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2019年4月 6日 (土)

岩屋毅防衛相、愚行を演ず

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岩屋大臣が困った決定をしてくれました。

まずはそれを報じる毎日です。

「先月26日に新設された陸上自衛隊宮古島駐屯地(沖縄県宮古島市)に、事前に地元への具体的な説明がなかった多目的誘導弾や迫撃砲弾が搬入されていたことが判明した。岩屋毅防衛相は2日の記者会見で「説明が不十分だった。おわび申し上げたい」と謝罪し、弾薬を一時的に島外に搬出する考えを示した。
 宮古島では島中央部のゴルフ場跡地に駐屯地が設けられ、警備部隊が配備された。島東部の保良(ぼら)地区に弾薬庫や射場を整備した上で地対艦、対空ミサイル部隊も配備する計画になっている。
 防衛省は駐屯地について「警備に必要な小銃弾や発煙弾などを保管する」としか住民に説明していなかった。しかし、実際には対小型船舶や対戦車用のミサイルである中距離多目的誘導弾や迫撃砲弾も配備されたことが地元紙の報道などで判明。住民から反発の声が上がっていた。
 防衛省幹部は「『など』の中に警備部隊の通常装備である多目的誘導弾なども含まれると考えていたが、明示的には説明していなかった」と釈明。誘導弾や迫撃砲弾は、島東部の弾薬庫が整備された後に改めて島内に搬入し、地対艦、対空ミサイルと合わせて保管するという」(毎日4月3日)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190403-00000000-mai-soci

この毎日の記事では、防衛省が住民を騙して中距離多目的誘導弾や迫撃砲弾を配備したことが問題だといわんばかりです
おそらくこの「住民」とは、いわゆる「市民団体」と称する反基地派の運動団体だと容易に想像がつきます。

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琉球弧の軍事基地化に反対するネットワーク より引用
http://ryukyuheiwa.blog.fc2.com/

ちなみにこの「保管庫は弾薬庫だった」と大騒ぎを演じたのは、反対運動サイトによればあの東京新聞の望月イソコ女史だそうです。
本土紙の「衝撃の暴露」を受けて沖縄地元紙が騒ぎ、運動団体が抗議し、それをまた本土メディアが「地元怒りの声」と報じるというループ構造です。
オスプレイの時も同じ構造でした。

201904010838137df

                             上写真と同じサイトより引用

「明示的に説明を受けていない」というのは、言いがかりに等しいもので、そもそもこの陸自の宮古駐屯地の設置目的は地対艦・地対空ミサイルの基地であることは再三再四に渡って政府から「明示」されていたはずです。
その設置目的のミサイルを搬入することが、「明示されていないから」といって騒ぐほうの神経のほうがおかしいのです。

これではたとえば航空基地に航空機を搬入したら「明示」項目になかったからといって騒ぐようなものです。
対艦ミサイル基地にミサイルが貯蔵されるのはあたりまえすぎて常識以前のことです。
だから自衛隊が「など」としたのはあたり前で、整備用スパナ何個、脚立何個とまで書き出せばコノヒトたちは満足するのでしょうか。
いや、満足しません。なぜならこの団体は自衛隊駐屯地の設置に、いや自衛隊そのものに反対だからです。

こういう言いがかりがあたりまえに通って、抗議さえすれば自分たちの目的を国に強制できるとわかってしまったのですから、やがて国はトラブル回避のために情報を開示しなくなるかもしれません。

このような団体がこんなことを言うのは平常運転で、自衛隊や米軍が何をしようと必ずディスりにきます。
今回問題にしたいのは、むしろそれに対応した岩屋大臣の側です。
岩屋大臣はこともあろうに、駐屯地と弾薬庫を別に設置すると言い出しました。軍事的うんぬんというより、非常識もいいところです。

結果、このような馬鹿げたことになりました。

「防衛省は今後、島内で駐屯地とは別の場所に、今年度末にも配備される地対空・地対艦ミサイル部隊の弾薬庫を建設する予定。完成し次第、島外に撤去した迫撃砲などの弾薬も保管する方針だ。ただ、使用する警備部隊との間に距離が生じることから、初動対処の任務に影響が生じることは避けられない。」(産経4月2日)https://www.sankei.com/politics/news/190402/plt1904020029-n1.html

Kaiken_iwaya

    岩屋防衛大臣 当該の記者会見とは違います。https://www.mod.go.jp/j/press/kisha/2019/02/05a.ht...

それはそうです、弾薬やミサイルを置かない基地、いざ有事となれば遠くの弾薬庫までミサイルや迫撃砲などの武器を取りにいかねばならない「ミサイル基地」。間違いなく世界で唯一の軍事施設でしょうな。
考えるまでもなく、確実に初動が大幅に遅れることが分かりきっています。あたふたと遠く離れた弾薬庫に肝心のミサイルを取りに言っている間に占領されてしまっているかもしれません。
呆れてものが言えません。さきほどの航空基地でいえは、スクランブルごとに飛行機を遠くの駐機場に取りにいかねばならない航空基地を作ってしまったというわけです。

この岩屋大臣という人は、この宮古島になぜ陸自の駐屯地を設置するのかその目的を分かっていてこんな決定をしたのでしょうか。
分かってやっていたなら防衛大臣として異常、分かっていなかったらただの馬鹿です。

そもそも、この陸自宮古駐屯地は、南西諸島というあまりに長い「防衛の空白」を埋めるためのささやかな一石でした。
この防衛の真空地帯は九州南端から与那国まで続き、その距離は実に本州と同じ距離に及びます。
何度か書いてきていますが、この南西諸島のラインは中国の第1列島線と平行しており、宮古海峡は中国艦隊・空軍の太平洋への出口に当たっています。
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/post-4c8e.html

それは中国軍の動向をみればわかります。すべてが宮古海峡に集中しているのがわかるはずです。
黄色の矢印で示されているのが、中国海軍のメーンルートで、空軍のルートも同様です 

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この間に唯一防衛拠点としてあるのは那覇だけで、それ以外まったく手つかずでした。
これでは政府が沖縄県の防衛を放棄したと批判を受けても頷かざるを得ません。
政府は沖縄の反基地感情を刺激したくないからというだけの理由で、腰が引けた態度を続けていました。

その裏には、米海兵隊が居てくれるさというあなた任せの本心があったからです。
米軍はいつ何どき世界情勢の変化で撤収するかもわからないのに、国民の生命財産を守ることが責務の国としては、あまりにも恥ずかしいかぎりです。
県民はこのことをもっと怒っていいのです。

Plt1903170009p1

産経

さて「ミサイル」と聞いただけで、北朝鮮のノドンなどを連想する人もいるでしょうが、ミサイルの種類が違います。
この宮古駐屯地に配備される対艦ミサイルは、尖閣を含む先島諸島に武装集団が進入した場合に、外国の侵攻軍を載せた侵攻艦艇を迎撃して押し返すためのものです。
いうまでもなく他国を攻撃するためのものでないことは、その射程距離を見ればわかることで、純粋に防衛目的のものです。
このような抑止力を宮古に持つことで、侵略しようとする気持を外国に持たせないことができます。

このような重要な防衛拠点に、その抑止力の中核を担う対艦ミサイルや対空ミサイルを置けないということはありえないことです。
このような地元団体の抗議に対して、十分にその設置目的を説明する能力を持つことが防衛大臣の資質のはずではないでしょうか。

これができないでズルズルとこんな言いがかりに屈してしまうような人物は、防衛大臣としての適格性に欠けます。小野寺氏に替えるべきです。

 

 

 

2019年3月27日 (水)

デニー知事「代替案を出す」と言い出す

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デニー知事が方針転換すると言いだしました。それを報じる朝日です。

「米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画をめぐり、沖縄県の玉城デニー知事は、新年度から辺野古移設に代わる案の検討を始める。県政課題に関する諮問会議の中で、政府OBら専門家に協議してもらう。「代替案は政府が考えるもの」としていた前県政の方針を転換する。
 2月の県民投票で辺野古の埋め立て反対が7割を超えたが、安倍政権は辺野古移設に固執し、工事を進め続けている。県幹部は「政府と交渉するための意見をまとめたい」と話す。
玉城知事が4月に立ち上げる諮問会議は「万国津梁(ばんこくしんりょう)会議」。基地問題もテーマで、辺野古移設問題も議論する。県幹部によると、協議内容は米海兵隊の運用や移転先などを想定。議論を進める中で、辺野古移設の代替案を検討する考えだ」(朝日3月27日)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190327-00000002-asahi-pol

デニー知事が移設反対派の基本戦略だった、反対は大声で叫ぶが、具体的に普天間基地の移設先は政府が考えるものだという奇妙なタブーを破ったことは、率直に評価します。
この方針転換は何らかの変化の兆しと捉えてよいのか迷うところですが、悪くはないトライアルです。

デニー知事がこの方針転換に踏み切った背景には、自分が主導した県民投票が思惑をはずれてしまったことにあります。
おそらくデニー氏は投票率6割程度を確保し、うち反対票が8割を超えるていどを目指していたと思いますが、如何せん投票率が5割を切りきりかねない危険ラインでした。
税金を1億5千万突っ込み、あれだけ連日テレビをつければうるさいほどの大宣伝、公職選挙法が適用されたなら違反だらけの官製「選挙」をして、このていたらくです。
そしてなんのことはない、さきほど引用した朝日を代表にいくらメディアが県外に対して「反対が7割に達した」とタイコを叩いてみても、県民には反対派の実態が7割どころかわずか37%だとバレてしまいました。

