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2010年11月16日 (火)

TPP、心しよう、今度は本気だ。自由貿易圏構想の裏側

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民主党が自由貿易圏構想を言い始めたのはこれが最初ではありません。

元々民主党の昨年の選挙マニュフェストにはしっかりと、しかし姑息にも小さい活字で(笑)、おまけに農業の項目ではなく、「外交」の項目に「日米FTAの推進」と書かれてありました。

結局、そのときも農業界の大反対でうやむやになりました。当時は野党でしたからともかく、今はレッキとした政権党で、しかも首相自らがTPPだのEPAだのを言っているわけですから、これは本気であろうと思われます。

ある意味、「環太平洋」となっただけ、かつての日米FTAより規模が格段に大きな自由貿易圏構想に「成長」しています。

その意味、民主党政権はマニュフエストどおり誠実に実行していると言えないこともありません。ですから、農業団体のある種の本音である、「自分たち農家がこれだけ反対すれば、TPPもEPAもできるはずがない」という甘い幻想は捨てたほうが良いと思います。

民主党は自民党と違って、農民的体質も、農村に基盤を置くことも少ない政党です。むしろ都市型政党で、農水族も一握りにすぎません。

民主党政権がどこまで持つかははなはだ不透明ですが、一国の首相がEUの首脳と「交渉開始」を約束してしまった以上、これはもはや一国の国際公約とみなすべきです。

仮に民主党が政権を去ったとしも、外交公約は生き残るのです。国内公約は時の情勢次第ですか、国際公約は違います。普天間問題のようなもので、後継政権はそれに束縛されざるをえません。したがって、農業界が泣こうがわめこうが、この国家方針は形を変える事があっても継承され続けます。

むしろ自民党からすれば、内心苦い薬を民主党に呑んでもらってラッキーとほくそえんでいるのが本音ではないでしょうか。菅氏の並外れて軽いおつむが、このときばかりは自民党は頼もしく思えたことでしょう。

今後、自民が政権に復活してTPPを言い出しても、「それは民主党が言い出して決めたことだ。困ったものだ。しかし諸外国との関係上やらないわけにはいかない」とかなんとか言いながらやるのでしょうかね(ため息)。

菅首相は、このTPPがいかなる意味を持つのか、真の重みをまったく理解せずに自由貿易圏というパンドラの箱を開けてしまったのです。

ですから自民党に再び政権が移行しても、このTPP、EPA路線は形を変えて継承されます。もう不可逆です。そのことを私たち農業者は肝に銘じたほうがいい。

ではなぜ、この時期にということです。まぁ、APECで日本が議長国だったというのはあたりまえとして、その陰になにがあるのか、私は去年からずっと不思議に思ってきました。

米国の利害は農産物の大規模無規制輸出とミエミエですが、日本の利害が「輸入品が安くなる」ていどしか見えなかったのです。

答えのヒントはお燐の韓国にありました。韓国は実は去年の段階で、米韓FTAは14カ月間の交渉を経て、現在両国の国会で批准を待つばかりとなっていました。

米国のほうが、オバマ政権になったためもあり、一時足踏み状態だったそうですが、実は米国の方も一枚岩ではなく、全米自動車労組などの反対もあったそうです。

韓国は他にもEUなどと積極的にFTA交渉を持っています。それがわが国をいらだたせています。今回のAPECでも、G20をわざわざ本会議の前に強引に割り込ませてきて、TPPに対しての存在感をアピールすることに成功しました。

韓国政府が米韓FTAを締結に邁進したのは、自動車関税が原因でした。韓国のヒョンダイ(現代)自動車にとって米国市場は死活でした。そしてヒョンダイ自動車の死活は、韓国経済の死活と直結していたのです。だから、当時のノムヒョン政権は、農業部門が受ける大打撃を事前に承知していながら、締結に突き進んだのです。

米韓FTAにより、ヒョンダイ自動車は米国市場でかけられていた自動車関税をゼロにでき、一挙にシェアを伸ばす起爆剤にできると考えました。ただし、韓国農民を切り捨ててですが。

このようなFTAの動きは、ASEAN諸国と中国などの間にも見られます。このような競合する新興工業国と熾烈な市場競争をしている日本の輸出産業、ことに自動車産業にとっては、米国とのFTAは喉から手が出るほど欲しい協定だったのです。

民主党の日米FTAマニフェストの背後には、自動車産業と一体となった自動車総連があります。言うまでもなく、自動車総連は有力な民主党支持母体です。

そしてさらには、非自民・親民主の経団連内勢力であるキャノン、トヨタなどが自民党に見切りをつけたひとつの理由は、自民党の手ではいつまでたっても農業に足を取られて、自由貿易圏構想が始まらないと考えたからです。

このようにして、労働界と財界への供物に日本農業は供せられようとしています。

2010年11月15日 (月)

TPPやEPA 彌縫策とバラマキででどうかなる時代は終わった

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「青空」様がおしゃっるように、確かにTPPやEUとのEPA(経済連携協定)は日本農業の致命傷になる可能性があります。

特にEUとのEPAは乳製品、豚肉などに大打撃を与えると思います。畜産でかろうじて生き残る可能性があるのは、ブランド和牛と牛乳、効率化が極限まで進んだ養鶏くらいではないかと思ったりもします。

既に韓国がEUとのFTA交渉で自由化対象からはずしたのは、米、大豆、にんにくなど42品目であることに対して、日本は米を筆頭に、乳製品、豚肉などに及ぶ720品目を自由化対象からはずしてきました。

EUは、既に日本の自動車、医療器具の安全規格を厳しすぎると批判し、これを非関税障壁だと主張しています。米国もかねがね日本のBSE基準を緩和しろと言い続けています。

まことに自分勝手、得手勝手な言い分で、これが立場が逆だったら、「自国民の健康の保護は当該政府の崇高な使命である」くらいのことは平気でたまうことでしょう。

欧州人のよく言ってやれば交渉上手、ハッキリ言ってエゴイズムを荘重な言葉で美化する手口は、歴史的に戦争ばかりしてきた欧州人特有のもので今に始まったことではありません。見上げたイヤな奴です。

そのしたたかなEUを相手に、なにを考えたのか、「EPA交渉を来春の首脳会談をめどに開始したい」などと管首相がファンロンパイ大統領に口走ってしまうのですから、嗚呼と天を仰ぎたくなります。

実は私は、一国民としてはTPPもEPAもやむをえざるものが来たと思っています。おっと、同業者の皆さん、モノを投げないで下さい!

