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2008年12月 5日 (金)

無理をしない、こだわりすぎない

  _edited_3                                  2日ほどのお休みをいただきました。実は、このところ健康再建プロジェクトを始めています。

入院の前の私ときたひには体力は落ちる所まで落ち、仕事で配餌車を引っ張るのも息も絶え絶えという有様でした。私はこう見えても、体力自慢だったのです(苦笑)。体力自慢の男がそれを失うと、なんか自分がほんとうに腑抜けになったような気持がしました。

また、それまでやってきた有機農業運動やエコビレッジ作りの活動も、それを支える体力、気力が崩壊するのに連れて耐え難くなっていきました。・・・そして入院。一生投薬から離れることが出来ない人生となることが決まりました。正直に言って、精神的に落ち込まなかったと言ったら嘘になりますね。

ようやくチャリンコ(クロス・バイクといいます)で毎日数時間、村や湖の周りを走り回ることができるていどにまで回復してきました。ま、念仏を唱えながら村中を歩かれるよりは、村の衆には不気味ではないかと。だ、はは。

調子に乗って昨日など2時間以上も走ってしまった挙げ句、今日など股関節は痛てぇは、脚が.パンパンに張るはともう大変。でも、「ビョ~キよ、飛んでけっ!」と張り切っています。

でも、かつての私とはちょっと違うのは突っ張らないことです。思い込まないことです。ようやく、そうやっとですが、「いいかげん」なことも大事かなと。諏訪中央病院の院長であった鎌田實さんのご本「いいかげんがいい」を読んで救われました。自分の信じる理想があり、が故に社会的な責任を持とうとし、体も心も疲れ果て、結果耐えられず、すべてをダメにしてしまうのがもっとも悪いのではないのでしょうか。まさにちょっと前の私のように。

鎌田さんはこう言います。無理をしない、こだわりすぎない。欲張らない。突っ張らない。悩みすぎない。求めすぎない。

そのように考えると、病気と「闘う」というのは私が好きな思考パターンでした。「闘う」という対象は、思春期には学校という器であり、青年期には国家社会であり、農業を始めてからは今の農業のあり方や、時には自然そのものでした。そして今は病気です。

つい先日でしたか、もうこのような発想に立つのはやめようと思ったのです。退院した時には「病気と闘ってやる。負けてなるものか」とうなっていました。だから鼻息荒く強行退院などをやらかしてしまったわけです。恥ずかしい。これは病院や医師、ナースをどこかで「敵」とみたてています。このような「戦い」と対になった「勝つ」という考えにいる限り私はまた「入院」してしまうことになるのは必至でしょう。

どこまで行っても自分。どこを切っても自分。他人の気持も愛情もしっかりと受けとめない。そのような身勝手な人間に救いや光があるはずがないではないですか。

仮に毎日運動ができなくとも、ブログが毎日更新できなくとも、はたまた、たまにハメをはずして食べすぎても、「ま、いいんじゃないか」と思おうと考え始めました。カンペキを追い求めるのはもう止めにしようと。自分を追い詰めるのだけは止めよう、と。自分を追い詰めるのは他人に迷惑をかけると。なによりも家族に。

肩の力を抜いて「いいかげん」に生き直してみるのもオツかな、と。それともうひとつ鎌田さんのひとこと。これが重いんだ。

「あきらめない」

2008年10月17日 (金)

ことばの花々

_edited 現代詩というのは難解だとか、なにを言っているのかさっぱり分からんということを言う人もいます。

ん、そうかな?詩というのは確かに文章のエッセンス、いわば大吟醸のような性格もありますから、とりつきにくいのは確かです。

しかし、詩のスゴサというのは心にダイレクトに来ることです。もともと人類は詩が基本だったようです。結婚の祝婚歌、子供が誕生した誕生歌、死者が葬られていく時の哀しみの歌、離別の歌、愛するする人に会いめぐり合えた歓びの歌。

