原子力事故

原発予備電源高台移転と地震原因説について

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HNふゆみさんのご質問です。

「原発の非常用電源の設置場所は、今はもう日本中どこも皆地上の安全な場所に移されているのでしょうか」

この予備電源問題は、大変に重要なことなので、できるだけ丁寧にご説明します。 

2013年に出した、原子力規制委員会の新安全基準ではそれが最初の項目に入っており、これをクリアしないと再稼働は不可能です。 

すべての原発において、発電所より高い場所への予備電源の設置はなされいます。 

たとえば下図は、中国電力の対策を示したものです。
島根原子力発電所の安全対策について - 中国電力(Adobe PDF) 

Img_3818クリックすると大きくなります

上図の右真ん中て黄色に塗られているのが、非常用ディーゼル発電機のバックアップ電源です。
 

なお、ディーゼルなのは、送電線が倒れたりして外部電源がブラックアウトした場合でも、発電所内で軽油によって非常発電が可能だからです。 

島根の場合、1万2千kW 級ガスタービン発電機×2台を発電所敷地内の40m高台に設置します。 

40m高台まで津波が到達する恐れはありえませんし、万が一それも浸水した場合でも、海水による冷却が可能なように予備の予備の海水ポンプを水密区に設置し、さらにそれもアウトした場合は、予備品を常時保管します。 

ここまでしなくっても、と思いまが、これが規制委員会が命じている新基準の深層防御(多重防御)の考え方です。 

上図を説明しましょう。右から順に

①防波壁の強化。発電所の主要設備への浸水を防止するため、発電所構内の海側全域について防波壁を海ばつ15メートルに強化する。
②建屋の浸水対策強化。建物内の機器を保護するため、水密性を高めた扉への取替などにより、建物内への浸水を防ぐ対策を強化する
③非常用電源の高台への移設
④海水による冷却ポンプの水密化のために、ポンプエリアに防水壁等を設置する

⑤④が浸水した場合の、冷却ポンプの予備部品・代替品の保管

もう一カ所見てみましょう。四国電力伊方原発です。
・原子力発電所を運転したり、停止時に原子炉等を安定的に冷却したり ...(Adobe PDF) 

Img_3811
四国電力は、全電源停止の場合について、こう答えています。 

上図に付けられた説明によれば 

①1号機から3号機まてに各2台の非常用ディーゼル電源を設置(図中○0)
②単独の非常用電源が破壊された場合に備えて、各原子炉間を電源ケーブルで接続し、融通できるようにする(図中④)
③2台の非常用ディーゼル発電機を7日間使用できるだけの燃料を確保(図中⑤)し、必要電力に最小化すれば14日間もつ
④以上が破壊された場合に備えて、海抜32mの高台に大型の空冷式非常用発電装置を4台配備しているほか、電源車も3台配備(図中①)
⑤海抜15mの高台に非常用外部電源受電設備(図中⑧)、海抜32mの高台に非常用ガスタービン発電機(図中⑨)を設置
⑥大規模災害時に比較的短期間での復旧に優れる配電線2ルート(3回線)を至近の亀浦変電所から敷設するなど、電源の多様化を図った(図中⑦)
  

ところで、このように十重二重の多重防御をしていますが、例によって例の如く、反原発主義者の皆さんはこう叫んでいます。
※http://www.mynewsjapan.com/reports/1403 

「近くに中央構造線という巨大活断層があり、 南海地震・大津波の危険が迫っている。
フクシチは地震で破壊されたんだ。
津波で壊れたなんて大嘘だァ!
伊方3号機が事故を起こせば、猛毒のプルトニウムを含む放射性物質で四国が汚染されるぞぉ!」
 

昨日書いたとおりのワンパターンです。

「大地震が来るぅぅぅ!活断層があるからだぁぁぁ!フクシマ(←なぜか、この人たちはカタカナ表記)は地震で壊れたんだゾぉぉぉ(棒)」 

もう事故から5年も立っているのに、まだ言ってんのですかね。あのすいませんが、この福島事故地震原因説はとうに破綻しています。

一時は国会事故調のみが地震説を出していたので、事故調の結論が混乱していましたが、2014年7月に原子力規制委員会が事故原因中間報告書の中で、地震説をバッサリと否定して、既に決着済みです。
東京電力福島第一原子力発電所 事故の分析 中間 ... - 原子力規制委員会(Adobe PDF) 

この反原発原理主義者にかかると、「安倍ヒトラーのポチの規制委員会がなんといおうと信じるもんか」のようですが、私たちも改めて福島事故の原因を押さえておくことは意義があります。

事故報告書は、4種類(独立、国会、政府、東電)ありますが、この中で唯一、「じつは地震で壊れていたんだぜ」と述べているのは国会事故調のみです。

理由は簡単で、国会事故調で主導権を握った田中三彦委員(サイエンスライター)が、ゴリゴリの反原発運動家だったからにすぎません。

Photo田中三彦氏

放射能デマッターの岩上安身のサイトに行くと、仮処分申請の司令塔である反原発弁護団の河合弘之弁護士との記者会見などが大量にでてきます。
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/tag/%E7%94%B0%E4%B8%AD%E4%B8%89%E5%BD%A6

このようなどう見ても公平性を欠く人物が主導権を握ったのが、この国会事故調だったのです。

それはさておき、この国会事故調こそがいま流布されている、反原発原理主義者の地震破壊原因説のルーツです。 

国会事故調はこう書いています。

「基準地震動に対するバックチェックと耐震補強がほとんど未了であった事実を考え合わせると、本地震の地震動は安全上重要な設備を損傷させるだけの力を持っていたと判断される」(同報告書)

ここで国会事故調がいう「重要施設の破壊」とは、「津波到達前に格納容器から数十tの冷却剤が流出して、これが炉心融解・損傷につながった」というものです。 

この国会事故調の意見について、このように規制委員会は明解に否定しています。

「『基準地震動に対するバックチェックと耐震補強がほとんど未了』であったことは事実である。しかし、そのことをもって、「本地震の地震動は安全上重要な設備を損傷させるだけの力を持っていたと判断」できる訳ではなく、損傷させる可能性があると考えることが妥当」

 ではほんとうに、国会事故調の主張する格納容器からの冷却剤流出はあったのでしょうか。 

下は規制委中間報告書にある、地震の震度と発生時刻です。15時31分~40分にかけて震度2~3です。 

意外に震度が低いのに、驚かされます。 

Img_3832_2

この15時31分~40分にかけて、もし地震で原子炉圧力容器が破壊されていたのなら、国会事故調が言うように、地震発生とほぼ同時に格納容器に亀裂が走り、そこから大量の冷却剤が漏れだしたというシナリオも成り立ちます。 

次のグラフは、原子炉圧力容器の圧力を示すグラフです(前掲)。 

地震発生から津波到達までの45分間は(非常用)電源が生きていたのでメーターの記録があります。

それを見ると配管破断を示すような圧力ロスや、原子炉水位の変化はありません。

即ち、地震によって原子炉に亀裂は入っていなかったのです。 

Img_3823

 これについて規制委員会はこう説明しています。 

「地震発生から津波到達までの原子炉圧力容器の圧力の測定値は、原子炉スクラム
後に一旦約6.0 MPa まで低下した後に上昇し、非常用復水器(IC)起動後に5.0 MPa
以下まで急激に低下した後、IC の起動・停止に応じて約6~7 MPa の間で増減が繰
り返されている。」
「この期間に炉心の露出・損傷に至らしめるような冷却材の漏えいはなかった。」(前掲)

また国会報告書は、風聞を収集した三面記事的報告書なために、格納容器の破損の根拠は、現場にいた作業員が地震発生後、津波が来るまでの間に「ゴーッという音」を聞いたと程度のことです。

ならば既に津波到達前の45分前から放射能漏洩が生じて、所内の放射線モニタリングに記録されているはずです。 

それもないと規制委員会は述べています。

「地震発生から津波到達までは直流電源及び交流電源が利用可能であったことから、地震により原子炉圧力バウンダリから原子炉格納容器外の原子炉建屋内への漏えいが生じれば、プロセス放射線モニタ、エリア放射線モニタ等の警報が発報すると考えられるが、これらの警報は発報していない。」

津波が到達する時刻は、波高計により、第1波襲来15 時27分頃、第2波襲来15時35分頃です。 

この二つの津波が到達したのが、「15 時35 分59 秒~15 時36 分59 秒までの間で、この瞬間に原子炉の電圧は、ほぼ0 V に低下して、その後は電力供給ができない状態に至った」(前掲)わけです。 

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上のグラフの右隅の緑色枠内でも明らかのように、津波到達と同時に全交流電源が停止した結果、原子炉が冷却不能となったのです。

この電源停止についても、国会事故調はこう言っています。
 

「国会事故調報告書では、「ディーゼル発電機だけでなく、電源盤にも地震により不具合が生じ、その不具合による熱の発生などによって一定時間経過後に故障停止に至ることも考えられる。」としている。」(前掲)

 規制委員会中間報告書は、これについても完全に否定しています。 

「非常用交流電源系統は、本震が発生してから約50分間は正常に機能しており、これが震度1~2 の揺れの影響により損傷したとは考え難い。したがって、余震によってD/G1A受電遮断器を開放させるような不具合が発生したとは考え難い。」(前掲)

 もういいでしょう。

詳細は、この中間報告書をご覧ください。完璧に地震原因説が否定されているのが分かるはずです。 

それにもかかわらず、おかしな裁判官が、「想定以上の地震が来て、原発がバクハツするぞぉ。仮処分で止めてやる」などと叫ぶのですから困ったものです。

この人たちはきっと受信機が地震によって壊れていて、脳内冷却剤が流出しているのでしょう。 

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またもや鼻血 朝日新聞がまき散らす脳内放射能ディストピア

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いやーさすがに驚きましたね。 

また朝日新聞は「鼻血」を放射能と結びつけてキャンペーンを始めたようです。
核の神話:20福島から避難ママたちの悲痛な叫び 2016年3月19日 

ゾンビーが、わしわしと土かきわけて、墓から手を出してくるのを眺めているような気分。いえ、もちろん、この母親ではなく、朝日新聞のほうです。 

「福島から母子避難した人たちが日本社会の中で見捨てられている」という思い入れたっぷりな書き出しで、ある自主避難の母親(記事実名)の声を紹介しています。 

やや長文ですが、引用します。

「2011年3月11日の原発事故のあと、福島県大玉村の自宅から、主人と当時4歳だった娘を連れて神奈川県相模原市の私の実家に避難しました。(略)
家族が離れてまで避難する理由があるのか、決定的な証拠を出せるような知識はありませんでした。結局、最も
放射能汚染の強かった夏休みまでの3カ月を福島で生活してしまいました。
 娘が幼稚園に行くときは、なるべく肌を出さない服を着せて、マスクをさせました。バスを待っているときに、土とか葉っぱとかを触ると、子ども同士で「放射能がついてるから、触っちゃいけないんだよー」って注意しあっていたんですね。事故前はお友達のように土や葉っぱで遊んでいたのに、それを触らないようにと子ども同士で注意しあっているのは、見ていてつらかったです。

 そうこうしているうちに、娘が大量の鼻血を出すようになりました。噴出するような鼻血だったり、30分ぐらい止まらなかったり、固まりが出たり。風邪の症状はないのに発熱が続いたり、それまでにはなかった皮膚疾患が出たり。
うちの娘だけだったら気のせいかなと思うんですけど、まわりのお母さんたちの子どもたちにも、同じような症状があるって言うんですね。だんだん私は福島で子育てをする自信がなくなりました。」(前掲)

まずは、この女性が自主避難したという、福島県大玉村の場所を確認しておきましょう。 

PhotoGoogle Earth

画像右上に南相馬や双葉が見えますね。この女性のお子さんが鼻血を出して避難したという大玉村は、福島第1の西側にあり、約80キロ離れています。
 

ご承知のとおり、事故当時は東に風が吹いており、放射性物質の大部分は海の方向に吹き流されています。 

ですから、内陸部の被曝はほとんどありませんでした。

Photo_2図 福島県モニタリング検査調査 福島県HP

大玉村の拡散図です。こ覧のように、0.1マイクロシーベルト以下です。 問題にならない放射線量です。

セシウムが検出された大豆が少し出たようですが、何度も書いてきているように、農産物のリスクはその地形によって決定される要素が強いので、そのままその土地のリスクを現しません。