これだけ大規模な環太平洋経済圏が出来て、それに日本が参加をできないとなると、日本の経済は絶望的になることは明らかです。そんなことは分かりきったことなので、今更私があえて述べるほどのことではありません。

ただ、一農業者として言うなら順番が逆だろうと思います。

民主党は未だ日本農業がどのようにあるべきかを提示していません。日本農業の現状をどのように変えていくのか、そのイメージをまったく議論しようとはしてきませんでした。これこそが問題なのです。

民主党政権は、「日本農業をこうしたい。だからこのような農政をする。そしてTPPに耐える農業を作る」という議論を素通りして、「生活が第一」という小沢流政治で農業政策をしてしまったのです。

それは、当時の小泉改革の新自由主義の行き過ぎが、農民の「これ以上改革が進むのならば、わしら小規模兼業はお終いだ」という危機感を招き、それを読んだ小沢氏の伝統的自民党農政への回帰でした。

自民党農水族も既に2世、3世議員となり、地盤を農村に持ちながらも、日本のムラの泥臭さや、複雑な心情を肌でわからなくなってきていました。

4品目横断政策を自民党の石破大臣が提唱したときには、私は内心、必要な政策だが、たぶん農民の総スッカンを食うだろうなと思いました。案の定で、減反緩和策を含めて、選挙で自民党は手痛いシッペ返しを食うことになります。

わが村では、あの額賀福志郎氏が、名もない新人の村長に敗北するというジャイアント・キリングをされてしまい、票を入れた当の村人がたまげたほどです。

民主党の農業政策は、篠原孝氏(現副大臣)が農水大臣となっていたら様相が変わった可能性がありますが、小沢氏の流れに乗った赤松氏がなったために、小沢流の「生活が第一」農政が始まりました。

つまり、あの悪名高き戸別農家所得補償政策です。

これについて私は、この政策の日本で最初の提唱者であった野党時代の篠原氏自らから直接に議員会館で長時間レクチャーしていただきました。

詳細は別の機会に譲りますが、氏がモデルとして描いていたドイツ型の所得保障方式による農業支援策と、現実に民主党政権下で実施された戸別補償政策はまったく別物でした。

なぜでしょうか?そう、ドイツと日本の農民数が違うのです。日本は戸別補償を受け取る農民数(専業も含む)が極めて多いのです。ここが篠原氏の提唱する戸別補償制度が、農業強化に向けての政策誘導とならずに、単なるカンフル剤的バラ撒きに終わった最大の原因でした。

現実に村でどのようなことになったのでしょうか?2010年度はまず米作農家からということで、1hで15万円が支給されました。これでは多少の補償にはなっても食えません。

しかし他人に貸すよりましです。水田の年貢、つまりは借地料はわずか1hで数万円にしかなりません。そこが整備されているか、浅いか、深いか、谷津か平野かでも違いますが、たぶん10㌃あたり数千円がいいところでしょう。

ならば、数万円もらうより、戸別補償金を15万もらって、捨て作りをしたほうがましということになります。

結果どうなったのか。私の地域で大型稲作に挑もうとしていたやる気のある農業者が立て続けに、田んぼを返してくれと言われ始めました。今年の収穫まではなんとかなっても、来期の交渉はたいへんだ、3分の2になりかねないと、20hの水田にチャレンジしている仲間はこぼします。

では貸す土地所有者側も農家戸別補償を必ずしも欲しいのかといえば、そうでもないのです。この制度を利用するには煩雑な事務手続きの山と格闘せねばなりません。その上、いったんやってしまえば、今度は将来宅地に転用しようと考えてもほぼ不可能です。

ですから、いつまでも村役場には「戸別所得保障政策の参加農家募集」のポスターが虚しく貼られ続けていることになります。

このような水田を貸す側も借りる側も中途半端なことになったのは、ひとえに「農民」という名の第2種兼業農家、村の農水課の美的表現を使えば「自給的農家」の数が、本業の専業農家数より上回るという日本独特の現象があるからです。

財源難で、限られた枠でしか戸別補償が支給できない、しかし、それを受け取る農家数は極端に多い、これでは薄く広くというまさにバラ撒きになることは必然でした。

農民は要するに、かつての自民党農政の復活を望んでいるだけです。旧自民党農政の改革派であった石破農政を嫌ったのは、民主党戸別農家所得補償金をほしかったというより、今までのやり方が否定されて底無しの奈落に転落するようで怖かったのです。

民主党政権はこの1年間、まったく農業において積極的議論を構築する努力を怠りました。その上事業仕分けとやらの政治ショーで農業関係をバサバサ切りまくりました。小沢元幹事長は、仇敵の野中氏が会長を務めるというだけで土地改良事業を半分にしてしまったほどです。

まぁ山田氏が口蹄疫でそれどころではなかったということは理解しています。たぶん村で一番理解しているのは、この私です笑)。

ならば、なんの議論もなく、空き缶のように軽い菅首相にTPP交渉開始などというアドバルーンを上げさせるべきではなかった。

反応はアレルギーのように襲ってきました。「日本農業新聞」、別名「日本農協新聞」は政党機関紙のように連日1面に大きな活字で「TPP阻止!」を叫んでいます。

もうこうなっては、まともな農政議論もへったくれもありません。

農業は伝家の宝刀の票田をかざして民主党農水族に圧力をかけています。山田、赤松、篠原各氏までもが、連日厳しい政権批判をする有り様です。農村部に地盤を持つ議員がTPP推進などと言ったら最後、次の選挙はありませんから。

民主党は親代々の地盤がないので、石破さんのような短期的に農村の反発を招いても平気というしぶとさがありません。もうパニック寸前で、わが選挙区の石津さんなども火消しに懸命です。

そう言えば、5年前にもコメの部分的開放に伴って5兆円もの税金が投入されました。なにに消えたのかと言えば、あの毒米のMA米、果ては農業と関係あるのかはなはだ疑わしい道路、公園といったハコものでした。

鹿野大臣は旧自民党農政の体現者みたいな部分もある人ですから、管首相も微妙な方針転換を計っているのかもしれません(いや、ないな・・・)。

となると出てくるのは、TPP対策費の名目での、農村をなだめる金のバラ撒きでしょう。そしてこれもわけの分からないままどこかに消えていくのです。

今ほんとうに必要なのは、金ではない、農政のイメージなのです。

民主党農政はどこがどうという以前に、まったくその議論をしてきませんでした。そして経済界に押し切られるようにしてTPPを開始する号砲を鳴らしてしまったのです。

いったん政権が打ち上げたTPPの号令は、もういくら農業界が反発しようと変わらないでしょう。時間の問題です。

順番が違います。まず日本農業をどうするのか、どうしたいのかの議論を早急に始めるべきです。彌縫策とバラマキででどうかなる時代はとうに終わったのですから。

■写真 わが家の上空を飛ぶYS11。国産初の旅客機です。

2010年6月 4日 (金)

赤松大臣、総辞職で逃げきる 次の農水大臣は農業を知っている人にしてほしい!