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週刊金曜日最新号表紙

そしてもひとつ県民投票によって白日の下にさらけ出されたのは、反対派の最大の弱点であった「普天間基地をこのままにしておいてよいのか」というメーンテーマについて、県民が認識することになってしまったことです。
これは反対派にとっては大いに痛かったはずです。痛かったので、なおさら「7割の民意」というフェークを強く言うようになっています。

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沖縄タイムス2016年12月12日

というのは、移設反対派は普天間移設と辺野古移設を切断して、まるで別個な問題であるかのように見せかけるのが基本戦略だったからです。
もちろん別な問題どころか、普天間基地の行く先を決めるためにSACO(日米特別行動委員会)が設けられたのですし、名護市が受け入れに当たって徹底して地元自治体や関係業者の意見を取り入れて辺野古移設現行案が決まったわけです。

よく強権的に海を埋め立てているという人がいますが、とんでもない。腰が引けた政府が沖縄をまるで腫れ物に触るように扱った結果、20年間も空費してしまっただけのことです。
これは普天間基地が確保されていて十全に機能しているから、ことさら動きたくはないという海兵隊の思惑にも合致していました。
政府は腰が引け、海兵隊の本音も動きたくない、だから国策でありながら20年以上も引っ張ったのです。

このような経過を一切無視して、「普天間は危険だから移設しろ」という要求と、本来はそれと切り離すことができないはずの「辺野古移設にも反対」、その上に「代替案は政府が考えろ」では話にならないではありませんか。
これでは事実上、普天間移設についての国と県が真面目に協議をしないと言っているに等しいのです。

しかし皮肉にも、切り札として出したはずの県民投票において、賛成反対の2択に絞ってしまったことによって、移設反対派が実は何を隠して来たのか、どうして隠したいのかを暴露してしまう結果になってしまいました。

このまま県が代替案すら拒んだまま推移すると、政府は「これでは移設が浮遊してしまう」(岩屋防衛相)というしごく当然の理由で埋立を続行することになります。
あるいは県の主張を取り入れるならば、普天間基地移設は白紙化されて終了となります。
どちらも地獄だ、ということにやっとデニー知事は気がついたのかもしれません。

憶測ですが、官邸サイドは頻繁にデニー知事と面談することによって、反対のための反対なら膠着したままで工事を続行するしかありませんが、具体的協議ならば歓迎しますよ、というシグナルを伝えたと思われます。
とまれ、移設反対派の知事から公式に「代替案」がでてくるということは、なんらかのたたき台が登場するということですから、反対のための反対よりは百倍はましです。

ただし、哀しくや彼ら移設反対派の陣営内でまとまらないでしょうね。
まず移設反対派は県内代替案は完全拒否のはずだからです。あらゆる県内候補はSACOで検討しつくされて却下されてきています。
あえて言えば、ハンセン陸上案(小川案)や勝連沖合案(エルドリッヂ案)、あるいは嘉手納統合案などがあることはありますが、県内案であるかぎりオール沖縄に拒否されてお終いです。

ま、残念ながら無理でしょう。

仮に万国津梁会議とやらでこのような県内代替案が出たとしても、カリスマ性からほど遠いデニー氏が一本にまとめきれるとは思えません。
故翁長氏はそれがわかっていたからこそ、得意の腹芸を封印し、一貫して代替案を口にしなかったのです。

となると現時点で唯一の具体的代替案らしきものは、小川和久氏をして「情報格差」とまでいわしめた前泊博盛氏の長崎県案ていどしかなくなります。
これは既に本土ではとっくに相手にされなくなっているレトロな軍事知識の産物にすぎません。
こんな浅薄な案がもっともらしく通用するのは県内だけで、政府は軽く一蹴するでしょう。

とまれ、結果まで考えるとどうしても悲観的にならざるをえないのですが、デニー知事にいささかの合理的思考が残っていたことは嬉しい限りです。

 

 

2019年3月25日 (月)

デニー知事が蒸し返した一国二制度

 


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さほどの皮肉でもなく、この人面白いですね。いやなにデニー知事のことてす。慎重に一線を超えなかった故翁長氏とはえらい違いです。

応援団の朝日新聞系だという気安さから、デニー知事はアエラ(3月5日)で、おいおい知事の立場でこんなこと言っていいのかと心配するくらい軽快にしゃべりまくっています。
https://dot.asahi.com/aera/2019030400061.html?page=1



「多くの県民が望むのは、政府から『これだけの財源と権限で沖縄の行政をしっかりやって下さい』と任される一国二制度です。沖縄の地理的優位性を生かして、アジアに向けた日本の玄関口、日本の中のアジアのフロントランナーとしての位置づけを明確にしたい」
 中国からも東南アジアからも近い沖縄を経済や文化交流の中心にする──。玉城知事はさらに続ける。
「例えば沖縄にいる自衛隊が、アジア各地の災害に真っ先に駆けつけるという存在になれば、諸外国から信頼と安心感を持って受け止められるでしょう。独特な歴史、文化、地理的特性をもっている沖縄だからこそ、一国二制度に移行すれば日本にとっても沖縄にとっても将来展望がより広がると思います」(アエラ3月5日)


なんだデニーさん、やっぱり一国二制度を言っているじゃありませんか(苦笑)。


「玉城氏が今年(2018年)5月の衆院内閣委員会で、安倍晋三首相に質疑を行った際の一場面だ。玉城氏は次の言葉で質問を締めくくった。 「最後に総理に要望を申しつけたいと思います。
沖縄を『一国二制度』にして関税をゼロにし、消費税をゼロにする。そのぐらい大胆な沖縄の将来を見越したそういう提案もぜひ行っていただきたい」(ZAKZAK有本香2018年9月28日)https://www.zakzak.co.jp/soc/news/180928/soc1809280011-n1.html


選挙戦時には、デニー陣営は必死にこれを打ち消していて、デマだとまで言っていましたが、国会議事録にも乗っているようですし、知事になって口が軽くなったのか、アエラでやらかしてしまいました。

選挙戦の時は、アレもデマ、コレもデマと決めつけていましたが、知事になったとたんこれですから脇が甘いことです。

まぁ口の軽さが彼の「魅力」でもあり、反面命とりにもなるような気がします。

「一国二制度」を定義すればこのようなことです。

 


一国の中に、政治制度・経済制度の 根本的に異なる地域が複数ある状態」 、
日本に引きつければ

日本国の主権下にありながら、政治制度と経済的独立を持つ一定「領土」と「国民」を持つ沖縄地域

この一国二制度自体は、とりたてて新しい思いつきではありません。それどころか1997年に香港が中国に施政権が委譲されて以来、さんざん中国政府のいいように使われていた陳腐なプランでしかありません。

今どき、世界でもこんなシロモノをさも新しげに引っ張りだすのは、デニー氏くらいなものです。

 


「国際関係及び軍事防御以外の全ての事柄において高度な自治権を有することを規定している。なおこの自治権は中国中央指導部の委任・承認に基づき地方を運営する権限であり、完全な自治権、地方分権的なものではないとされる(2014年6月10日中国国務院白書)」Wikipedia香港

 


内実は「高度の自治」どころか、中国共産党が香港の完全支配を完了するまでの眼くらましとして考えられたプランにすぎません。

 


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雨傘革命  http://com21.jp/archives/21988

雨傘運動は、中国政府による香港市民の政治的自由を制限しようとする抗議行動として始まりました。その期間は実に2014年9月から79日間も続き、その間の逮捕者は、955人に達しました。また事後逮捕も、指導的人物らが48人が逮捕されています。


立法議会への立候補者は、中国共産党の実質的支配下にある香港行政府が事前審査し、立候補資格を決定します。

ですから、中国政府の対香港政策を批判したりするような言辞をする候補は、そもそも選挙にすら出馬できません。

 


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立候補を認めないとする選管の通知書を手にする民主派候補https://withnews.jp/article/f0181220000qq000000000...



ある女性候補は「香港の将来の政治体制は独立を含めて香港人が決める」という立場をとっていました。これは自分たちが将来を決める立場なことからから「自決」と呼ばれ、香港の若者の間では多くの支持を得ています。


「香港の選管は10月中旬、劉さんの立候補を認めないという決定をしました。「劉さんは香港独立を選択肢の一つにしており、香港は中国の一部という規定を受け入れていない」と判断したからです。劉さん自身は立候補の直前、香港独立を支持しないと明言しましたが、それでも過去の主張が問題視されました」(益満雄一郎2018年12月20日)

 


これは一般的に日本人が考えてしまうような親中派か反中派かというレベルの問題ではなく、民主主義の根幹である自由選挙制度を守るか否かの戦いでした。

このような香港での一国二制度の現実を知ってか知らずか、こんな制度を日本に導入しろ、というのがデニー知事の提案のようです。日頃「沖縄の自決権」とか「琉球独立」などと言っている人たちが、この中国発祥の制度のシンパサイザーであることは皮肉です。


 


いや待てよ、デニー知事はこうも言っているではないかという声も聞こえます。

「一方で、日本からの独立は全く頭にないという。「我々はウチナーンチュであると同時に、日本人なのです」(アエラ前掲)


デニーさん、あたりまえのことをもったいぶって言いなさんな。沖縄県民が日本人でなければ、いったいなんなのです。

なるほど、デニー知事が提唱する一国二制度の受け皿は、現在は日本国である以上、中国と違って民主的諸権利は確保されています。

したがって、デニー氏はこう言いたいようです。

「本土の皆さんが危惧するような琉球独立は考えていませんよ。沖縄全県を特別区にしてほしいだけです、その手始めに消費税の免除なんかいかがでしょうか」と聞こえるようにしゃべっています。

ほんとうにそうでしょうか?