ところがこの田井中雅人記者は、子供に鼻血が出たと言う女性を、まるで福島事故と関連がある「社会に見捨てられた」被害者として描いています。 

Img_3797

この鼻血については、私が答えるより専門家に回答してもらったほうがいいでしょう。 

日本保健物理学会の『専門家が答える 暮らしの放射線Q&A』は、鼻血について一節設けて、こう答えています。 

「まずお子さんの鼻血と下痢について説明します。
放射線被曝によって鼻血が出るとすれば骨髄が障害されたことによる血小板の減少か、皮膚粘膜の障害によって出血しやすくなっていたかのいずれかです。
骨髄の障害による血球数の減少は500ミリシーベルトくらいから起きますが、それによる症状が出るのは1000ミリシーベルト以上です。
また皮膚粘膜の障害は数千ミリシーベルト以上の被曝がないと生じません。
下痢がおきるのも数千ミリシーベルト以上で、それも1万ミリシーベルトに近い線量を被曝しないかぎり生じません。
これらの情報は、放射線治療をはじめとする医療被曝や、過去の原子力・放射線事故の経験など、多くのデータの積み重ねによって得られたものです。
福島第1原発事故による被曝の実態が明らかになりつつありますが、どんなに過大に見積もっても、お子さんにこれほど高い被曝を受けたとはかんがえられません。
(略)
今回の事故による被曝は、身体の一部に限定したものではなく、全身被曝です。
放射能の影響だとすれば症状が鼻血だけに限定されることはなく、そもそも、全身が数千ミリシーベルトの被曝を受けています。
その場合、生死に関わる様々な症状が現れます。そしてお子さんだけではなく、大人にも症状が出るはずです。」
 

整理しておきましょう。

①放射線被曝による鼻血の発症は、1000ミリシーベルト以上の放射線を、一度に浴びたことによる骨髄障害による血小板減少
②数千ミリシーベルト以上の被曝による皮膚粘膜障害
③もしこれたけの放射線をあびたのなら、症状は鼻血などの局所にとどまらず生死に関わる全身被曝になり、他の深刻な症状を伴う。
④子供だけではなく、大人も同様の症状を発症する
⑤今回の福島事故の放射線量では、どんなに過大に見積もってもありえない
 

つまり、この母親のお子さんの鼻血の原因が放射能であったのなら、生命に関わるほどの放射線を一時に浴びた以外考えられず、その場合この母親にも同様の症状がでているはずです。

しかも子供のみならず、この地域で大人も含めて、多数の急性被曝を訴える症状が多発したはずです。

寡聞にして大玉村でそのような事例があったという話は聞きませんし、この女性自身もこう言っています。

「当時は放射能がどれだけ体に影響があるのかなんて分かりませんでしたし、そういう村の空気を感じて、私は言い出せなくなってしまいました。」(朝日前掲)

「そういった村の空気」とは、私も分かる気がしますが、騒がずに行政の指示を待つべきだという考えです。

残念ながら事故当時、民主党政権の遅れに遅れたリスクコミュニケーションの失敗によって、行政機関への信頼感は崩壊していました。

この女性をもし「被害者」と呼ぶのなら、まさにこのリスクコミュニケーションの失敗の犠牲者です。

パニックになったこの女性は、夫の制止を振り切って、家族が解体することを覚悟で、神奈川県まで自主避難してしまったわけです。

「外で遊べないストレスも強かったんで、車を2~3時間運転して山形県米沢市までわざわざ行って、娘に外遊びをさせました。福島から山形に入って、やっと車の窓を開けて深呼吸をするような状態でした。山形に入って私が車の窓を開けたら、寝ていた娘が起きてパニック状態になったんです。「ママ、なんで窓あけるの! 放射能あるのに!」って泣き叫ぶ。」(朝日前掲)

ここまで、子供を脅かしたのは、親の責任です。親の動揺が、常に親を見ている年頃の子供に増幅されて伝わったのです。

そして子供までも、どんな安全な場所でも「放射能がある。窓を開けないで」と泣き叫ぶ脳内放射能地獄に導いてしまった責任は、親にあります。

そしてこの子供の恐慌を見て、さらに親は恐怖にかられます。果てることがない、恐怖のキャチボールです。

気の毒にと思うと同時に、親として踏みとどまるべき時期を逸してしまった母親の責任も問われるべきです。

そしていまや、今の朝日が言う「社会から見捨てられた」境涯に置かれたわけです。

この女性に対しては、冷静さを失ったことによる行動とはいえ、気の毒な側面があります。

むしろ問題は、朝日新聞です。

私は事故後5年もたって医学的には完全否定されて鼻血を、ことさらに騒ぎ立てる負のエネルギーに、ある種の狂気を感じてしまいます。

かつて私は鼻血問題でこう書きました。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-dda8.html

「ここに二種類の人間のグループあります。恐怖に脅えたところまでは一緒でした。
それからが違いました。
ひとつは自分の恐怖を他人で伝染させ声高にパニックを拡げることが「天命」たと思う人間たちであり、一方は黙々と目の前の脅威と正面から戦った人たちです。
どちらが人間としてまっとうな生き方なのかは言うまでもないでしょう。」

この私の思いは、今もまったく変わりません。

この母子が脳内放射能ディストピアから自由になり、早く自らの村に還って再び家族と一緒に住む道を選ばれることを祈ります。

一回解体しかかった家族の修復は、それを作った以上に大変でしょうが、それがお子さんにとってももっともいいことだと思います。

そして、朝日新聞、いいかげんにしろよ!

※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-f2f9.html

 

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トリチウム「汚染水」の処理は、国際条約に則った海洋放出しかない

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福島第1原発の現状について、どこをもって「事故を収束」とするか、ということですが、最長で廃炉まで40年です。 

しかし、それまでなにもしないわけではありません。 

今、とくに問題とされているのは、昨日取り上げました「汚染水」です。 

NHK(2016年3月16日)が整理してくれています。

東電の最新の現状報告書「福島第原子力発電所の最近の状況」(2015年12月11日)と共に見ていきます。 

「1号機から3号機では溶け落ちた核燃料を冷やすため原子炉に水を注ぐ必要があり、これが高濃度の汚染水となって建屋の地下にたまっています。
さらに地下水が建屋に流れ込んでいるため、当初、建屋内の汚染水は毎日400トンずつ増え続け、東京電力はこの汚染水をくみ上げて1000基に上るタンクで保管しています。」(NHK前掲)
 

この福島第1が立つ場所は、そもそも安達太良山系の湧水を集めて、大変に地下水が豊富な地点なのです。 

もちろん、建屋の下にたまっている汚染水もありますが、どちらかといえばこの毎日400トンも流入するハンパでない量の地下水に手を焼いています。 

Img_3781図 東電前掲 クリックすると大きくなります

施設を上図の左手から、崖を掘って作ってしまったために地下水に悩まされているわけですが、事故後に崖の上に地下水を汲むポンプ(青い太線)を設置しました。 

それでもなお、崖下に流れる地下水は、3カ所の「くみ上げ」と書いてある井戸からくみ上げていきます。 

とくに重要なのが崖下の井戸で、ここで止めないと、原子炉に流入して「汚染水」となってしまいます。ですから、ここでくみ上げて、なおその先に凍土壁を作っています。

「東京電力はこれまで、建屋への地下水の流入を抑える対策に取り組んできました。おととしには建屋の上流側で地下水をくみ上げて海に流す「地下水バイパス」と呼ばれる対策を始めたほか、去年9月からは「サブドレン」と呼ばれる建屋周辺の井戸で地下水をくみ上げ、浄化したうえで海に放出する対策も始めました。東京電力の試算では、こうした対策によって建屋に流れ込む地下水の量は1日およそ200トンまで減ったとしています。」(NHK前掲)
ところが、やはり問題は起きています。
ひとつは、東電は原子炉に接触しないようにした上で、浄水装置にかけて放射性物質を除去して海に放出するつもりだったのですが、せき止めた地下水の濃度が想定を上回ったため、放出が見送られたことです。

Img_3785図 東電前掲 クリックすると大きくなります
また、事故時の緊急対策として設置したタンク群の劣化も進んでいます。
福島民友新聞(2016年3月3日)によれば
「現在の汚染水発生量は1日当たり約500トン。内訳は地下水流入分が約150トン、護岸から移送した地下水分が約350トンとなっている。
 また2月25日現在、1~4号機などの建屋内には計約8万1000トンの高濃度汚染水がたまっている。」
NHKによれば、トリチウム問題が足かせになって、1日に新たに500トンの汚染水が発生し、60万トンもの「汚染水」がたまったままになっています。

「 東京電力福島第一原発では、1日におよそ500トンの汚染水が発生し、浄化設備で放射性物質を取り除いて いますが、トリチウムという放射性物質は取り除くことができないため、およそ60万トンが敷地内のタンクにためられたままになっています。 」(NHK前掲)

こうして、足止めを食っているうちに、「汚染水」は日に日に増加して、溢れんばかりになっています。
もはや、福島第1の復旧作業は、タンクのお守りではないかという自嘲すら生まれている昨今です。
Photo写真 朝日新聞2013年8月1日

そして貯めているタンクや、ホース、ポンプの劣化も進んでいます。
「東電は4年前の事故時に急増したフランジ型の貯蔵タンクが耐用年数を迎えて相次いで劣化しつつあることから、貯蔵汚染水の入れ替え作業を進めているが、設備の劣化はタンクだけではなく、今回のホースやポンプなど多くの応急的に投入された部材の劣化が随所で顕在化しつつあることがうかがえる。」F(inance GreenWatch 2015年5月19日 )

つまり、貯めておくという方法は、あくまで事故直後の浄水装置もなく、遮蔽壁もない状態でやむを得ず取った緊急措置だったにもかかわらず、事故後5年たってその限界を迎えつつあるということです。

「 こうした汚染水の処理方法について、東京電力福島第一廃炉推進カンパニーの増田尚宏代表はNHKの取材に対し、 「国の議論では希釈しての排水や、濃縮しての管理など、いろいろ案が出ている。4月以降、地元の方々と話し合い、  どういった形がいいのか決めていきたい」と話し、薄めて海に排水することを含め、どのように処理を進めるべきか、 来月以降、福島県など地元と議論を進めていく考えを明らかにしました。
トリチウムを含む汚染水の処理については、国の専門家チームで検討が進められ、薄めて海に排水する案や 地下に注入する案などが候補とされていて、地元の理解を得ながら、どのように汚染水の処理を進めるかが大きな課題となっています。 」(NHK前掲)

ここで上げられている地下注入などは、別の地下水脈に流入してしまい汚染を拡大しかねない下策です。

これ以上貯めておけない、そしてトリチウムだけに問題が絞られてきて、しかもトリチウムはそもそも非力なエネルギーしかもたない放射性物質である上に、検出量も微量です(下図参照)

ならば解決法は、世界にひとつしか存在しません。海に放出することです。これ以外にありえません。

Img_3788図 東電前掲 クリックすると大きくなります

下図は、世界の原子力施設で液体廃棄物として海に放出した、トリチウム量のグラフです。

 

20130815041950cb8s

 図 海産生物と放射性物質(海洋生物環境研究所 この論文はトリチウムと海洋との関係で教示されるものをたくさん含んでいますので、必読です。

上図のトリチウムは、原子炉の運転・整備、核燃料再処理時などで発生したものが、施設外に排出されたものが大気圏や海洋へ残留したものです。

英国が最大放出国で、実に2500兆(2.5×1015)Bq/年程度、日本は6分の1の400兆(4×1014)Bq/年程度です。

このグラフには再処理施設からの放出量は含まれていないために、英仏はさらに多くなります。 

このように現在でも各国の原子力施設からは、日常的に海にトリチウムが放出されています。 

●各国のトリチウム海洋放出量
・英国(セラフィールド再処理施設)・・・年間1390兆ベクレル(2010年値)
・フランス(ラ・アーグ再処理施設) ・・・年間9950兆(2010年値)
・カナダ(ブルース原発)       ・・・年間1180兆(2012年値)