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鳩山内閣が潰れました。まぁ、予想された事態で、いまさらなんの驚きもありません。むしろ今まであれだけの失政を山ほど積み上げて辞めなかったほうがかえって驚きでした。

ただし、これも延命のための手段に過ぎず、小沢氏が表舞台から消えただけで、党内に150名もの「オザワ・ユーゲント」を抱え込んでいる権力構造が不変な以上、本質的変化はないと思われます。

農業に関しては、4月1日から農家戸別所得保障政策が、モデル事業として米作のみに取り入れられました。これは地域によって実施時期や事前説明にバラつきがあるために、農業者もまだよく全体像を理解していないようです。

所得補償を見込んでの米の買い叩きがそここで発生して農家を悩ませています。仲買が補助金を見込んで、その分を買い叩くわけです。米価は下がり続ける一方、前年度米の大量在庫という異常事態が生じています。

果たして今年の新米時期にどうなっているのか、この農家戸別補償政策を見る上で興味深いところです。というのは、今年は冷夏予想で、農家は冷夏による作柄不良を予想しています。通常なら供給量不足で価格は上昇するのですが、これと所得補償政策がどのように絡んで影響を及ぼすのか、過剰米対策が明らかになっていないので、私にも予測ができません。

一方、この農家戸別所得補償政策に5618億円も注ぎ込んだために、土地改良予算を前年度比63.1%も大幅カットするということをしました。土地改良事業の全国の会長が野中広務氏であったためです。自民が作った事業は潰し、自分になびく予算はお手盛りするという典型的な利益誘導型の予算配分でした。あまりにもオザワ的なオザワ政治です。

複数年の土地改良事業による基盤整備が中途で廃止されてしまったために、村でも途中のまま放棄される事業がポツポツ現れだしました。なびくものには金をバラまき、なびかぬ者の予算はたとえ複数年度であろうと中途でぶった切るという民主党の政策スタイルは農村に目に見えない亀裂を作り出しました。

JA茨城ですら、あれほどのJAいじめに合いながら、望月副大臣の選挙区であることを理由に、政権党の鼻息をうかがって民主党支持するありさまです。

あ、そうそう民主党はJAを解体するのが方針です。理由はJAが自民党の集票マシーンだった時期があるということと、民主党の持つ新自由主義的考えがあるからです。独占禁止法にからめて攻撃していますが、この政権が4年続けば、JAも郵便局のようなことに追い込まれるでしょうね。

つまり、民主党の農業政策は、選挙の利害関係だけはやたら鮮明に見えるのですが、では何をしたいのかとなるととんとビジョンが見えてきません。戸別補償にしても、だから金バラまいてどうしたいのか、子供手当ての農業バージョンを作ってもっと農業をひ弱にしたいのでしょうか、減反を緩めるのは私も賛成ですが、それとどう関わって来るのか、自民党農政に替わる全体像が何なのかさっぱり見えません。

第一、本来それを議論して政策に練り込んでいくべき党の農水政策研究会が、小沢氏による「政策は政府だけが考えればいい」という一元化政策により消滅してしまったために、脳死状態となってしまいました。無役の議員がやる仕事は国会での汚い野次だけとなり、最近これはあんまりだということで復活したようですが、肝心な政権のほうがガタガタでは今更どうしようもありません。

そんなこんなで、民主党の農政はズブの素人が政権中枢に陣取り、知見をもつ例えば篠原孝議員などにまったく出番がないという体たらくとなりました。それに加えて「政治主導」とやらで官僚というツールを使わないものですから、官僚はだらけきり、かくて口蹄疫事件のような口蹄疫確認から丸々1カ月遅れて対策が出るという想像を絶する事態が生まれました。

とまぁ、私は民主党農政を見るとき、とてもじゃないがまともな政権運営がなされているとは思えません。赤松さんウンヌンではなく、彼のような強権的な素人大臣でも勤まってしまう、口蹄疫の真っ最中にカリブ海にゴルフをしに行っても誰も止めない体制を考え直したほうがいいでしょう。

次の大臣が誰かは分かりませんが(たぶん山田さんかな?)、ゼイタクは言いませんから農業を何も知らない人に大臣をやらすのだけはやめていただきたいものです。農民やパンデミックの被災地が迷惑します。

■ 写真、海に見えるかもしれませんが霞ヶ浦です。沖の養殖網を見に行っています。

■ 追記 私の関わる有機農業支援予算も5年間予算が2年度目で事業仕分けされてしまい、今年度はまったく予算ゼロで活動することになりました。前年度で作った新規就農者支援施設もドンガラだけで、それを活用する予算が突如消滅したために途方に暮れています。

少なくとも、民主党が有機農業や環境保全型農畜産を支援していく気がないことだけはよく分かりました。

2010年5月16日 (日)

赤松広隆農水大臣の最初の仕事のスゴサ

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コメントにいくつかお答えしなければならないのですが まずは赤松さんからいきますか。 この赤松広隆氏の人物的な特徴は、コワモテなような気がします。なんてんだろう、強権的なんですよ。上から権力ずくで押さえつけてくる感じとでも言うのでしょうか。

秋田県と彼は大いにトラぶってるんです。佐竹知事をして「皆さん、選挙というものがいかに怖いかお分かりになりましたね」とまで言わしめたほどです。佐竹知事は温厚な殿様タイプ(実際にその末裔ですか)お人柄で、いかに赤松大臣に腹を据えかねたかがわかります。

ことの起こりは去年まだ民主党がブイブイ言わせている得意絶頂期の11月26日のことでした。赤松さんは、民主党の金看板だった農家所得補償政策の突破口に、場所もあろうに大潟村を選んだのです。

大潟村はオランダをモデルにし、ヤンセン教授を迎えて作られた1万3千町歩もの巨大な農地です。この村民も募集で集められました。日本にこんな「村」、ありません。

この村は、減反を遵守するか、それを無視と決め込むかでまっぷたつに別れて、ケンケンガクガクの争いをしました。いわゆる「村の共同性が効かないのです。だから単純に経済的な利害だけで村を二分する闘争をしてしまいます。

今は大潟村も第2世代が主人ですから、多少は変わったのかもしれませんが、こなれていない「村」でした。普通の村はよくも悪しくも、誰それの分家がどうしただの、嫁がどこに行っただの、十重二十重の人間関係によって支えられています。いくら否定しようとそれが村の数千年のあり方なのです。

しかしここに、こんな巨大面積を持つ、しかも大規模農法をする「村」ともいえない村が現れて、その半分が減反拒否をしたのですから周りの地域は穏やかではないでしょうね。

たしかに減反という政策に私も疑問をもっています。しかし、私が大規模コメ作り農家だったとしても、それを頭から無視することはないでしょう。なぜかといえば、私が仮に、そうですね10町歩やっていたとして、36%の減反が掛かりますから、その分を米粉にするか、麦やソバ、大豆、飼料用米などに転換せねばなりません。

そりゃやりたくはないですよ。米は米で売りたいもの。しかし、仲間のコメ農家も20町歩やっていますが、やはり減反は泣く泣くやっています。米粉も泣きながらやっています(売れないけど)。というのは、拒否すれば、地域の中で拒否した分が他の農家仲間に割り振られるだけだからです。それは仁義に反する。今風に言えば、コンプライアンス違反ってもんでしょうが。

