原発を真面目に終りにする方法

鳥越氏 知事になったら250㎞範囲の原発は止める

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鳥越氏が都知事になったら、東京250㎞圏内の原発停止を申し込むそうです。
https://mobile.twitter.com/shuntorigoe/status/757514429940596737/photo/1

なぜ唐突に250㎞という距離がでてきたかというと、2014年5月21日の福井地裁における、あの樋口英明裁判長による、以下の判決文が根拠のようです。 

「10 結論
 以上の次第であり、原告らのうち、大飯原発から250キロメートル圏内に居住する者(別紙原告目録1記載の各原告)は、本件原発の運転によって直接的にその人格権が侵害される具体的な危険があると認められるから、これらの原告らの請求を認容すべきである。」

大飯原発運転差止請求事件判決要旨全文 - リンク

樋口判決に対しては何本か批判記事を書いています。
関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2015/04/post-c2ac.html

いかに杜撰な内容であろうと、この判決一本で大飯発電所3号機及び4号機の原子炉の運転の差し止め判決がでました。

この樋口裁判官がやったことは、再稼働について唯一権限を与えられた行政機関の規制委員会の決定を、地裁が簡単に覆したことです。

規制委員会の決定は、政府はおろか、国会ですら取り消せません。それをただの地裁が、短期の審理で覆したわけです。

規制委員会ができたゆえんは、福島事故の時の、素人政治家の事故処理介入による混乱を反省して、政府は任命権者であっても、指導することはできない独立した機関を作らねばならなかったのです。

それを素人にすぎない下級審の一裁判官が、この「福島事故の 正の遺産」とでもいうべき仕組みを、いとも簡単に破壊してしまいました。

このような行為を、越権行為、または「法の名の下の無法」、あるいは「法匪」と呼びます。

百歩譲って、この樋口判決を正当なものだとしても、あくまでもそれは大飯原発3,4号機に対しての民事命令にすぎませんから、当該の大飯以外には一般化できません。

それ以外の原発には無効ですから、鳥越発言の法的根拠たりえません。

さて、東京都で250㎞範囲を適用すると、こんな感じです。

Photo
250㎞圏に含まれる原発は、茨城県の日本原電東海第2、高速増殖炉「常陽」、中部電力浜岡、そして東京の端からなら、かろうじてエリアに入る柏崎刈羽です。 

都内からは入りませんが、都下の端からならギリギリ入ります。

東海第2、「常陽」はともかくとして柏崎刈羽は、東京に電力を送る主力のひとつですから、この人物が都知事になって本気でやると大変なことになります。

かつて鳥越氏とまったく同じ公約を掲げた酔狂人がいたのを覚えていますか。細川護熙氏です。

小泉候補だと勘違いされた都民も多かったと思いますが、この人や宇都宮候補も似たようなことを言っていました。 

失礼ながら、なにを勘違いしているのです、この御仁たちは。

そもそも、広瀬隆氏が「提唱」しているように「お台場第1原発」でもあって、今、再稼働問題が持ち上がっているなら、都知事には一定の「意見を言う権利」はあります。  

しかし、それさえも地元自治体としての「意見」の開陳にすぎず、再稼働の認可権は都知事にはありません。

政府にすら審査する権限はありません。

もちろん国会にもありません。原発の安全性審査は、多数決で決めることではないからです。

審査する権限は、あくまでも専門家による原子力規制委員会のみが握っており、政府には人事権はあっても命令権はありません。

その根拠法は:原子炉等規制法第43条の3の23です。

「●原子炉等規制法第43条の3の23 (施設の使用の停止等)

原子力規制委員会は、(中略)発電用原子炉施設の発電用原子炉設置者に対し、当該発電用原子炉施設の使用の停止、改造、修理又は移転、発電用原子炉の運転の方法の指定その他保安のために必要な措置を命ずることができる。」

このように原子炉の「運転の指定その他保安のために必要な措置を命じる」ことができるのは、唯一、原子力規制委員会だけです。

あくまでも、審査するのは規制委員会で、国がそれを受けて再稼働を決定します。

これが大原則です。

原発再稼働は、国政上の政策実施上の問題だからです。

国のエネルギー政策は自治体の恣意にはならないのは、国家のエネルギー・インフラの保全は、国の根幹を成す仕事だからです。

ちょうど、安全保障や外交が、自治体にクチバシをいれられないのと同じで、自治体は「地元としていかがでしょうか」と意見を聞かれているだけで、決定権はまったくありません。

一方知事は、仮に設置の地元であろうと、地元として県民の安全の観点から意見を述べることがあっても、権限はいっさい与えられていません 。 

それでもとりあえず泉田新潟県知事が頑強に再稼働に反対しているのは、法的根拠があってのことではなく、柏崎原発の「地元」だということを最大限使っているだけのことです。

なるほど、県知事は住民の護民官として安全と財産を保全するために、原発や基地について「県民の意見」を代弁することはできますが、地元ですら言えるのはただの「意見」です。

それ以上の国の専管事項にたいしての容喙は、自治体の行き過ぎた越権行為です。  

鳥越さん、東京都に原発がありましたか?作る予定でもあるのですか?  