 これはロンドン条約で認められた、唯一のトリチウム解決法です。ロンドン条約を押さえておきます

「ロンドン条約 1972年は、海洋の汚染を防止することを目的として、陸上発生廃棄物海洋投棄や、洋上での焼却処分などを規制するための国際条約。」
ロンドン条約 (1972年) - Wikipedia

なお、放射性物質の放出は同条約で禁止されているという反原発派の説がありますが、正確ではありません。(欄外参照)

ロンドン条約は、船舶からの海洋へ処分する行為等を禁じていますが、原発施設からの放射性排水の海洋への計画放出は対象に なっていません。

ロンドン条約で許されたトリチウム濃度は6万ベクレル/ℓで、これ以下ならば放出することが国際的に認められいます。

よくある勘違いに、福島第1で事故処理に失敗したから漏れだしているのだろうという誤解がありますが、まったく違います。 

他の国内原発でも、以下の放出がなされています。
 

20130821083725ad5

 

図 各原発からのトリチウム海洋放出の年平均値(2002年度~2011年度)平成23年度  原子力施設における放射性廃棄物の管理状況(2012年8月) 

沸騰水型の最大放出施設は、大飯です。全原発の合計では年間で380兆(3.8×1014)Bq/年で、世界では少ない方に属します。  

放射線の専門家である海洋生物環境研究所の御園生淳氏、富山大学水素同位体科学研究センター長松山政夫教授の意見を紹介しておきます。

①水として摂取しても10日くらいで半量が排泄されてしまうので内部被曝の可能性は低い。
②トリチウムの出す放射線量のエネルギーが低いので、外部被曝はありえない。
③毎日100ベクレル/㎏のトリチウムを含む食物を1年間食べた場合の摂取量は、0.0015ミリシーベルトで、,セシウム137の約千分の1ていどで比較にならない。
④トリチウムは何かに濃縮することがないために生物濃縮は考えられない。

もし、今後、福島第1から、トリチウムを含んだ「汚染水」を放出するなると、以下のルールに則って行われことになります。  

原子力施設のトリチウムを告示濃度限界の6万ベクレルまで希釈してから、海に計画放出し、拡散させます。  

これは先の述べたロンドン条約の国際ルールに則っていますから、文句を言ってくる国は韓国以外にないでしょう。

いや韓国も重水炉を持っているために、アジア最大のトリチウム放出国でしたっけ(笑)。 

漁業関係者は風評被害に痛めつけられて来ましたから、粘り強い説明が必要でしょう。  

外国の専門家は、このわが国の汚染水対策に同意しています。  

訪日したスリーマイル島事故を経験したNRC元専門家も、「直ちに海へ放出すべきだ」と助言しています。  

いずれにせよ、完全廃炉になり、使用済み燃料棒の処分が終了する時まで、冷却水は止められませんから汚染水は出続けます。

私はかねがね常に言ってきたことですが、事故処理に原発賛成も反対もまったく関係ありません。

もはや反原発はイデオロギーになってしまったようですが、願わくばイデオロギーの眼鏡で事故処理を見てほしくはありません。

広く世界でどのようなトリチウムの処理がなされているのかを知ってから判断すべきなのに、原発反対だから汚染水処理を止めろと言っているようにすら聞こえます。

というか、実際そう言っています。 近視眼も極まれりです。

どうも、彼らの声を聞いていると、凍土壁が失敗しそうだと手を打って喜び 、タンクが漏れると万才を叫んでいるようにすら見えます。 破滅願望なのでしょうか。 

反原発主義者にしても、このままタンクが溜まるだけ溜まって処理不能になり、炉の冷却水の循環もできなくなることが望みではないと思うのですが。

 

福島第一原子力発電所における汚染水の放出措置をめぐる国際法(西本健太郎 東大特任講師)
「海洋と放出とロンドン条約ロンドン条約は1975年に発効し、高レベル放射性廃棄物の海洋投棄が禁止された。以後この条約の下で実施されていたが、1982年の第6回の会議で、海洋投棄に関する科学技術問題を再調査し、その結論が出るまで投棄を一時停止するという提案が行われたことから海洋投棄は一時中止することになり、この年以降は実施されていない。その後、1993年の第16回会議で、放射性廃棄物の【船からの】海洋投棄は全面的に禁止となり、1996年には海洋投棄規制を強化するための議定書(1996年の議定書)が採択され、2006年3月に発効、日本は2007年10月に批准している。」

※参考文献 
ポストさんてん日記 トリチウムとは?危険性は?海洋放出量の基準値は?
海産生物と放射性物質(海洋生物環境研究所
トリチウム流出の影響  福島第一の地下水(安井至教授の市民のための環境学ガイド2013/8/10)
・原子力資料室
http://www.cnic.jp/knowledge/2116?cat_id=1
・医療での自然放射線安全にお答えします
http://trustrad.sixcore.jp/tritium-2.html

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福島事故が「収束」していないってホント?

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今回の大津地裁山本判決のバックグランドになっているのは、東京新聞(2015年9月20日)によれば、この3点セットのようです。

①原発の安全対策、とくに事故時の原発の安全対策、事故時の住民避難などの防災対策が不十分
②原発から出る核のごみの処分方法が決まっていない
③福島第一原発事故が収束していない

この③の「福島第1の事故は収束していない」という人たちのサイトへ行くと、明日にでもハルマゲドンが来ると泣き叫んでいます。 

たとえば、衝撃! 福島原発第一の怖い現状! - NAVER まとめなんかだけ見て生きている方にとって、福島第1の現状は、「もうお手上げ原発汚染水」「再臨界している」ということのようです。

この人たちにとっては再臨界=核爆発を意味していますから、都知事選に出た細川氏が言っていたように、「ロシア軍の情報によれば、福島で事故後に再び核爆発があった事実がある」そうで、おおコワ。

いえ、再び起きた「核爆発」ではなくて、言っている人の脳味噌のほうがですが(笑)。

まぁ、細川さんのいう「核爆発」は論外として、確かに「汚染水」の流出は止まっていません。河北新報(2015年12月19日)です。※河北新報を福島と表記してしまいました。もちろん宮城です。ご指摘に感謝します。

「東京電力福島第1原発で発生する汚染水が1日300トンから600トン程度に増加していることが18日、分かった。汚染地下水の海洋流出を防ぐ海側遮水壁の完成後、岸壁に近くトリチウム濃度が高い井戸「地下水ドレン」の水位が想定を超えて上昇。くみ上げて原子炉建屋に移送する量が増えたのが原因という。」

Photo河北新報前掲

汚染水の出所は3カ所です。

①原子炉の冷却系の循環水
②汚染水貯蔵タンクからの漏水
③流入する地下水

これら3ルートはいずれも汚染の濃度の差があっても放射性物質を含んでいる可能性があるので、浄化装置にかけねばなりません。

やっかいなのは、福島第1が、地層を15メートルほど掘って作られているために、施設近辺に豊富な地下水脈があることです。

1日約1000トンの地下水が流入し、それを井戸を掘って施設に行かないようにバイパスさせても、その8割から9割は施設地下に流入し汚染水となりますから、ALPS(多核種除去装置)を稼働して浄化を続けねばなりません。

施設を囲む凍土壁で止めようとしていますが、私はうまくいくか疑問に思っています。

いずれにしても、原子炉の冷却は止めるわけにはいかないので、完全廃炉の日までALPSを稼働させ続けねばならないことになります。

脱線しますが、山本裁判官などは、再稼働をとめればなんか「安全」だと勘違いしているようですが、運転停止しても原子炉は休みなく冷却し続けねばなりません。

また、使用済み燃料プールもおなじように、稼働せねばなりません。

ですから、再稼働停止で、原発のリスクをなくしたことにはまったくならないのです。念のため。

それはさておき、このALPS浄化装置が除去できない唯一の核種が、トリチウムです。

したがって、汚染水問題は詰まるところ、トリチウムの問題に帰結します。

どうやら反原発派の皆さんに言わせれば、トリチウムは放射能汚染水としてドバァ~と毎日でているので、「事故は収束していない」ということのようです。

では、「反原発の巨人」・小出裕章さんにご登場ねがいましょう。
※小出裕章ジャーナル2014年12月13日http://www.rafjp.org/koidejournal/no101/

「ALPSが動いたとしても、取り除けない放射能というのはありまして、例えばトリチウムという名前の放射性物質はALPSは動こうと、他の浄化装置が動こうと、全く取り除けません。ですから、結局そのトリチウムに関しては、何の対策もとりようがありませんので、いつの時点かであれ「海に流す」と必ず彼らは言い出します。」

その通りです。ALPSでもトリチウムは除去できません。

しかし例によって、運動家的学者特有の、「嘘は言っていないが、隠していることがいっぱいある」という類の言辞です。

小出さんはトリチウムなんか、その気になれば飲めるくらい安全なことを知っているはずです。知らなければ、原子力学者の同業者からバカ扱いを受けます。

しかし、それを言えば、事故は山場をとうに乗り越えて、いまや後始末に入っていることを認めねばなりません。すると反原発運動がしぼんでしまいます。

だから運動をダラダラするためには、「汚染水が止まらない以上、福島第1はまだ危険な状態なんだぁ」と叫びつづけにゃならんのです。

無知なマスコミも同調してくれますしね。(テレビ局や新聞社には科学記者がいないのか)

では検証してみましょう。

ALPSは核種のほぼすべてを除去します。

下図は対策会議のデータです。全部ND(検出されず)です。

006

・γ核種(45核種)・・・検出限界値(ND)未満にまで除去
・β核種(8核種)・・・5核種までが検出限界値(ND)未満にまで除去
・Sr-89(ストロンチウム)、Sr-90、Y-90(イットリウム)については、告示濃度以下

しかし、唯一例外があります。それがトリチウムです。これだけはどうしても除去できないのです。

なぜなら、トリチウムは微量の放射性を帯びた「水」で、水の中の「水」はとりようがないからです。

だから小出さんか鬼の首をとったように言うとおり、汚染水浄化装置では、「対策のとりようがない」ところまではほんとうです。

もちろん、除去する以外の解決方法はあるのですが、もちろん小出さんは知っているくせ巧妙に沈黙しています。このあたりが運動家だなぁ。

その解決方法については後述しますが、その前に、トリチウムとはどんな存在なんでしょうか?

トリチウムとは、三重水素(H3)です。昔は重水と呼ばれていました。水素の同位体ですから、人体の中では水素の化学形である「水」の形をとっています。(※炭素結合形態もあります)

とくに流出した「汚染水」を飲まなくても、既に地上生物の体内の水にはトリチウムが含まれていて、およそ1ベクレル/ℓだといわれています。

2013010919362571d

図  自然放射線による日本人の平均被ばく量2.1mSv/年の内訳

トリチウムは自然界にあるものなので、人体内にもわずかですが存在します。人体内には50ベクレのトリチウムが存在しています。

そして、毎日オシッコで10日間ほどで、体外に排出されています。

このようにトリチウムは、水や大気に取り込まれて存在します。

ただし「存在」していても、セシウムやストロンチウムのように特定の食物や内臓諸器官に残留せずに、水や大気に混ざって存在しているところが、他の放射性物質と大きく異なる点です。

これは大気圏上層で、一次宇宙線という高エネルギーによって生成されて地上に降り注ぎ、その過程で二次放射線に含まれる中性子が窒素(空気)と反応してトリチウムが生成されるからです。

この量はバカバカしく多く、127.5京といわれており、海、湖、川など以外にも水蒸気にも含まれています。

まぁ要するに、人類の生存圏のありとあらゆる「水」に含まれるといっていいでしょう。

さて、ALPS除去設備が除去できなかったのは、凶悪だったからではなく、要するに限りなくただの「水」だったからにすぎません。 

なんでこんなもんを怖がるのでしょうか。ストロンチウムならまだ分かりますが。

確かにトリチウムが「放射能汚染水」というのはウソではありませんが、正確ではありません。

除去できずに出ているのは、限りなくただの「水」ですから。

では、小出さんが批判するように「海に流す」のはまずいのでしょうか。

いや、逆です。小出さんが知らないはずがありませんが、それが正しい解決方法なのであって、むしろ海への放出する方法こそが、世界のルールなのです。

これについては、長くなりましたので、明日に続けます

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リスク管理は「事故は必ずまた起きる」が大前提だ

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素朴な問いから始めます。 

いったい原発事故というのは、「人為的ミス」なのでしょうか、それとも「天災」なのでしょうか? 