秋田県では大潟村の減反拒否分があまりに巨大であったために、県全体で拒否派の減反分を肩代わりしました。してもらった減反拒否派は別にありがたがるわけでもなく、「悪いのは減反を押しつける国だ。オレらじゃない」とシカとしている。こりゃもめるよ。リクツはそうかもしれないが、人の情を逆撫でしてますもん。

赤松さんは現地の秋田県と事前の話し合いもしないで、こんなややっこしい地域に凱旋将軍よろしく意気揚々と乗り込んだのだと思ってくだされ。そしていきなり謝罪をかましました。
「大潟村は国の政策に翻弄されて苦労してきた。国の責任だ」。そしてペコリ。

一見カッコイイでしょう。気分としては薬剤エイズ事件の管直人氏気取りだったのかもしれません。けれど、なんのことはない「国で謝罪する」といっても、単なる自民党農政のダメ出しですから、謝っても痛くもかゆくもありません。

しかし、謝罪する方向がおかしかったので、現地で怒りが爆発しました。彼は減反反対派にだけに誤ってしまったのです。せめて減反受容派も含めて全部の村民に謝罪したのなら筋はそれなりに通ったものを。

くりかえしますが、減反なんて好きでやっている奴はいないのです。イヤダと横車を押す奴がいるので、しかたがなく泣き泣きそいつの分も減反をして苦しんでいるわけです。それなのに、減反拒否派だけに謝罪をしたら、受容派、つまりは尻ぬぐいをして一番苦労してきた人たちは「正直者が馬鹿をみる」となって当然でしょう。

戦争中にガダルカナルやインパールに行って死ぬ目に合いながらも帰国してみたら、大臣が逃亡兵にだけ謝罪しているのを見るようなものです。

大潟村がある県南地域は、県内の他地域との減反調整や、果ては新潟県と他県の減反調整でいつも頭を下げてきていたのですから。こんな複雑な事情を知ってか知らずか、いや絶対に知らないで、その火元の大潟村に来て、大臣の肩書で拒否派にすまんこってとブチかましたわけです。私はそうとうにルーピーだと思うぞ。

ルーピーが出たところでやや横道にそれますが、沖縄の普天間問題にどこか似ています。辺野古の3地区の住民や、岸本元市長や島袋前市長などの名護の行政は延々とこの移設の重荷を背負ってしんどい交渉をしてきたわけです。地方行政は国家の専管事項である安全保障政策には介入できないし、国から泣きつかれ、県もよろしくと頭を下げられて泣く泣く受容してみたら、いきなり民主党政権になってちゃぶ台返しをやられてしまいました。あげく、こぼれたオカズを拾い集めて、これはどうだ、あれはまだ食えそうだなどと言う始末です。

まるで受容した人たちの重さ、苦しさを分かろうとしていないのです。ですから当然、このような国家政策にまつわる複雑な人間模様の苦渋など見えるはずもない。

そう、まるで坊やです。しかも大勝利した後の凱旋将軍気取りの坊やです。「民主党の意志こそが国民の意志だ」。彼らはそう言いました。つまりは「オレの言うことが正義だ」とでもいうことですか。この場合の赤松さんもまさにそうでした。

その後の赤松大臣の暴走はむしろ勢いがついていきます。12月8日の大臣会見では、「減反ペナルティを遵守するなら新潟県を農家所得保障制度からはずす」という驚天動地の発言をします。

更に12月12日には「減反面積に差をつけざるをえない」とまで言い出す始末です。ここまで来ると、もはや権力の濫用という気さえします。自分の党の煮詰まっていない政策を、自分でもよく分からないまま、いちばん矛盾がしこっている村に持ち込んで、片方だけを持ち上げたあげく、減反を肩代わりしてきた農家を加害者呼ばわりし、事態に驚いた新潟県知事にまで恫喝をかけたのですから。いやはや、なんとも。

「くおらぁ、俺らは選挙で大勝利してた民主党様だ。逆らったら所得補償はねぇかんな!」。赤松さんいい歳して、あんた、マンガの中学校番長か、朝青竜かって。

かくて、赤松大臣は大潟村の減反受容派のみならず、佐竹県知事や農民までをくまなく敵に回してしまったようなのです。
農家所得保障制度をやりたいにしても、やり方があったものを。しかし、パチンコ業界には精通していても、農民のことなどいままでこれっぽっちも関心がなっかった赤松大臣には、支持率を背景にして国家権力をバックにしてすごめば自分の意志が通ると思っていたようです。

いままで権力に縁がなかった人のある種のタイプが陥りやすい、権力大好き症候群とでもいうんでしょうか。

まずは全国の農村を精力的に歩き回って、農民の声を聞いて、語って、飲んで、バカを言い合ってからでも遅くはないはずでした。

それをいきなり強権発動からとは、恐れ入ります。赤松大臣とはこのような人なのです。今回、宮崎県に行かなかったのは偶然ではなく、彼は「現地」の生々しい農民の声がイヤなのです。東京で「政治」をやっていたいのです。
せいぜいが県庁で、自民党の地元議員を恫喝するていどの小さい器の人、それが赤松広隆氏なのです。

■写真 棕櫚です。こうして日差しにかざすときれいですね。

■コメン様。ありがとうございます。大潟村は秋田県です。訂正いたしました。このところ地名でまちがえぱなし。(汗)

2010年4月 9日 (金)

有機農業支援・また一からの旅の開始 第1回 有機農業推進法ができるまで

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気が抜けてしまいました。いえね、有機農業支援予算を取らないと決まったら、なんかがっくりきました。財政的にどーたらということではなく、また一からこの長い道のりを出直しかといった気分です。

先日書店で見るともなく「アエラ」なんぞをペラペラはぐっていたらあの有機農業界の宿敵、レンポー女史が人物ルポで載っているのに出くわしました。思わず、カーペっと唾でも吐いてやろうかと思ったのですが、まだ買ってなかった。

斜め読みしたら、彼女もあの宗教裁判長をしたときには、拒食症になったそうな。まぁあの有機農業支援予算の時には眼もうつろ、肌はカサカサだったもんな。それなりにすさまじい重圧だったんでしょう。

ちっとも同情しないけど。だって目も虚ろな奴に切られたくはない。切られて血を流したのはこちらだ。

このチョウチン記事には彼女のおかげで涙を呑んだ人たちのことは一行も出てきません。「有機農業」の「ゆ」の字もなし。新聞にもスパコンばかりで、有機農業支援が切られたなんてちっとも報道されなかったので、彼女の脳裏からも完全に消えているのでしょうかね。というよりも、彼女にとって有機農業はおろか、農業の知識や思いのひとかけらもなかったと思います。加害者は常にそんなもんです。

さて、この切られた予算の前提であった有機農業推進法を作り上げるまで大変な努力が注がれました。そもそも「エコ」の声は世間に満ち満ちているものの、現実に環境と農業の接点にいる有機農業に対しての支援は、今に至るまでまったくありませんでした。

