脱原発と再エネをゴッチャにするからどっちも失敗する
小泉大臣の父親は有名な反原発運動家です。
初めは引退しての暇つぶしの手慰みかとおもいましたが、どうやら真剣のようです。
小泉パパは再稼働反対だそうです。
再稼働反対というのは、安全性を規制委員会から認められても原発絶対反対、段階的削減にも反対という意味です。
20%を越えていたエネルギー基盤を、40年くらいかけて徐々に減らし、別な電源に替えていくためには、一定の数の原発を動かす必要があります。
だからこそ、廃炉にするためにも、「悪の電力会社を潰せ」などという一部脱原発活動家の暴論は止めにしてほしいものです。
もし、本気でそんなことをすれば、電力会社は新たな電源の開発投資が不可能になる上に、廃炉資金を捻出することができなくなります。
ではその原発ゼロの20%超の穴はどうするのかといえば、小泉翁は再生可能エネルギー(再エネ)だそうです。
小泉翁はこう言っています。
「今こそ原発をゼロにするという方針を政府・自民党が出せば一気に雰囲気は盛り上がる。そうすると、官民共同で世界に例のない、原発に依存しない、自然を資源にした循環型社会をつくる夢に向かって、この国は結束できる。 」
(ハフィントンポスト 2013年10月2日)
ああ、まるでマックのセットメニューだ。
ところが、実はこのふたつ、つまり脱原発と再エネは本来、なんの関係もない別次元のテーマなのです。
再エネは、もっとも古典的なエネルギー源として古くからありました。
中世にはほぼ今の原型を完成させていますが、産業革命で大部分はすたれつつも、地域にしぶとくしがみついて生き抜いてきました。
それが改めて再注目されたのは、1979年のスリーマイル島事故以後の脱原発運動の盛り上がりからです。
当時は反原発運動といっていましたが、若き日の私もその一翼を担っていました。
この中で再生可能エネルギー(再エネ)、当時の言い方では「市民エネルギー」という言い方を好んで使っていましたっけね。
その言葉のニュアンスどおり市民が、「裏庭で自分の家のエネルギーくらいは作ってみせる。その分原発はいらないんだぜ」という気持ちが込められていました。
飯田哲也氏の初期の本には、1986年のチェルノブイリ原発事故以後のスウェーデンで同じような、地域で市民が知恵と金を出し合って風車を建てていくエネルギー・デモクラシーの様子が描かれています。
世界中で私のように、市民が日曜大工で怪しげな「エネルギー発生装置」を作ったり、市民ファンドで風車を作っていたのです。
さて、言うまでもなくこのようなある意味牧歌的な再エネは、今では「神代の時代」の昔語りにすぎません。
なぜなら、今や脱原発運動は、裏庭どころか再生可能エネルギーを社会全体の代替エネルギーと位置づけてしまったからです。
結論から言いましょう。私はかつての再エネの実践者の経験を踏まえて、それは不可能だと断言します。
再エネは元々そのような近代工業国家規模のエネルギー源ではなく、地域の生活や生産に密着した「もうひとつのエネルギー源」でしかないからです。
発電規模のケタが違う再エネを「飛躍」させようとすれば、必ず別の矛盾を引き起こします。
それは反原発運動の意識の延長で国家規模の、しかも世界で屈指の工業技術国の代替エネルギーを再エネに据えてしまったドイツの経験が物語っています。
ドイツではいくら優遇策であるFIT(全量・固定価格買い上げ制度)に厖大な金をつぎ込んでも再エネは07年時点で最大で16%にしか伸びませんでした。 (下図参照)
熊谷徹
ちなみにその内訳は、風力発電が4割、バイオマスが3割、水力が2割、太陽光が1割未満です。
驚かされるのは、太陽光は再エネの代表選手のように思われているものの、実は全エネルギー源の0.2~0.4%(2010年現在)にすぎないことです。
一方、ドイツは原発を暫時停止(完全停止していません)することによって、低品質の硫黄酸化物の多い国内石炭火力発電が49%にも増えてしまいました。
皮肉なことには脱原発政策によって化石燃料シフトが起きてしまったのです。 これによってドイツの炭酸ガス排出量は一挙に増えています。
実はわが国もまったく一緒でした。わが国はある意味ドイツより過激な「全原発停止検査」ということを初めてしまったからです。
なんの法的根拠もなく、ただのカン氏の「お願い」で、全原発ストップですから呆れたもんです。
結果がこれです。火力発電一色となりまなした。