実は、ここにはヘンなねじれが存在します。 

人為説とは、東電主犯説のことです。 

たとえば、この立場をとる人たちが口を揃えて言うは、東電は869年の貞観地震がまた来るという専門家の意見を無視して、なんの調査もせずに宮城県沿岸に原発を建てたのだからとんでもない奴らだ、というものです。

一例を上げます。毎日新聞(2011年3月26日)はこう主張しています。

「東京電力福島第1原発の深刻な事故原因となった大津波を伴う巨大地震について、09年の経済産業省の審議会で、約1100年前に起きた地震の解析から再来の可能性を指摘されていたことが分かった。
東電は「十分な情報がない」と対策を先送りし、今回の事故も「想定外の津波」と釈明している。専門家の指摘を軽んじたことが前例のない事故の引き金になった可能性があり、早期対応を促さなかった国の姿勢も問われそうだ。(略)東電の武藤栄副社長は3月25日の会見で「連動地震による津波は想定し
ていなかった」「(貞観地震に対する見解が)定まっていなかった」と釈明。東電の対応に、岡村さんは「原発であれば、どんなリスクも考慮すべきだ。あれだけ指摘したのに、新たな調査結果は出てこなかった。
『想定外』とするのは言い訳に過ぎない」と話す」

ちなみにこの記事が出た2011年3月といえば、まだ事故の真っ只中で、原因究明もなにも実態さえよく分からない時期です。 

既にこの段階でマスコミの一部は、東電が主犯だという世論誘導を始めていたことがわかります。 

ならば、事故人為説なんですから、東電のような「悪人ども」にやらせずに、「正義の人」が運転すれば、原発はいきなり安全なものになってしまうという逆説にたどり着いてしまいます。

ひと頃の反原発派の主張は、このカン氏の煽動もあって東電悪玉説一色でしたが、さすがにどこかでまずいと気がついたのでしょうね。 

事故後しばらくして、原子力規制委員会が出来、反原発派の色彩の強い田中俊一委員長が仕切るようになると、これはまずい、このまま人為説を取っていると、新安全基準をクリアした原発から再稼働始めてしまうぞ、と気がついたわけです。 

そこで出てきたのが、現行バージョンの「天災不可避論」です。 

東日本大震災規模以上の災害が起きたら、新安全基準なんかコッパミジンだぞ、というわけです。 

そうなったら、1000ガルを超える振動が来るんだから、原発なんかグチグチャに壊れて、日本は誰も住めなくなるゾ、というわけです。 

法律的にもっともらしく書いていますからだまされますが、樋口判決も山本判決も大同小異で、「ハルマゲドンが来たら、原発があったらみんな死ぬんだぁ。死にたくなかったら原発を止めろぉぉぉ!」ということにすぎません。

Photohttp://www.athome-academy.jp/archive/engineering_chemistry/0000000155_all.html

話を戻しましょう。 

では、改めてお聞きします。福島事故は人為でしょうか、天災でしょうか? 

私はどちらでもないと思います。強いて言えば、天災的要素8分、人災的要素2分といったところでしょうか。 

事故は必ず起きます。それはヒューマンエラーかもしれないし、大天災かもしれません。

いずれにせよ、各々のケースでシミュレートしていけばいいのであって、大前提として「必ず事故はある」という前提から、議論を進めないとダメです。 

さて事故から4年たった2015年4月に、朝日が畑村洋太郎・元政府事故調査委員長のインタビューをとっています。
http://webronza.asahi.com/science/articles/2015032600003.html 

ちなみにこの時期は、吉田所長証言歪曲報道に対して、政府が調書を公開してしまったために、朝日が七転八倒していた時期です。
※吉田証言歪曲報道については関連記事全4回
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-f908.html 

畑村氏はまず、議論の前提から語り始めます。

「僕は原発について、事故は必ず起こるものだと思っていました。それほど確信があったわけではないけれど、薄々思っていました。そしたら、やっぱり起こったな、という感じがするんです。
 大事なことは、どんなに考えても、考えられない部分というのが残るんだ、ということです。どんなに考えても気付かない領域が残る。これを別の言葉で言えば、事故は必ずまた起こります、と言うことです。
事故が起こるから原発がいけないとか、そんなことをいいたいんじゃない。
ものの考え方の上で、事故は起こりませんと言い切ってしまうようなあのやり方、それを国民もテレビも新聞も今も求めているけれど、それは間違いだと思っているんです。」

まさに「失敗学」の泰斗・畑村氏だけあります。そのとおりです。 

福島事故は多様な総括がありますが、私はもっとも問われなければならないのは、「原発は事故を起こさない」という偽りの原発神話です

それについて、畑村氏はこう述べています。

「みんな自分の見たいところだけを見ていて、全体として考えなくてはいけないことをすっかり忘れていた。
そういうものの見方でやっていると、1番大事なことを見損なうぞ、と僕は思っていました。そしたら、ちゃんとその通りになったんですよね。それが、福島第一原発事故なんです。
僕の結論は、原子力の人たちって、自分の見たいところだけを見ているということ。全部を見ることには全く無頓着だったと思います。」(前掲)

「原発は安全である」という思想、あるいは病は実は、当時の立地反対を叫ぶ反原発運動に悩まされていた電力会社が作り出した虚像でした。

Photo_2http://blog.goo.ne.jp/kanayame_47/e/c10e70ccb1b0d546ed7a4720072c020c

当時私は、高木仁三郎氏に強い影響を受けた反原発派サークルを主宰していました。

福島事故後の今と違って、当時の反原発運動は、政治党派の介入もなく、妙な煽りをしないでコツコツと原子炉について学ぶという「高木学校」運動をしていたわけですが、既に建設反対運動はそこここで燃え上がっていました。

皮肉にも、かつては極初期の反原発派だった私は、福島事故後に徐々に彼らから離れ、いまやご承知のとおりです(苦笑)。

今でも高木氏が事故当時ご存命なら、あんな反原発派のファナティックな暴走はなかったのに、と悔やまれます。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/post-98c1.html

それはともあれ、建設反対運動の中で出てきた主張が、「原発は絶対に危ないに決まっているから、断固反対」というものでした。

するとどうなるかと言えば、原発を立地したり、原子炉を動かす立場の電力会社は「絶対に安全です」と言い続けることになります。

そのあたりの雰囲気を示すエピソードがあります。

1999年9月30日の茨城県東海村JCOの臨界事故では、作業員のミスによって死亡者2名、重症者1名を出す大事故でした。

JCOは住宅地にありながら、周辺に安定ヨウ素剤を配布していないことが後日の調査でわかります。

私の住む地域にも近く、私も、近隣のモニタリングポストに走った記憶があります。

後に来日したフランスの原子力関係者が、わが国の関係者にこのことを問うと、このように答えたそうです。

「とんでもない。日本で(事故の可能性を少しでも示すような)そんなことをしたら原発は一基もできません。事故ゼロと言って周辺住民を説得し、納得してもらっているのだから」。

このフランス人原子力技術者が、激しくのけぞったのは言うまでもありません。

これで分るのは、わが国には原子力の危機管理そのものが、完全に意識もろともなかったという衝撃的事実です。

日本原子力技術協会の前最高顧問だった石川迪夫氏が、こんな話を述べています。 

1992年、IAEA(国際原子力機関)で原子力事故に備えて指針を改定し避難経路を策定すべきという提案があった時、それを持ち帰った石川氏に対して日本の原子力関係者の反応はこうでした。

「そんな弱気でどうする。原子力屋なら絶対に放射能が出ない原子炉を作れ。」

とりようによっては強い安全への決意と取れないではありませんが、石川氏自身も認めるように、日本において「安全」という言葉の影に隠れて「万が一に備える」という視点がすっぽりと抜け落ちていたのです。

これが日本の原子力村の支配的「空気」でした。

これは「事故を言葉にしただけでも事故になる」、という言霊信仰である「原発安全神話」へとつながっていきます。

畑村氏はこう言います。

「原子力をやろうと思う時に、原子力は反対ですということだけを言う人たちがいたら、その人たちを黙らせるのには何がいいのか。安全ですというのしかない。だから、原子力は安全ですっていうのを言い出したのでしょう。
 でも、面白いよ。原子力は安全でしたって、誰が言い出したかって、ふた開けてみると、らっきょうの皮のようなもので、芯がない。俺が言い出したって言う人は誰もいない。安全だから事故はないのかと言うと、事故はありませんとは誰も答えていないんだよ。
 でも結局、事故はありますと言った専門家のところには、チャンスとかお金が行かない。干されちゃう、という格好で、安全神話が作られていったという気がしますね。」(前掲)

原子力事故が起きたらどうするか綿密に積み重ねて初めてその先に「安全」があるのであって、あらかじめ「原発は事故を起こすはずがない」では、個別具体の安全性対策が改良・進化していくはずもありません。 

そしてこの「原発安全神話」を後押ししたのが、先程述べた逆な立場から「絶対安全」を掲げる反対運動でした。

反対運動は、この樋口裁判官や山本裁判官のように、完全なゼロリスクを求めて運動したために、それを受ける側もまた「安全です」と言わざるを得なくなるというバラドックスを生む結果になってしまいました。

つまり、原発推進派と、反原発派は共犯関係にあるのです。

この奇妙な相互依存関係について畑村氏はこう述べています。

「-推進側だけでなく、社会の共同作業としてつくったと。
そうに決まっているよ。だから、推進派だけが言い出したことだと片付ける人は、自分は加担していなかったと言いたいから、推進派がやっていたことのように言っているだけ。どちらも原発の危なさを自分の問題として捉えようとしなかったという意味では、推進派も反対派も僕には同じように見える。
事故はこれからも必ずあります。今まで起こったものと同じものを繰り返すような愚かなことはしないという、決意をしなくてはいけない。だからといって事故がないというのは言い過ぎです。」(前掲)

 福井地裁判決と、今回の大津地裁判決は、また新たな「ゼロリスク神話」を作りだすことによって、福島事故後にようやく芽生え始めた「原子力のリスク管理」そのものを全否定しようとしています。

この人たちは、「いかなる安全対策も無効」という絶対的「天災不可避説」を取る以上、原子力規制や、対策などは考慮する余地なく、「説明・疎明が足りておらず、信じるに値しない」のです。

このような「ゼロリスク論」は、いまや「原発安全神話」が自滅した後の現在、きわめて危険な考え方なのです。

■追記 保全審理も山本裁判官のようです。うひゃー。最高裁事務総局、なんとかしろよ。司法の信頼が吹き飛ぶぞ。

「関西電力高浜原子力発電所3、4号機(福井県高浜町)の運転差し止めを命じた大津地裁の仮処分決定で、関電が決定の取り消しを求めて申し立てた保全異議の審理を、決定を出した山本善彦裁判長が引き続き担当することがわかった。
 仮処分を求めた住民側の弁護団が16日、明らかにした。
 大津地裁によると、裁判官は3人で、山本裁判長ら2人が継続して担当する。同地裁には民事部が一つしかなく、一般的に裁判長を務める部総括判事は山本裁判長のみという。山本裁判長は、関電が申し立てている仮処分決定の執行停止も判断する。
 民事保全法によると、仮処分は、暫定的な措置を決める民事上の手続き。保全異議審は、当事者双方が立ち会うことができる審尋などを経なければならず、より厳格な立証によって審理されることになっている。
 ただ、裁判官の人選については同法にも規定がない。過去には裁判所の事情によって同じ裁判長が担当した例もあるが、裁判所関係者によると、別の裁判長に代えるのが通例という。」(読売3月16日)

