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2019年2月23日 (土)

真に県民に問われていることは、「普天間飛行場を移設することに賛成か、反対か」です

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県民投票が明日に迫っています。既に投票された方もおられるでしょうが、投票に行くことを強くお勧めします。 

県民投票の性格が移設反対派の政治的パーフォーマンスであるために、投票を拒否する方もいるでしょうが、ちょっと待って下さい。 

棄権という行為は、デニー県政によって「反対」と見なされるからです。

デニー県政は「棄権」や「どちらでもない」といったあいまいな答え方をすれば、必ず都合よく 解釈します。 

棄権は「どちらでもない」と同等に使われます。

たとえば「賛成とどちらでもないを合わせれば〇〇%だ。これでデニー県政の移転反対路線は信任された」という具合にです。 

もしあなたがデニー知事の移設反対路線がおかしいと思われたのなら、ためらわず「賛成」に入れて下さい。 

移設先が辺野古であることは、とりあえず関係ありません。 

今、あなたに問われているのは「移設に賛成か反対か」であって、その方法論や移転先ではないからです。 

そもそも、県民投票自体がデニー県政が仕掛けた巧妙な「罠」です。 

本来、県民の「民意」を問うと言うのならば、「普天間飛行場の移設に賛成ですか、反対ですか」を問うのが順番です。

移設問題の発端は、住宅地の真ん中にある普天間飛行場を移転するということから始まっています。

ならば、これを移転することが最優先課題であって、県民の安全な生活を保証するのが県の責務のはずです。それに反対するのは筋が通りません。

これではまるで、普天間飛行場にそのまま居てくれというのと同じです。

だから地元の宜野湾市は県民投票に非協力的だったのです。

この普天間飛行場の危険性を問わずに、どうして移設先の賛成、反対を問うのでしょう?

移設に反対してしまったら、普天間飛行場が半永久的に今のまま固定化されるのはあたりまえではありませんか。

これをデニー県政の詐術といわずして、いったいなにを詐術と呼ぶのか。

繰り返します。

今問われているのは移設先ではありません。そのようにデニー県政は設問をすり替えていますが、あなたの心の中て読み替えて下さい。

真に県民に問われていることは、「普天間飛行場を移設することに賛成か、反対か」です。

答えはひとつしかないはずです。

2019年2月18日 (月)

県は県民投票をするならば、正しい情報を与えるべきです

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県民投票の期日前投票がはじまったようです。さぞかし今週はにぎやかになることでしょう。 

ところで住民投票と言っても、実は3種類あります。 

まず1番目に、国会が特定の自治体に適用する特別法を制定しようとする場合、憲第95条によって「(その自治体の)住民の投票で過半数の同意を得なければ、国会は制定することができない」とされている場合です。 

2番目は、議会の解散、首長のリコールに市町村有権者の3分の1の署名が集まった場合、地方自治法で住民投票で賛否を問わねばなりません。 

以上ふたつの住民投票には、法的拘束力があり、結果に従わねばなりません。 

では今回の普天間飛行場の移転に関する県民投票は、この前二者の範疇なのでしょうか。 

いいえ違います。沖縄県民投票には、法的拘束力はありません。 

今回の沖縄県の県民投票は県条例に基づくもので、それに対して総務省は「結果に従う義務を定めた法律は存在せず、法的拘束力はない」と説明しているようです。 

「法的拘束力」について押えておきましょう。

「法的拘束力は国会または行政の処分・運用、裁判所判決・決定、民事上の合意、国家間の合意について、正式な法律慣習法を含む)上の効果が義務となるかどうかを評価するときに使用される概念」
法的拘束力 - Wikipedia

なぜ、法的拘束力という概念が住民投票で大事なのかといえば、それはこのような理由です。

「個々の概念に於いて法的拘束力の及ぶ範囲は確立されており、その範囲を曖昧にすることはあらゆる分野に混乱をもたらすことになる」(前掲)

従う義務があるかないのかを明らかにしないで、住民投票をした場合、結果について誰がどのように責任をとるのかわからなくなります。

たぶん、県はこのへんをあいまいにしたまま、投票結果に国が従う義務があるかの如き主張をすると思われますが、そのようなものはありません。 

今回の場合、法的拘束力がないと所轄官庁である総務省が言明する以上、国はその結果がいかなるものであれ従う義務はありません。 

実際に既にあらかじめ菅官房長官は、「県民投票の結果には縛られない」と明言しています。 

それはそうでしょう。県と反対派 はありとあらゆる因縁をつけていますが、軟弱地盤であろうとなかろうと、予定外のコストがかさもうとかさむまいと、パイルを大幅に増やして地盤づくりをしてでも工事は継続するはずです。

それは国はこの問題で、もう一歩も引けないからです。 

移設問題は元来基地縮小政策の副産物にすぎません。

たかだかという言い方をすると語弊がありますが、安保の核心的テーマでもないものを、闘争目標に飢えていた左翼陣営が抜きさしならないイデオロギー対立にまでエスカレートさせてしまったものです。

したがって、好むと好むと好まざるとにかかわらず、もはや沖縄県だけの問題ではないのです。

ここで国が安易な譲歩をすれば、国家の安全保障政策に直接響いてくる悪しき前例となりかねません。 

仮にここで国が県の言うがままに移転を白紙化した場合、今後、地元自治体の意向こそが最上位にくることになります。

結果、国内では防衛関係施設の建設や新型機の配置に支障がでることになります。 

もちろん県民投票の結果を「尊重する」と政府は言うでしょうが、それは「聞き置いた」という意味以上でも以下でもありません。

では県は、どれだけ丁寧にこの県民投票の意味や、移設に関する情報を県民に与えてきたのでしょうか。

投票の怖さは、その時の空気に支配されることです。それでも間接投票は政党を選ぶことで、その振り幅をなくそうとしています。

政党内にはさまざまな意見がありますから、政党内の議論の積み上げの中で極端な意見はふるい落されて通らないからです。

しかし、直接投票はそうはいきません。感情がそのまま現れてしまいます。

たとえば英国は本音を言えば、ブレグジットの国民投票をせねばよかったとホゾかんでいるはずです。

これほどまでに難問が待ち構えているとは、国民投票を決めた当のキャメロンはもちろん、ブレグジットに一票を入れた人も含めて、誰も予想しなかったからです。

ですから直接投票は、間接投票というセーフティネットがないぶんだけ、一般の選挙より慎重に事柄を説明したうえで、その意味と限界をわかりやすく説くべきなのです。

県民投票はまるで「民意」が国の方針を変えられるような幻想をもたせるような言い方に終始しています。

だとすれば、まったく罪作りなことです。 

さて、この県民投票がただの「アンケート」ならば、県は県民投票条例を執行する中立的役割を果たすために、客観的な情報を与えるのが大前提です。 

Aad1569137537ad5a3d7e85eb856909ehttps://ryukyushimpo.jp/news/entry-872699.html

今年2月7日夜、那覇市の沖縄タイムスホールで行われた沖縄県主催の「県民投票フォーラム」で講演とパネルディスカッションに参加した小川和久氏は、このように述べています。

「そこで、相も変わらず続いている「情報格差」を目の当たりにしたのです。(略)
沖縄県における「情報格差」は東京との「距離」の面と「イデオロギー」の面から生じているように感じました。(略)
「イデオロギーが関わってくると客観的な議論が不可能なほど、バイアスがかかることになります。
さらに、人間には同じ考え方の者だけが群れる性質があり、自分たちの耳に心地よい話、都合のよい情報だけを共有し、固まる傾向が生まれます。
そこで沖縄の基地問題ですが、ここで述べてきたような「情報格差」の結果、県内の議論が問題解決を遅らせているように思われてなりません」
(小川和久(『NEWSを疑え!』第747号2019年2月14日号)
 