お米の炊き方ではありませんが、初めチョロチョロ、中パッパ、赤子泣いても蓋とるなではありませんが、初めは消費税減免程度で本土政府の顔色をうかがって、しばらくすれば法外な要求をすることになるのは目に見えています。

というのは、現時点でのデニー知事の一国二制度には原型があるからです。かつての民主党が政権交代直前に出した、2008年「民主党・沖縄ビジョン」がデニー氏の元ネタです。

この「沖縄ビジョン」には、当時民主党沖縄県連の有力国会議員だったデニー氏が強く関与していました。

そこには、狭い地域一都市ではなく、一県丸ごと自由化特区にするということが書き込まれています。

そしてアジア情勢とは無関係に、米軍基地を一方的縮小することを提唱しています。

今回、デニー氏はこんなことを言っています。


 


「例えば沖縄にいる自衛隊が、アジア各地の災害に真っ先に駆けつけるという存在になれば、諸外国から信頼と安心感を持って受け止められるでしょう。独特な歴史、文化、地理的特性をもっている沖縄だからこそ、一国二制度に移行すれば日本にとっても沖縄にとっても将来展望がより広がると思います」」(アエラ前掲)

 



やれやれ、こんなていどの安全保障の理解度で国会議員やっていたのですからね。真面目に対応するのがばかばかしくなります。

自衛隊が沖縄に配備されている一義的目的は、沖縄の安全保障を守ることにあります。

アジアの災害に真っ先に駆けつけることは、自衛隊に余裕がある状況における付帯任務でしかありません。

そもそも海外の災害派遣といっても沖縄の部隊が対応するという決めはなく、全国でそれに適した部隊が命じられます。たとえば輸送には小牧のC130部隊、捜索・復旧には各旅団の施設科中隊が送られることになるでしょう。

しかしそれもあくまでも国防が主であって、救援隊は従です。

デニー氏が言う「諸外国からの信頼と安心感」は、災害援助をして初めて得られるのではなく、アジアの安全保障環境の一角を担って安定させているからこそ得られるのです。

そんなことは、沖縄の隣の島国の台湾やフィリピンに行けばすぐにわかることです。

これでわかるようにデニー氏は、自衛隊という国防組織を、国の安全保障をアジアの視野で捉えておらず、「大戦中に悪行を働いた日本が、自衛隊を災害派遣することで贖罪できる」とでも考えているようです。

このような安全保障に対する幼稚な考え方は、野党に共通のものですが、共産党の自衛隊違憲解体論と五十歩百歩です。

それはさておき、民主党沖縄ビジョンは、米軍基地の一方的縮小や移民の大量導入、外国人参政権付与、ビザの免除による東アジアとの人的交流の促進、中国語の学習の活発化などをうたっています。

デニー氏は「アジアに向けた日本の玄関口」という言い方をしますが、ここで想定しているのはもちろん中国です。 沖縄ビジョンでは中国から大量の移民に門戸開放すると書かれています。

沖縄の人口は約130万人。しかも大量の失業者、半失業者がいるこの狭い島に中国を中心として年間3000万人受け入れようというのですから、正気の沙汰ではありません。

民主党政権時に、この一国二制度が実施されていたら、現況で7千人から1万人以上と言われる中国人居住者はその数十倍に膨れ上がり、この狭い島は事実上「中国人の島」と化していたことでしょう。

そして民主党は同時に外国人参政権を推進しようとしていました。デニー氏はこの推進派のひとりでした。

沖縄ビジョンが実体化して大量移民が実現してしまい、さらにはその移民に参政権が与えられた場合、米国に実例があるように中国人は自らの議員を各級議会に送り出し、さらには知事の椅子に座らせたことになったかもしれません。

言い換えれば、かつての民主党沖縄ビジョンは、中国人による沖縄乗っ取り推進案とでも言うべき性格をもっていたわけです。

民主党が3年半で政権から転がり落ちたことは、沖縄にとってまことに幸いでした。

と思っていたら、デニー知事がまたぞろ民主党沖縄ビジョンの亡霊を蘇らせようと言い出したのですから、まったくやれやれです。

 


この一国二制度もまた、政府が呑む可能性はゼロです。

しかしかデニー氏個人がいかに自分は「日本人だ」と考えていても、ひとたびこのような制度的枠組みを作ってしまえば、枠組み自体は残ります。

その場合、県条例がそのまま沖縄県の内政そのものとなるような「高度の自治権」の前段階に到達することになります。

今までどおり財政基盤は本土政府にべったり依存しながら、好き放題の「内政」をすることが可能なのですから、こたえられません。

たとえば、アイヌ新法をより過激化させた沖縄民族先住民法などを県条例で作って施行することも、県民直接投票を現状のように法的裏付けをもたない形から、行政化できるような法改正も自由自在に出来るようになります。

本来の一国二制度は、国防と外交は国の専管事項で県は関与出来ない建前ですが、現状でも米国との安保協議に沖縄を加えろと言ってみたり、在米沖縄大使館まで作ってしまっているていたらくですから、なにをかいわんやです。

ただし、カネだけは今までどおりに出せよ、というのですからそのダブスタぶりには呆れます。

世界で独立を目指す地域はスコットランドやカタルーニャ、あるいはクルドにしても、しっかりした経済基盤を持った地域です。

だから中央政府から独立しようと望むのであって、経済的自立にほど遠い沖縄が独立国の夢を見てどうするのかと思います。

こんなハンパな「独立国」は、やがて中国圏へと急速に引き込まれ、日本ではなく中国による一国二制度の支配に置かれるようになることでしょう。

現状では、例によってデニー知事の一国二制度案は机上の空論にすぎません。

いや机上ですらありません。県政与党の議論のテーブルにすら登っていないからです。

私たちとしては、この愚論がどのように県政与党に受け止められていくのか、慎重に観察するとにいたしましょう。

               

2019年3月23日 (土)

デニー知事の乱れ撃ち

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どうもこの人物は考えが足りないようです。
着々と進む移設事業に対して、数撃ちゃ当たるとでも思っているのか、ともかく練れていないから困ります。 パッと作って思い立ったらすぐに口にして、それをいきなり政府に向かって生煮えのまま投げつけてくるという按配で、このあたりは前任者の故翁長氏がやるやるといっていっかな腰を上げなかったこととは大違いです。
たとえば山路さんもふれておられましたが、県が上告を断念する代わりに、国は工事を一時中断しろというものです。
「玉城デニー沖縄県知事は19日に官邸で行われた安倍晋三首相との会談で、上告中の辺野古海域の岩礁破砕を巡る訴訟を取り下げる考えを伝えた。辺野古新基地建設に伴う埋め立ての賛否を問うた県民投票で示された反対の民意を背に、異例の頻度ともいえる今月2回目となった会談で、まずは県側から“譲歩”のカードを出した。同時に工事をいったん中止するよう安倍首相に再考を迫ったが明確な回答はなく、土砂投入が止まるのかは不透明なままだ」(琉球新報3月20日)https://ryukyushimpo.jp/news/entry-891153.html
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                     日刊ゲンダイ
思わずこのご仁どうかしちゃったんじゃないと思いました。こんな提案が、政府と県政の双方から拒否されるのはわかりきったことです。
政府は最高裁判決という動かない判例の裏付けに基づいて、県がいくら乱訴しようとことごとく勝利して当然だと思っています。
多少心配が残るとすれば、主文で国の言い分を認めた後に、裁判官の見解としておかしな妥協案を添付してくることくらいでしょうか。
負ける可能性が限りなくゼロの裁判沙汰に、工事中断という代償を支払う必要などありえない以上、岩屋防衛大臣はにべもなくこう述べています。
「この問題が仮に再び漂流するということになれば、普天間飛行場は間違いなく固定化する」と答弁した。行き着く先が辺野古移設か普天間固定化しかないとの考えを色濃くにじませた」(琉新前掲)
岩屋さんはいい得て妙です。まさに「漂流することになれば普天間基地は固定化される」のです。政府が妥協する余地は、候補地が決まる時点でとっくに終了しています。
せいぜいが故翁長氏との「和解」期間だけが、あるいはひょっとしてと思わせる最後のチャンスでした。
それも県側の新たな現実的提案があってのことです。
一方県政与党、つまり共産党などはふざけるなといたくお怒りのようです。
「これに対するする事前通告がなかったことに不信感を募らせた与党3会派の代表者らは19日夕、謝花喜一郎副知事を呼んで経緯の説明を求めた。謝花副知事は「昨年から弁護士と協議し、知事も上告を取り下げた方が良いと考えていた」と明かしたが、与党幹部は「我々の後ろには県民の闘いがあり、世論があり、選挙がある。重大なことを、なぜ相談しないのか」と反発した」(琉新前掲)
まぁ「我らの後ろには世論がある」といっても、たかだか県民投票の反対票37%程度ですがね。
それはともかくこの怒りももっともで、誰がタレント政治家でしかないデニー氏を知事の椅子に座らせたんだ、オレらではないか、その恩人に一言の相談もなく、こんな大事を政府に提案するのか、バカヤロー、と言ったところです。
県政与党としては、思いどおりに動いてくれずに、余計なことばかりするこのパペットに苛立ちを隠せないようです。
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      デニー知事と謝花副知事  時事
政府はデニー知事の意図を見抜いています。それはデニー側の政治的意図が、「話あいを求める沖縄県vs話あいに応ぜず工事を強行する政府」という構図を作りたいのだと見破っています。
琉新も分かっているのか、デニー知事の意図を政府関係者の口を借りて妙に突き放して伝えています。
「首相が対話に応じないことを目立たせるカードとして使った方が有効だと判断したんだろう」(琉球新前掲)
まぁそのとおりで、首相はまめにデニー知事との面談に応じることで沖縄県との対話の扉はいつでも開かれていますが、できないことはできませんよ、と言っているだけのことです。
その上で、政治の素人同然のデニー氏が、県政与党陣営から愛想を尽かされて、やがてじんわりと旧オール沖縄陣営から浮き上がるのを待っているように思われます。
あまりそうは思われていなようですが、安倍氏は本質的に「待ち」の政治家です。
とくになにかを仕掛けるではなく、淡々と決められたことをこなしながら、当たりよくデニー知事と対応しつつ、なんの理念も展望もないデニー知事をオール沖縄陣営から引きはがそうとしているようにも見えます。
ただし、当人も自覚できないほど時間をかけてゆっくりとですが。
それはさておき、同時期にデニー知事はこんな提案もしています。
SACOの焼き直しに沖縄県を加えたSACWO(SACO With Okinawa)作れということのです。これも、県政与党とどこまて詰めた話なのかはなはだ疑問です。これもおそらくは練れていません。
Sacwo
「沖縄県の玉城デニー知事が提案した協議機関「SACO With Okinawa(SACWO)」。SACO(沖縄に関する日米特別行動委員会)に、沖縄県を加えた話し合いの場として機能する新しい機関として期待される。提案が日米の専門家から支持される中、現政権での設置に懸念の声も出ている」
(アエラ2019年3月13日 図版も同じ)
https://dot.asahi.com/aera/2019031200044.html?page=1
SACO(沖縄に関する特別行動委員会)を押えておきましょう。
「Special Action Committee on Okinawa 沖縄の米軍基地の整理・縮小等を協議した日米両国政府による委員会。1995年設置、1996年12月に最終報告を取りまとめた。沖縄に関する特別行動委員会」(コトバンク)
普天間基地の移設を決めたことでSACOは1996年に最終報告を出して過去の遺物になっていますが、その埃を払って新たに沖縄県を加えた協議会を作れということのようです。
政府がこの案に同意することはありえません。
それは国家の専管事項である国防問題に、県が協議の場に出る事自体がありえないことだからです。仮にハト氏のような人物がこの枠組みに沖縄県を招いたとしても、米国政府と米軍は拒否するでしょう。
このような移設合意の枠組みに地方自治体を参加させることは、必ず混乱を招くが故に悪しき前例にしかならないからです。
そのうえにこれはデニー氏の個人的パーフォーマンス以上でも以下でもないことは、県政与党も分かっています。
1997~2000年に外務省から沖縄県に出向していた山田文比古・東京外国語大学教授は県政与党の胸の内をこう述べています。