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福島を忘れてください

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福島についてかんがえましょう。こう書くだけで、重くならないで下さい。私が言いたいことは、おそらく思っておられることの真逆です。

日本人にとって、忘れようもない3月11日の春がまた巡ってきました。

「関連死」を含めた震災による死者と行方不明者は、2万人以上に登ります。

合掌。安らかに。今なお、身体は海の底にあろうとも、あなた方の霊は、私たちと共にあります。

被災地、そして「被曝」地の末席に連なる者として、何を書くべきなきか、この一か月悩んできました。

あえて、去年の福島について書いたことを再掲します。

なぜなら、本質的になんら変わっていないからです。

福島の復興は、とくに被災3県の中でもひどく遅れたままです。

その最大の理由は民主党政権時に作られた1ミリシーベルト除染という軛から自由になれないからです。
※関連シリーズ「1ミリシーベルトに根拠があるのか?」全6回
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/1-8301.html

この歪んだゼロベクレル主義、あるいはゼロリスク主義は、日本社会にすっかり定着してしまいました。

それは今回の「1ミリシーベルト失言事件」、あるいは関電仮処分判決など見るとはっきり分かります。

仮処分訴訟団は、「もし事故になったら琵琶湖が汚染される」と叫んで妙な共感を呼んでいました。

私は呆然としました。セシウムが非水溶性で、底土の粘土に固定され無害化されるために水質汚染はきわめて限定的なものだということも知らないで、反原発運動などしているのか、と。

この人たちは実際に、「被曝」した福島県阿賀野川水系や、茨城県霞ヶ浦水系の少しでも検証したのでしょうか。

霞ヶ浦水系などは100万人がそこから取水していますが、茨城でガンが増えたなどというデータは一切ありません。知っていましたか。

少なくとも、知ろうという努力をしましたか?現実を知る努力をしていたら、こんな発言はできるはずがありません。

これら「被曝」地水系の調査は地元大学によって既に5年前から綿密になされており、水質汚染は初期を除いて急減し、数年前から検出限界値以下になっています。

これほどまでに自然は強いのです。自然の自浄作用を見ないのは、恐怖心の煽りにすぎません。

一方、この仮処分命令を出した大津地裁の裁判長は、「原因究明は道半ば」などということを平気で言う始末です。
仮処分決定1(HP用)

この裁判官は政府事故調を読んだことがないのでしょうか。あるなら原因は地震ではなく、その後の津波による全交流電源停止だとわかりそうなものです。

また、地震についても福島第1は、基準値振動の438ガルを大きく超える548ガルに見舞われても、配管の破断はありませんでした。

それを700ガルの基準値でも低いというのは、何か科学的根拠があるのでしょうか。

そもそも、裁判所は高度な専門性を持つ原子力防護を判定する機関ではありません。

裁判所ができるのは、あくまでも規制委員会や国の審査方法が適法であったか否かです。

司法の権限を飛び越えて、安全性審査をすること自体がおかしいのです。

こういう、凝り固まったまま時間が停止しているような人たちは未だマスコミを中心にして健在であり、むしろいっそう悪化しています。

この人たちに共通するのは、極端な説を信仰して、そこから一歩もでずに脳内地獄の中に今なお生きていることです。

自閉的サークルの中で静かにしているだけならともかく、日常的にあらぬデマをまき散らし、訴訟沙汰まで引き起こすことで、「被曝」地住民を傷つけ、復興を遅らせているのです。

年数など一部は書き換えてありますが、原文ままです。

なお、大津地裁判決批判は別記事で詳細にする予定です。

                         ~~~~~

語弊を承知したうえであえてこう言います。

<福島を忘れて下さい>

福島を変な象徴に祭り上げないでください。福島にカッコを付けたり、片仮名でフクシマと言わないで下さい。

ヒロシマ・ナガサキ・チェルノブイリ・フクシマなどと、安易な並列をしないで下さい。

福島をひとり歩きさせて、おかしな同情をしないで下さい。それは今、普通の歩みを始めている福島の人間にとって、逆に重荷であって、むしろ迷惑だからです。

福島の農業をしている友人が、笑いながらこうぼやいていました。

「福島の作物をあえて食べることが支援だと思ってくれている人がいるんだ。ありがたいがズレている気がする」

福島事故の後、「被曝」地農業は大打撃を喰いました。福島、茨城、宮城などの地の農産物はまるでウイルスが感染しているように、手を触れただけで「放射能がうつる」として捨てられました。

当時、私のブログに来た罵詈雑言のつぶての痛みは、今でも思い出すと悔し涙が出ます。

私の農場も重度の経営難に陥り、いまなおその打撃から回復していません。正直に言って、今後の展望を考えられないような心が折れた状態が続いています。

多くの農家が農業から去って行きました。その理由は、表面的には老齢だったり、後継者がいないことです。

あるいは今年の米価が採算に合わない低価格だったせいもあるでしょう。しかし、真の理由は、震災と福島事故によって「心が折れた」からです。

心が折れる、つまり心が乾き、悲鳴を上げ、痛んだゴムのようになって復元力がなくなったのです。

実際に福島と茨城の稲作は激減しています。

その福島の知人は続けてこう言います。

「支援で食べてくれるならもういいと言いたくなる時がある。ほんとうにただの農産物として食べてほしい。無理なのかな、オレの言っていること。失礼なのかな」。

支援はありがたいものです。私も震災直後に頂戴した何人もの方々の温かい物資、カンパは今でも一生忘れません。

ただ、すでに5年という月日がたち、農業は農業の論理で、一個の食べ物として評価されるべき時期にとうに入っているのです。

福島の農業を支援したいと思う方々は、間違いなく善意で、心優しい人たちです。

しかし、実際の福島の農業を見ないで、その人の頭の中にある観念の中の「フクシマ」で見てはいませんか。

それは時に、現実を生きる人を傷つけているかも知れないのです。

その観念は多くの場合、現実とズレています。その人達にとって4年前の時間で止まってしまっていることが多いからです。

たとえばこんなふうなイメージです。

農地は放射能にまみれ、山野には積もった放射性物質が堆積していて、常に川に流れ込んでいる。

作物は放射能で汚染され続け、今でも多くの作物が秘かに捨てられている。

除染をやってももきりがない、除染しても救われないほど放射能がしみ込んでしまっている。

子どもたちにガンが出ていても、政府は隠している。実際は数万人がガンだという噂だ。

そして、トドメはあの雁屋某の言うように、「福島から逃げろ」です。あるいは、室井某のように「福島に子どもを行かせない」です。

ため息が出ます。怒りさえ湧いてきます。

3・11から2年たっても、こんなことを深刻そうな顔で言うコメンテーターがいました。

「福島から出て行ったは若い人は帰ってきません。若い人がどんどんいなくなって、残っているのは除染の仕事にありついた人か、親がいるから逃げられない人ばかりです」

嘘をつきなさい。普通に福島の若い人たちは働いて、結婚し、子どもを生み、育てていますよ。

ため息が出ます。怒りさえ湧いてきます。

農業で心が折れた人が出たのは、過剰な放射能危機を煽ったこの人のようなデマッターたちのせいです。

このような人達は、一見同情的で、自分こそが「福島」に寄り添っているような顔をしていますが、実際はただ反原発運動のダシにしているにすぎないのです。

薄汚い政治的利用主義者たち。

もう5年たった、とあえて言うことにします。日常を生きる者にとってずっしりと長い時間でした。

当時小学校だった子どもが、高校生になる時間がたったのです。

その間に、様々な原発事故の実態が明らかになり、かつては永遠に存在し続けるとすら思えた放射性物質すら自然界で急激に減少していくのがわかってきました。

そしてなにより、耕し、植え育てる人の営みがあるかぎり、放射能に克つことができることが実証されてきています。

福島の人々が新しい現実と戦っている今、いつまでも2011年3月11日から前に進まないのは一体誰なのでしょうか。

いい意味で「福島」を忘れましょう。心の中でゆっくりとフェードさせていって下さい。

それが福島と共に歩むことなのです。

 

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その8 トータルな自然の浄化を知らない「除染」作業の虚しさ

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かつて「除染など無意味だ。福島は住めない。逃げることが勇気だ」などと言って、徒に恐怖を煽り立てている人たちが大勢いました。今でも数こそ減りましたが残存しています。 

下の画像は、毎回同じで恐縮ですが、「美味しんぼ」2014年5月のスピリッツに掲載された『美味しんぼ・福島の真実』です。 

当時私はこの掲載と同時に強く反論し、ミニ炎上までした記憶があります。 

ここで登場するのは、福島大学の現役教員である荒木田岳氏ですが、きわめて断定的に「福島は住めない論」を、雁屋哲氏に吹き込んだ人物のひとりです。 

彼の言動を見ていると、典型的なデマッターがたどることを言っています。 

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 (週刊スピリッツ2014年5月「美味しんぼ・福島の真実」より 以下同じ)

彼らは大げさに騒ぎ立てるだけで、地道な実地計測をしていません。するとしても、せいぜいが、市販のガイガーカウンターで街の通学路の側溝か、近所の河川敷を計るていどです。 

特にこのような人たちは側溝、つまりはドブがお好きなようで、なにかというとこのドブの泥土にくっつけんばかりにして計測しています。 

側溝は、街路や家屋の放射性物質が流れ込むためにホットスポットになるに決まっている場所です。 

週刊現代、上杉隆、グリーンピース、反原発団体などやり口はすべて一緒で、センセーショナルに騒ぎたければ、ドブで計ります。 

ですから側溝の計測記録を出して来る人がいたら、まず眉に唾をつけて下さい。ほとんどが、ことあれかしのデマッターですから。 

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降下した放射性物質は、屋根や道路面にいったん溜まり、その後に雨で雨樋から側溝、下水施設、あるいは用水路から川へと流れ、最終的には海に流れ出して希釈されていきます。

途中の各所では、堆積物として徐々に溜まっていくわけですが、そこでは堆積が重なるために濃度が必然的に高くカウントされることになります。

ですから、荒木田氏が持ち出した下水道は非常に特殊なスポットで、イコール街全体の汚染そのものではないのです。

別に「住めない福島」だけの問題ではなく、東京都の下水処理施設ですら同じでした。

東京都下水道局

上図のように、東葛下水処理場などは、事故から1年たった2012年3月でも未だ1万ベクレル/㎏を超えています。

放射性降下が微小だった神奈川県の下水処理施設も同じでした。溜まるのです、下水施設は。

では、「東京も神奈川も住めない」と言うべきなんでしょうか(苦笑)。わけはありません。

下水道や処理施設の汚泥の粘土分子は、強力なセシウム・トラップです。※トラップ 特定の物質を捕獲して封じ込めること。

昨日お話したように、泥や粘土の分子構造の中に、キレート効果で放射性物質を封じ込めてしまいます。

ですから、人間には利用できません。できない以上、放射能を遮蔽したのと同じことです。

どうしてこう簡単なことが:分からないのかと、かえって不思議なくらいです。

この人たちにとっては、放射能は民俗学でいう「ケガレ」みたいなもので、いったん汚染されたらもう半永久的に「汚い」のでしょうね。

さて、荒木田氏たちはこれだけ恐怖の大魔王みたいなことを仰せになるのですから、トータルな汚染状況を調査しているのかといえば、そうでもなさそうです。 

本格的に、農村に分け入って谷津田を一枚一枚計測したり、阿武隈山系の森林を踏査しようという努力をはらっていないくせに、まるで預言者のように「福島は除染しても住めない」などと平気で言う神経がわかりません。