このような遅れた現状ではまずいと、国にしっかりとした有機農業に対する指針をつくらせるべきだとして、有機農業者や学識経験者、有機流通団体、そして少数の議員がが立ち上がりました。

しかし悲劇的なことには、国に有機農業の支援を要求していく運動の過程で、大きな内部亀裂が生まれました。それはおおざっぱに言って、個人の小規模営農をする農家と、それなりの規模をもった法人経営、あるいはJAの有機部会などとの体質の差に起因します。

長い間、在野で活動をすることを余儀なくされた有機農業の世界は、仲間が横につながっていくことを苦手としている体質をもっていました。お恥ずかしい話ですが、同じ町の有機農家とも交流をしたことがないというのも珍しくなかったのです。実を言うと今でもわが地域はそうです。率直に言って、私たちの有機農業界は他の農業分野よりも「つながる」、「拡がる」という点で大きくたち遅れていたのです。

この分裂を抱えながら、2004年に国会の全会一致で有機農業推進法の制定をみます。奇跡のような成立でした。しかし案件の狭間で、与野党の審議もないままに通過したというのが実態でした。

この法律は問題点を多数持って生まれました。まず、5年間という時限立法であり、また、地方自治体に推進法の成立を求めるという内容だったために、具体性を大きく欠いた議員立法だったからです。

具体的な予算措置もなく、具体的な行政のアクション・プログラムもない、総論賛成的な法律だったのです。そのために現実には、各地の有機農業者が、こんどは各自治体を相手に具体的な支援法を作れという要請行動をせねばならないという二重底のような構造になっていたのでした。

つまるところ、実体的内容は各地の有機農業者が自分で作れと、国から投げ返されるという実に奇怪な支援法だったのです。今になって考えてみれば、こんな無責任な法律ってありでしょうかね?

(続く)

2010年4月 8日 (木)

有機農業支援新予算、取得せず!

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更新が滞って申し訳ありませんでした。
毎日雨が続き、春の農作業が思うに任せません。村じゅういらいらしているかんじです。ともかく、掘らねばならないにんじんなどがあっても、かんじんの畑にはいれないですから、イヤになります。

グチグチャになっているのはとりあえずガマンするとして、弱るのは日照不足でした。困った天候というのは数ありますが、日照りは灌水をすればしのげますし、台風はそもそも人為的抵抗の方法がないのだから、はなからあきらめです。

弱るのはだらだら続く長雨です。これは露地作物にはてきめんで、根腐れ病などの細菌系の病気が蔓延したりします。長雨で作物が日照不足で弱っているところに、土壌も水を排水しきれずにいます。そこへ翌朝の快晴と高温が来ると、グワッと病気が出たりします。

まぁ今日はなんとかいい天気のようで、今度はいきなり20℃などというバカな高温にならないでほとほどにしてほしいもんです。しかし、天気は思うようにならないんだな、これが。

さて昨日は、茨城大学の中島紀一先生にもお越し頂いて有機農業新予算の対応を有機農業推進協議会で議論しました。結論から言いますと、新予算はやめんべぇということになりました。

旧予算と真逆な新予算に対応するのは不可能です。産地で産出額を出すのも現実的には不可能ですし、それをたかだか年間数百万円で増大できるほど状況は簡単ではありません。

新規就農者の当該エリアでの就農義務にしかり、消費者交流の売り上げ効果判定にしかり、そもそもソフト事業予算に数字での報告義務を課すこと自体が非常識です。こんな予算を取ってしまったら、数字報告が出来ずに四苦八苦してしまうことでしょう。

もっとしっかりとした地域での有機農業の根っこを張るところからやらないと、いまさら焦って新予算対応の収益向上事業などやっても意味がありません。形としては取得せずですが、気分は限りなく「新予算、拒否!」ですね。

旧予算の廃止に際しましては、多くの方々のご支援を頂戴いたしました。改めて感謝いたします。
しかし
このようなわけで、なめがた有機農業推進協議会は、新予算を取得せずに、協議会の枠組みを保持したまま独自の歩みをすることとなりました。よろしく今後ともご支援頂きますようにお願いいたします。

■写真前回に続いて菜種の花です。こんどは素直にいじっておりません。

2010年4月 3日 (土)

何にも使えない有機農業支援新予算 

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新有機農業支援予算、とるべきか、とらざるべきかでこの毎日うなっています。そうとうにきついというのが実感です。

わが国で最初に誕生した旧予算「有機農業モデルタウン事業」はそれなりによくできた予算でした。しかし、あえなく5年間継続の予算がわずか2年目で、かの悪逆非道の事業仕け人ども(←犯人はあのレンポーと枝野だよ)によって潰されてしまいました。

しかし、なんとかガンバッて形だけは再生しましたんで後はよろしく、みたいな内容です。前に一度ご報告したことがありました。
旧ログ 新有機農業支援予算 費用対効果で有機農業が計れるのか?」http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-e5e8.html

この有機農業支援新予算は、名称を「産地収益力向上支援事業のうち有機農業推進」といいますが、なんか名前からしてして変に長いでしょう。そう、これは「産地収益力向上支援事業」という既存の別枠事業に、コケてしまった有機農業モデルタウン事業を無理やり押し込んだ結果の苦肉の策なのです。

もともと産地収益力向上なんじゃら予算には、有機農業なんて分野なんかなかったのです。ところが、有機農業向け予算が、バッサリやられたので急遽、既存の枠組みに突っ込んだだけです。ですから、旧予算、つまり有機農業モデルタウン事業にあった理念の部分が完全に欠落しています。

では費用対効果というこの新予算の概念に有機農業が乗れるのでしょうか。農業を評価するパラメータを費用に対しての効果とした場合、当然この新予算のように産出額、つまり生産量となります。

ならばお聞きしたい、私たち有機農業は単純に「産出額」というものさしだけで計れるようなしろものなのですか?

実はこのエコノミーか、エコロジーかという問題は、古典的なテーマでした。農業は、自分の生産基盤の土や水を一代で収奪してしまうわけではなく、次代に更に豊かにして手渡さねばならない義務があります。さもないと縮小再生産になるからです。

農家は一代で終わる仕事ではありません。アメリカのようにこの土地がダメになったから別の土地に行こうなんてできるはずもありません。だから、自分の世代に自分の土と水を痛めないようにと思って生きています。

ですから、農業がエコロジーを考えて農業をするのは当然で、この何十年かの化学肥料と農薬に頼りきった農業のあり方のほうが異常だったのです。有機農業というとなにか特殊な資材を使ったりすると思われている人もいますが,そうではなくごくあたりまえの農業に戻していこうとするありかたでした。

つまりエコノミーを続けるためには、エコロジーが必要ですし、逆にエコノミーなきエコロジーでは農業が趣味の菜園と同じになってしまいます。互いに互いを条件にしている関係で、二者択一的なものではないのです。