2013年度のエネルギー源別の発電電力量の割合http://www.japanfs.org/ja/news/archives/news_id035081.html
2018年度の実績値 → 2030年度の計画値
原子力 6% → 20-22%
石炭 31% → 26%
LNG 38% → 27%
石油 7% → 3%
再エネ 17% → 22-24%(*再エネは水力を含む)
出所:
・ 2018年度エネルギー需給実績(速報値)
・ 第5次エネルギー基本計画(2018年7月発表)
化石燃料を主体とした発電を続ける限り、わが国は二酸化炭素を削減することは不可能なのが分かるでしょう。
原発を止め、9割弱を化石燃料に依存している現状では、パリ協定目標を達成することは不可能です。
つまり、エコ政策を突き進もうとして二酸化炭素ガス削減するためには原発を一定割合で組み込まねばならず、組み込んだら今度は反原発派から「危ない原発反対」とやられるという二律背反になってしまうわけです。
反原発派の運動家諸氏にどうやったら原発を止めたままで、CO2削減できるのかお聞きしたいものです。
特に2008年からの2年間の二酸化炭素の排出量の増加は危険視されています。脱原発よって環境が確実に悪化したのです。
2009年の国連気象変動サミットにおいて、鳩山元首相が国際公約してしまった1990年比で2020年までに25%温室効果ガスを削減するという目標年になってしまいましたが、原子力発電なくしてどのようにするのかはまったく不透明です。
(*CO2削減率問題については過去ログをご覧ください。)
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-a3c7.html
下図を見ると、1997年の京都議定書以降も、CO2は増加の歯止めがかかっていないのが現状です。
京都議定書 - Wikipedia
化石燃料などからのCO2排出量と大気中のCO2濃度の変化出典:電気事業連合会「原子力・エネルギー」図面集2010http://www.jnfl.co.jp/recruit/energy/warming.html
このように京都議定書は失敗し、パリ協定もまた実行が疑問視されていることは確かです。
それ以前の1990年に8%削減という政府目標を立てた時ですら、そのために原発を9基増設し、当時60%台だった稼働率を一挙に81%にまで引き上げ、太陽光も20倍にする、と試算されていました。
また、2009年時点で、政府は電力に占める原子力の割合を当時の30%から2030年には50%にまで引き上げる計画を立てていました。
とうぜんのこととして、それらの計画は3.11以後、完全に白紙になりました。
ここで、ではどうやったら原子力なしでCO2削減ができるのか、という問題に直面せねばならなくなったわけです。
当座の間、新エネルギーで現実的に供給体制に入っているものはありません。
存在するのは、唯一化石燃料のみです。
福島事故当時から数年間の電力は、今まで稼働を止めていた旧型火力発電所を再稼働したものによって補われていました。
事故前の2010年11月時点で原発は230億キロワット時を発電し、電力需要の30%を超えて供給していました。
それが事故後の2011年11月には70億キロワット時と3分の1以下に減少し、10%を切りました。それが現在2012年5月時点ではゼロです。
では、火力発電の増加ぶりを見ましょう。2011年11月時点で、363億キロワット時であったものが、493億キロワット時と35%増大し、2013年には電気供給量の実に80%を占めるまでになっています。
脱原発の世論の流れによって、皮肉にも日本は今や8割を化石燃料に依存するCO2大国に生まれ変わってしまったと言っていいでしょう。
この状況が続くのならば、1990年比25%削減など夢のまた夢であって、大量の排出権購入を考えない限り、わが国は外国に排出権購入で膨大な富をむしりとられ続けることになります。
つまり、原子力をゼロを実現すれば、片方の地球温暖化阻止という環境問題を犠牲にせざるをえず、温暖化阻止のために炭酸ガスを削減使用と思うと原発を一定範囲内でうごかすしかないのです。
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ここ数日の猛暑でオールドメディアは、エアコンの多用による電気代の高騰に言及しますが「原発をフルに再稼働させれば電気代が安くなる可能性」には全く触れませんね。
投稿: 珊瑚は大切に | 2026年7月17日 (金) 20時07分