この「美味しんぼ」事件の反論で、私が一番力点を置いたのは、放射能は自然のエコシステムの中で、有効に無力化しているということです。

荒木田氏は、下のように河川を除染しろとか、海に出るの阻止しろとか言っていますが、少しは真剣に湖沼や水系の浄化に取り組んでいる研究者の話を聞くべきでしたね。 

Photo_6

私は2011年夏、霞ヶ浦の環境保全に関わる地元大学の専門家と共に霞ヶ浦や付近の河川や水田などを実測調査したことがあります。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-8e5d.html(6回連載)

河川で有意な放射線量がわずかに測定されたのは事故直後だけで、それは静かに移動して湖や海に流出していることがわかりました。

では荒木田氏のいうように、「海に拡がるのを阻止」する」必要はあるのでしょうか。

ありません。それは水系の仕組みをみれば理解できます。荒木田氏などが考えているように山や街に降った放射性物質が、キャッホーと一気に河を経て海に流れ込むわけではないのです。

山に降った放射能は、水田に流れ込み、用水路を経て河川に流れ込みます。その過程をひとつひとつ検証せねば、「福島が住めない」などと安直にいえないはずです。

Photo

座間市HPより

では順を追ってご説明していきます。

できるだけ専門用語を使わずに、図表を使って平明に解説します。

荒木田氏から「いくら街を除染しても、すぐに山から汚染水が流れてくる」といわれた、山系に降った放射能汚染はどうなっているのでしょうか。

実は阿武隈山系には、研究者の実地調査が何度も入っています。

まずは、もっとも初期の11年9月に、福島県山木屋地区標高600mの福島第1原発側斜面で、新潟大学・野中昌法教授が行なった土壌に対するセシウムの沈着状況の計測結果です。

Photo『放射能に克つ農の営み-ふくしまから希望の復興へ』より 

●山木の土壌の放射性物質分布
・A0層(0~7㎝)・・・・98.6%
・A1層(7~15㎝)・・1.4 (2011年9月測定)
 

このように、放射性物質は微生物が分解中のその年の腐植層(A0層)に98.6%存在し、その下の落ち葉の分解が終了した最上部(A1層)には達していないことが分かりました。 

事故後、福島の山間部では、この森林に降下したセシウムが、A0層とA1層の間にある地中の水道(みずみち)を通って雪解け水となって流れ出していくものと推測されます。 

セシウムは、葉と落ち葉に計71%が集中しており、それは地表下7㎝ていどに99%蓄積されていました。 

畑以上に表土に結着した量が多いようです。これは山の表土がトラップに有効な腐食土に覆われているためだと思われます。

言い換えれば、山は畑以上にトラップ力が強いようです。

大部分は土中にトラップされますが、2011年に降った放射性物質の一部は沈下せずに、むしろその下の去年の腐植層との隙間を流れ出したと思われます。 

いわば、初年度の汚染水は大部分を土壌に残留し、土壌分子に固定されながら、一部が地表を滑ったような形で下に流れ落ちたのです。

国立環境研究所は筑波山における調査に基づいて、この山からの流出量は「事故後1年間の放射性セシウムの流出量が初期蓄積量の0.3%だった」と述べています。
http://www.nies.go.jp/shinsai/radioactive.html 

わずか0.3%であっても汚染物質は、山と里地との接点である谷津田の水口(みなくち)を汚染しました。

046

私たちの地域での自主計測会の様子 ガイガカウンターをビニール袋に入れて計測している。筆者撮影

下の谷津田のデータは同じく野中教授らのグループが測定したものです。

11年度米で、もっとも多くセシウムが検出されセンセーショナルに騒がれたのは、谷津田水口周辺でした。

Photo_3

左手手前が水口。下にいくと水尻。ここから用水路に入り、河に出て行く。この写真は二本松ではありません。筆者撮影

放射性物質を含んだ山からの水は、まず水口でトラップされ、下へ流れるに従って減衰して、より下流の水路や河川に流れていくのがわかるでしょう。

福島県二本松・放射性物質が玄米で500bq検出された水田付近の測定結果
同上の空間線量(マイクロシーベルト)
・水口・・・・1.52
・中央・・・・1.05
・水尻・・・・1.05
同上土壌線量(ベクレル /㎏・セシウム134・137の合計)
・水口・・・・6200
・中央・・・・3900
・水尻・・・・2600

 しかも、事故から5年近くたった現在は、この11年の汚染された山の地層の上に、さらに新たな腐葉土の地層ができたために、11年の地層は50㎝以下に沈下しているはずてす。

これによって、事故直後山の表土を滑り落ちる汚染水の流出量は、今はほぼ途絶えたか、激減しているはずです。

さてこの山からの汚染水は谷津田を経て用水へ、用水から川へと流れこみます。ではこの河の汚染状況はどうでしょうか。

Plaza阿賀野川 http://www.hrr.mlit.go.jp/agano/kangaeru/tushinbo/2009/places/06_g-agmzpl.html

これについても゛新潟県が2011年に調査したデータがあります。

そしてほぼこの底土、護岸部分にトラップされたために水質自体の汚染は非常に低く、河口での線量は著しく減衰しているのがわかります。

阿賀野川放射性物質調査結果 2011年新潟県http://www.pref.niigata.lg.jp/housyanoutaisaku/1339016506464.html
1 阿賀野川の河川水
  5月29、30日に、上流~下流の7地点の橋で採取した河川水から、いずれも放射性セシウムは検出されませんでした
これまでの阿賀野川水系の淡水魚の測定結果
8魚種で検査を実施 不検出~49ベクレル/kg
2 阿賀野川の底質(泥等)(別紙1参照)
  5月29、30日に、上記7地点の橋から採取した川底の泥、砂等の10検体を分析し、最大68ベクレル/kg湿の放射性セシウムを検出しました。
3 阿賀野川岸辺の堆積物
  5月29日に、川岸3地点で試料を採取し分析したところ、中流の岸辺で表面から深さ30~40cmの層で採取したものから最大232ベクレル/kg湿の放射性セシウムを検出しました。

 私が述べたように、河川水からは検出されず、川土や川岸からのみ検出されています。 

これはセシウムの特性が水に溶けにくい性格のためです。これは農水省飯館村除染実験時の調査記録にも記されています。

下の計測図を見ていただくと、表層の粘土がもっとも多くセシウムをトラップし、その下のシルト(粘土が混ざった層)はそれにつぎ、砂質になるとまったくといっていいほどトラップしなくなるのがわかります。

だから、セシウムは地表5㎝前後の部分に多くあったわけです。

002

http://www.s.affrc.go.jp/docs/press/pdf/110914-09.pdf

この飯館村除染報告書はこう述べています。

「放射性セシウムは農地土壌中の粘土粒子等と強く結合しており、容易に水に溶出しない。一方、ため池や用水等、水の汚染は軽微である。」

つまり、放射性物質は河に流出したとしても、水に溶けにくいために底土、岸に吸着してしまい、水質汚染につながりにくいのです。

というわけで、新潟県の阿賀野川の計測結果で水質汚染がなかった理由がこれです。

では、これを荒木田氏が言うように、「除染に意味があるとしたら河川の除染だ」というようなことをしたらどうなるでしょうか。

除染方法が具体的に述べられていないのですが、河川や湖沼では底土を大きなポンプ浚渫船で吸い込むしか方法はありません。

つくづくこの「福島住めない論」の荒木田氏は、なにも知らない人だとため息が出ました。

Photoポンプ浚渫船 http://blogs.yahoo.co.jp/crazyfloater/33522132.html

こんなことをしたら、せっかく河口や底土、あるいは岸の土壌に決着してトラップされているセシウムは攪拌されて、泥と水が混ざり合って、元の木阿弥です。

このように河川の「除染」は意味がないばかりか、かえって汚染の拡散となってしまうのです。

ですから、環境省は福島県、茨城県の湖沼や河川の除染にはあえて手をつけていません。

河川以外にも、一部は下水路から処理施設へと向かいますが、この段階で処理場汚泥に沈殿するのは冒頭に見たとおりです。

このように山から流れた汚染水は、森林から海への長き道のりを辿って各所で「捕獲」されて封じ込められていっています。

そして海にたどり着いた放射性物質も、海流で沖まで持っていかれ、海流に乗って拡散していきます。

このような複雑に絡み合う日本のエコシステムは、放射能という新たな敵に対しても健全に機能し、放射性物質を各々の持ち場で封じ込め、次の場所に譲り渡していったのです。

これが自然生態系の外敵に対する防衛機能です。

そしてこの自然のトータルな協同の力によって、放射能物質はいまや見る影もなく衰弱していました。

今国が民主党の置き土産としてやり続けている「除染」作業は、この自然の摂理に従ったセシウムトラップの数億分の1の働きもしていないでしょう。

人間のやることが、いかに虚しいものかお分かりいただけたでしょうか。

※一回アップしたら、記事のセンテンスがグチャグチャでしたので、再アップしました。

 

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その7 除染したければ自然の力を借りることです

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平時には平時の考え方があり、緊急時には緊急時の考え方があります。 

1ミリシーベルトをはあくまでも、何も起きていない平穏無事な時の基準にすぎません。 

ですから、そんな規制値を事故直後に当てはめたら、かえって収束作業の足をひっぱり、住民に不要な負担をかけてしまいます。 

リスク管理は、それをすることによるリスク削減と、それをやったことによる社会的なマイナスを天秤にかけて、軽重を計ることです。 

住民は避難によって職と住を同時に失いました。 

残された街のインフラは痛み、住居も再び住めるかさえ見当もつきません。 

というか、再び故郷に帰ることができるのかも、まったく見通しが立たないのです。 

このような状況の中で、700人以上が亡くなられています。おそらく遠からず千名を超えるでしょう。

原発事故そのものによる死者は出ませんでしたが、避難はこれほど多くの人を蝕み、殺したのです。 

そして誰も住んでいない街を、延々と2.5兆円ものコストをかけて除染作業が続いています。 

除染というとものすごいことをしているように思われるかもしれませんが、そのおもな仕事はただの草刈りです。 

Photohttp://curassy.com/I46b2e1f

除染とは、原発事故により放出された放射性物質由来の環境汚染が、人の健康や生活環境に及ぼす影響を、低減することを目的とした作業です。 

これには2種類あります。 

まず、表土を削ったり、草を刈って放射性物質を取り除く「除去」です。 

もうひとつは、放射性物質を土やコンクリートで覆うことで被ばく線量を下げる「遮蔽」です。 

しかし、こうした「除染」をしても、実は放射能はなくなりません。 

よく勘違いされていますが、放射能は一定の時期まできて核種の自然崩壊が終わるまで消滅することはありません。 

ですから、「除染」とはなんのことはない、どこかに移動するだけです。 

Photo_2同上 

そしてひたすら、行き場のない低レベル放射性廃棄物の山を築くことになります。 

いまやその量は、2千200万立方メートルに達すると推定されています。 

この中間処理施設はすったもんだのあげく双葉街に決まりましたが、建設には1.1兆円かかるとされています。 

除染と中間処理のコストだけでしめてなんと3.6兆円です。 

人は故郷に帰還できず、避難先で次々に亡くなられていき、残った街はダーストタウン化し、そしてその街を除染するために3.6兆円かけて、毎日草刈りをしているというわけです。 