今回の新予算は、エコノミーとエコロジーを二項対立させて見ているようです。ですから、エコノミーの部分のみに焦点をあてて、その「産出額の増大」だけを指標にしています。まったく有機農業を根本的に理解していないとしか言いようがありません。

具体的にみていくと、農水省が新予算が採択の前提としている「地域協議会のエリアの生産額」ひとつにしても、JA一本で米の単作というわけでもない私たちに、簡単に出せる数値ではありません。しかも、品目と単価まで出せ、というに至っては現実の産地というものをまるで知らない官僚の作文です。

はっきり言って、わが行方地域は40数名もの有機農業者、5団体ものグループがおり、それぞれが50品目近い作物を両手の数ほどの取引先と、これまたそれぞれに応じた価格で販売している行方地域の「地域産出額」とやらなど出すことは不可能に近いと言っていいでしょう。

仮にそれを出せたとして、産出額を5年後に5%増し(*必ずしも5%にはこだわらないともいう)にしろなどとは空論もはなはだしい。私たちの地域はたぶん産出額が地域のトータルで10億円規模あります。それをこんな年間400万円規模のチャチな予算で、年間5%増しの5千万円伸ばせと・・・ご冗談もほどほどに。

ほかにも、人材育成も隣町に新規就農してはダメで、協議会エリアに限るだとか、協議会メンバーには人件費コストを支出しないとか、食育活動の生き物観察などは販売効果を見るとか、もう話にもなりません。エコノミーとエコロジーが一体化して出来ている有機農業を、エコノミーだけで裁断するとこうなるという見本のような予算です。

説明会に出席した各地の有機農業推進協議会とも話を交わしましたが、皆ボーゼン、アゼン、怒る元気もなしの様子でした。こんな何に使ったらいいのかわからない、というより何にも使えない有機農業支援新予算、どうしたものでしょうか?

で、よしんばこの新予算を取得(採択というそうですが)しても、次の年末の事業仕分けに引っかかって廃止の可能性もあるとか・・・もうあきれ果ててしまいました。

いままで一度もお国のごやっかいになったことのないわれわれ有機農業者だ。初めからなかったと思えばいいさ。それにしても、何よりもだめな農水省、何をしてもだめな民主党。

■写真 わが家のキッチンの窓辺です。ほんとうはゴタゴタしていていますが、こうして見るときれいですなぁ。

2010年3月24日 (水)

新有機農業支援予算 費用対効果で有機農業が計れるのか?

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昨日、さいたま新都心に、関東農政局の新有機農業支援法の説明会に行ってきました。いや、すごいすね、5年ほど前にも来たことがありましたが、また一段と磨きがかかった未来都市。
もはや「ブレードランナー」の世界。夕方5時まで延長した会議の後、自分の農場に帰り着いて、なんかもう後1年は都会に行きとうないわ。

さて、新有機農業支援法ですが、予想どおりに予想よりひどいです。

説明会は関東農政局の担当者により始まったのですが、肝心な新予算を作った本省(←というらしいです。古典的荘重な音色だね)の担当は来ておらず、それでまずムムっ。

だってそうでしょう。あれだけ全国各地の有機農業推進協議会を引っ張りまわして煮え湯を飲ませたんです。「すいません」の挨拶のひとことくらいあってもいいものだと思いませんか。確かに悪いのは、無知蒙昧粗暴野卑の民主党仕分け人どもですが、私たちは国と予算採択の契約をしたんであって、民主党とじゃないわけです。

まぁいいか、ドウドウと自分をなだめながら聞いていると、しきりと関東農政局の担当者が言うには、「私にはわからないことばかりで、これが決定ではないですので、あくまでも農水省のHPを見て頂いて」、あるいは、「そのご意見を上に伝えます」。
おいおい、なら、説明会なんかやるんじゃないよ。静岡や山梨からの遠方からも来ているんだから、やるならきちんと説明できる奴を連れてこいつうんだ、と胸の中で毒づきました。

それはさておき肝心な内容ですが、これまたなんともかとも。
農水省の担当は、財務省の下回りと化した民主党の仕分けグループに切られて、あせったわけです。ひさしぶりにいい予算案作ったと思ったんでしょうね。
農水省や文科省のトレンドの「モデルタウン」という柔軟性のある新機軸なら、いままで支援政策を組みにくかった有機農業支援ができる、と。

まぁ実際そのとおりで、有機農業のような「ハコモノなんぞ俺らちっとも欲しくない」と公然と言ってのけるような分野には、むしろ「地域の農業の新たな展開の核としての有機農業を作って下さい」なんて予算でおだててやったほうがいいのです(苦笑)。

ところが、これが浪速の金貸し顔負けの財務省の癇に触ったのですな。あいつらときたら、費用対効果と数字が命です。つまり「「算定基準の数値化」、「拡大目標の設定」、「生産拡大したことの数字による報告」の3点セットがないと、メシ食った気がしないという人種なんですな。今回の新予算はまさにこれらが前面に出てきました。

新有機農業支援予算は、まず「地域の成果目標」が前提とされました。ですから、推進協議会のある市町村の有機農業の平成21年度1年間の産出額の提出が必須とされます。
おいおい、簡単に言うなよ。JAで一元管理している有機農業の産地なんかないぜ。私たちの行方地域なんて法人あり、個人あり、出荷組合あり、どうやってこんな数字だしたらいいの・・・呆然とする私。

おまけに、今協議会に入っていない人、ないしは団体が後に加わってもそれは増加と認めないと。そんなこと言われたら、現状ですべての団体、個人が加入しているわけでもないわが地域は、算定基準なんか出るわけないじゃないですか。あるいは、協議会に入らなくてもいいから出荷の数字教えて、とでも頼むのかしら(苦笑)。

これを農政局から、「出せないと言うなら、そもそもこの予算はなかったことにしてくれ」とまで啖呵を切られては、さてさてどうしますかね。この冒頭の段階ではやばや私、どん引き。

それを仮にクリアしたとしても、次は生産拡大計画です。「産地収益力向上プログラム」ときたもんだ。人材育成、生産技術向上、販売企画力向上ウンヌンとメニューがあるんですが、これらすべて「当該地区の産出額増加に結びつく取り組み」という成果目標がついています。

ではたとえば人材育成を考えましょう。つまりは新規就農者支援のことのようです。新規就農者を受け入れるというのは、私たちも考えていましたが、問題は「当該地域の産出額向上につながる」か、です。

農水省は新規就農者や研修生の実態をぜんぜん把握していません。私個人でも、団体でもかなりの数の人と出会ってきました。実際の研修生は、さまざまです。ある者は都会から来て農地を買う金もない、ある人は実家が農家で有機農業の研修を受けて帰ったらやるんだと希望を燃やす、はたまた、ある者は偶然この土地で農地が見つかったのでここで就農できた、あるものは、別な土地で見つけた・・・。