「仮に官邸や外務省・防衛省の高官、駐日大使、在日米軍トップなどが加わるハイレベルの協議会設置が実現した場合も、「日米両政府は従来の県内移設という基本方針を変えて臨むとは考えにくい」とし、「下手をすると、沖縄側もその枠内に引き込まれてしまうのでは」と危惧する」(アエラ前掲)
つまりは政府からも県政与党野どちらからも拒否されて、いっそうデニー・謝花コンビは孤立を深めるということになりそうです。
もう一点、デニー知事はアエラで一国二制度も口にしているのですが、これら二つ以上にお菓子系発言なので、別の機会に回します。
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■ニフティが完全に復旧していません。時々画面がまったくちがうものになったり、接続ができないことがあります。
スマホ版もおかしなものが続いています。とくに写真ノアスペトク比が異常です。
制作では改行が出来ない状態が続き、そのうえにコピペができないという異常事態が修復されていない状況です。そのためにベタ打ちとなっていますが、ご了承下さい。
だましだましやっているというのが現状ですが、なにとぞご理解のほどを。
■コメントが入らない、スパムとされてしまうという声が多くでています。もうしわけありません。できるだけの努力をしております。

2019年3月21日 (木)

デニー知事恥をかく

193-050

ニフティの事故はやっと落ち着いたようですが、切断は実に60時間近くに及び、PCが復旧した後もスマホ版の復旧は更に遅れるという堂々たる大事故に発展しました。まったくやれんぞな。

ご心配をおかけしましたが、なんとかやっていきます。ただ書き込む画面がまったく別物になってしまったために、馴れるまでけっこう時間を食いそうです。なんせ旧画面は11年使ってきましたからね。(涙)。

さて気を取り直して、書きたいことは溜まっているのですが、昨日デニー知事が首相面会したそうですが、とんだマヌケを演じたことからいきます。 なにをしに行ったのかといえば、もちろんアレです。

「会談で、玉城知事は普天間基地の移設計画への賛否を問う県民投票の結果などを改めて伝え、1か月程度、土砂の投入など工事を中止して協議に応じるよう要請しました。(略)
玉城知事は、国の天然記念物のジュゴン1頭が沖縄本島北部の今帰仁村の沖合で死んでいるのが見つかったことを伝え、安倍総理大臣は「残念だ。これからも折りをみて話し合いをさせてもらいたい」と述べ、引き続き県側との話し合いに応じる考えを示しました」(NHK 2019年3月19日)https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190319/k10011853131000.html

いつもの飽きるほど聞いたことで、初めはざっとこのNHKの記事を読んだ時にはスルーしてしまおうかと思ったていどのことです。

ただ、ふたつばかり注目すへきことを言っています。ひとつはお得意のジュゴンです。

そもそもジュゴンは母親とその子が3頭いることはかなり前から知られたことで、今更のことです。

死んだ死んだと言っているようですが、死んだのは母親で、工事地区の工事をしている大浦湾の反対海岸である運天漁港とのことです。泳げば90㎞近くあります。 このジュゴンは古宇利島周辺海域が生息場所でしたから、工事とは無関係だとかんがえるのが常識的判断です。

大浦湾の工事区域は厳重に土砂が外洋に流出しないような遮蔽壁が設けられていて、今までの赤土流れ出したい放題のズサンな沖縄の土木工事とは一線を画しています。

Photo_1

ジュゴンは長い回遊をする海洋哺乳類で、大浦湾は食物を採取するために立ち寄るルートの一部にすぎません。

突如、過敏な自然保護論者になってしまった今の沖縄県ですが、実のところジュゴンの保護などまったく念頭にありませんでした。

沖縄の海岸線を覆い尽くさんばかりに埋め立てが進行しても、むしろそれを率先していたのが沖縄県だったからです。

あまり知られていないようですが沖縄は毎年膨張し続けています。復帰後の37年間だけで2400ヘクタール、国土地理院によれば埋立面積は既に東京ドーム約500個分だそうです。

これは普天間基地が5個入る面積で、辺野古の埋め立て面積160ヘクタール(護岸を含む)の15倍にも達します。

埋め立て地の県面積に対する率は0.3%(2000年から07年間)となり、ダントツで全国一の埋め立て大好き自治体となっています。

「国土地理院は31日、都道府県の市町村別面積を発表した。沖縄県の面積は2012年10月2日~13年10月1日の1年間で0・08平方キロ増加し、2276・72平方キロだった。公有水面の埋め立てによる増加で、全国で7番目に大きかった。沖縄の埋め立て面積は過去25年で最も小さい。
 国土地理院沖縄支所によると、1年間の増加面積は那覇市の沖縄セルラースタジアム那覇の約3個分。県内市町村で面積の増加が最も大きいのは竹富町の0・04平方キロ、次いで沖縄市の0・03平方キロ、糸満市の0・01平方キロと続いた。
 県の面積は1988年からの25年間で13・91平方キロ増加し、北谷町とほぼ同じ面積が増加していることになる。」
(2014年2月2日琉球新報)

特に発展が加速した本島南部・中部では埋め立てラッシュが続きました。

 

Photo_3
          (「沖縄の埋め立てと埋め立て計画-沖縄の渚の現状-)http://www.ne.jp/asahi/awase/save/jp/data/higatagenjyou/index.htm

たとえば、あまり売れていないということで、計画の杜撰さか問題になっていますが、那覇から国道58号線を下ると、ベッドタウンの豊見城には、巨大な豊崎タウンが500億円かけて埋め立て造成されていています。
http://www.toyosakitown.jp/?page_id=17

また中部の沖縄市では、南西諸島随一の天然の海草や貝が育つ泡瀬干潟て゛大型干拓事業が進んでいて、反対運動も起きています。これを主導したのは左派系市長でした。

故翁長氏には知られたくない過去が沢山ありますが、そのひとつが「新基地」建設の推進に伴う大規模埋立工事でした。

自分のお膝元の那覇市にあった米軍の那覇軍港を移設して、お隣の浦添市の牧港補給しょうの沖合を埋め立てて「新基地」を作ってしまおうというプランでした。

29nahaport                     (写真 那覇港湾施設 沖縄県HP) 

実はこの時も辺野古は移設候補地に登場します。

浦添市は猛反発します。まぁ、そりゃそうでしょう。今大きな補給施設がある上に「新基地」が移転されてはたまったもんじゃない、これは当然です。

13makiminatoservicearea                  (写真 牧港補給地区 沖縄県HP)

それに対して政府は、那覇市と浦添市に軍港と補給施設は全面返還することを説明し、代替として新軍港と14ヘクタールの物資集積場を沖合に新たに作ることを提案しました。

既存の地面部分は全面返還して、国道58号の真横の那覇軍港を、浦添市の海岸に移しかえますということです。

これにより、今までの35ヘクタールから49ヘクタールに拡大します。この部分が普天間飛行場の移設と違うところです。

拡大しても浦添の場合は、沖合の埋め立て地なので地元への影響は少ないからご容赦下さいということです。もちろん、進行予算のおまけや民間港湾施設の整備などにたっぷり予算を弾みますという条件でした。

