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2026年8月10日 (月)

辺野古事故第三者委員会報告書が出ました

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やはりコレからいくしかないでしょうね。
辺野古事故第三者委員会報告書が出ました。想像どおりのモノが想像どおりのデカさでてきました。 doshisha.ed.jp
なお、これとは別に先に文科省の報告書も出ています。mext.go.jp
海保の捜査結果は裁判前には開示されないでしょうから、これで報告書はお終いとなります。

この第三者委員会報告について結論めいたことを言うと、同志社国際高校が今回の事故の本質的部分、すなわち「平和教育」と自称する偏向教育の検証を回避して、運営上の失敗と危機管理の技術的問題ですり替えたもののようなきがします。
調査には、北浜法律事務所と弁護士法人御堂筋法律事務所があたっています。
うーん、ここからひっかかります。たしかに第三者委員会は「独立している」と説明されてはいますが、その独立性をうらづける担保はなんなのでしょうか。
これを裏付ける根拠は公開されていません。
形式的にはなるほど「独立」していますが、実質的にはどうなのでしょうか。
このような第三者委員会を形成する場合、同一の事務所に委託することはありえません。
委託側と利害関係があると見なされるからです。しかし今回、委員長の北浜法律事務所の渡辺徹弁護士以下実に14名も木所員らが調査に当たっています。
もうひとつの御堂筋法律事務所からは半分の6名で、このアンバランスはなんなのでしょうか。

また、事故が起きたのが3月17日、そして同志社が調査委員会を作ると言い始めたのが3月28日、実に10日以上も経過し、もっともホットな初動で学校側はほぼ沈黙を通したのです。
その言い訳に使われたのがこの第三者委員会で、この調査が済むまで公的発言を控えると言い続けました。
そして今回の報告書までそれからまた4カ月、この間、校長も教師も一切記者会見に応じていません。
遺族とは面談もしないのに、事故後の2日めには「平和教育は続けます」と言いにデニー知事知会いに沖縄にまで行っています。
このことからもこの校長の価値の軽重がわかります。
事故原因に向かい合い、遺族に説明を果たすのではなく「平和教育」とやらを守り抜きたかったようです。
そう考えると、西田校長が第三者委員会に託したものが見えてくるはずです。
それは教員らの管理責任は認めても、断固として「平和教育」本体は守り通すという護教なのです。

さらに学校保健安全法には、学校設置者に対し、児童生徒に生じる危険を防止するための措置を講ずるよう求め、学校安全計画の策定や危機管理マニュアルの作成も義務づけてはいるものの、それは法的義務ではなく努力目標にすぎません。
したがって今回の場合、誰が危険を評価し、誰が乗船させる適法性を審査するのか、誰が保険を確認するのか、誰が船舶の安全性を確認するのか、そもそも計画の責任者や下見は誰がするのかについてなにも定められていないのです。
ここが学校安全法の穴でした。
当然西田氏はいくら言葉で謝罪めいたことを言おうと、法的罰則は問われないことを充分に知っていたはずです。

武石氏はこの報告書についてこう書いています。

「報告書は、学校法人同志社に「明らかに安全配慮義務違反があった」と認定しました。
・事前調査を行う義務。
・安全性を確保した計画を策定し、実施する義務。
・生徒と保護者への説明義務。
その3つすべてへの違反です。
その上で、この報告書の冒頭には、こう書かれています。
本調査は、学校法人同志社及び同志社国際高校の役員及び教職員(退職者を含む。)その他本件事故の関係者の民事上又は刑事上の法的責任の追及を目的とするものではない
宣言のとおり、誰の判断が、どの責任にあたるのかは書かれていません。

結語にある「想像力の欠如」、「およそ非難を免れず、猛省しなければならない」という非難も、「多くの教職員」に向けられたもので、個人にも、役職にも、向けられていません」(太字原文ママ)
調査報告書を読んで① 責任について|辺野古ボート転覆事故遺族メモ