私見ですが、詩が人類の原型で、散文はその後にできたような気がします。

私が敬愛する茨木のり子さんの「詩のこころを読む」(岩波ジュニア文庫)はこのように書き出しています。

いい詩には、ひとの心を解き放ってくれる力があります。いい時にはまた、生きとし生ける者への、いとおしみの感情をやさしく誘い出してくれもします。どこの国でも詩は、その国のことばの花々です。

ひとつ詩を詠みます。吉野弘さんの詩です。詠むと言ったのは、詩は言葉に出してみるのが作法だからです。声に出してみると、言葉が目の前に浮遊するような気持になります。頭の中だけで読んでいると、言葉は浮遊しません。自分の声で感動できるのです。どれを選ぶか迷うほどなのですが、今の私と、そして若い人に宛てる詩です。

                「自分自身に」    吉野弘

他人を励ますことができても

自分を励ますことは難しい

だから・・・というべきか

しかし・・・というべきか

自分がまだひらく花だと

思える時はそう思うがいい

すこしの気恥ずかしさに耐え

すこし無理をしてでも

淡い賑やかさのなかに

自分を遊ばせておくがいい

2008年8月 1日 (金)

時代おくれ

Img_0105 ふっと行ったこともない

シッキムやブータンの子らの

襟足の匂いが風に乗って漂ってくる

どてらのような民族衣装

陽なたくさい枯れ草の匂い

なにが起ころうと生き残れるのはあなたたち

まっとうとも思わずに

まっとうに生きているひとびとよ

「時代おくれ」 茨木のり子

2008年7月27日 (日)

三省の死

Img_0021_3 私たちの50代世代は案外簡単に鬱病になる。
一種の更年期なのだと思う。更年期という言葉は面白い。

「年」を「更」新するということだろうか。
もう一回生き方を更新しろという風にもとれる。
私も自分の生き方を更新したい。25年間やってきて、農の楽しさや農業問題にどっぷり漬かったが、今、目の前に大きな壁がある。
いつまでもGを言っている自分もいやだ。いつまでも有機農業や環境をわかったようにしゃべっている自分もいやだ。
わかったつもりの自分がいちばんイヤだ。なにもわかっていないのに。
ただ無駄に25年間農業に漬かっていただけなのに。

できるならば、生まれ変わって、まっさらになりたい。
今の私にはべっとりと手垢のように「俗」がこびりついている。名誉心、功名心、体面・・・そして屈折した自我。Img_0023_2

かつての軽トラで入植地を求めて放浪した時のような初々しい感性に戻りたい。
有機の畑を初めて見た時のような震えるような感動を呼び起こしたい。
エレクトリックギターを初めて持った時のようなドキドキ感が、今こそ欲しい。ニールヤングや大江健三郎を知った時の心。
山尾三省の詩の朗読会を、農場の夕暮れに聴いた時を思い起こしたい。彼の詩を読む声を思い出したい。

今、私の中で薄れていき、弱まり、消えていこうとしているひりひりするような始原の皮膚感覚。
魂の深いおののき。どきどきする気持。
未来への尽きない願望。大きななにかの一部であることへの切望。
そして、苦難を楽天に変えるなにか。


空気のようなゼロに戻れるならと渇望する自分がいる。
ヨガもやりたいが、なにより旅に出たい。帰りの切符をポケットでまさぐるようなそれではなく、長い長い旅がしたい。


Img_0018 三省の最後の文章を読むと、彼が進行性癌に冒された時の混乱が書かれている。

そして彼は長男の太郎に詫びてすらいる。「貧乏でごめん。すまない」。そうか、三省にして「貧乏」に苦労したのだ。三省をある意味、導師のように考えて自分がいた。

しかし、違った。三省は悩み、生きる確証を得るためにとぼとぼと途を歩むひとりの旅人だったのだ。


彼の末期に、この地の帰農仲間が集まって、暗い畑の隅で車座になり「気」を集めた。
この世から去りゆく三省の魂が安らかにと。そして彼の魂は、私たちが生きる限り続くと信じて、祈った。