ないですね。ない理由を知っていますか?

東京都は人口稠密な首都ということで、原発の立地候補から初めからはずされているからです。  

ですから、「危ない原発」はすべてわが茨城県や福島県、新潟県にあって、長大な送電線を敷いて東京に運んでいるのです。  

それは初めから原発の設置場所は、首都東京から100キロ以上離れていることが、立地条件に入っていたからです。

つまり東京都は、首都という特権的地位にあぐらをかくことが出来る、極めて特殊な自治体なのです。 

少しどぎつい表現をお許し下さい。

私の住む地域は、東海第2の広域避難区域のやや外側に位置しています。

万が一原発がシビア・アクシデントを起こした場合、被爆する可能性があるのは私たちの地域です。

私たち地元住民が「捨て石」になっている間に、首都住民は脱出するわけです。  

そのリスクを地方に一方的に押しつけて、札束で頬を叩いて立地しておきながら、その自覚もないままにザブザブと電気を大量消費してきた東京都に、なにが「再稼働は認めない」ですか。

そして一端事故が起きようものなら、「東日本は終わった」「東日本の農家はテロリスト」と言って風評被害を振りまき、瓦礫の灰すら受け取り拒否運動をしたのは、千葉県から西の人々に多かったのです。

今でも思い出すと、腹わたが煮えくり返ります。

ふざけるのもいいかげんにして下さい。わがままも大概にしなさい。

東京都知事には権限はおろか、再稼働に関して一片の発言権もありません。

都知事に出来るのはせいぜいのところ、猪瀬前知事がやったような東京電力の1.2%の株主として株主総会で意見を言うことくらいです。

「脱原発」で東京都という自治体にできることは、しょせんその程度なのです。

東京だからなんでも言えると思うのは、中央意識の裏返しです。

東京に一基の原発も存在せず、その建設計画もない以上、原発問題は争点たりえません。

東京都知事選挙はあくまでも地方自治体の首長選挙です。

地方自治体首長の権限が及ぶ範囲が争点です。

東京都知事には、できることと、できないことがあります。そのわきまえもなく、最大争点が原発問題というのは勘違いも甚だしいとしかいいようがありません。

国政案件と地方行政案件を切りわけないで、自治体首長選挙を政治プロパガンダの場にする野党の悪癖は、これで終わりにしてほしいものです。

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「ドイツ帝国」前史

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日本ではメルケルが、世界最初に脱原発政策を始めたように思われていますが、もちろん違います。 

メルケルは東独の物理学畑出身であるだけに、原子力については肯定的でした。むしろ、脱原発政策を進めていた社民党政権には批判的だったほどです。 

この社民党(SPD)の党首にして、後に首相となり、さらに、メルケルに破れたのが、下の写真でいかにもドイツ人ドイツ人した風貌のゲアハルト・シュレーダーという人物です。

Photo2005年の政権交代で、アンゲラに4議席足らずに首相の座を譲った当時のシュレーダー
http://www.newsdigest.de/newsde/features/7649-angela-merkel.html

なかなか興味深い人物で、マルクス主義的革命観が残る党内左派を押さえるために、環境左派である「同盟90/緑の党」との連立を決めて、1998年に政権党の党首となります。 

シュレーダーがとった政策が、ロシアと中国への接近政策と労働市場改革、そして脱原発路線でした。 

政権ナンバー2となったのが、連立相手の「緑の党」出身のヨシュカ・フィッシャーで、外相を勤めることになります。

Photo_21998年、シュレーダー率いるSPD・緑の党の連立政権が誕生。 中央のフィッシャーは外相に就任した。 左はシュレーダー首相、右はラフォンテーヌ財務相(フランス系ドイツ人)http://www.newsdigest.de/newsde/column/jidai/3119-eintritt-der-gruenen-in-die-hessische-landesregierung.html 

上の写真ではワイン片手にワ、ハハと笑っていますが、それぞれ党内事情は深刻でした。 

緑の党の綱領は、「反戦・反核・反原発」です。日本の野党と酷似していますね。

フィッシャーは政権に入るために、こういう「反戦・反核」という左翼反体制的方針をバサバサと切り飛ばし、「脱原発」一本に絞り込んでいきます。 

と同時に、初めてのNATO域外出兵となるコソボ紛争にドイツ連邦軍を出します。

ヨーロッパ最強と言われていたドイツ軍が、再び目を覚ましたのです。

Photo_4http://www.asahi.com/topics/word/%E3%82%B3%E3%82%B...