これは私が常々感じていることです。沖縄は一定の価値判断が入った情報だけが報じられ、それにそぐわない情報は意識的に切り捨てられます。 

たとえば、私がなんどとなく書いてきましたが、普天間基地の移設こそが、本来問われるべきことの最初に来なければなりません。 

そのうえで、移設する先が県外にあるのかないのか、その理由を客観的に教えねばなりません。 

小川氏は名指しこそしていませんが、同席した前泊博盛氏の言動に驚いたようです。 

前泊氏は、沖縄において軍事分野の有識者と目されている人で、よく地元紙に登場しますが、このパネルディスカッションでもあいかわらず周回遅れのことを言っています。

「長崎県佐世保を拠点とする強襲揚陸艦を沖縄に回航して海兵隊地上部隊を乗船させなければ、朝鮮半島での上陸作戦は不可能。それを考えると、海兵隊地上部隊の基地と演習場は佐世保に近い長崎県内に置くのが合理的で、飛行場も海上自衛隊大村基地や佐賀空港を使うべきだ」(小川前掲)

この長崎移設説は、本土の専門家の間ではとうに否定されて相手にされていませんが、沖縄ではあたかも軍事に精通した有識者の意見として奉られているようです。 

この前泊氏の謬見は、米軍の海兵隊の有事における動きを、不勉強なのかイデオロギーによるものか、恣意的に解釈していることから生じています。 

そもそも沖縄海兵隊は、速度がのろい強襲揚陸艦に乗って朝鮮半島に移動することはありえません。

民間機をチャーターした旅客機で直接に朝鮮半島の集合場所に飛びます。 

そんなことをしたら、有事で一国も早く朝鮮半島の現場に駆けつけねばならないにもかかわらず、一回長崎まで飛んで、更に強襲揚陸艦に乗り込み、それでトロトロと現場に向かうという手間暇をかけねばならなくなります。 

現実には、有事において沖縄海兵隊はこのように動きます。

「朝鮮半島有事に海兵隊が動く場合、沖縄の海兵隊地上部隊はCRAFのチャーター機で韓国に直行します。
そして、上陸作戦を行う場合は佐世保から釜山に直行した揚陸艦や米本国から合流してくる揚陸艦艇に乗船するのです。海兵隊地上部隊が、そのまま韓国駐留の米陸軍第2師団と合流して地上戦闘に投入される場合もあります」(小川前掲)

ここに登場するCRAFとは「民間予備航空隊のことで、アメリカ合衆国の予備軍事制度の一。有事において、民間航空会社の機材を活用し、 空輸兵力の一助となる」空輸力のことです。
民間予備航空隊 - Wikipedia 

あるいはオスプレイで直接にピンポイントで作戦現場に向かいます。そのために沖縄海兵隊には航空機部隊が付属しているのです。

したがって陸上部隊は短時間で航空基地に到着し、移動できねばなりません。

これが民主党政権時に出た徳之島案が、米国に拒否された理由です。

あくまでも駐屯地と航空基地はワンセットでなければならないと、海兵隊は任務を遂行できないのです。

小川氏はこう結んでいます。

「しかし、沖縄の有識者の無知と誤解に基づく説明を聞くと、沖縄県民は普天間基地の代替施設は沖縄県内ではなくてもよい、と信じ込んでしまうのです。
これでは、米軍基地問題の解決について地に足のついた議論はできません」(小川前掲)

まことにそのとおりです。

 

 

 

 

 

2019年2月 9日 (土)

山路敬介氏寄稿 県民投票・自民県連はなぜ大敗したのか 最終回

081

山路さんの最終回です。ありがとうございました。

                                   ~~~~~~~

      ■山路敬介氏寄稿 県民投票・自民県連はなぜ大敗したのか 最終回
                                                                                               山路敬介

 

■ 5市長たちの判断を「違法」とした謝花副知事の傲慢 

市議会の再議での否決をうけて、「県民投票」を行わない旨を最初に表明したのは下地宮古島市長でした。

その後に次々と他の市長たちの意思表示がつづきましたが、早々と謝花副市長による「事務処理を行う事は義務」で、それを成さない事は「違法である」との見解が出されています。 

その根拠は地方自治法177条には「議会で否決されても、経費を支出することができる」と規定されていることや、県条例による「再議に付すものとする」等々から、義務的な執行であると解釈すべきというものです。

これは私も一般論としてみれば、その通りと思います。

しかし、今回のケースはもっと詳細に分別して見るべきで、おそらく訴訟などの場では県の側に理がなかったろうと思います。

多くの県民やほとんどの国民が理解は、下地市長らの抵抗には法的裏づけはなく、2月24日県民投票の実施という条例に定められた日程を意識した「政治的賭け」に勝ったものであろう、との認識ではないでしょうか。

しかし、そうではありません。

他の市長たちの事は詳らかにわかりませんが、下地市長の考えは県が「技術的助言」から「勧告」にすすみ、「是正の要求」が出れば自治紛争処理委員会への申し立てを行う、という法的決着を念頭においた自信と決意をハッキリ持っていました。

■宮崎衆議院議員の勉強資料をプロパガンダにつかう沖タイ

そのようななか、1月12日の沖縄タイムスはまるでスクープででもあるかのように一面大半を用い、宮崎衆議院議員が勉強会で用いたレジュメのペーパーの事を大きく取り上げました。

見出しは「不参加判断の根拠か、自民国会議員が作成」とし、リードで「沖縄タイムスは1月12日までに~複数の資料を入手した」となっていて、私はびっくりして思わず卒倒しそうでした。

議員でも記者でも、自民党員ですらない私が持っているものと同じものだったからです。「さすが沖タイ!」、手をたたいて大爆笑でした。

このペーパーはたぶん12月20日頃には私の手元にあったと思うのですが、誰から頂いたものかも思い出せません。

一読して「裁判官はこのような判断はしないだろうな」という感じだったので、うっちゃっておいたのです。

下地市長がこれに目を通したかどうか定かではありませんが、この説を「不参加判断の根拠」としたという事はあり得ません。

しかしその後、このペーパーにあるような論理を否定する専門家の意見が連日多数二紙に載せられ、そこから5市長らの主張を退ける事に成功しているかのような紙面構成が続きました。

まさに「空を切っている」ような議論です。その多くは宮崎氏がポイントとした「義務費か否か」であり、義務費であれば当然に「執行する義務」があるというものでした。

沖縄二紙はじめ多くの方々はお忘れかもしれませんが、五市長は県条令の発効を重んじ、市の原案として市議会で「義務費」として議会にかけているのです。

執行されるときには「義務費」として計上されるのですから、これは当然です。また、条令そのものが違法であるとの判断をしているわけでもないのは、議会提案をしている事から言うまでもない事です。

しかし、市議会にて否決され、再議に付しても再び否決されます。それでも原案執行権を行使せねばならない事かどうかという判断は、やはり基本的には市長の裁量の範疇でしょう。

何でもかんでも県の決定に服さなければならないとすれば、これはもう機関委任事務時代に逆もどりであり、都道府県と普通地方公共団体の平等の原則に反します。

ですから、ここは法文との整合性と考え合わせると、「条令の内容による」と考えざるを得ないのです。

ちなみに、沖タイに県幹部の話として載っていましたが「出向者などの給与は義務費で、それが市長の判断で執行されないとなれば大問題だ」というもので、それはそうでしょう。

しかし、そういうケースでの裁量権が市長にあるとは考えられず、これは明確に違法でしょう。

たぶん最初の下地市長の会見を最初から最後まで聞いておれば分かったと思うのですが、市長は「諮問的住民投票だ」といい、「住民投票もいろいろある」という事を言いました。

訴訟をにらんでそれ以上の事を言わなかったのか、メディア嫌いなのかわかりませんが、聞かれもしない事は慎んでいたように思います。

法律や政令は、条例とは手続きや取扱のうえで明確な違いがあります。

住民投票の類型は「法律を根拠とするもの」と「法律に基づかないもの」と二つにわかれ、その種類も、法律に根拠がある「拘束的住民投票」と、法律を根拠としない住民の多数意見を知るためにする「諮問的住民投票」があります。

今回の住民投票はもちろん法律に基づかない「拘束的住民投票」であり、そこに至ってまで議会の反対を押し切って原案を執行すべき義務が市長に課せられるはずはありません。

まして、逆にそこまで市長の原案執行権を拡大解釈していいのか、という別の問題も生起します。

保守派を自任する天方弁護士は沖タイ紙で、「住民投票は民主主義や国民主権を補完する意味であり、市長の判断で止めるべきではない」としましたが、本末転倒でしょう。

憲法に明記されているように我が国は国民主権国家であり、その実行の多くは民主主義的な選挙で選ばれた首長であり各議員たちが担っているので住民投票は確かにそれらを補完する手段でしょうが、議員たちがする判断を覆す判断になり得るとは言えません。