それを農水省は、この土地で研修を受けさせたら、この土地で就農させろと言う、それでないと、地域の有機農業産出額のアップにならんからですと。

同様に、技術力向上も付帯条件が付いていて「事業主体に従事する者に対する謝金」はダメとなっています。事業主体とは協議会を指しますから、これでは私たちが構想した「有機農学校」のように、現役地元の有機農家自身が教える有機農業学校などは無理となります。

私たちの地域ようなさまざまな分野のプロの有機農家が揃った地域で、わざわざ他地域からの講師を招聘するしかないということになります。各地の週末農園にしても、クラインガルテンなどでもそうですが、現役農家が来てインストラクターをしたら謝礼を払うのは当然ではありませんか。ここでも現実無視。

そして販売企画力の向上。何度も書いてきましたが、私たちは農水省が言うような「マッチンイグフェア」なんか開いてもらわなくとも結構なのです。だって、30年間かけて、シコシコとしっかりとした販売チャンネルを作り上げてきましたから。今更、なにがマッチングフェアだか。もう一回現実無視。

今、有機農業に必要なことはその質の深化なのです。ただ「作る」、ただ「売る」、ただ「産出額を上げる」などという浅い次元はとうの昔に突き抜けています。産出額を上げたかったら、いい風景の村を作らねば、というのが今の私たちです。

農作物を作る中で私たちがどれだけ自然を豊かに出来たのか、どれだけ生物種が増えたのか、単なる生産基盤ではなくどのように畑が、川が、湖が、そしてそこに生きる私たちが住む村が変わっていったのか、そして都市の消費者や村の中で「いい関係」を作れるようになったのか、こんなことが数字で目標数値化し、結果報告できますか?

たとえばそうですね、私たちが企画している田んぼの生き物観察など、「産出額」という概念とはまったく交わらないでしょう。生物種が有機農法によって豊かになる、その中に農業があるのだということは生産性に直結しないでしょう。

またそこに来る都会の人たちが、その豊かな生き物田んぼ体験を通過することによって、消費額が伸びるのかと言われれば、そうともかぎりません。そうかもしれないし、そうでもないかもしれない。
なぜなら、これは近視眼的な「産出額向上」のためにやっているのではないのですから。販促活動ではないのですから。

私たちはもっと遠くを見ているんですから。゛

そもそも有機農法というのは生産性向上という単純な近代農業のパラメーターの外にあります。有機農業の複雑で多様なパラメーターを、単純に「産出額の向上」にだけ置くというのが、この新予算案の後退した哲学です。

さて、どうしますかね。困った。こんな新予算。それにしても民主党さん、罪作りなことをしてくれたね。

■写真 今日の水たまり。面白いので撮ってみました。

2010年1月20日 (水)

自分自身が権力であることを忘れた民主党は滅べ

014_2 2日間ばかり、書くのがイヤになってお休みをしていました。なんかなぁ・・・というある種の無力感みたいなものがあります。

というのは、ま、アレですよ、あの小沢疑獄事件というか、それによる民主党のとったリアクションの愚劣さです。

結論から言えば、私が見る限り民主党はダメです。政権維持というレベルではなく、たぶん分解消滅にまで行くのではないかと思われます。

まず、政権存亡という危機管理において最悪の選択をしました。小沢一郎の言うようになんのやましいことがないのなら、さっさと検察の事情聴取に応じればいい、ただそれだけのことだったはずです。それを「検察と戦う」だとか、小沢を擁護するのにことかいて、検察を新撰組や226事件の青年将校にたとえてみたり、果てはCIAがどーしたのとか、またぞろ去年で味をしめた「国策捜査論」の柳の下に二匹めの泥鰌を探すに至っては、もう頭を抱えるしかない体たらくです。

かつて西独のコール首相が自分に裏献金疑惑が出たとき、「ただちに調査委員会を作ってくれ。捜査には全面協力をする」という意味のことを発言し、現にそうしました。結果、裏献金は発見されましたが、被害は最小限度で済みました。

さっさと疑惑を晴らす調査委員会を立ち上げていればいいだけです。そう、たしかに調査委員会は作るそうです。ただし、自己検証のための小沢事件調査委員会ではなく、検察の情報リーク調査委員会である、と。あらあら、ハラホラ。

政権党が、自分の意に沿わない報道をなされると、その都度ブチ切れてその情報のソースを疑い、そして情報統制してやるといわんばかりの委員会を発足するとなると、これはどのような社会になりますか。
民主党内部で全体主義国家ゴッコをするのは勝手です。虫酸が走りますが、イチローユーゲントでも、イチロー真理教でも自由にお作りなさい。しかし、それが政権与党であり、国や社会を統制し得る308議席を有している政権与党が、自分たちの党に批判的だというだけで情報統制をする準備を始めたとなると、ことは冗談ではなくなります。

なぜなら、スペイン戦争のファシストと戦い、スターリニズムに背中を撃ち抜かれたPOUMの義勇兵だったジョージ・オーエルの「1984年」が描いた逆ユートピアが、全体主義社会が現実味を帯びてくるからです。

民主党は「権力」を甘く見すぎています。みずから自身が政権党であり、政権党が「検察と戦う」と言う重大な意味、政治的な信号にまったく気がつかず、そして、自らが不利な情報を統制してやるとまで発言してしまいます。まったくその意味の重大さに気がついていない。

自分が権力者であることにすら気がつかない権力者ほど、タチの悪い者はありません。事業仕分けの狂宴の時にもそう感じました。たぶん、この人たちは「権力」のほんとうの怖さを知らないので、それをオモチャにして遊んでいるのだ、と。
「権力」が使い方次第で、託した希望を一瞬にして断つものだということを。

仙谷行政刷新大臣、あなたはたしか東大全共闘でしたね。所属党派はフロント(社会主義学生戦線)。41年前、あなたは1969年1月19日の安田講堂にはいませんでした。あなたは、権力」の放水に腹をすかせ、骨まで凍えて、着火しない火炎ビンを投げんとして逮捕されていった学生たちの姿を覚えていますか?その後、ほとんどが他大学だった彼らが、長きにわたる公判と下獄を受けたことを。大部分がまともな就職などできなかったことを。

福島瑞穂少子化担当大臣、今回の事件で「説明責任があります」ていどでお茶を濁しているあなた自身社会党の活動家だったし、人権派弁護士でした。そして旦那は某党派とも関係のあるという噂のあるお方のはずです。

おふた方ともに、「権力」の不条理と戦うことを人生のテーマとした人間だったはずです。ところがそのあなたがたが「権力」そのものになってしまった。

そして私も、農村で生きる上で色眼鏡で見られるので大ぴらにこそしていませんが、17の歳に高校全共闘の首謀者として処分会議の常連となりました。以来十数年、逮捕歴すらあります。そして農業に志して、農村に飛び込み、百姓として25年間、私もまた、時間と生きる場が私を根っこから変えました。