つまり、委員会は校長や教員に「猛省しろ」と言いながら法的にはなんの罪もないと言っているのと同然です。
西田校長はそれをいいことにこううそぶいていました。

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 産経ニュース

「自分たちの足元にある平和も守れない平和の学びは、平和学習ではない」。関係者によると、西田校長は10日にあった同校始業式で生徒らにこう話した上で、謝罪。直接的な原因は私たち(学校側)にある訳ではないが、防ぐことはできた―という趣旨の説明をしたという」
(産経3月18日)
辺野古転覆、誰が安全管理をしていたか 学校「海のこと分からない」引率教員は乗船せず - 産経ニュース

いま、武石氏はこの長きに渡った学校側の責任回避と沈黙に対して業を煮やして刑事告訴に踏み切りました。
ここまで遺族を追い詰めたのは誰でしょうか。名指ししますが、それは西田校長と教師です。
そしてそれに手を貸したに等しい第三者委員会です。



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コメント

一日の終わりに、「今日自分がした判断・決断の数々は正しかっただろうか」と考えてみることは、あの人たちにあるだろうか。一週間の終わりに、ひと月の終わりに、「あの判断は正しかっただろうか」と。
校長と教員、船長と運航団体メンバー、あの人たちは、'それをやっている自分'に勝手に満足しているんじゃないか?
金井船長はこれまでの著書や開会礼拝で、危険と分かっていても活動する己の姿を肯定して語っていて、そこからは、「自分がした判断は正しかっただろうか?」と考えてみる習慣はなさそうだと推察できる。自分と仲間たちのやり方、在り方が正しいか?適切か?と日常で疑ってみることをしたことがない、というより、揺るがぬ満足感さえ持っていると感じられる。
これまでずっと、船長本人及び関わる大人は皆、危険があると知っていて生徒を受け入れ船に乗せることに当然想定されるリスクを何も考え対策してこなかったことからも、それは伺える。
政治思想や宗教がどうであれ、ヒトは自己満足に浸ると、安全でないことも安全に思えてしまう。
ご遺族そして、望む望まないにかかわらず在校生活は続く生徒とご家族に、光明あれと強く望む。
事故原因調査・検証は思想や宗教にかかわらず行われる必要があるが、'何故それが起きたのか'、'誰が何故その判断を、その意思決定をしたのか'、をひとつひとつ遡っていくなかで、それまで良しとしてきた思想・考え方に辿り着くことはあり得る。そうなっても逃げずに、'たとえ罪にならなくともそれは負うべきものが何も無いことを意味しない'、と考えて目を瞑らずにいることを、あの人たちはできるだろうか、できないだろうか。

いつもありがとうございます。

第三者委員会報告書のP4に、平和学習の内容については調査対象外と明記されているので、その範囲内の報告と割り切らなければでしょう。文科省の方はしっかり指摘されています。

起こった事故に対して原因究明と責任追及は別、というのは航空業界ではそうですし、医療業界でもイオンでもそうであるべきだとは思っていますが、それを隠れ蓑に責任回避して、またすぐやる、という人達には別の方向からの制裁が必要ですね。

それが今後の高校の定員割れだったり沖縄県知事交代だったりではないかな、と思います。

いつも楽しみに拝読・拝見しております。
同志社の調査報告書はそれでも客観的事実はきちんと掘り出していて、亡くなった女生徒がボートコースの変更を希望していたが叶えられなかったこと、ボランティアのはずの反対協議会へ現金でお金を渡していたことなどが明らかになっています。これに、刑事告訴と記者会見、最近のnoteの記載などご遺族の果敢な行動が加わって、何もしない学校法人同志社の異様さが際立ってしまっています。
もしかしたら、日本基督教団の認可学校である同志社は、平和学習で自分たちは宗教的に正しいことをしていると本気で考えているのかもしれません。だから責任を取る必要もないし、「根拠のない盲目的信頼」も当然で、亡くなった女生徒は金井牧師とともに尊い正義への献身だったとでも考えていそうです。国民がどれだけ死んで国が荒廃しても戦い続けるイラクの革命防衛隊と同じです。このままだと、同志社は卒業したことが恥ずかしい学校になってしまいますね。

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