でなかった県の「是正要求」

また、この騒動で一番私が注目していたのが、国の関与である「是正の要求」が出るか否かでした。

それまでの「助言」や「勧告」は県の判断で出せるのですが、「是正の要求」となると国のお墨付きとなるからです。

市の事務の処理が法令に違反していると認められるときや、著しく適正を欠き、かつ明らかに公益を害しているときは国は県を介して市に対し「是正の要求」を出すものとしています。

これはデニー知事が五市抜きでの県民投票を決断したことや、その後三択での論議が出てきたので、うやむやになった感じがありますが、結果的には出ていません。

総務省行政課の担当者は記者から県民投票の実施は市町村の義務かどうかを問われ、「地方自治法では『条例の定めるところによる』としている。それは最終的に条令の解釈の話であり、一般論としては答えられない」としています。

その後、大臣も「条例の内容による」と答えています。

そうなると、知事が1月12日に「来週にも是正の要求をする予定」とハッキリ二紙が報道した事や、謝花副知事が市長らのした事を傲慢にも「違法」と決めつけた事はどうなのか。まったく面白くない幕切れでした。

                                                                                                       了
                                              文責 山路 敬介

2019年2月 8日 (金)

山路敬介氏寄稿 県民投票・自民県連はなぜ大敗したのかその3

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山路氏寄稿の3回目です。

エルドリッヂ氏の県民投票に対する意見は下記などでみることができます。
http://ospreyfuanclub.hatenablog.com/entry/2018/12/02/144422

                                      ~~~~~

県民投票・自民県連はなぜ大敗したのかその3
                                                                                 山路敬介
 

■ ロバート・エルドリッヂ氏の県民投票賛成論について

エルドリッヂ氏は一貫して県民投票賛成派でした。

その前提として、辺野古移設にかわる与勝半島南海域の埋め立てを柱とした優れたプランを持っておられ、日・米・県・米軍ともにより良い方向に進む理想からのものだと思います。

また、朝日新聞紙上で「保守系の方々には県民投票実施に反対したりボイコットしたりする動きがありますが、政府の言う「唯一の解決策」である辺野古への移設に本当に賛成であれば、その立場から大いに参加すればいい」などとしています。

いずれにしろ県民投票が三択で行われる事は決定したので、現時点では氏の言うとおりではあります。ただ、今回の県民投票の話が煮詰まる相当以前からチャンネル桜などで「基地問題で「住民投票」を行なうべし」と強調されていたと思います。根っからの「県民投票派」と言って良いでしょう。

あるいは米国の立場であればエルドリッヂ氏が考えるように、沖縄県民も米軍の役割りを理解し、米軍が駐留する意義を沖縄県民が誇りを持って正しく知るべきでしょうし、米政府もそう強く望むはずです。

利便的な面でも与勝半島沖がベストなのでしょう。日本政府の広報のやり方や取り組み方に問題があるのも言うまでもありません。

そうでなければ安保関係だって正常なカタチで長続きしやしません。県民の合意だって、ないよりあった方がいいに決まっています。

ですので、エルドリッジ氏の考えは「間違い」とまでは言えませんが、理想論的な「べき論」にすぎません。

大変失礼ながら、理想と善意の感情から現実をからめとられた知識人や過度な民主主義愛好者が結果的に陥った「dupes」(二重奏)、こういう言葉が頭に浮かんで来てしまいます。

率直にいって、辺野古移設を廃案にした場合において、なぜ代わりに与勝半島沖に移設合意が出来ると考えられるのか? そこが不思議です。

現実問題として与勝半島であれ勝連半島であれ、辺野古移設が廃案になった場合の行先きには決してなりません。断言しますが、辺野古がダメになれば普天間の代替え施設は出来ません。

辺野古はベストではないにはしても、もともと米軍基地内であり、埋め立て海域も米軍使用域内です。

したがって他に立候補のあった土地よりも権利関係の整理もしやすく、住民に対する影響が最小限にとどめられる事から最終的となったのです。

例えエルドリッヂ氏がいうように「普天間は世界一危険な基地」という認識が間違ったものであり、意図して作り出されたものであろうとも、普天間移設は沖縄県の強い要望を起源としていて、その代替えとして日・米・県の合意事項になった事の重要性を軽くみるべきではありません。

エルドリッヂ氏は県民投票が移設反対派が全基地撤去=日米安保廃棄派の武器だということを忘れて いる

また、エルドリッヂ氏は、辺野古反対派の最強硬部分の最終目標は明確に「沖縄県からの米軍基地の全撤退」であり、今回の県民投票もその文脈上にある事を理解すべきです。

この目標のもとに彼らは復帰以来60年近くもかわらず運動を保ち続けているのです。この事は特別彼らが隠し立てしている事ではなく、少し彼らの中に分け入ってみれば分かるハズです。

彼らは沖縄返還のさい、「米軍基地付きの返還ならば、本土復帰はいらない」と方針転換した者たちの精神的末裔です。

驚くべき事に中共やソ連に与しようが、日本に復帰しようが、それすら問題ではなかったほどの妄念と執念を受け継いでいる人々が今でも核心を成しているのです。

そのうえで、「世界一危険な普天間基地」を共通認識に達せる事にはすでに成功していて、先の「取り消し訴訟」の確定判決にもなっています。

つまり「普天間の危険性の除去」は日本政府が全責任を負って必ず成し遂げなければならない重要課題となったのです。

逆に、だからこそ彼ら辺野古反対派の眼中から「普天間問題」が消えたのです。

辺野古移設さえ阻止出来れば、どれだけ時間がかかろうとも後でじっくり、しかし強烈に政府を締め上げ続けていけば良い事です。

これではいわば「宜野湾市民の切り捨て」ですが、以降は運動理論的に「第二行動」との位置付けとしているので、彼らの中に矛盾は全くありません。

その彼らもギリギリの判断をしていて、翁長前知事とは那覇軍港の移設と辺野古絶対阻止を取引し、今はすべて「辺野古阻止」だけを重大問題として全精力を傾注せざるを得ない事情もありました。

それだけに「辺野古阻止」は正念場とみています。

にもかかららず、「辺野古を止めて与勝半島沖に」などと言うのは実現性を全く見ない議論であり、もはや三周遅れです。

また、特に沖縄県に限った事ではなく、占領期以降、日本人全体的に国防意識や米軍駐留の意義などに対する意識は低いままです。

その面で日本は特殊な国で、軍を誇りとする米国や多くの立派な他国とは違うのです。自衛隊すら憲法に書き込む事が困難な情勢であり、先の「取り消し判決」でも米軍基地を指して「迷惑施設」との語を用いたほどです。

北朝鮮や中共の圧力が高まる中にあってすらも、この様です。

米国人(エ氏ではありません)はこのような日本人のメンタリティを笑うでしょうが、そうさせたのは米国の要請だったし米軍占領期に由来する事も確かなのです。

このような国民の感性は一朝一夕では変わるものではなく、ゆえに沖縄県民全体的なコンセンサスを待つ事など全く現実的ではありません。

国防は「国家の責任」としてあるのであり、沖縄県民の民意が不可欠なのではありません。

たとえ民主主義の昂進に役立たないにしても、原則に外れない限りこれまでの経緯や国家の機能と役割を軽んじるべきではありません。

                                                                                      (続く)







 

2019年2月 7日 (木)

山路敬介氏寄稿 県民投票・自民県連はなぜ大敗したのかその2

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山路氏の寄稿2回目です。

                                    ~~~~~~~~

              ■ 県民投票・自民県連はなぜ大敗したのかその2
                                                                                     山路敬介

■ 「辺野古反対派」の想定する票読み

主に反対派の関係者によると、共産党など辺野古反対派が想定する県民投票の数字の目論見は、投票率は50%以上、三択においてもそのうち80%の45万票内外が「反対」に票を投じる見込みとのことです。 