私は、フィッシャーのような現実主義的左翼政治家がいたら、日本も多少違ったのではなかろうかと思って、リスペクト記事を進呈したことがありました。少し褒めすぎたか(笑)
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-ddfa.html 

まぁ、日本じゃシュレーダーやフィッシャーみたいなタイプの政治家は、生まれませんでしょうな。 

日本の左翼政党は「脱原発元祖」と自称していますが、原発反対は、その多くの反対メニューのうちの一品でしかありませんでした。 

だから、ひとつひとつ真面目に政策立案するのではなく、自民の言うことにはまとめて全部反対です。 

これでは何一つ解決しません。というか、そもそも解決など初めから望んでおらず、政治と社会を混乱させてそのどさくさに政権を取るのが基本方針だからです。 

それはさておき、シュレーダーとフィッシャーは、脱原発で共闘することになりました。 

このシュレーダーを川口マーン恵美氏は、「大国にすり寄ることによって、自分を大きく見せようとする姑息なところがある」と評しています。 

シュレーダーが「脱原発」政策の裏でとったのが、ロシアへの異常接近でした。

全任期中に、徹底してロシアの気に入らないことは言わない、という親露的態度を取り続けます。

シュレーダーがかつて左翼運動家あったために、日本の親中派のように「労働者の祖国」への郷愁があったためではありません。

その目的は、ロシアの天然ガスでした。

シュレーダーがやったエネルギー路線は、ひとつは先程から述べている脱原発政策ですが、同時にこれはエネルギー源の転換を意味しました。

2000年6月に「アトムコンセンサス」と呼ばれる原子力漸減政策が、政府と大手電力会社の間で結ばれます。

続いて2001年12月には脱原発法が通過し翌年の4月から施行されます。これがメルケルに先立つこと14年前の第1次脱原発政策です。

シュレーダーとシュミットは、日本の管センセと違ってリアリストでしたので、当時、17基ある原発が33%のエネルギーをドイツの経済と社会に供給していることをよく知っていました。Photo_7http://www.de-info.net/kiso/atomdata01.html

これをなくすという意味は、3割のエネルギー源を失うことです。

ふたりが考えたことは、ロシアから天然ガスパイプラインを、ドイツに引っ張ってくることでした。

現在、ロシアからの天然ガスは、ベラルーシ⇒ポーランドか、あるいはウクライナ⇒スロバキア⇒チェコ経由のいずれかでドイツに到達する仕組みです。

下図の中央の黒線がそれです。

シュレーダーがことのほか力を入れたのが、バルト海の海底パイプライン(ノースストリーム)でした。

これが完成されれば、天然ガスが、東欧・中欧地域を経ずにドイツに直輸入されることになります。

下図のトッドが作った地図の中央上に見えるオーーブ色の線が、それです。

Photo_5エマニュエル・トッド「ドイツ帝国が世界を破滅させる」より 

つまり、シュレーダーは、2010年の第1期完成(完工は2020年)を見越して、脱原発に舵を切ったわけです。

ただし、その副作用として、ドイツのエネルギー源の極端なロシア依存体質が生まれました。

原油に占めるロシアからの全輸入は33%、天然ガスで35%(2009年現在)で、支配的です。

一方ロシアにとっては、国内価格の実に8倍もの高値でドイツに輸出できるので、国内向けは原発にしてしまおうということで、ここにドイツとロシアの共通の利害、ハッキリ言えば、強依存関係が生まれたのです。