この時に、浦添に「新基地」を押しつけた故翁長雄志氏はこう言ってのけています。

「決断に敬意を表する。今後、那覇港は県、那覇市、浦添市の三者が一体となって国際流通港湾として整備・管理することになる。振興発展を担う中核施設として整備されるように努力を重ねたい」(琉球新報01年11月13日)

故人には失礼ながら、改めて読んで吹き出してしまいました。まったく浦添移設と同じ構造なのですから、翁長氏は普天間飛行場の移設についてもこう言うべきでした。

「移設の決断に敬意を表する。今後、沖縄県は県、那覇市、浦添市の三者が一体となって普天間跡地は中部経済の振興発展を担う中核地域として整備されるように努力を重ねたい」

こういうことをやっておきながら翁長氏は、こと普天間になるとダブスタの権化となって「銃剣とブルドーザーで土地を強奪されて基地を作られた」などという時代錯誤のことを言い出すからイヤになるのです。

それはさておき、沖縄県は一貫して海洋汚染については無頓着でした。それが突然いままで何の保護対策もしてこなかったジュゴンが一頭死ぬと、首相面談案件にジュゴンをもちだす鉄面皮ぶりがたまりません。

そんなにジュゴンが大事ならば、はっきりと普天間基地周辺のニンゲンの安全よりも、ジュゴンのほうが大事だと言うべきてす。 それをデニー知事はこんな矛盾したことを一国の首相に面と向かっていうのですからたいしたものです。

「普天間基地の固定化につながりかねない辺野古の工事はやめ、話し合いの期間を作ってほしい」

おいおいデニーさん、あなた頭の中で妖精が合唱していません?金星人が、宇宙船で迎えに来るから一緒に宇宙旅行しようよなんて言っていませんか。 交渉当事者がいまさらこんな交渉の大前提で間違ったことを言い出されては困りますね。

私は必ずしもそうは思いませんが、メディアが「世界一危険な飛行場」と呼び習わしている普天間飛行場の危険を除去する目的で辺野古に移設するのは、今更いう必要もない常識の中の常識です。

普天間飛行場を固定化させたくないなら、移設するしかないなんてわかりきったことで、「普天飛行場を固定化させないために移転は反対」ですって、なんじゃこりゃ。

デニー県政が、「普天間飛行場はイヤだが、移設もイヤだ」というなら、もはや当事者能力が欠落しているとみなされても仕方がありません。

なぜならその解決方法は共産党の主張どおり、「どっちも反対」「全部反対」ですから、すなわち「全基地撤去・安保廃棄」のことだからです。

このことのダシにジュゴンを持ち出すならば、7億、8億と言われる「辺野古基金」という巨大基金をどうぞ思うぞんぶん可愛いジュゴン保護にお使い下さい。 

2019年3月 5日 (火)

現実的な辺野古代替案はこの世に存在しない

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初めは山路氏2回目のリードでしたが、長くなりましたので移しかえました。山路さんの論考はもう一本のほうです。ぜひお読み下さい。

この私も含めてですが、「辺野古疲れ」のようなものが生まれています。

いくら論破しても、ゾンビよろしくいつまでも同じことを同じ論法で、語彙まで一緒に果てることなく言い募る移転反対派には、心底うんざりさせられます。

そのような中で、彼らを批判してきた論陣の中からも、いったんここで移転阻止運動を終息させたるために辺野古移設の断念もありえるのではないか、という意見が出始めました。

私も一部この意見に同意する部分がありました。

最も大きな理由は、 エルドリッヂ氏が再三指摘するように辺野古が候補地として妥協の産物にすぎないために、肝心な軍用飛行場としての軍事的要件を満たさないからです。

正味1300mの短い滑走路は一般的固定翼機にはあまりにも短すぎるもので、これではオスプレイとヘリにしか使用できない中途半端なものになってしまいます。

また、工事は当初から言われてきたように水深が深く困難を予想されています。

エルドリッヂ氏は、手厳しくこれを批判をし続けていて、県民投票にも賛成しています。

一方篠原章氏は県民投票には厳しい意見ですが、今の辺野古案はサンクコストと考えて白紙化すべきだと考えておられるようです。

サンクコストとは埋没費用と訳されていて、既に支出された費用が、今後いかなる手段でも回収不可能で、かえって損害を拡げると判断した場合、切り捨てることを意味します。

小川和久氏も辺野古案には当初から否定的で、同様の意見を述べられています。

私も偽らざる意見を言えば同様に、なにもこんな所にこんなハンパなものを・・・、というのが本音でした。

ですから翁長氏と政府の「和解期間」に、県が実現可能な代替案を出すことを最後の望みとしていたわけです。

しかし、辺野古移設を撤回するとしたら、誰がそれを言い出すのでしょうか。

政府は、ハト氏のような人物が再び首相にでもならない限り絶対にありえません。

では、沖縄県でしょうか?それも9割9分ありえません。

今日の論考でも山路氏が触れているように、県民投票までするに至った移転阻止運動は、もはや技術的解決が不可能なイデオロギー対立の域に達しているからです。

したがって、政府と県の関係を根本的に変えてしまう可能性がある妥協は、政府にはできません。

つまり双方とも政治的に引っ込みがつかないのです。

代替案をだすなら山路氏も言うように移設候補を絞っている時期しかなく、あえてつけ加えるなら先ほど述べた「和解期間」しかなかったと思われます。

小川氏も翁長氏の腹芸に期待を抱いていたようです。

しかし、なにひとつ事態は動きませんでした。なぜでしょうか?

それはこの代替案は共産党を説得できて初めて可能なことだからです。ここが最大のネックです。

現状において、県政最大与党である共産党の意志は明確に「すべての県内移設反対」であり、代替案がでる隙間は一分もありません。彼らは「解決」を望んでいません。

というのは共産党にとって移設阻止は大きな彼らの考えのごく一部にすぎず、あらゆる米軍基地に反対であり、日米同盟にも反対です。

究極的には、自衛隊も解体して丸腰国家にすべきだと思っています。

彼らが移設反対派の最大勢力である以上、彼らの意志を無視しての解決はありえません。

デニー知事個人は共産党員ではなく、翁長氏のようなカリスマ性もなく、怪しげな「遺言」で決められたフロック候補にすぎませんでした。

性格は山路氏が指摘するように、争いごとには不向きで、元来は移設問題に無関心だったように見えます。現に民主党政権時代は移設容認派でした。

それも自分で考えてそう決めたというより、党が決めたから従ったていどのことです。要は定見がない人なのです。

そしてなるべくして今は望むと望まざるとに関わらず、県政与党の意志のまま動かざるをえないパペットと化しています。

県民投票という反基地イデオロギーの儀式の司祭を務めるに至ったデニー氏には、もうこの座から降りることはかなわないのです。

このように考えてくると、理屈のうえでは辺野古移設案の撤回もありえますが、現実的には誰からも言い出さない以上、この世に存在しないのと一緒なのです。

※扉写真をまたすげ替えました。すいません。なかなか気に入ったものがなくて。

2019年3月 4日 (月)

山路敬介氏寄稿 沖縄を縛る自己決定権イデオロギー その1

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山路氏から寄稿を賜りました。ありがとうございます。
 

タイトルは編者がつけさせて頂きました。 

                                          ~~~~~~~
                           ■沖縄を縛る自己決定権イデオロギー  その1
                                                                                 山路敬介
 

デニー知事は「対案」を出せないし、傀儡で終わるしかない
 
 県民投票は「圧倒的民意」はおろか、その投票率の低さから「過半」も達成出来ない結果となりました。
 

こう言うと、「「反対」への投票率が7割以上を占めたではないか」と反発を言う人もいるでしょうが、国会議員や首長・地方議員たちを選ぶ選挙とは違います。 

法律に基づかない今回の県民投票の趣旨と目的はあくまで「民意を測る」ための手段なので、絶対得票率で結果を見なければなりません。 

もし、「投票しなかった人々は県民でない」とするならば別ですが、考慮する分母は全有権者数とならざるを得ないのです。 

そうすると、県民投票の結果が示すところは「全県的にみて、辺野古移設反対者は37.5%であった」と正確に言われなければなりません。 

そして、この結果は前回県民投票の53%に比較するならば、さらに「米軍基地問題への県民の関心は薄らいだ」と言わざるを得ないでしょう。 

新聞はもちろんの事、テレビを付ければテレビから、街中を歩けば掲示物だらけで、だれも来なそうな農道を行ってもノボリが列を成して立ってる。 

ネットを開けても、YouTubeを視聴してさえも動画前CMで「県民投票へ行こう!」のオンパレード。家に帰ればチラシが毎日ポストに入っているし、夜は夜でわずかな伝手を頼って本島からの知らない人の来訪を度々受け、私のまわりは反対派の主張だらけでした。まさに「寝ても起きても」です。 

どれだけ潤沢なのか知りもしませんが、県の金庫から大枚かけて明けても暮れてもうんざりするほどの「県民投票へ行こう」の過剰宣伝と反対派の主張のなか、それでも約半数が投票に行かなかった事の意味はきわめて重いものです。 

マスコミや県当局はその事の意味を徹底的に精査・解読すべきであって、議員たちはそこにこそ政治の光を当てるべきです。 

ようは、勝者は「それですらも、もの言わぬ県民」だったのであり、県民投票のそのような結果をふまえるならば、政府が政策変更するような局面とは「ほど遠い」と言わざるを得ません。 