仮にそれを下回るとしても、デニー知事の知事選の得票数の36万票を確保できれば大勝利であり、県条例10条の2で定められた知事などに対する「結果の尊重義務」が生じる26万票程度は最低でも確実と見ているようです。 

「三択」になった事については、投票率を最大10%程度押し下げる事につながったとしても、50%を割り込む事はまずないだろうとの見立てです。 

義務的な選挙とは違い、意思表示をハッキリしたい人こそが足を運ぶのが県民投票の特徴で、「どちらでもない」は、投票者の意思表示の欲求を満たせないので、初めから投票には行かないだろう。 

そうであれば強い主張と展開するよりも、さながら投票率を上げるための運動を中心に訴えた方がイメージが良いという判断のようです。 

また、普天間を除外できた以上、実質的には「事実上の二択」なので賛成派の運動は浸透せず、そのような運動が仮に出来たとしても散発的にすぎない。 

ならば取りこぼしがないように、主として投票をうながす方向でアナウンスし、合わせて好印象を得られる運動に特化すべき。という事のようです。 

自民の議員さんらにも話を聞きましたが、三択に変更になった利を説くばかりで、特にここに書くような価値のある話は何もありませんでした。 

結果は概ね「移設反対派」の目論見に近いものになるのだろうと思います。 

 反対派の「県民投票のねらい」

反対派の「県民投票のねらい」にはいくつかあって、知事や県当局とは同床異夢である部分もあります。 

彼らはどうしても「辺野古阻止の為にはまず県論の集約をする必要がある」という発想をしてしまうのですが、その点は翁長県政当時から今の沖縄県も似たり寄ったりのようです。 

県当局もまだ共産党や武田真一郎成蹊大教授の法理論に未練があるような感じで、それはつまり「民意こそが最大の公益」と捉え、その点から「公益撤回は可能」とする考え方です。 

県民投票は「そのための準備」という側面がまずあります。しかし、時期を失しているうえにハードルも高く、説明は省きますがこれは無理筋です。 

次に「普天間の危険性の除去」と「辺野古移設」を人々の議論や意識のうえで分断するねらいです。 

ある県政与党県議は県条例の審議のころ、「普天間移設の是非とともにするのであれば、県民投票はしなくても良い」と明言していました。  

住民投票の本来的意義を考えれば、随分と無茶な意見ですが、これが本音です。 

先の取り消し訴訟の確定判決では「辺野古移設反対が民意だとしても、普天間移設の民意に反しているとは言えない」とされています。 

ですから反対運動側は、理論上「普天間基地の返還」と「辺野古移設の承認」の関連性を絶つ必要があります。

最高裁判決前までのように、「普天間基地の代替えを考えるのは国の責任だ」という理屈だけでは運動が持たなくなって来ているのです。

そこで考え出したのが、辺野古の可否一本での住民投票でした。

これが全県下で実行される事で、県議会の意思として普天間を条例案から除外でき、辺野古と普天間を分断できるというマジックです。

その意義は彼らの頭の中では絶大な価値があり、運動における政治的効果も期待できるというもののようです。

■   デニー知事の評価をめぐって 

少し話が少しそれるようですが、篠原章氏は12月18日の批評comのなかでこう述べています。

「これまでの玉城知事の言動や動静を見るかぎり、翁長前知事が強調してきた「被害者・沖縄」という視点が大幅に後退していることは明らかです。「琉球史」を背負いこんだ旧琉球国の長ではなく、」、「玉城知事による自治体行政の長としての「ふるまい」が相対的に(翁長前知事に比べて)ノーマルである現状は、和解に向けた1つのチャンスと捉えてよいだろう」

私もなにしろ翁長前知事の「魂の飢餓感」だの、「銃剣とブルトーザー」だのの時代錯誤的な過剰演出には辟易とし、時には本気で吐き気がしてしまったくらい嫌悪していたクチなので、デニー知事のプレーンさには好感さえ感じています。 

けれど、「和解に向けた機会が訪れている」という事はないです。万一それがあるとすれば、デニー知事二期目の退任直前の事になるんじゃないでしょうか。 

デニー知事はかつて民主党時代には「辺野古やむなし」の立場であった事もあり、熱心ではないにしろ沖縄防衛協会の顧問だった事もありました。 

翁長前知事と同じく日米同盟や安保体制にも理解があります。そもそも辺野古問題には、あまり関心がないほうだったと思います。

だからこそ、知事への締め付けの必要を生んでいます。 

デニー知事の従来のそうした認識からすれば、政府との着地点を模索するうえで共通の土台を形成する便利もあり得ますが、同時に辺野古最強硬反対派の疑念が付きまとう要因です。

そのデニー氏が翁長前知事の遺言様の鶴の一声によってダークホースとして躍り出、弔い合戦の風に乗って当選したのです。 

それは何もデニー知事の、早く言えば「実力」とか「適正」というものによる勝因ではありません。 

政治的な力を増大する目論見ゆえに「辺野古移設反対」を利用して日本政府と喧嘩し続ける事に利益を見出す共産党や社民党、それに連なる沖縄二紙などの強烈な影響力によってこそ生まれた知事なのです。 

そうした支援者から、デニー知事は政府に対して何か新しい発展的な提案が出来るような資格は最初から与えられていないし、それをする能力も、翁長氏のような自力や胆力も持ち合わせていません。出来るとすればせいぜい、水面下で政府に抜け穴を作ってやるくらいなものです。 

共産党や辺野古反対派の核心部分が考える事は常人には考えもつかないもので、自分たちがこしらえた知事にすらも首輪をしておかないと安心が行かないのです。 

かつての仲井眞元知事には「寝返った」として憎み続けてきたし、翁長前知事は少し目を離せば政府に寄ったような言論をした要注意人物でもありました。 

保守出身で県民に対してカリスマ性がある翁長氏などもちろん完全には信頼していなく、一面では「何をやるかわからない危険人物」という認識さえしていました。 

ですので、デニー知事や県当局を県民投票の「結果の尊重義務」で一応縛りつけるには、相当に重い意味と意義があり、また「踏み絵」としても機能させているのです。したがって、政府との一致した着地点の可能性は「さらに遠のいた」と言えるでしょう。

                                                                                           (続く)

2019年2月 6日 (水)

山路敬介氏寄稿 県民投票・自民県連はなぜ大敗したのかその1

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山路敬介氏から寄稿を賜りました。米朝会談について連載は、寄稿掲載終了後に再開いたします。

タイトル、小見出しは編者が施しました。 

                                             ~~~~~~~~

                        ■ 自民県連はなぜ大敗したのかその1
                                                                                 山路敬介

知事と地元紙の県民投票への異常な圧力

県民投票は三択案で決着をみました。 

例によって、今回の県民投票にむけた騒動にも二紙による誘導的な報道や偏向記事であふれかえりました。 

今回は特に世論のみならず、議員や首長らの意思決定過程においても強い影響力を与えている様子があらわになったと思います。 

その責任は何も二紙だけにあるわけではなく、デニー知事をはじめ二紙の報道姿勢に左右され続ける県内政治家たちにも同様にあって、そのようなドタバタの経過を暗澹たる気持ちで見ていました。 

例えば、デニー知事が一転して三択案の受け入れを「前向きに検討」と転換した翌日の紙面から、その直後の記事で、下地宮古島市長をはじめ五市長や自民党県議会までがそろって前向きで既に三択案で了承したかのような報道のされ方をされ、下地市長の動向に最も詳しい地元の宮古毎日新聞との論調の違いが際立ちました。 

また、年末26~27日の記事では「下地市長、年明け4日に再び回答を県に延期要請」なる主旨の報道がなされ、これにちょっとキレた市長が12月29日の記者会見で「結論はすでに出ており、延長したのは県の要請」と宮古毎日新聞一面で内幕を暴露しています。 

わけても「五市長は「違法」であるが、県には強制する手段がない」ゆえ、これを逆手にとった判断だったというような読者への理解のさせ方は特にひどいものです。 

そして、その間に例の元山某のハンストもどきのパフォーマンスがあり、その事が保守をふくめ県内政治家たちの方向転換を全体として促したような「作られたストーリー」になって行きました。 