ドイツの脱原発への転換で、もっとも潤ったのがロシアでした。

結果、ロシアはエネルギーの飢餓輸出によって外貨を稼ぎ、再びソ連帝国の再興を視野に入れました。

いわばドイツの脱原発政策で、プーチン・ロシアは帝国再興の手がかりをつかんだと言えます。

の独露の強依存しながら、反発し合う矛盾した構図は、後のメルケル政権時のウクライナ紛争で火を吹くことになります。

と同時に、ロシアは国内向けのエネルギーに原発を当てました。皮肉にも、ドイツの原発分のエネルギーの落ち込み分を他国の原発が補填したことになります。

よく、フランスばかりいわれますが、これだけ大きな工業国のエネルギーシフトは、かくも大きく周辺国の状況を塗り替えるのです。

一方、しばらくしてドイツ人は、ロシアとのパイフラインが新たな戦略的価値を持つことに気がつきました。

フランス人のエマニュエル・トッドは、こうシニカルに評しています。

「存在するガスパイプラインのすべてをみてほしい。ウクライナを通っていることだけが共通点ではないよね。ドイツに通じているというのも共通点だ。
したがって、ロシアにとってのほんとうの問題は、ウクライナだけではなく、ガスパイプラインの到着点がドイツによってコントロールされているということなのだ。それは同時に南ヨーロッパ諸国の問題でもある」(前掲)

メルケルは、サウスストリームと呼ばれる(緑色点線)に対して賛成していません。

その理由をトッドは、こう述べています。

「サウスストリームが建設されないことがドイツの利益でもあるということが分かる。それが建設されと、ドイツが支配しているヨーロッパの大部分のエネルギー供給が、ドイツのコントロールからはずれてしまうだろう。」(前掲)

つまり、ドイツは自らの国に直行するノースストリームの建設は急ぐ反面、ドイツのコントロールから外れるサウスストリームには反対だということです。

このようにドイツの脱原発政策は表向きの理想主義とは違って、シュレーダーの衣鉢を継いだメルケルによって、ヨーロッパ諸国のエネルギーの首根っこを押さえる武器に転じていくことになります。

メルケルの前任者だったシュレーダーが残したものは、二つあります。

ひとつはNATO域外出兵によって、ドイツはNATO、すなわち「ヨーロッパ統合軍」の盟主として軍事的に関与すること。

二つ目は、脱原発政策と一体となったロシアからの天然ガスパイプラインによって、ヨーロッパ諸国のエネルギー源をコントロールすることでした。

東西両ドイツを再統一したコールが、安価な国内労働者を旧西ドイツの企業に提供することになるとは思っていなかったように、シュレーダーもまた、ロシアからの天然ガスパイプラインをドイツがコントロールすることになるとは意図しなかったことでしょう。

NATO域外派兵もまた、渋々せざるをえなくなるていどのスタンスだったはずです。

ところが、メルケルはこれらの前任者たちの残した遺産を巧妙に、きわめて意識的に「ドイツ帝国」の版図拡大に利用していきます。

そしてそれは同時に、「ロシア帝国」の復活と、確執の始まりでした。

ひとつひとつ説明が必要ですが、とりあえず箇条書きにしておきます。

①安価な旧東側労働力の獲得
②ユーロ・共通貨幣による恒常的マルク安を利用したどしゃぶり的輸出
③EUの関税なき内国化を利用した近隣窮乏化政策
④ロシアからのパイプラインよるエネルギーコントロール
⑤NATOの旧ソ連圏への膨張・拡大
⑥米国の没落と、ヨーロッパの米国圏からの離脱の動き
⑦復活した「ロシア帝国」との確執の開始

かくして延々と数世紀に渡って続く、伝統的<ゲルマン帝国vsスラブ帝国>の争闘の構図が、21世紀の今また再現したわけです。

では、一句。

コールがつき、シュレーダーがこねしドイツ帝国。座りしままに食うはメルケル。

■トッドの地図から下を大幅に加筆しました。 

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福岡高裁宮崎支部判決 政府は原子力規制のルールを確立しろ

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川内原発の仮処分についての福岡高裁宮崎支部の判決がでました。

「九州電力川内(せんだい)原発の運転を容認した6日の福岡高裁宮崎支部(西川知一郎裁判長)決定は、原発運転に伴う事故の可能性について、社会では「ゼロリスク」を求めていないと認定し、関西電力高浜原発3、4号機の運転差し止めを命じた大津地裁決定(今年3月)などとは異なる判断を出した。
 東京電力福島第1原発事故以降、各地の裁判所であった原発の運転差し止めを巡る判決や決定は今回で9件目。うち3件は運転停止を認める内容で、司法サイドの判断は揺れている。」(毎日新聞4月6日)

いちおう、ドミノ倒し的に大津地裁現象が進むことは、止まったわけです。 

Photo(西日本新聞4月6日より引用 川内原発の運転差し止めが認められず、「不当決定」などと書かれた垂れ幕を掲げる住民側弁護士ら=6日午前10時34分、宮崎市の福岡高裁宮崎支部前)