宜野湾の松川市長にして、「投票率が五割ほどで、民意を測れたのかは疑念がある」や、「普天間の危険性の除去に触れられておらず、このような結果になるのが自然」と言わしめたのは当然です。 

しかも、あのように設問自体に前提を欠いた「欠陥アンケート」であるにもかからわらず、意外な事に「賛成者」を11万人以上も出してしまったのです。 

二紙によれば「世界が注目する県民投票」だったらしいのですが、これではその「世界」とやらも内心ではズッコケる他ないでしょう。 

くわえて今回の県民投票では自民党をほとんど沈黙させる事に成功していて、一般市民でも例えばヒジャイさん(又吉康隆氏)のように、その知性や理性的の判断から当然の帰結として、「断固たる信念」でボイコットを言い続けた人もあります。 

大きな声で言えませんし、私の個人的な見解として受け止めて頂きたいですが、わが宮古島市の下地市長ですらも投票に行った形跡がありません。 

投票運動は予想どおり、「反対派による、反対派のための、反対派による投票」に終始しました。 くわえて、「どちらでもない」は目論見どおり5万票あまりと押さえられたのです。 

あらかじめ普天間移設を「問い」から外す事も、マスコミとの全面的な共闘もでき、なおかつ自民党のドタバタもあり、反対派には追い風しか吹いていませんでした。 

それにしては、明らかになった37.5%しか反対者がいない結果は、運動側にとって、真実を前にした「致命的なマイナス」だったのではないでしょうか。

デニー知事の目論見ははずれた 

投票結果を受けた記者会見でのデニー知事は笑顔もなく、私には浮かない表情に見えました。 

記者から「六割が「反対」に投じなかった事実をどうみるか?」と問われ、「そのような事は考えていない」といい、「四分の一超が「反対」であり、そのことが重要」と返しました。 

「結果をうけて「再撤回」を考えているか?」との質問には直接答えず、今現在の状況が撤回中である旨を言うのみでした。 

巷での「民意はしめされた」と凱歌をあげていた連中はともかく、どうも結果はデニー知事の考える目論見を肝心なところで下回った事は間違いないように思えます。 

ところで今回の「撤回」では、既に分かっている事なので、県は来る高裁での訴訟において県民投票の結果も「多数の民意」としての主張はせざるを得ないのではないかと思います。 

ただ、六割以上が「辺野古反対」の意思を示さない中ではやはり主張としては少し弱く、まして県が次に想定していた「民意による公益撤回(再撤回)」の可能性は、高裁での主張をせざるを得ない以上、一般常識的には「ほぼ閉ざされた」と言っていいと思います。 

しかし、沖縄県の「非常識」によって、デニー知事は今回の撤回訴訟での敗訴確定後には民意による「再撤回」を試みる愚行に走らざるを得なくなるものと考えます。 

現在の「撤回」はデニー知事の判断ではなく、選良ですらない謝花副知事の判断によるものです。デニー知事は訴訟よりも政府との「話し合いによる解決」を常々言っており、それが達成可能な最良の解決方法であると本気で信じているのかも知れない、いわゆる「政治的平和主義者」でもあります。 

県民感情をいたずらに利用したり、さほどありもしない自らの情緒性を過剰演出したりする翁長氏と根本的に違い、デニーさんは腹に一物おけない、分かりやすい「いい人」でもあります。 

反面、リーダーシップが乏しく、本来的に争い事に向かない政治家です。 

そのような政治家は妥協が身上なので、この「妥協」こそは「沖縄からの全軍撤退」を目指す共産党や核心的辺野古反対主義者が嫌い、また警戒するところでもあります。 

彼らの特殊な歴史観でいえば、これまで「話し合い」という名の妥協によって本土に巻かれ、後退し続けた結果が、今ある「沖縄の現在」の姿なのであって、その危険性と疑念を翁長知事に対しても当然持っていたし、デニー知事に対しても同様の懸念がありました。 

そうであれば、あらかじめ現知事には特に「縛り」をかけて、知事の政治的自由度を失わしめ、安倍政権との妥協を防ぐ狙いが県民投票にはあったという事は前回の記事で申したとおりです。 

狡猾に県民投票を避け続けた翁長知事ならば、交渉テクニックとして政府に「妥協の余地はあるかも」と思わせて別のものを引っ張り出す妙手とすることが出来たのに、やはり二代目はダメです。 

これでは3月1日に安倍さんと会ったところで「子供の使い」にもならないし、何ものも引き出せない結果に終わるでしょう。 

「SACWOの設置」だとか、名前だけ粋につけてみたところで内容は翁長知事がさんざん要望してきたところの二番煎じです。既にそうした二元外交的な案は相手にされるハズのない事柄なので、提案の名に値しません。 

                                                                                                   (続く)

 

2019年2月28日 (木)

初め美しき夢の如し、やがて哀しき悪夢かな

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この間、移転について、かつての当事者だった人の証言がいくつかでています。 

移転が橋本政権から打診された時の知事は大田昌秀氏でしたが、その後を受け継いで具体化に務めたのは稲嶺恵一氏でした。

氏の手記が公表されています。
(「稲嶺恵一独白「『反対』だけでは沖縄の声は届かない」2018年10月1日)

https://ironna.jp/article/10825

「私は1998年の沖縄県知事選で、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の「条件付き県内移設」を掲げ、現職の大田昌秀知事を破り、99年に辺野古(名護市)への移設を正式に表明しました。私にとって苦渋の選択でしたが、もちろん県民の方々にとっても苦渋の選択でした。
 物事には理想論と現実論がありますが、あの時は、現実論を考えた場合、沖縄が苦渋の選択をしなければならないのではないか、と県民のマジョリティー(多数派)がそう考えたということです」

稲嶺氏は「苦渋の選択」と書いていますが、移転を打診された場に同席した江田憲司氏はこのように述べています。
(「独占手記」江田憲司が初めて明かす普天間合意「23年目の真実」)2019年2月19日)

https://ironna.jp/article/11987 

As20170612003917_comm橋本首相と大田知事https://www.asahi.com/articles/photo/AS20170612003

当時江田氏は橋本氏の秘書官をしていました。評判は、まぁご想像どおりあまりよくはありません。あの高慢ちきな官僚口調で将軍側用人を務めたようです。 

それはさておき、当時の雰囲気が分かって興味をひきます。

「私には、今でも忘れられない光景がある。時は1996年12月4日。場所は沖縄県宜野湾市のラグナガーデンホテル。当時の橋本龍太郎総理と沖縄の基地所在市町村長との会合でのことだ。
その場を支配していた雰囲気は、感涙にむせび、その涙をこらえる嗚咽(おえつ)ともつかない声で満ち満ちていた。そして、この会の最後に発せられた地元新聞社社長の言葉が象徴的だった。
「こういう雰囲気は、40年のマスコミ生活を通じて空前の出来事だ。これまで沖縄は、被支配者としての苦悩の歴史だった。橋本総理、本当にありがとう。どうか健康には留意してください、それがここにいる皆の願いです」
橋本総理の沖縄への篤(あつ)い思い、真摯(しんし)な向き合い方が、ヤマトンチュ(本土人)とウチナーンチュ(沖縄の人)の厚い壁を初めて打ち破った! と心の底から感じられる、そういう「歴史的瞬間」だった」(江田前掲)

この地元紙社長とは沖縄タイムスだろうと思いますが、今の沖タイの記者諸君に読ませて上げたいものです。 

今となっては「ウチナンチューの厚い壁を打ち破って真摯な心で向かい合った」と自己陶酔されても困りますね。 

この後、この陶酔は速やかに覚め、基地利権、土木利権、利権配分、政治的思惑がからみあったジャングルのような様相を呈します。 

それも実に23年間!オギャーと生まれた赤子が23歳のいい若者になっています。そしてまだこの先10年は移設問題に足をとられるでしょう。 

今や移設問題は本土と沖縄、日本と米国を分断させるベルリンの壁ならぬ「ヘノコの壁」と化しています。 

橋本氏が「打ち破った」のは、ただのパンドラの蓋の封印だっただけのことです。

江田氏は陶酔気味に、当時の地元自治体の「熱い感謝の言葉」を紹介しています。 

「那覇市長「総理は沖縄の心を十二分に理解してくれている。その情熱が心強い」
名護市長「沖縄に『お互いに会えば兄弟』という言葉があるが実感した。沖縄の痛みがわかる総理に初めて会った。あとは感謝で言葉にならない」
 宜野湾市長「一国の総理が心を砕き、我々の国政への信頼が倍加した。普天間基地の跡地開発をしっかりやりたい」
金武町長「希望が見えた。町民全体が燃えている」
読谷村長「日本の生きた政治を見る思い。村長をして22年になるが、総理が初めてボールを沖縄に投げた。もうやるしかない」(江田前掲)

今は「新基地を押しつけられた」として、本土政府の暴虐の象徴のように扱われている移設施設が、当時は「感謝で言葉にならない」とまで絶賛されていたのがわかります。 

この大田-橋本両氏の結びつきは強く、橋本氏は財界中枢の諸井氏を大田知事に「特使」として送り、さらにはモンデール駐日大使を動かし、クリントンにまで話をつけたという秘話を稲嶺氏は述べています。 