事実はそうではなく、五市の県民投票不参加を危惧した支持者からの突き上げを食って公明が宜野湾市長や続くうるま市長の「可能条件」めいた言説にとびつき、そこから自民県連を二分する状況を生じさせた事が直接的な要因です。 

青山繫晴氏が言うように、五市長に業務に支障が出るほどの執拗な集中的非難が浴びせられていたのは事実でしょうが、それが直接的要因ではないです。 

島袋うるま市長の県市長会長としてのスタンドプレーがあり、照屋県連会長は県連内での否定的な声が大きかったのにもかかわらず「三択案」を受け入れてしました。 

いずれにしろ、県議会自民党が意思統一出来なくなり照屋会長の辞任騒動にまで発展してしまっては、市議会自民党も下地市長も照屋会長の要請をのんで矛を収める以外に選択肢がなくなったという事です。 

参院選や衆院補選も迫るなか、照屋会長の判断もやむを得ない面もあったと思いますが、辞任は当然です。 

県民投票条例11条二項の「客観的かつ中立的に情報の提供を行う」べきデニー知事においては当初からそのような心掛けはなく、それを民間で担保すべき二紙の動きも申すまでもありません。 

(関係者によれば、1月29日頃からようやく紙上において「対論的な紙面構成に変更される事になっている」という事のようですが) 

もとより「埋め立て権限」は国にあり、最高裁は「辺野古移設を普天間問題の解決の唯一の方法」と判示しています。 

もう結論は出ているのであり、埋め立ても始まっている現在において、県民投票など何の意味もありません。 

逆に条令は判例違反の気味があり、そこの矛盾をかろうじて支えているのが「撤回中」という状況だと言えます。 

ともあれ、懸案の軟弱地盤問題も地盤改良によって実現可能であり、あわせて変更申請の予定で方向性が出ています。 

経済的な手当ては別途に必須であるものの、言うまでもなくこの事によって「辺野古撤回の理由」とはならない事は明白となりました。 

くどいようですが、「県民投票」は無意味です。けれど、反対派核心部分や政治家たちにおいてだけは政治効果的な意味合いは大きいのです。 

それは一般県民から見えたり、また我々が常識的に考える価値判断とは別個に存在しています。 

それに付き合わされ、自ら縛られるために右往左往する沖縄県の姿は、まさに韓国の政治状況とかわるところがありません。 

いま振り返れば、デニー知事は当初「期日までに市長らの説得に最後まで全力を尽くす。それでも無理なら5市抜きで県民投票を行う」と決断をしていました。 

これは行政当局の秩序や議会の品位を重んじた、県民の長として誠に立派で毅然とした知事としての「あるべき姿」だったと思います。それも一夜にして沈んでしまいましたが。 

たかだか法律によらない諮問的県民投票であるにも関わらず、今回のような個別論的対応をしたツケは前例となり、沖縄県の今後において非常に高くつくでしょう。 

しかし、二紙に限らずこの論点から語られる事は皆無です。 

私的には特に、県民投票を「否」とした五市長に関する報道過程には我慢ならざるものがあります。 

それは、オスプレイの配備反対が辺野古反対に化ける過程、仲井眞知事を県民の裏切者に仕立て上げた過程にも似ていて、下地市長らを違法者・憲法違反者としてカタにはめ、報道はその偏りによって五市長への断罪的なおもむきを帯びていたからです。 

このあたりも少々論じたいと思いますので、ローカルな話題にて興味のない皆さまには恐縮ですが、我慢してお付き合い頂けますと有難く思います。

                                                                                              (続く)

 

2019年1月25日 (金)

県民投票3択で実施か?

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沖縄の県民投票で3選択で全自治体参加というニュースが流れていますが、3択は公明党県連案でしょうが、「どちらともいえない」を入れたことがミソですが、なんだかねぇという感じです。

これでは、移設についてはひとつ選択肢が増えただけで、かんじんの「普天間飛行場の移設はどのように考えるか」という大命題が問われないままとなります。

問題は、移設に賛成か反対かではなく、そういう聞き方では普天間飛行場の移設についての県民の「民意」が掬えないからダメなのです。

特に、地元の宜野湾市や辺野古地区の意志を聞かないで、県民投票に走った拙速さは強く批判されるべきです。

私はこの問題は、なんども言ってきているように、本来、県が介入する余地がないことだと思っています。

地方自治法で認められた県の役割は、わずかに環境アセスメントていどの幅のことです。

だからデニー知事は投入土砂の質が違うとか、サンゴ移植について遅らせるていどのほとんどイヤガラセに近いことしかできないでいます。

反対とは口で言っているだけで、承認拒否とか撤回というと大げさに聞こえますし、実際そのようなニュアンスでメディアは報じているのですが、間違いです。

このような承認拒否などは、あくまでも移設そのものの是非に対してではなく、工事に付帯する作業行程の瑕疵ていどのことを言っているにすぎません。

言い換えれば、大枠では移設は既に「決まったこと」であって、動かないのです。

それはこの移設が、ただの国の思いつきではなく、日本国とアメリカ合衆国政府との間で取り交わされた「合意」という条約に準じるもので規定されているからです。

その法的根拠は、安全保障条約と日米地位協定です。

国と国の間で結ばれた協定ないしは合意に対して、国内法は、憲法といえば干渉できません。

それは徴用工判決でも取り上げましたが、国際法がそう規定しているからです。

「●条約法に関するウィーン条約
第二十七条 国内法と条約の遵守
 当事国は、条約の不履行を正当化する根拠として自国の国内法を援用することができない。この規則は、第四十六条の規定の適用を妨げるものではない」

http://worldjpn.grips.ac.jp/documents/texts/mt/19690523.T1J.html

国内法は条約を超越できないということの国際法上の法源は、このウィーン条約第27条にあります。

それでもなおかつ、「ただの合意にすぎないからいいだろう」とか、協定と条約は違うなんてことを言い出さないで下さい。国際法はその逃げ道もあらかじめ塞いであります。

「●ウィーン条約第2-1
(a) 「条約」とは、国の間において文書の形式により締結され、国際法によつて規律される国際的な合意(単一の文書によるものであるか関連する二以上の文書によるものであるかを問わず、また、名称のいかんを問わない)をいう」

ですから、当然日韓請求権協定も、ついでにいえば普天間移設合意も、国内の都合で一方的に廃棄できないのです。

ましてや当該地元であるといってもひとつの地方自治体にすぎない沖縄県にはこの合意について、なにひとつ是非を言う権限はないのです。

ましてなんの法的拘束力がない県民投票においておや、です。

Plt1901230033p1https://www.sankei.com/politics/news/190123/plt190...

実はひとつだけ合意が撤回される可能性がなくもありません。

それは二国間合意における「要件充足性」が認められなくなった場合です。

それは政府自身が、辺野古移設を進めるという大前提が崩壊したと認めた場合で、この「要件充足性の喪失」がという理由が成立し、移設は白紙化されます。

平たく言えば、政府や米国が「やめた。こんなメンドーなこと。巨額の税金を投じて、そこまでイヤなら勝手にしたら」と言う場合です。 

この可能性も残されている、と私は思っています。

日本政府はなにがなんでも海を埋め立てたいからやっているのではなく、それは20年間にも及ぶ地元自治体の名護市、漁業関係者、建設業者との話あいの末に、すべての人に不満足だが、すべての関係者がそれしかないと断念したために生まれたものだからです。

政府はこの積み重ねと日米同盟の信頼性を傷つけないために、ハト氏のように無責任にチャブ台返しできないと思っている「だけ」のことです。

だから日本政府が、「そこまでおイヤなら止めますか」と思えば、移設は白紙化できないわけでもありません。

その可能性はコンマ以下ですが、ゼロではありません。

白紙化のためには、米国の合意を取り付け直さねばならなくなりますが、ユーザーである米軍は、内心白紙化されたらむしろ嬉しいでしょう。

米軍はいささかも困りません。これについては一貫して書いてきています。

エルドリッヂ氏が「普天間から移動したいマリーンはひとりもいない」と言っているのは、事実なのです。

普天間基地がななくなれば、安保体制に穴があくというのならともかく、普天間はあるのですから、いささかも困りません。むしろこのほうがラッキーくらいなものです。

関連記事「 移設反対派の「民意」が勝利した場合はどうなるだろうか?」
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-f37c.html