この最初のボタンの掛け違いは、細野氏が環境大臣だった時に決めた「平時」と「非常時」を取り違えた1ミリシーベルトに始まります。 

では、どうしたらよかったのでしょうか。実は解決方法は既に分かっています。

言われてみればコロンブスの卵のようなことですが、徒に人の力で「除去」しようとするのではなく、自然の力を借りることです。 

3・11当初、セシウムは、「謎の放射性物体X」でした。

しかし現在は正体も分かっていて、その弱点もほぼ解明されています。

よく勘違いされていますが、放射性セシウムは万能でもなければ、最強の物質でもありません。

放射性であるという点を除けば、自然界にあるフツーの(非放射性)セシウムと同じだと思ってもかまわないのです。 

問題を煎じ詰めれば、 放射能が長い期間なくならないのなら、人間に利用できないように無害化すればいいだけではありませんか。

要は、放射性物質を「遮蔽」してしまい、人に触れる量を極小化すればいいのです。これが無害化です。

この時にゼロベクレルでなくちゃイヤという人は、ご遠慮ください。話が進みませんから。

リスク管理では、冒頭に述べたように、「それをすることによるリスク削減と、それをやったことによる社会的なマイナスを天秤にかけて、軽重を計ること」をします。

リスクが極小なら、社会的にプラスの方を選択していきます。

具体的にみていきましょう。まずは、敵の正体を知る必要があります。

いったん地面にフォールアウト(放射性降下)したセシウムは、どのような動きをしているのでしょうか。

これも分かっています。 

①表層土壌の鉱物質や腐植物質()に結着して、とどまるケース。
※植物が発酵分解されてできる物質のこと
②表層土壌から溶解してより下の地層に沈下するケース。

②の地下水へ流出するというのもないわけではありませんが、比率にすればわずかです。

というのは、セシウムは土壌の粒子と堅く結合して、簡単に水にとけださないからです。それについては後述します。

下図は2011,年9月の農水省の飯館村における除染実験報告ですが、放射性物質がきわめて浅い地表面にいることが確認できます。

大部分は地表面5㎝ていどのごく浅い層に存在します。http://www.s.affrc.go.jp/docs/press/pdf/110914-09.pdf (以下グラフ一緒) 

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①耕していない牧草地や畑地の場合・・・地表面から5㎝までに9割以上のセシウム層が存在する。
②ロータリー(※)で耕した畑地の場合・・・ほぼ均等にロータリー深度に薄まって均一化する。

※トラクターにつける回転刃 

つまり耕さない場合には、放射能はいつまでも表層から5㎝ていどに居続けるということです。

そしてロータリーで耕すと、放射能がなかった下層の土と混合されて均等に薄まっていきます。

プラウ(鋤)で耕すと、鋤は縦に深く掘れるために15~20㎝あたりに埋め込まれた形になります。

いずれにしても、人間や植物が接触する地表面からは「隔離」されることが分かります。

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図 農水省 本宮市における反転プラウ(30cm)耕後の放射性セシウムの深度分布

2011年当時の、私たちの行った実測値で確認しましょう。

なお、これは線量が高いいわゆるホットスポットの計測値です。セシウムは揮発性なので、その時の風向きや地形によって濃淡が生じます。

・2011年3月末の畑地の実測値・・・800ベクレル/㎏
・同年5月第1回目の耕耘後  ・・・100
・同年6月第2回目の耕耘後  ・・・80

※端数切り捨て

このように人間が耕すという営為をすることによって、放射能は確実に無力化していくことが分かります。

ではどうして、土がこのような放射性物質のトラップ(罠)の働きをするのでしょうか。

これは福島現地に入った、心ある農学者たちの地道な研究によって解明されています。

セシウムなどの放射性物質は電荷がプラスです。すると、当然マイナスにくっつきます。

すると土の中の腐植物質は、マイナス電荷ですからセシウムをビシビシと吸着していくわけです。

しかし、電気的吸着は弱いので、短時間で離れてしまいますが、どっこい土壌に含まれる粘土質には無数の分子レベルの微細な穴が開いているのです。

電気的結着が弱まって離れ始めた放射性物質は、次はキレート効果によって物理的に吸着されていきます。

簡単にキレート作用について説明します。

キレートというのは、元々はカニのハサミのことで、カニがチョッキンするように金属分子を鉱物の構造の中にはさみ込んでしまうことを言います。

ある分子がカニのはさみのようにカルシウムイオンなどの金属イオンと強く結合し、安定した化合物(錯体)を作る作用のことです

この場合、粘土やゼオライトの微細な穴がセシウム分子とあつらえたように同一だったというわけです。

そのためにセシウムは穴にキレート作用でスッポリとはまり込みますが、なんと無情にもこの分子の穴は徐々に閉まっていきます。

ピタッと閉まった分子の穴は簡単に再び開くことがないために、「セシウムのアズガバン」となってしまいます。

こうして、放射性物質は、強力に土壌内分子に物理的結着をしますが、時間がたつにつれ結着は強くなる傾向すらあるようです。

これが土壌の「トラップ機能」というもので、この土の思わざる素晴らしい働きによって、セシウムは土壌の分子内に封じ込められることになりました。

私は信仰心が薄い人間ですが、これを知った時、神は我々を見放さなかったと思いました。

ちなみに植物にも移行しますが、たかだか千分の1ていどにすぎません。

ですから実際、私たちがしたひまわりによる除染はまったく効果がありませんでした。

第一、ひまわりの茎って太くて大きいので、持ち出すのが大変で、しかもいちおう低レベル廃棄物ですから燃やしたり、捨てたりもできないので処分が大変です。

このひまわりなどの高吸収作物が有効ではないということは、農水省の上記の飯館村での除染実験でも証明されています。
002_2

http://www.s.affrc.go.jp/docs/press/pdf/110914-09.pdf 

こうして考えてくると、放射能移行の少ない草刈り除染は、無駄な労力を巨費を投じて意味のあるかないかわからないことをやっていることのように思えます。

放射性物質を「持ち出す」という発想そのものがダメで、むしろ持ち出さずにその場で「封じ込める」のが正解なのです。

このようにリスクが極小化されれば、くだらない1ミリシーベルト除染などにこだわらず、ケースバイケースで対応を決定し、社会的プラス、すなわち帰還や農業を再開することが正しいリスク管理の選択だったのです。

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1ミリシーベルトに根拠があるのか? その6 間違った「除染」と真の除染

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丸川大臣が標的になっているようで、今度は「環境の日を間違えた」という、前回よりもっとどーでもいいようなことのようです。 

猛烈な既視感。次はおおかた、漢字の読み方かカップ麺の値段クイズといったところでしょうね(失笑)。バカか。

毎回こればかりです。偏向報道というのもおこがましい、それ以前のただのガキのイジメにすぎません。 しかも女性ばかり標的にするたちの悪さ。

キャスターがしたり顔で、「1ミリシーベルト失言の丸川大臣がまたまた失言の嵐です」みたいなことを言っているのをみると、心底げんなりします。 

丸川さんの1ミリシーベルト問題は「失言」ではなく、除染のあり方に対する「意見」です。

出し方の問題は私も指摘しましたが、言っていることの内容は間違っていません。むしろ簡単に謝るなよ、といいたいくらいです。

福島の避難区域の復興が遅れています。その最大の原因は民主党政権が決めた除染が遅々として進まないことです。

除染の目標を、1ミリシーベルトなどという「最適化」を忘れた非現実的目標にしてしまったからです。

Photo
環境省HP

上図を見ると川俣町、浪江町、大隈町などの浜通りの一帯が手つかず、飯館村ですら4%ていどです。

この状況が続けばこれらの地域は、事実上の永久立ち入り禁止地域になる危険性すら出てきました。

カナダ経済紙のフィナンシャルポスト(2012年9月22日)は、ローレンス・ソロモン氏の論評を掲載して、こう述べています。
http://www.gepr.org/ja/contents/20121015-01/

「東日本大震災で失われた人命は1万6000人、行方不明は3500人と災害の中でも最悪の結果となったが、加えて16万人(原文9万)もの人々の避難の問題が今も続いている。この死者の大半は、出してはならないものであった。」

このようにソロモン氏は、事故そのものより、むしろ避難したことによる強度のストレスによって多くの人か亡くなったと指摘しています。

避難者の関連死亡者数は既に700人を超えて、このままだと再び故郷を見ることなく亡くなる人々が急増すると考えられています。

Hqdefaulthttps://www.youtube.com/watch?v=tcOQ_dowufc

思えば、ダッシュ村の三瓶さんも、避難先で亡くなられてています。どんなにか双葉の里に戻りたかったことか・・・。

京都女子大水野義之氏による、福島事故も含む避難者の死亡原因は以下です。http://www.gepr.org/ja/contents/20121210-02/20121126-u.ppt.pdf

避難者の死亡原因
・避難所における精神的肉体的疲労   ・・・30%
・避難所への移動によるストレス      ・・・20%
・病院の機能停止による初期治療の欠落・・・20%

Photo_2チェルノブイリ原発を囲む新シェルターの半分部分      Agence France-Presse/Getty Images       

実はこれとまったく同じことが、既にチェルノブイリ事故の後に出ていました。

チェルノブイリ事故の後に出たガンによる死亡者数は、事故による被曝ではなく、その後の避難民に多く出ています。
※http://www.cnic.jp/modules/news/article.php?storyid=412

チェルノブイリ・フォーラムによる総死者4000人の内訳(原子力資料情報室による)
【これまでに確認された死者:約60人】
・放射線急性性障害134人のうちの死亡       ・・・28人
・急性障害回復者106人のその後の死亡       ・・・19人
・小児甲状腺ガン約4000人のうちの死亡        ・・・9人
【ガン死者:3940人】
・1986-87年のリクビダートル(※)20万人から・・・2200人
・事故直後30km圏避難民11.6万人から       ・・・140人
・高汚染地域居住者27万人から           ・・・1600人

※現場に投入されて闘った隊員(軍人・民間人技術者)たち

チェルノブイリ事故では約40万人が住んでいた家を追われ、汚染地域では産業が衰退し、社会インフラの崩壊が進行しています。

また、汚染地域からは、被曝による健康障害ではなくIAEA専門家によれば、避難による「精神的ストレス」が人々を大量に蝕んでいます。

福島県の除染の遅れによる避難の長期化は、もはや終わりが見えないまでになっています。

私は1ミリシーベルトなどという「平時」の基準を強引に当てはめたために、かえって真の「除染」が遅れたと思っています。

というのは、人が活動することこそが、もっとも大きな「除染」効果を生むからです。

たとえば、この浜通り後域に多く拡がる農村地帯は、耕すという農作業で、確実に放射線量を下げることが可能です。

私たちの地域での調査によれば、2011年3月中旬に400ベクレル/㎏以上あった土壌は、耕耘を重ねるごとに急激に線量を下げていき、数回の耕耘することによって8分の1から10分の1の40ベクレル以下にまで減少することが分かっています。

また、作物への移行も、当初予想されたよりはるかに限定的で、移行率は1000分の1程度であり、それも回を重ねるごとに急速に減少し、わずか数回の収穫で放射性物質は検出限界値以下になりました。

これが私たち農業者が感謝の念と共に言う、土の遮蔽効果、別名、「土の神様の力」です。 

農地は都市のマスコミの無責任な流言蜚語をよそに、急速に放射能の影響下から逃れ始めていきました。

一方、多くの山林が被曝したわけですが、そちらは耕すことができないわけですが、どのようになったでしょうか。 

わが県の山林汚染のデータは下図にあるとおりです。

Photo_3常陸太田市在住・布施氏計測による

この測定結果は2012年に計測された、福島県との県境の茨城県北部のものです。

セシウムはおもに地表面にある去年の落ち葉に付着しており、平均4800ベクレルていどです。 

一方、今年の落ち葉は最大値で270ベクレル、平均で129ベクレルと30分の1でした。

これは3.11後の放射性降下(フォールアウト)による、落ち葉の外部被曝が山林の落ち葉に付着したものの、新たな落ち葉には影響が少なかったことを現しています。

森林は毎年落ちる落ち葉が堆積していき、放射性物質を含んだ層は、いまや1メートルほど下に入ってしまっています。 

もちろんわずかですが、この汚染層を通過する水が沢水に流れ込んだ結果、谷津田の沢水取り入れ口周辺を汚染することが観測されています。 

2011年に大量に発生した福島県の暫定規制値超えした米は、この落ち葉が水田に流れ込む沢口周辺で起きています。

しかしむしろ、流出するより、汚染物質を食い止める働きのほうが強いことが分かっています。 

下の写真をご覧下さい。山林の空間線量は1~2マイクロシーベルトですが、下の耕耘した農地は半分以下の0.5マイクロシーベルトにまて落ちています。

Photo茨城大学農学部小松崎教授による

これは放射能が、農地や住宅地に達する前に山林がブロックして、そこで食い止められていることを示しています。

まさに山が守ってくれたわけです。

したがって山林はむしろ除染などを考えずに(技術的にも困難ですが)、このまま農地や宅地の障壁として機能してもらったほうがいいようです。 

このように「耕す」という人のあたりまえの営みや、山林の自然の働きがこそが、土壌中のセシウムを有機質や粘土質に固定化させ閉じ込めてしまうことが分かりました。

このような人間と自然の営みの中での「除染」こそが、真の放射能との戦いのはずです。

現在行われている除染は、逆に人間の社会的活動を追放し、その関与を草刈りていどの除染に限定してしまうことで真の「除染」を妨害してしまっています。

ICRP「勧告111」に従って、収束過程である5年内は20ミリシーベルトていどを目標としていれば、今頃はそうとうに浄化がすすんだはずでした。

拙速に「民意」にひれ伏した民主党政権のホピュリズムの毒が、今、このような形で復興に祟っているのです。

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その5 ICRP緊急時3原則 緊急時基準・住民参加・最適化を逸脱した民主党政権