彼がこの世を去った時刻に、皆なにかを感じたという。そういうことはあるのだ。彼の魂魄が地上を離れて、天へと駆け登っていくその時に。

写真は、凍土から出る芽。そして農場の冬の夜明け。

2008年7月17日 (木)

土の道

 Img_0006                                 土の道

土の道を歩いてみなさい

そこには どっしりと深い 安心があります

畑の中の道でも

田んぼの中の道でも

森の道でも

海辺の道でも

土の道を歩いてみなさい

そこには いのちを甦えす 安心があります

畑の中の道でも

野原の道でも

島の道でも

アジア アフリカの道でも

土の道を じっくりと 歩いてみなさい

そこには 命が還る 大安心があります

山尾三省の遺作となった「祈り」より

2008年7月 2日 (水)

山尾三省を読み直す

 Img_0002_4                                              

 友人のひとりが帰農するという。来年から、今の職を辞して、本格的に農業の道に入るのだという。素晴らしいことだ。農の仲間が増える。拍手。

 歳は私より多少若い程度だ。お互いに50の中頃になってしまった。

 このあたりの年齢って難しいようだ。シルバーエイジ前夜、中年後期、人によっては青春の生き腐れ。

 世間では「男の更年期」などと呼ばれるそうである。なんかバッチイ語感だね(苦笑)。昔の同級生などに会うと、皆いいオジさんである。腹なんかデプっとなって、おいおいお前、カレー臭だぜ、と冷やかしあう。どこか皆、病んでいる。身体に自信がある奴のほうが珍しい。もう孫がいる奴もいる。いてもおかしくはないが、お前、もうオジイちゃんか。

  かてて加えて、オレをオジさんとは呼ぶな!なんて抵抗をして、精一杯ジーンズをはくが、惨めにもまったく似合わない。ジーンズのボタンの上にポンっと腹が乗り、これで球に乗りゃボリショイサーカスの熊だぜ。スーツのほうが様になっていそうだ。まぁ、気だけは若いのが救いか。エレクトリックギターも腹の上で弾くようだ。

 そろそろ定年の年頃で、大会社や銀行に勤めた奴は、オレ今年でお終いと嘆く。パルシステム流にいえば、セカンドステージを真剣に考えねばならない年代なのだ。私は皆にやたらと羨ましがられる。なにか勘違いしているんじゃないか、農業は農業でけっこう大変なんだぜ、と返す。

 しかし、時折考えてしまうことがある。既に、青年期にセカンドステージの生活に早々と入ってしまった私にとって、これからどんな人生があるのだろうか、と。

 1年くらい旅に出たい。ザックひとつを担いで、ガジュマルの大樹の下で寝むりたい。波照間島の西へ行ってみたい。ラサから東チベットをバスで行きたい。ダライ・ラマの法話を聴きたい。心静かな仏教者になりたい。屋久島の「聖老人」と名付けられた縄文杉に拝謁したい。やりたいことはまだ積み残しがありすぎる。

 山尾三省を再び読み始めた。『島の日々』。若い頃には解らなかったことが、しみ込んでくる。ただ、畑を耕すこと、ただ家畜に草をやること、水を汲むこと、淡々と土の上で生きること、それが希望なのだと、彼はいう。

                           

                           土を崇めよう                  Img_0013_2

 土に合掌しよう                

 土の上に生きよう

 土を価値とする新しい時代を準備しよう

 土に大事にされよう           

 土の上で静かに生きる術を学ぼう

                         「太陽と土と」 山尾三省

 写真・上は去年漬けた梅干しが食べられるようになりました。なかなかです。 下は石榴(ざくろ)の花。そろそろ実が膨らみ始めました。