しかし、17歳の時から私の中で変わらないものがあります。それは「権力」を相対視する眼をいつも自分の中に持つことです。
一生「権力」と無縁で生き抜くなどと言う気はいささかもありません。大なり小なり、50代の後半になれば、社会的責任という名の「権力」を背負うことになるからです。そうでなければそれはまた別の意味で、卑怯というものです。

しかし私は、自分の「権力」の保全のために、己の権力装置を使うという道を外れたことはしませんでした。強大な権力者の膝にすり寄ることもしないし、まして、それを守る為に、国民の情報を統制するなどという愚行はしない。

私はかつて、ある農業組織の代表責任者であった時に、自分の「権力」を取るか、あるいは、「組織」の保全を取るかを問われた事件にはからずも遭遇してしまったことがあります。
道はふたつしかありませんでした。自分の「権力」を守るためになりふりかまわず戦い、多くの人を巻き込んで傷つけるのか、または、自分にすべてを引き受けて「組織」を延命させるのか、でした。

結局、私は後者の道を選び、またただひとりの百姓に戻りました。それが決して潔くも、私が強いことでもない証拠に、私はそれからの日々を悔恨の念と共に暮らすはめになりました。

そんな私から小沢一郎という男を見ると、私のもっとも深い部分から嫌悪の苦い汁のようなものが込み上げてきます。
国民の血税をワタクシすることにより肥え太り、そして権力をワタクシするためには手段を選ばず、他人の党を乗っ取ってワタクシし、そしてひとたび権力を得れば己ひとりに権力を集中させるワタクシのシステムを作り上げ、それにひとたび司直の手が伸びれば、「組織」すべてをワタクシの道連れにして恬として恥じない。そんな男を私はためらわず悪霊と呼びます。

そして今やそのような悪霊に使えるようになった仙谷大臣や福島大臣を哀れみます。あなた方が「権力」と引き換えに失ったものはなんだったんでょうね。
仙谷さん、41年前のようにまた逃げるのですか。

■写真 なんだかわからないでしょう。ムクゲの種子です。

2010年1月15日 (金)

日本の農民より在日韓国人を向く赤松農水大臣

_edited1 われらが赤松広隆農水相の民団(在日大韓民国民団)の新年会での挨拶が伝わってきました。いつもは存在感の希薄な大臣ですが、こういうマニフェストにもない法案ともなると、がぜんファイト一発なご様子です。

「鄭進団長をはじめ民団のみなさまには昨年、特にお世話になりました。今農水大臣ですが、その前は選対委員長やってたもんですから、全国各地で、直接皆さん方、投票いただけませんが、いろんな形でご支援をいただいた。それが308議席、政権交代につながったと確信いたしております」

いや~、正直な方ですなぁ。大潟村で減反無視を繰り返してきた農民相手にいきなり謝っちゃった時もそう思いましたが、「去年の選挙で各種の多大な支援を民団からもらった」なんてことをほんとうに政府高官が言ってしまっていいのかしらん。欧米でこんなことを言えば、赤松さんの首はおろか、確実に首相の首も飛びますよ。だって、外国人政治勢力の手先だって言われかねないことですもんね。

赤松さんが懐かしの旧社会党の書記長だったというのは有名ですが、野党政治家の時分なら、在日韓国人の政治集団に物心双方の応援を受けようとどうしようと、とりあえずは、まぁねですが、政府高官となった今、大きな声で「私、赤松ヒロタカは、在日外国人勢力に支援をもらっております!」なんて恥ずかしげもなく大っぴらに言うこっちゃないでしょうが。
赤松さんあなた、旧社会党的ぬるま湯の常識に長く居すぎたね。

去年の選挙の折、目に余るような民団のなりふり構わない民主党選挙応援には、この私ですらいかがなものかと思っていました。「在日韓国人」という問題は根深い問題です。それを永久化することが良いことなどとは、私はまったく思いません。参政権付与は、単に解決を遅らせるだけだとすら思っています。
第一、そんなややっこしい屈折した歴史が絡む政治問題を、平気で選挙の票という党益に使うというセンス自体がバッカじゃなかろかです。

それをあっけらかんと「前回の選挙でのご支援ありあったんした!今後もよろしく、あなたがた在日韓国人が票になるように努力します!」とやっちゃうというがスゴイと言えばスゴイ。
赤松さん、あなたは日本の農民の気持ちはな~んもわかっちゃいないのは、大潟村減反謝罪事件の一件でよく分かりました。でも、これだけの在日韓国人への熱い気持ちを、わしら百姓にちっとは向けてくれてもバチは当たらんだろう(涙)。

さて赤松大臣はどんどんテンションが上がります。続きです。

そのときのみなさんの思いは政権交代ができれば、民主党中心の政権ができれば、必ずこの15年間、16年間取り組んできた地方参政権の問題が解決するんだ。その思いで、全国で私どもを応援していただいたんだと思っております。心から感謝申し上げます。
その意味で公約を守るのは政党として議員として当たり前のことですから、この政権のなかで鳩山総理の決意のもとで、あるいは小沢幹事長、民主党の与党の強い要請のもとでこの通常国会、必ずこの法案を成立をさせ、皆さん方の期待に応えていきたいと思います」

おや、「公約を守るのは当たり前のこと」と来ましたか。おいおい、赤松さん、いつ外国人参政権を政権公約に入れていたんでしたっけ?たしかマニフェストには一行もなかったですぜ。民主党内部ですら反対が多くてまとめきれず、だから今回議員立法ではなく、「天の声」のお導きの下に、党議拘束が効く政府提出立法としたんじゃありませんでしたっけ。
だいたいが゛外国人参政権がマニフェスト落ちしたのは、国民の反感を買いたくないからと分かっていたから、マニフェスト落ちしたんでしょうが。こんな選挙戦術というのもおこがましい、目先の選挙利害にまどわされて、なにが「マニフェスト選挙」ですか。

しかし、政権取っちまえばコッチのモンだということですか。大方のマニフェストは、実現不可能か、それでなければ議論すらされていないという惨憺たるありさまなのに、こんな裏法案を票が欲しいの一心でやろうという、そんな赤松さんたち民主党のさもしさが嫌いです。

赤松社会党書記長、いやさ赤松大臣、こんなくだらないことに力を注いでいるなら、さっさと自民党を凌ぐまっとうな農政をおやりなさい。在日韓国人のことをおもんばかる前に、私たち日本農民のほうをきちんと向き合いなさい。

減反がどれほどの農民の涙を吸ってきたのか、そして日本農業を歪めてきたのか、その心がわからないままに日本の農政をやってくれるなと言いたいのです。
そして、有機農業支援を切られたことを農水省の恥だと思いなさい。耕作放棄地対策事業を切られたことに痛みを感じなさい。農地改良事業の全国会長が自民党野中さんだからといって、半分にするような仕打ちにをした小沢さんに噛みつきなさい。

そして、そのような恥べき手練手管でひねり出した金でようやくバラまけた農家所得補償制度を、農水大臣として間違っても誇りになど思わないように。

■写真 農場の水たまりの氷。もう連日氷点下4度です。

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