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丸川さんの1ミリシーベルト「失言」事件から、ずいぶんとあれこれ考えてしまいました。 

なにせ、私のブログはいまでこそ「ありんくりん」やっていますが、2011年から丸々足かけ3年間、原子力問題とエネルギー問題ばかりやってきたもんで、語りだすと止まらないので、ご容赦ください。 

一気に記憶が戻って来たというかんじでしょうか。しかも怒りと苦々しさの感情と共にですから、われながらタチが悪い(笑)。 

さて天災、人災に関わらずリスクが爆発した時点で、政府の役割は決定的といっていいくらい重要です。 

一般国民は「平時」のままの状態にいます。ナニがなんだか分からない情報過疎に陥っていて、テレビの映像だけポカンと見ているだけなわけです。 

その時に政府が一緒にパニくっていたら、話になりませんが、一緒になって阿波踊りをしていたのが当時の民主党政権でした。

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この悲惨極まる状況の中で、官邸スタッフでほぼ唯一正気だったのは、実は今回丸川さんに噛みついた細野豪志首相補佐官でした。
※関連記事
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-15e5.html
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-a56d.html
 

対策統合本部事務局長の細野氏は、官邸に専門家を中心とする実行部隊の知恵袋的「助言チーム」を作ることを構想し、近藤駿介原子力委員会委員長にリーダーを依頼します。  

近藤氏は、原子炉の確率論的安全評価の第一人者であり、この時期、海を隔てて同じく福島事故の分析と対応に苦慮していた米国側原子力機関トップとも人的ネットワークを持っていました。  

この官邸側近藤氏と、現場の吉田所長らの働きによって、なんとか事故は収束に向かったわけですが、ほんとうに薄氷の危機とはまさにこのことでした。 

この政権内で比較的まともだった細野氏が、後の野田政権時の環境相時代に決めたのが、この1ミリシーベルトという規制値でした。 

今回この丸川発言を真っ先に糾弾した細野氏は、このようにツイターで述べています。

「事故後はやむを得なかったが、福島にのみ「緊急時の基準」を適用し続けるわけには行かない。除染の長期的目標として、「平時の基準」を適用するのは当然。」

おいおい細野さん、自分が言っていたことを都合よく忘れたんですか。 

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当時内閣官房参与だった小佐古敏荘氏が、テレビの前でペチョペチョ泣きながら、「20ミリシーベルトを容認したと言われたら学者生命が終わりだ。自分の子どもにそうすることはできない」と訴えて辞任してしまった事件は、当時大きく騒がれたものです。

これに政府として答えたのが、補佐官時代の細野氏です。 

「われわれが最もアドバイスを聞かなければならない原子力安全委員会は年間20ミリシーベルトが適切と判断している。政府の最終判断だ」(2011年4月30日時事)

 まことに凛々しい原則的態度で、これがICRP「勧告111」に述べられた、国際スタンダードどおりの対応なのです

それに対して野党に落ちた細野氏は、「いつまでも福島のみ緊急時の基準を使うわけにはいかない」と言い出します。おいおい、すり替えてはいけない。 

なにが「いつまでも」ですか。

問われていたのは事故から4年後の現在ではなく、一般的に事故収束末期といえる5年後の2016年のことでもありません。事故直後の2011年から12年のことです。

その「時期」に1ミリシーベルトという平時の最下限の数値を使って、避難指示や除染を開始したという「時期」が適切だったのかと、私は問うています。 

この「時期」に使うべき指標は、細野さんもよく知っているはずの「勧告111」です。

「勧告111」については、政府に答申した日本学術会議のPDFにあります。国民向けに大変分かりやすく書かれていまので、ぜひご覧ください。
※日本学術会議 「
放射線防護の対策を正しく理解するために

「勧告111」は、被曝の防護基準を「平時」と、事故後の「緊急時」に分けて考えています。 

年間1ミリシーベルト以下という基準はあくまでも「平時」で、事故直後の収束過程は年間20ミリシーベルト以下です。

そして「長期的にこの平時の値である1ミリシーベルトにしていきなさいね」、とICRPは述べています。

つまり何も起きていない平和な「平時」と、事故が起きた直後の「緊急時」では、適用する基準自体が違うのです。

それを事故直後から、平時の基準値を適用してしまうという大きなミスをしたのです。

では20ミリシーベルトを超えたら、人体に健康被害が出るかと言えば、そんなことはありません。

先日述べたように、世界の自然放射線量の平均は2.4ミリシーベルトです。

中国広東省陽江、インドのケララ、ブラジルのガラパリなどが有名で、中でもイランのラムサールが最も高く、平均で日本の24倍です。

さすがびっくりしますが、この放射線量は、福島の高放射線地区以上の自然放射線に常時さらされていることになります。

しかし住んでいる人は、だからナニというかんじで、住民のガンの発生率は世界平均です。

もちろん、放射線に人工も自然の区別もなく、人体への影響は一緒ですし、人体には放射能耐性などありませんので、念のため。

つまり20ミリシーベルトでも、100ミリシーベルトでもよかったわけですが、リスク管理は最小限リスクが「哲学」ですから、とりあえず1ミリ~20ミリシーベルトということにしたのです。

なお、今回の福島事故では幸いにも、20ミリシーベルトにさらされた住民はいませんでした。

仮にいたとしても、健康被害は限りなくミニマムだったでしょう。

ですから、細野氏が補佐官時代に言っていた、「年間20ミリシーベルト」という考え方はたっぷりとマージンをとったリスク管理です。

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さらに当初政府は、「5ミリシーベルトを目指して除染する」という方針まで立てていました。

これも収束過程基準としては厳しすぎますが、まぁ妥当といえます。

実際に、前回取り上げた『スウェーデンは放射能汚染からどう社会を守っているのか』によれば、スウェーデンでも同様に、事故前まで1ミリシーベルトの射線量の防護基準を採用していましたが、事故直後からの1年間は5ミリシーベルトの被曝も許容しています。 

これは事故直後において、いきなり平時の1ミリシーベルトに戻せというほうが無理だからです。

無理にそうすることによって、かえって社会的摩擦がより大きくなると考えるからです。これはチェルノブイリの避難による悲劇を教訓にしています。

さてICRP「勧告111」は、緊急時に政府がとるべき対応を定めたもので、3つの原則があります。

①緊急時・収束過程基準
②住民参加
③最適化

簡単に説明しましょう。

まず緊急時・収束過程基準(※)ですが、これは空間線量や食品基準値に適用されますが、このとき政府の説明がいいかげんだとかえって混乱を深めてしまいます。
※「緊急時・収束過程基準」は私の表現です。ICRPは使っていません。

事故直後に出たコメの暫定基準値500ベクレルといったものがそれにあたります。

特にうちの国だけが高く設定しているわけではなく、どの国もICRPの指導に沿って実施している国際スタンダードです。

しかし政府が満足な説明もなくそれを出したために、「輸入食品基準値よりなぜ国産のほうが高いのか。こんなものを食べて大丈夫なのか」などの憤激の声が多く国民、特に主婦層から上がってしまいました。

そしてさらに政府が、「レントゲン1回分より低い」などというバカ丸出しの比喩を使ったために、多くの消費者が東日本の農産物の買い控えに走りました。 

あのね、こういう比喩はよく概説書に書いてあるけど、国民はそういう言われ方したら、「あたしは毎日レントゲンを浴びているの」ってなります。

ましておや、小さな子供もがいれば、「子供に毎日、レントゲン検査させることはできない」とかんがえて当然です。

これが脱原発運動の論拠に成長していくことになる、低線量内部被曝脅威論の始まりです。

おまけに、事故翌年に政府は一気に500ベクレルを、一気に5分の1の100ベクレルにするという「快挙」を演じます。

たいしたタマです。こんなことは5年かけてやるべきことです。これで一気に農業者は地獄に叩き落とされました。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-f9e2.html

2番目にICPOがいう「住民参加」ですが、政府は原発事故直後に年間被曝基準を、1mSvから20mSvに引き上げました。

これまた当然のこととして、突如20倍になったことに多くの住民は驚き、恐怖しました。

これも正しい措置なのですが、ここでも充分な政府の説明ケアが欠落していました。

こうなるともう誰も政府を信じなくなります。国民は、政府の公式発表より週刊誌やネットの流言蜚語を信用するようになります。

その時期から、数万人規模の避難区域以外からの県外避難者が発生し始めます。

また食品規制値も平均500ベクレルに上げたために、平時と緊急時規制値の違いがわからない国民に恐怖が蔓延しました。

ありとあらゆる量販店には、「放射能計測済」とか「当店は東日本の食品は取り扱っていません」などというポスターが張られることになります。

また2012年2月には、政府は福島県の事故周辺20キロメートルを警戒区域とし、福島県飯館村などを計画的避難区域に設定しました。

ここで、政府の指示による大量の認定避難者が出ます。

これについてのリスクコミュニケーションもまた、おざなりでした。

政府は、区域の設定時点において、放射能と健康に関して正しい情報を出して、避難することが妥当かどうか、住民自身にいったんボールを戻して、話あって決定させるべきでした。

そうとうの地域で屋内にいればまったく問題のない空間線量だったはずです。じっくり、政府や行政が説明し、ひとたひとりの意志を確認できる時間的余裕はあったはずです。

お仕着せの半強制避難では、かえって問題が隠されてしまって、解決が遠のいてしまいます。

このように大震災に耐えた日本社会の秩序は、原発事故収拾過程のたび重なる政府の失敗によって、まさに崩壊の危機に瀕していたのです。

このような国民全体に拡がった大規模な放射能パニックを背景にして、福島県の規制値の引き下げと除染要請が出たわけです。

このような場合、政府のとるべき態度はひとつしかありません。

パニック心理に膝を屈することではなく、政府のいうことに耳を貸してくれるようにすることでした。

つまり、正しく情報を公開し、正しく説明し、充分な住民の議論をしてもらうことてす。

したがって、ここで細野氏は福島県の要請をしっかり説明して、突っぱねるべきでした。

政府は、「皆さん、ひたすら規制値を下げればいいというのは間違いですよ。そうすることによって別の社会的弊害が起きるのです」と福島県に説明すべきでした。

これがICRPがいう「最適化」です。「勧告111」はこう述べています。

「最適化とは、被曝のもたらす健康被害と、それをなくそうとする防護対策の不利益のバランスを取ることだ。例えば、避難によって地域社会の崩壊、また経済活動の停滞などが起こる可能性がある。」

やみくもな安全配慮は、かえって復興の妨げになってしまうのです。

かくして政府は、このICRPの「勧告111」に述べられた、「緊急時規制値」「住民参加」「最適化」という事故処理の3本柱すべてから逸脱していくことになります。

長くなりましたので、今日はこのくらいに。

※大幅に加筆しました。一発で決められる他のサイトをみるともうひれ伏します。

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