革新陣営の人達は、自分たちが作った「新基地」という宣伝に酔って、まるで辺野古移設が阻止されれは安保体制が大打撃を受けるように想像している節がありますが、ただの空想にすぎません。

PhotoNHK政治マガジン

ところで枝野氏はこんなことを言っています。

「アメリカ海兵隊の東アジアでのプレゼンスは現状では否定できないと思うが、プレゼンスを発揮するうえで、本当に沖縄に大規模な基地が必要なのかは甚だ疑問だ。しっかりと日米間で丁寧な交渉と検証をするべきだ」https://www.nhk.or.jp/politics/articles/statement/13197.html

この人はこれでも官房長官をしていたのでしょうか。なにが「大規模な基地」ですか、馬鹿も休み休みいえ。 

普天間飛行場よりも総面積ではるかに狭いうえに(辺野古は205ヘクタール、普天間は480ヘクタール)、内陸の普天間飛行場と違って台風の影響をもろに受けやすい海岸沿いです。 

この総面積の狭さは、有事において300機とも言われ来援機を収容できるスペースがないことを意味します。 

最大の難点は、肝心要の滑走路が普天間の2700mからはるかに短い1200m(前後にオーバーラン用300mが付属)と半分以下なことです。 

このために、C17のようて大型輸送機はもちろん、海兵隊のF/A18やKC130空中給油機さえも離発着できません。文字通りヘリとオスプレイ専用滑走路になってしまっています。

これは離発着の騒音とリスク防止のために市街地通過を許さなかった名護市の要望で無理なV字型設計になったことに原因があります。

海の埋め立てさえも、もともと陸上案を土木業者の反対で修正したからです。

つまりは地元のアチラの意見、コチラの要望を聞いていたら、船頭多くて舟、山に登ってまったというわけです。

デニー氏はこんなことを言っています。

「私たちは反米でも反基地でもない。私たちがあらがっているのは政府のやり方だ」と述べた」(産経1月23日)
https://www.sankei.com/politics/news/190123/plt1901230033-n1.html

まるで政府が一方的にゴリ押ししているような言い方ですが、この歴史的経過を知ってなおそう言うならば政府もたまったもんじゃないでしょう。

それはさておき、移設が白紙化されて傷つくのは日米同盟の信頼性ですが、軍事的には普天間基地が担保となっているので、その担保を使えばいいだけのことです。 

つまり、普天間飛行場をこのまま使い続けるという担保によって軍事的にはいささかも障害にはならないのです。 

この米国側に不利な内容を海兵隊が呑まされたのは、あくまで政治的理由があったからです。

「そのような辺野古案に米政府が合意した理由は、国防総省・国務省の当局者によると、「地元が受け入れに同意していた2006年当時は、中国に対して日米同盟が安定的に維持されているのを示すことを最優先し、辺野古案が作戦所要を満たさないことについては海兵隊側に我慢してもらった」からである」
(GAO(米国議会政府監査院)報告書, 小川和久, 西恭之訳・解説, アジア太平洋の米海兵隊再編, 静岡県立大学グローバル地域センター, 2017, p. A-9『NEWSを疑え!』第742号(2019年1月24日号)

ですから、移設反対という左派のスローガンは、皮肉にも米軍の要望にもっともよく沿っていることになります。 

うがった言い方をすれば、基地反対派にとっての最良の「解決」パターンは、移設を阻止することで政府に打撃を与え、なおかつ普天間飛行場ゲート前で永久的に反対運動ができることだからです。

したがって移設が県民投票の「民意」に従って首尾よく阻止された場合、普天間飛行場は、とうぜんのことながら半永久的に固定化となります。 

もう大方の県民の皆さんは、普天間飛行場の危険除去=辺野古移設反対が成り立たないことに気がついているはずです。 

デニー氏は選挙期間中に、その解決方法はあるなんて言っていましたが、おありなら今をおいてそれを出すチャンスはありませんから、もったいぶらずにさっさとお出し下さい。

この両者は、一方を選べば一方が成り立たないという関係です。移設に反対すれば普天間飛行場が残る、ただそれ「だけ」のことです。

「だけ」といっても、このまま宜野湾市民だけに負担をかけ続けてよいのかと、私は思います。

地元地区も同意しており、より安全の確保された僻地に移動することがそんなにイヤなら、宜野湾がずっとそのリスクを背負っていてかまわないということと一緒になりはしませんか。

それを隠して、移設の是非だけを問うという県民投票は、本来問われなければならない普天間飛行場の移設を問わないという意味で、無意味、かつ欺瞞そのものです。

2019年1月19日 (土)

宜野湾市にハンスト男登場

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なにやら大げさなことになっていますな、とうとうハンスト男までが現れたとか。 

しかも、 SEALDs残党というのですから、おいおいです。きみら解散したんじゃなかったの。 

そんなにハンストやりたきゃ、自分のうちで静かにやりなさい。他人様の土地でやんなさんな、節度を持ちなさ.い。 

宜野湾市という本島で最も基地公害を真正面から受けている自治体の庭に、こともあろうに宜野湾市に抗議するために無断でテントを張るというセンスが理解できません。

ここはあんたらの土地ではないのですよ。悪い前例になりますから、宜野湾市長さん、後からきっちりとこのハンスト男に土地使用料を請求してくださいな。

5d0337ef2987e556468c428edd7d0db7ハンスト男とウーマンラッシュアワー村本氏 類は友を呼ぶとか。顔も雰囲気もそっくり。

あんたら基地反対なんでしょう。それがいちばんの基地の被害者に抗議してどうするの、と思わないんでしょうか。 

宜野湾市が県民投票とやらに参加していないのは、自治体の勝手。

自治体に県民投票の予算措置を依頼した以上、その配分は自治体の主権に関わることで、県は依頼した以上とやかく口をはさめません。 

それを不参加となると、いきなり「行政指導する」と口走ってみたり、強権的なことです。 

そもそも「県民の意見を聞く」ていどのことが目的ならば、強制的に意見を言わせるという県民投票の理念自体がおかしいのです。

この県民投票に法的拘束力があって、選挙権を行使するのが義務だというならともかく、任意の行政の意見聴取ていどのことに、どうして参加の義務でもあるようなことをいうのでしょうか。

住民は既に、国政や各自治体選挙で間接民主主義に参加し、意見を述べています。

それをまた法的拘束力のない直接投票を上に乗せるようなまねを、屋上屋を架すというのです。

またもや憲法学者がしゃしゃり出て不参加は憲法違反だなんて言っていますが、県民投票自体が間接民主主義を否定する憲法違反の疑いがあるのです。

民主主義は意見を自由に開陳できると同時に、発言を強制的されない制度のことでもあるのですから間違わないで下さい。

そもそもこんな政治ショーにする必要などありません。 

一番簡単な方法は、今、基地被害を受けている当該自治体である宜野湾市と、その候補地となっている当該地域である辺野古地区が、共に住民投票を実施して意見を聞けばそれでオシマイです。

いかなる答えがでるかわかりませんが、当該地域の意見を聞いてから、それをたたき台にして、県全体で議論しようというなら筋が立っています。

しかし、今回の移設反対運動に欠けているのは、「当該地域の意見を聞く」というもっとも初めしておかねばならないことだから、始末に悪いのです。

ですから、「被害が深刻な宜野湾から基地を撤去するためにはどうしたらいいのか」という大命題にまったく触れないままに、ハンタイハンタイと叫んでいます。

宜野湾市からのリスクの撤去を問わない県民投票など、まったく県民の生活の安全とは無関係なイデオロギー闘争です。

肝心の自分の地域の安全を問わないから宜野湾市議会は不参加を決めたのであって、このどこに問題があるのでしょうか。

それに「抗議」してハンストでイヤがらせをしてやろうという逆立ちした神経が、私には理解を超えます。

宜野湾だけではありません。デニー氏は隣の浦添の那覇軍港移設計画すらどーでもいいと言い始めています。
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-a76d.html

「沖縄県の玉城(たまき)デニー知事は16日、同県浦添市の松本哲治市長と県庁で会談し、那覇市の米軍那覇港湾施設(那覇軍港)を浦添市の米軍牧港補給地区沿岸に移設するための埋め立て計画について、経済波及効果など将来性を考慮すれば自然破壊はやむを得ないことなど3項目を確認した。
 玉城、松本両氏はこのほか、新たな施設は「新基地」ではなく「代替施設」であることも確認。那覇軍港の浦添移設が「県内移設」ではなく「那覇港湾区域内の移動」であることでも一致した」(産経1月16日)

https://www.sankei.com/politics/news/190116/plt1901160022-n1.html

やれやれ二枚舌なことよ。ジュゴンがどーした、サンゴがどーしたと、宜野湾市民よりジュゴンのほうが大事な口ぶりだったのに、浦添の海にはサンゴがないとでも言うのでしょうか。

はたまた那覇第2滑走滑走路用地には、美しい海がないのでしょうか?