江田手記に至っては、当時の上司であった橋本氏を褒めちぎり、返す刀で安倍氏を「このような橋本氏の情熱がない」と斬って捨てています。 

あのね、江田さん。状況がまったく違うのですよ。具体的中身が見えない分だけに、美辞麗句の総論にすぎないからです。  

口開けはそりゃあ気持がいいでしょう。橋本氏が沖縄を愛し、負担を減らそうと善意で試みたこと自体は真実だったからです。

しかしその「善意」も23年もたてば、当事者の多くが鬼籍に入り、一体なにが始まりの動機だったか忘れられてしまいます。

さて総論から各論にはいるやいなや、利害対立が露呈します。それはどこにでもある話で、美しい理想から現実の泥の中に手を突っ込んだからです。

その交渉がいかに悪路の連続であったのかは、防衛事務次官だった守屋武昌の『普天間交渉秘録』をお読みいただければお分かりになるはずです。

08f0d2d1c5d501152101d8d4caae80a5稲嶺恵一元知事
https://ironna.jp/article/10825

次の県知事となった稲嶺氏はこう書いています。

「辺野古は、軍民共用で、将来は返還してもらい、基地を財産として使うこととし、固定化を避けるために「15年」という使用期限をつけました。あの時はまだ「最低でも県外」という鳩山由紀夫氏の発言がありませんでしたから、反対が60%程度だったわけです。十数パーセントが、こっちに賛成してくれれば進めることができる状況でした」(稲嶺前掲)

「反対が6割」、これが現実の壁でした。あれだけ感謝の涙を流した首長たちは、それぞれの御家の事情で反対に回っていました。 

自分のところに来ない限りは総論賛成、来たら突っぱねて突っぱねまくって、更に逃げ場がなくなれば、ゴネてゴネて自分たちの要求を通す、これが移設候補地探しの実態でした。 

今の辺野古埋立案も、メガフロート案は地元業者が「自分らはペンキ塗りくらいしか仕事がない」とゴネてボツ。 

もっとも現実的だったシュワブ陸上案すら、土砂を入れて埋め立ててなんぼだと反対されてあえなくボツ。 

つくづくこの陸上案に決着すればよかったと思います。ジュワブ敷地内の整備で済みましたからね。 

今、埋立用地が軟弱地盤だと鬼の首をとったように反対派が騒いでいる水深90m問題も、とっくに分かっていたことです。 

それを工事する特殊な船がないと言われていますが、そんなことは外国から借りてきてもやるでしょう。 

もちろん、その工法変更についてデニー知事がゴネるのは必至ですが、そんなことは日常茶飯事で、政府は慣れっこにすらなっています。 

結局、海上フロート案もダメ、陸上案もダメで、やむなく漁協をと困難な交渉の結果、着陸したというわけです。

まさに20いくつかの候補の消去法による決定にすぎませんでした。

埋立案に決まってからも、最小の埋立で済ませようとする政府案に対して、更に沖合まで埋立るように言い出したのは名護市です。

埋立を要求した当の地元の名護市と土木業者がゴネまくったからです。 

もっと埋立面積を増やせというのですから、これも絶対反対を唱えた稲嶺前名護市長にお聞かせしたいものです。

これは埋立事業ほどぼろい儲けがないのは事実だからで、本島沿岸のそこかしこは虫食いのように埋め立て地だらけです。

名護市の要求どおり市街地をはずして飛行ルートを定めたために、飛行場のキモである滑走路がわずか1300mという短さという結果になりました。 

そのうえ共産党を中心とした基地反対派の反基地運動が、これにからめばもうワヤです。 

何度となく書いてきていますが、辺野古埋立案は下策でした。環境的にも軍事的にも最善とはほど遠い案にちがいありません。 

それは本来対立する関係者の利害を無理やりにまとめた必然的結果でした。

その始まりは冒頭の江田手記にあるような、「(沖縄関係者が)感涙にむせび、その涙をこらえる嗚咽」の中から生まれたのです。

そしてすったもんだのあげく、鳩山氏がすべてを破壊します。

都合よく誤解されているようですが、安倍政権は鳩山政権の閣議決定を踏襲しているにすぎません。

稲嶺氏はこう書いています。

「ところが、私の次に知事に就任した仲井真弘多さんの時代に、当時首相だった鳩山さんの「最低でも県外」発言があり、県民の意識を変えてしまった。政府がその気になればできるのではないか、沖縄が苦渋な選択をしなくて済むと。あの時、マスコミにあの鳩山さんの発言をどう思うかと聞かれて、私は「覆水盆に返らずです」と答えましたね」(稲嶺前掲)

稲嶺氏が言うように、あの鳩山氏の「最低でも県外」発言は、長年作ってきたガラス細工のようなグゾーパズルを粉々にしてしまいました。

残ったのは、「政府が出来るといったんだから県外は可能だ」という「夢」です。ただし、それは現実性に欠けた白昼夢にすぎませんでしたが。

言った当の鳩山氏自身が裏切るのですから、いかにいい加減な「熱い思い」だったかわかります。

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枝野官房長官「少なくとも、現時点でアメリカ政府と日本政府それぞれの執行機関同士は、去年5月に日米合意がある。我が国政府としては、沖縄の負担を速やかに軽減するとの考えの下で合意を着実に実施する方針に変わりありません。(略)
普天間基地の辺野古への移設をめぐっては、沖縄県の理解が得られていない。また、普天間基地の代替施設の設置や工法などを決めるため、先月に予定されていた外務・防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会も延期されるなど、実現の見通しは全く立っておらず、普天間基地の固定化が懸念されている。」(2011年5月11日日テレ)
http://www.news24.jp/articles/2011/05/12/04182610.html 

すっかりハト氏は忘れているようですが、辺野古移設を閣議決定したのは他ならぬ鳩山政権であって、以後の政権はそれを継承しているにすぎません。

それを今になって枝野氏のように、「元々反対していたんだ、党名が変わったから許される」、などと言うのは、国民をバカにするのもいいかげんにしてくれと言いたくはなります。

稲嶺氏は諸井氏との記憶に寄せて、こう締めくくっています。

「諸井さんは私にこう言ったことがあります。「稲嶺さん、国民の60~70%のコンセンサスが得られないものについては、いかに沖縄がどんな大きな声で、沖縄だけで言っても、通りませんよ」と。
会うたびに何度も言っていた。多く人は、ただ反対するだけだったり、逆に甘い言葉はよく出ます。でも、沖縄のために、きれい事ではなく、本当の話をしてくれる人は少ない。
(略)
)国民のコンセンサスを得るためには、沖縄が一つにならならなければ実現できないでしょう。
今、大切なのは、沖縄を一本化して、国民のコンセンサスを得られるように努力することです」(稲嶺前掲)

2019年2月25日 (月)

県民投票が終わりました

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予想どおりの結果でした。  

欣喜雀躍のご様子の沖タイの記事です。

「沖縄県名護市辺野古の米軍新基地建設に必要な埋め立ての賛否を問う県民投票が24日、投開票された。3択のうち、埋め立てに「反対」は43万4273票に上り、投票総数の71・7%を占めた。
県民投票条例で定める知事の結果尊重義務が生じる投票資格者総数の4分の1を超え、昨年9月の知事選で新基地建設反対を訴えて当選した玉城デニー知事が獲得した過去最多得票の39万6632票も上回った。「賛成」11万4933票で、反対が賛成の3・8倍に達した。「どちらでもない」は5万2682票。投票資格者総数は115万3591人で、投票総数は60万5385人。注目された投票率は52・48%だった」(2月25日沖縄タイムス)

注目されたのは投票率と「反対」の得票数です。後述するように、県民投票は反対の人が多く行く性格でしたから、得票総数の7割というのは無意味です。

篠原孝氏はこの投票率と得票数についてこう指摘しています。

「1996年9月8日、大田昌秀知事の下で行われた「日米地位協定の見直し及び基地の整理縮小に関する県民投票」での投票率は59・53%で、うち89・09%の48万2538人が「基地の整理縮小に賛成」に投じた。これは当時の有権者総数の54・32%に相当する。有権者の過半数が基地の整理縮小に賛成したことになる。
 この時、「59・53%」という投票率をめぐってちょっとした議論が起こっている。沖縄県民の総意は基地の整理縮小にあるとするためには、当時の知事選や国政選挙で一般的だった70%程度の投票率が必要だといわれたのである。
 大田知事サイドでもこの数字を「敗北」と捉える人もいたが、有権者の過半数が整理縮小を訴えたことは大きな事実として残った。
この前例を参考にすると、今回の県民投票でも有権者の50%(約58万票)が「埋め立て反対」の意思を表明するか否かが一つの分水嶺になる」(2月23日『沖縄県民投票、辺野古埋め立て反対は「有効な武器」になり得ない』)

https://ironna.jp/article/11981?p=3

●米軍基地県民投票結果比較
・1996年9月8日 大田昌秀知事 「日米地位協定の見直し及び基地の整理縮小に関する県民投票結果
・・・投票率59.3% 基地縮小に賛成89.09%
・2019年2月24日 玉城デニー知事 「辺野古米軍基地建設のための埋め立てについて」の県民投票結果
・・・投票率52・48% 反対71・7%

なんだ23年かけて、大田知事時代より後退しているじゃないですか(苦笑)。

メディアは盛んにデニー知事の得票数を超えるか超えないかということに焦点をあてていましたが、何をおっしゃる兎さん。

公職選挙法に従った法的拘束力を有する県知事選(といっても違法行為が横行しましたが)と、そもそも今回のようなやりたい放題の法的拘束力を持たないアンケート選挙とを同一視する方がおかしいのです。

