない」が共通認識になっているのではないでしょうか。学校法人同志社が今後も西田校長や関係者に何もしないのであれば、150年以上の歴史を持つ関西の名門「同志社」のブランドを傷つける可能性が高いと思います。
ちなみに、数年前の娘の高校の修学旅行も沖縄で、ガマをみて体験談をお聞きする平和学習があったそうです。娘曰く「夜バカップルが宿からエスケープしたのを捜索させられて苦労したけど、先生が二人いないのをわかっている分だけ同志社国際よりましかも」だそうです。
投稿: 都市和尚 | 2026年7月22日 (水) 22時16分