浦添市の移設計画には経済波及効果があるという言い方ならば、普天間基地が移設された跡地の再開発も同等、ないしはそれ以上の経済的起爆力を持ちます。

一方は県民投票にかけてまで反対し、一方は賛成。

こういうダフブスタを平然とするのは、馬鹿馬鹿しいことにはこれが故翁長氏が決めたことだからにすぎません。

といっても翁長氏が自民党時代の遺産で、その処理を松本市長におしつけた「恥部」だったのですが、それは「偉人」にふさわしくないと、臭いものに蓋してしまったからおかしくなりました。

こういう翁長氏の神格化をしてしまったために、みっともない二枚舌をつかわざるをえなくなったのです。

しかし、沖縄地元紙も県政与党も都合の悪いことには沈黙しているから、本土メディアもだんまりです。 まったくご都合主義なことです。

さて、このハンスト男くん。本土の学生活動家はハンストという手段が「決死的」に見えるのが、自己陶酔しているようです。困りましたね。

本当に死の危険があるなら、そんなことはよそさんの土地のしかも公共の空間でしなさんな。自分の家でガス管くわえていればいいのです。

それで抗議の自殺ならできます。 

そもそも、ハンストは決死的手段ではありません。ハンストでは死ねないからです。 

え、お前やったことあって言ってるのか、って。はい、あります。 

私、かつて7日間断食して、その後に1カ月復食過程でおかゆ生活を1カ月ていどやりましたが、死にそうになったことなどまったくなく、気持ちよく宿便が出ました(笑い)。

断食は3日間ていどは初歩の初歩、いわば美容健康断食です。水さえしっかり取っていれば健康障害はでません。

地元紙の報道に医師と称する者が、「おにぎりでも食べてほしい」と言っていましたが、バッカじゃなかろか。

断食中に、最も危険なのは固形物を口にすることです。

胃は2日目当たりでとうにペシャンコになって機能停止していますから、そんな状態の胃におにぎりなんて固く握ったものを入れたら、ほんとうにショック症状を呈してしまいます。

どうせ食わしたいならおかゆかゆしどうふにしなさい。そんなことも知らないでやっているのでしょうか、この藪医者。

断食は1週間ていどは誰でも出来ますし、そこから先も指導者がいれば1カ月程度までなら可能です。

それをたかだか3日程度で、生きるの死ぬのと騒ぐでない。宿便だしてさっさとお家に帰りなさい。

●[追記]

ハンスト男の元山くんが、塩を摂ったというので騒がれています。間違った批判ですので、止めて下さい。

「元山仁士郎@「辺野古」県民投票@Jin46o
5市長に県民投票への参加を求めるハンガーストライキを始めてから60時間以上が経ち、医療関係者からの助言で塩を摂り始めました。 身体に必要不可欠な味がしました(笑)
これからは水と塩でハンストを続けます。
一刻も早く5市長に県民投票への参加を表明してほしい。

https://i.imgur.com/3bfdyKI.jpg

これを批判するネットの声が多いようですが、なにが問題なのでしょうか。断食中にも1日に2ℓの水と微量の塩分は必要です。
これまで絶つと体内のナトリウムバランスが崩れて、悪くすると死に至ります。

ハンガーストライキは「死を賭してやる」ものであって、「死ぬためにやる」ものではない以上、水分と塩は摂らねばハンスト自体を継続できません。

また「点滴で栄養補給」を摂ったとしても問題がありません。断食中には水を飲むことすら厳しい人が出ますので、水分の吸収が容易なポカリスェットなどを摂ることはむしろ勧められています。

ブドウ糖飲料には微量な各種栄養素が入っていますが、それに目くじらを立てるほうがおかしいと思います。

断食はデタラメにやるから危険なのであって、古来からの長い経験則と科学的知見に沿ってやれば安全です。

私はこのような生命を使った政治パフォーマンスには批判的ですが、医師が塩を摂ることを勧めたのは当然の助言で、それ自体を批判の対象にするのは間違っています。

 

 

 

 

 

2019年1月15日 (火)

辺野古現地の声を無視する県民投票

001

クラッシャーさんが紹介されている動画です。私のブログも拡散に協力します。一聴に値する動画です。 

デニー派は移設問題について、実情をなにひとつ知らないブライアン・メイなどまで引っ張りだしていますか、かんじんの辺野古地区選出議員である宮城安秀氏がいかなる発言をしているのか知ろうともしません。 

それを知る貴重な動画です。
https://www.facebook.com/watch/?v=1918823541778263

「【知らなかった遅報】辺野古地元選出市議による、辺野古の現状の話が驚愕「報道してもらえないが、私たち辺野古区民は早く移設してほしいとずっと訴えている 

辺野古区選出の宮城安秀名護市議の弁
辺野古区は西側と東側があり、東側はいまあるヘリパットの騒音、低空飛行などにずっと困っている。
ヘリパットの除去は難しいけど、海側へ移設してもらうことは可能。
普天間から辺野古へ移設する時に いまあるヘリパットも移設してもらえるという事になっている。
普天間に固定されると、その工事がしてもらえない。
マスコミは「辺野古住民4人が移設反対で国を提訴!」と報道しているが、それは西側の人たちであって、いま困っている自分たち東側は反対していない。
東側は人口が少ないので話を聞いてもらえない。
市長も知事も、辺野古には一度も見にきていない。
新基地で自然破壊とか言ってるけど、新基地ではない
もともと米軍基地のある辺野古への滑走路の増設だ。
自己決定権だの民意だの主張するくせに、地元の「切なる民意」には耳を貸そうとしない、知事さん、マスコミさん「直接関わる人達の民意」もちゃんと拾いなさいよ。移設が完了することを望んでいるそうですよ。
あと、先の記事の若者たち、埋め立て反対の中に普天間固定派が相当数いるの認識してるんでしょうかね」
(「狼魔人」氏サイトコメントより引用させていただきました。ありがとうございました)

かつて辺野古選出の名護市議会議員はこう言っていました。

「この辺野古では7~8割が容認だ。向こうとはそうとうに温度差がある。辺野古移設による北部新興策や基地交付金だって8割は向こうが使っている。でも基地の騒音も危険も被害を受けるのはこっちだ。騒音も危険もない所が反対するのはおかしいんじゃないか。だったら向こうに持っていけということだよ」

この「向こう」とは、米国でも那覇でもありません。同じ名護市の西海岸地域です。ここに名護市の市役所も市街地もあり、この辺野古とは山を隔てて10㎞以上離れています。 

この市議が何に怒っているのかといえば、移設が実現してもなんの影響もない地域の人たち、名護市西海岸が当事者づらをして反対していることが不快だからです。 

これは名護市を横断すればすぐにわかることで、メディアは西海岸と東海岸を分断する脊梁山系の存在を意図的に無視しています。 

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 上のGoogle Earthをみればお分かりのように、名護市の中心は西海岸にあって、東海岸は山が海にまで迫り出して、平坦な部分が少ない土地だとわかります。 

