農場から出ていく鶏、そして入ってきた雛 ありがとうございました、そして、ありがとうございます
昨日、わが農場の古い鶏を淘汰しました。だいたい生み出してから400日~450日でさようならをします。
通常の大手養鶏場では、生み出しから300日というところでしょうから、そうとうなオババ鶏になるまで飼っているわけです。
毎回のことですが、出さなければ、次が入らないのが道理なのですが、やはり移動コンテナに鶏を詰めていく作業は気が重いものです。彼女たちとは生れた時からの付き合いでしたからね。胸がふさがれるような気分です。
短い期間でしたが、彼女たちの生命力を開花させてきたという自負はあります。いや、むしろ短いが故に。彼女たちの命は重い。畑でホウレンソウを抜くのとはわけが違うのですから。
そう思ってはならないと思っても、自分の手にぬぐっても取れない血が付いていると思う時があります。だから、私たちは自分の稼業を因果だと思い、だから優しい人も多いのです。
昨日淘汰の加工をお願いした廃鶏屋さんのSさんの優しさは底抜けです。もはやそこいらの坊主などの域ではありません。引き取りに行った老鶏が、手をかけられていないと気がつくと、その飼い主を本気で怒ります。
「お前などに鶏を飼う資格はない。やめてしまえ!この鶏たちが毎日、自分の食っている餌の半分をお前のために生んでいることを知らないのか!」、と。
淘汰前日に餌を無駄だからと思って切ってしまう者もいるのですが、それを知った彼は、その場で無言で引き上げてしまったそうです。これから死に行く者に、最後の餌もやれない者には、根本的に生きものと関わる何かが欠落しているのです。彼はそれをその男に言いたかったのでしょう。
昨日も、私がお願いする鶏の前胃が膨れていることをさりげなくチェックして、納得して持っていって頂きました。そして彼の最高の褒め言葉をもらいました。
「あんたのとこの鶏は幸せだったね」
Sさんの働き者で愛嬌よしの奥さんが、昨年癌の大病を患い、それを必死に支えている毎日が続くそうです。彼は奥さんを救うために、全財産を投げ打つ覚悟です。私は、農場から去っていくSさんのトラックに、小さく礼をして合掌しました。
ありがとうございました、そして、ありがとうございます。
さて、去って行く鶏と 入れ換わるようにして、生れたばかりの雛が入ってきました。とうぶんの間は、子育てで神経が休まりません。まだ、この時期はいいのですが、これからの冬の入雛(にゅうすうと読みます)は、コタツ2ツを入れ、更にヒヨコ電球という温熱ランプをつけています。
徐々に温度を下げていって、だいたい2~3週間で完全に廃温となるわけですが、急激に下げてもダメ、かといっていつまでも加温していると弱い雛になるという塩梅を見ながらの毎日となります。
入って一週間は、夜と早朝の見回りが欠かせません。特に夜の見回りは、懐中電灯を持ってブルブル震えながら行くわけですが、部屋の外で耳をそばだてて静かなら一安心です。というのは、寒いとピヨピヨと寒さを訴える雛の声が止まないからです。
生まれたての雛を冷やしてしまったり、濡れさせたりすれば、たちどころに一晩で数十羽があっけなく死ぬ場合もあります。
なにが鳥飼をしていて嫌な一瞬かといえば、この、自分自身の不注意による死です。哀しさと悔しさで自分の頭をボカボカ殴りたくなります。
温かく、お腹も一杯ハッピーに眠っている雛は、まるでつきたてのボタモチを並べたようにペターっと静かに眠っています。温度計もありますが、なにより雛の状態をよく見て観察することです。
これを見て、人も安心して眠れるというわけです。昔から、苗半作、雛半作といって、強い苗や雛が出来れば、後はうまくいきます。だから、この一週間は眠い。フワ~。
最近のコメント