そんなものは、デニー陣営が勝手に設定した虚像にすぎません。

結局、得票率は52%、反対43万ですから、大田知事の基地反対の実績である59%、48万にはおよばず、目指した半数ギリギリで通過したようなものだったといえます。

今後、まちがいなくデニー陣営と野党・メディアは、「県民の7割が反対している」という修飾語をつけてこの結果を喧伝すると思われます。

数字のトリックです。5割の投票率のうちの7割ですから、実体は約35%程度にすぎません。

しかもその「反対」は県内の別の地域・水域案も含めた数字ですから、オール沖縄のように「あらゆる県内移設反対」となると、さらにそれから数を割り引いて考えねばなりません。

そう見ると3割前後がデニー派の真水ですから、まぁ、こんなもんでしょうというていどの妥当な数字で、特に驚くに値する数字ではありません。

しかしプロパガンダでは、「全国の基地の74%」の新種として大いに使い回される数字となりそうですから心して下さい。

こんな「反対派による、反対派のための、反対派による投票」(藤原かずえ)に対して、せめてもの抵抗として「投票に行かない」ことを選択した人が多かったと思います。  

私がわざわざ前日に、「賛成の方は行ってくれるように」とお願したほどのシラけようでした。  

そりゃシラけます。こんなデキレースの結果は分かりきっていますから。 

公職選挙法の縛りがなく、ルールなしの「選挙戦」に、税金を1億3千万円かけてありとあらゆる媒体を使って島内真空状態を作り出せばこうなります。  

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https://www.sankei.com/politics/news/190219/plt190...
しかも県民投票最大のトリックは、事実上の2択であったことです。 

この選択肢だと、私のような陸上部移設案を支持する者すら「反対」に投票するしかなくなります。 

またなによりも普天間飛行場をどうするのかという問題の本質を隠蔽することになります。 

言い換えれば、普天間移設と辺野古移設を分断し、前者を覆い隠すことが県民投票の真の狙いだったのです。 

この2択方式は、基地移設を願う宜野湾市などの地元自治体から強い反発を受けました。 

地元5市が不参加であり、有権者の3割以上が参加せず、かつ、その3割の県民は基地を受けいれるリアリティがある地元であるという事実を、満天下に示すことができました。 

まさにこれこそ、移設反対一色ではないという沖縄の現実そのものを雄弁に語っているのではないでしょうか。

基地反対派に抵抗する最良の手段は、この沖縄の現実をさらけださすことでした。

沖縄は一枚岩ではない、沖縄には多様な意見があるのだ、多くの県民は米軍基地を全否定しているわけではないということを、本土の国民に強く伝えることでした。 

そのために5市の拒否は実に有効なメッセージでした。

ところが自民党県連は、謝花副知事や県議会議長の「どちらでもない」を追加する妥協案をするすると呑んでしまいます。  

「どちらでもない」とはなんなのでしょうか。意志を問われて「どちらでもない」というのは、どちらかというと反対なのか、どちらかと言うと賛成なのか、ヌエ的な選択肢です。  

これでは「県民投票はどんな意見でも受け止められますよ、多様性は確保してありますから」、という欺瞞のオブラートを一枚余計に作ることでしかありません。  

むしろこれなら、露骨に移設先の是非を問う反対派の露骨な誘導設問のままのほうが、その「暴力性」においてまだましだったほどです。この県民投票の欺瞞性が露骨に現れますからね。 

それをなにをうろたえたのか、5市を守るべき責務があるはずの自民党県連は3択の妥協案にころび、それは見事にデニー県政の窮状を救う結果になりました。

なんと醜悪な予定調和劇だったことよ! 

デニー県政は自民県連と妥協することで5市の参加をとりつけられ、自民はともかく抵抗したというアリバイを残せたわけですから。

果たすべき責務を放擲し、デニー県政を幇助したような自民党県連は万死に値します。 これほどダメな県連は全国でも稀でしょう。

しかも自民党県連は県条例の審議において4択を主張しておきながら、新条例の制定を求めるという恥の上塗りまでしています。  

もはやこのような保守政党であることを自ら捨てたような自民県連は、解体的出直しをする以外に救いはありません。

このまま唄を忘れたカナリア状態がを続ければ、自民県連は今年の参院選でも惨敗するのは必至です。

佐喜真氏や安里氏と今回造反した議員たちで、新しい県連を一から作り直して下さい。

20190106130253http://ospreyfuanclub.hatenablog.com/entry/2019/01...

一方、県民投票を拒否し、リコール運動までちらつかされた宮古島市の下地俊彦市長はこのように述べています。

「米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設の賛否を問う県民投票が2月24日に実施されます。当初、私は宮古島市長として「県民投票を実施しない」と表明しました。
なぜなら宮古島市では関連予算案が市議会で2度にわたり否決されており、その議会議決を重視したからです。
 県民投票の不参加について、報道などでは否定的な論調にありましたが、行政の長としては議会における議員の意見がまさに民意であり、地域の代表者としての議員の意思は到底無視することはできません。そのような中で、リコール運動を示唆し、県内の市町村長に県民投票の実施を迫った市民団体などの手法は、尋常ではないと感じていました。
 県民投票は昨年10月の県議会で、普天間基地の移設の背景や経緯などに深慮なく、賛否のみを問う二者択一方式での実施が決まりました。
「普天間基地の危険除去のための辺野古移転についてはやむを得ない」とする一定数の県民が選択する可能性のある項目の検討が求められながら、かたくなに追加を認めないまま県民投票を推進する県与党の姿勢について再考を求める意見があったのも事実です」
(2月23日『宮古島市長手記「県民投票に参加しない」私の真意を改めて語ろう』)

https://ironna.jp/article/11989?p=1

結局、この5市も「多様な県民の意思を確認することが可能になった」(下地前掲)として実施の方向に妥協していきます。  

元の宜野湾市は普天間の撤去を願い、受け手側である名護市は、去年の市長選で容認派が勝利しています。  

基地を出す側と引き受ける側の気持は一緒であって、それを当事者ではない他地域がするなというという、まことに奇妙なねじれの構図となりました。

As20190223002079_commlhttps://www.asahi.com/articles/ASM2R52Z1M2RTPOB003...

デニー知事は政府と米国大統領にこの結果を伝えるそうですが、無意味なことです。

答えは分かりきっています。

大統領は内政には干渉しないと言うでしょうし、首相はこの結果は既に折り込み済みのはずです。

もしここで政府が折れれば、今後緊迫の度合いを増す一方のアジア情勢の中で、今後の安全保障関連の施設、新型機配備は限りなく困難になります。

特に、宮古への陸自配備に強い影響が出るでしょう。

もしこれが阻害されたり、配備が泥沼化するようなことがあれば、離島防衛は絵に描いた餅になるからです。

本来、このような基地移設は、軍事的あるいは建設技術的リサーチの結果を尊重するしかないものでした。

それを逸脱して、基地賛成か反対かというイデオロギー対立に巻き込まれたことにより、船、山に登ってしまったことになります。 

改めて県民にお聞きしたいのですが、確かに辺野古の選択は最善ではありませんでしたが、当時はこれ以外なかった選択でした。

一部の沖縄の有識者は長崎への移転があり得ると言っていますが、多くの専門家はそれを否定しています。
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2019/02/post-25e0.html

米軍がこれを了承する可能性はゼロです。

したがって辺野古を拒否すれば普天間基地に、そのまま宜野湾に居てくれということにつながりますが、ほんとうにそれでよいのでしょうか。

とまれ、ほんとうに問われねばならなかった普天間基地の存続と日米安保の是非を問わないまま、この小芝居は終了したようです。

 

 

 

2019年2月23日 (土)

真に県民に問われていることは、「普天間飛行場を移設することに賛成か、反対か」です

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県民投票が明日に迫っています。既に投票された方もおられるでしょうが、投票に行くことを強くお勧めします。 

県民投票の性格が移設反対派の政治的パーフォーマンスであるために、投票を拒否する方もいるでしょうが、ちょっと待って下さい。 

棄権という行為は、デニー県政によって「反対」と見なされるからです。

デニー県政は「棄権」や「どちらでもない」といったあいまいな答え方をすれば、必ず都合よく 解釈します。 

棄権は「どちらでもない」と同等に使われます。

たとえば「賛成とどちらでもないを合わせれば〇〇%だ。これでデニー県政の移転反対路線は信任された」という具合にです。 

もしあなたがデニー知事の移設反対路線がおかしいと思われたのなら、ためらわず「賛成」に入れて下さい。 

移設先が辺野古であることは、とりあえず関係ありません。 

今、あなたに問われているのは「移設に賛成か反対か」であって、その方法論や移転先ではないからです。 

そもそも、県民投票自体がデニー県政が仕掛けた巧妙な「罠」です。 

本来、県民の「民意」を問うと言うのならば、「普天間飛行場の移設に賛成ですか、反対ですか」を問うのが順番です。

移設問題の発端は、住宅地の真ん中にある普天間飛行場を移転するということから始まっています。

ならば、これを移転することが最優先課題であって、県民の安全な生活を保証するのが県の責務のはずです。それに反対するのは筋が通りません。

これではまるで、普天間飛行場にそのまま居てくれというのと同じです。

だから地元の宜野湾市は県民投票に非協力的だったのです。

この普天間飛行場の危険性を問わずに、どうして移設先の賛成、反対を問うのでしょう?

移設に反対してしまったら、普天間飛行場が半永久的に今のまま固定化されるのはあたりまえではありませんか。

これをデニー県政の詐術といわずして、いったいなにを詐術と呼ぶのか。

繰り返します。

今問われているのは移設先ではありません。そのようにデニー県政は設問をすり替えていますが、あなたの心の中て読み替えて下さい。

真に県民に問われていることは、「普天間飛行場を移設することに賛成か、反対か」です。

答えはひとつしかないはずです。

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