東海岸は、このような狭い土地にしがみつくようにして漁業を中心に生きてきました。人口も少なく、名護市の圧倒的マイノリティです。 

今回、飛行場部分ができるのがこの東海岸です。

はっきり言って分厚い山脈の壁で隔てられ他西海岸は、仮にできたとしても高い高度を飛ぶ航空機をたまに見るていどの影響しか受けないはずです。

そして埋め立ての影響は、下のGoogle Earthに見える岬の西側に限定されます。

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よくこの埋め立てによってサンゴが7万4千群体に影響がでるという書き方をしますが、それは岬の東側のことで、工事とは直接の関係はありません。

「埋め立て予定地には、ほかに大小のサンゴ約7万4000群体があると防衛局の調査が出ているが、これらはすべて、現在埋め立てしている辺野古地区ではなく、岬の反対側の大浦湾地区にあるという。
このうち約4万群体について、県は9月3日、埋め立て承認の撤回で必要性がなくなったと国の申請を不許可にしている。これに対し、防衛局が12月6日に再申請して、19年1月7日現在も審査中だ」(J-CAST2019年1月15日)

https://www.j-cast.com/2019/01/07347439.html?p=all 

それに加えて、今まで辺野古移設を条件にして交付されてきた多額の北部地域振興予算が、当該予定地のある東海岸ではなく、西海岸で大部分使われてしまったことに対することも含まれています。 

このように、この移設問題で最も奇妙なことは、もっとも大事にされてしかるべき「地元の中の地元」の声が完全に黙殺されていることです。 

「県民の声を聞け」と今推進されている県民投票は、宜野湾市は参加を拒否しています。 

普天間基地の移設に伴う移設工事なのにもかかわらず、宜野湾市、そして近傍のうるま市、那覇軍港の移設場所である浦添市、カデナ基地のお膝元である沖縄市が脱落した「県民の声」とは一体なんなのでしょうか。 

地元の不参加に驚いたデニー陣営は、今頃になって選択肢を増やしてもよいなどと言う声が上がっているようです。 

たとえばこんなふうにでしょうか。 

①普天間移設に賛成、おおむね賛成、反対、おおむね反対、よくわからない
②固定化の場合、どのような対策 (自由論述可能)
③移設先に、名護市辺野古があがっているが賛成、おおむね賛成、反対、おおむね反対、よくわからない
④反対の場合、どのような候補地 (自由論述可能)

これは賛成反対の二色の昼間項を取り切れたのと、自由論述部分を可能したことです。 

たぶんこれをやったら、答えは見事にバラけるでしょう。 なぜなら、現実の声も決して反対一色ではなく、分散しているからです。

たとえば、この私は普天間移設には賛成で、なおかつ移設先はハンセン敷地内の陸上案がベストだと思っています。 

これなら海の埋め立てということに伴う環境配慮が軽減できますし、増設にもなりませんから、どこをどうとっても「新基地」などと言わせません。 

こんな私が県民投票すると、海上案にはノーですから、イエスノーで聞かれれば、ノーとなります(苦笑)。 

つまり、20年近い歳月をかけてやってきて消去法で決めた候補地について、イエスノーの2択などで選べというほうか暴挙なのです。 

ならば県議会の審議であれだけもっと選択肢を増やさないと実情にそぐわないという声を押しつぶして強行したのでしょうか。 

その理由は簡単です。反基地派の政治的都合です。 

移設をイエスノーの単純な2択に絞ることで、中間派をすべて反対票に誘導したいからです。 

そもそもこの時期に県民投票をする意味がわかりません。

やるなら、まだ埋め立て作業はおろか候補地が決定されない十数年前にやっていたならまた意味も違ってきたことでしょう。

その時期なら、県民がどのような移設を望むのか聞くという一種のアンケートとして意味はありました。

しかし、すでに土砂投入が開始され、反対運動がイデオロギー化してからのそれは、県民投票を政治カードにする目的しかありません。

そもそも、県民投票は間接民主主義の否定であって、こんなことを巨額の負担を自治体に強いるなら、議会選挙など不要ではありませんか。

このように地元が不参加であり、かつ実施時期に疑義があるような県民投票は、基地反対派の国政選挙(衆院・沖縄3区補選と参院選)に対する下準備ととられて当然です。

 

2018年11月 1日 (木)

退屈な劇が退屈に進行する

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退屈な劇が退屈に進行しています。

劇中の登場人物は変わったものの、一方から見れば、相手変われど主変わらずといったところです。

背景も道具立も、なんの工夫もないまま臆面もなく使い回しているのですから、当然ではあります。

石井国交大臣が、承認撤回の効力を差し止めました。

「石井啓一国土交通相は30日、沖縄県名護市辺野古の新基地建設を巡り、沖縄県による埋め立て承認撤回の効力を一時的に止める執行停止を決定した。不服を申し立てていた沖縄防衛局は近く工事を再開し、年内に土砂投入に踏み切る構えだ。
一方、玉城デニー知事は執行停止決定を不服として、第三者機関「国地方係争処理委員会」に審査を申し出る意向を示した。法廷闘争に発展する可能性が高い」(沖タイ10月31日)

https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/337795

特に感想はありません。

ルーキーのデニー知事はともかくとして、謝花副知事がこの国交省決定に、真に驚いて怒ったというなら、熱はありませんかとオデコに触りたくなります。

しかし劇中の人物である以上、、ここは一番、怒りに燃えて抗議せねばなりません。

退屈で当然。前回の翁長時代と同じことをしているのですから、同じようになるというだけのことです。

次は「国地方係争処理委員会」に訴えて、そこでも決着かつかずに、訴訟という見飽きたリプレイとなります。 

おそらく100%、県は訴訟沙汰に持ち込むでしょう。それしか県には取る道がないからです。 

一方、承認撤回の法的効力が停止したので、国は今週にでも工事を再開します。 

前回と少し違うのは、地裁の審理が前回ほどかからないことくらいでしょうか。既に最高裁判例が出ていますから、下級審レベルでこれを覆すことは困難です。 

皮肉にも翁長氏が、唯一この移転問題に残したことは、この移転反対派にとって致命的ともいえるような最高裁判例だけなのです。 

裏読みすると、彼はこの最高裁判例を出してもらいたくて奮闘したようにすら見えます。もちろん違うでしょうけど。 

それはさておいて、県は県民投票まで時間が欲しいので、結果は度外視して引っ張るためだけに上告するかもしれません。 

逆に考えにくいですが、県が勝った場合も国は即時抗告して最高裁で争うことでしょう。

するとどちらでも、結局、最高裁までいくことになりますから、最高裁が自らの判例を覆すという前代未聞のことが起きない限り、県は再び敗訴します。

日本が韓国と違って法治国家であるかぎり、当然の展開です。 

なんやかんやで、こんな時間潰しをしていると年を跨ぐかもしれません。工事は今日再開されるようですし、国は年内に土砂投入をすると予告しています。

2https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/285782

いったん土砂投入がなされれば、復旧は不可能です。

私は個人としてはあの海をよく知っているので胸が痛みますが、いたしかたありません。

湾全体を埋め立てるわけではなく、上の写真の堤防内の工事なのが、いささかの気休めです。 

デニー知事が最終兵器と考えているらしい県民投票は早くても来春4月と予想されていますから、その時には争う理由が半ば消滅していることになります。

つまり、既に埋め立てが半ば完成しかかっているものの是非を争う、という間の抜けたことになるわけです。

自民党はせめて県民投票において、無意味なイエスノーの2択の設問を止めさせる意地くらいみせて下さい。

私としては土砂投入の前に、デニー知事がハンセン陸上案(小川案)、あるいは、勝連海上案(エルドリッヂ案) などの別の候補地を提起するていどの柔軟性が欲しいのですが、まったく期待していません。 

県政の表裏を知り尽くした翁長知事にできなかったことを、共産党に首ねっこを押えられた軽量級知事にできるはずもないからです。 

まぁ訴訟沙汰など、どうぞ勝手にやって下さいとしかいいようがありませんが、時間と税金が無駄に消えていきます。

徴用工問題は明日にまわしました。

私には、大衆の感情におもねって人治主義と県民感情至上主義に軸足を置くデニー氏が、ムン・ジェインとだぶって見えてしまいます。

 

 

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