いままで出た3本の判決を比較します。毎日新聞4月6日が、便利な一覧を作ってくれたので引用させていただきます。

Photo_2毎日新聞4月6日より参考のため引用。ありがとうございました。

注目すべきは、再稼働を容認したかしないか、ではありません。 

ここに論点を絞ること自体が間違いだと、かねてから私は主張してきました。 

あくまでも司法は、「判断をする権限を持たない」のであって、その結果は別次元のことにすぎません。 

なぜなら、福島事故以前と以後における原子力行政が明確に異なるのは、原子力規制委員会が誕生したことです。 

これは委員長の任命権こそ政府にあれ、その指揮下にはない完全に独立した政府機関です。 

つまり政治には左右されない、さらには田中委員長が常日頃いうように「経済性は配慮しない」機関です。

「経済は考慮しない」というのは、いくらなんでも無理筋で、これではリスクの大きさと社会的ベネフィット(利益)を天秤にかけるリスク評価ができなくなります。

規制委員会の委員には中西準子先生(産総研フェロー)のようなリスク評価の専門家がいないので、どうしてもこういう極端な方向に行ってしまいがちです。 

それはさておき、とりあえず「オレたちの判断には政治や経済にクチバシをいれさせないんだ」、という心意気のようなものは伝わってきます。 

では、一体誰がこの再稼働を決定する権限を持つのでしょうか? 

政府です。え、なんだ~と脱力される方も多いでしょうが、規制委員会が今やっているのはあくまでも、再稼働に関する「設置許可」を審査しているだけです。

言い換えれば、規制委員会は「設置許可」まではするが、再稼働そのものについての許認可は政府が判断するということです。 

「設置許可」の審査の法的根拠は、原子炉等規制法43条の3の14です。http://www.houko.com/00/01/S32/166.HTM

「発電用原子炉設置者は、発電用原子炉施設を原子力規制委員会規則で定める技術上の基準に適合するように維持しなければならない」

法律文なので分かりにくいですが、要は、すべての原子炉も常に最新の技術基準に対応しないとダメですよ、その審査は規制委員会の専管事項ですよ、と書いてあるわけです。 

これがバックフィト制度です。
バックフィット制度とは - 日本原子力文化財団 

「政府は、今回の事故の教訓を踏まえて法律を改正し、世界最高水準の規制を導入するとしています。そのひとつが「バックフィット制度」といわれるもので、発電所の電源の多重、多様化や原子炉格納容器の排気システムの改善など、最新の技術的知見を技術基準に取り入れて、すでに運転をしている原子力発電所にも、この最新基準への適合を義務づけます。最新基準を満たさない場合には、運転停止(廃炉)を命じることができるとしています。」 

これは原子力施設が老朽化したりして、新たな科学的知見にあわない場合、昔の基準には適合していても遡及して(バック)適合(フィット)させるという仕組みです。

適合していなければ規制委員会は、先の原子炉等規制法43条の3の14を根拠にして廃炉にすることも可能です。

国際的にもバックフィト制度はありますが、努力義務であって、「適合しなければ廃炉」という強い指導方針を持つのはわが国だけです。

このように司法が仮処分というサラ金が追い込みに使ったような法律を武器にして、安全基準が「不合理であるか否か」などを審理する権限自体がないのです。

もし司法にそんな権限があるなら、二重審査になってしまいます。しかも2回目の「審査」ははズブの素人の裁判官ときています(苦笑)。

百歩譲って司法が裁く余地が残されているとすれば、それは規制委員会での審査が正当になされなかった場合です。

たとえば安全基準に誰の眼にも明らかな瑕疵があるのに、それを規制委員会が故意に無視した場合などです。

現状は、何を、どのように、どこまで司法が裁けるのかのルールなどない、恣意的な「正義」が横行している状況です。

今回の福岡高裁宮崎支部の判決を、ひとつの節目にしませんか。

今後も脱原発弁護団は、際限なくすべての原発の再稼働に仮処分をぶつけるつもりのようです。
脱原発弁護団全国連絡会 - 脱原発法制定全国ネットワーク

彼らがやっているのは、法の名を借りた「実力闘争」だということは、先日、大津地裁判決の時に指摘しました。
※関連記事http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-3595.html

彼らは法の下の「正義」をはき違えています。

一般的なデモ、集会という言論の自由の枠内での行動ではなく、実社会の経済をマヒさせ、多大な社会的損失を招く行為です。

こういう行動を左翼の業界用語では、「実力闘争」と呼びます。かつてのゲバ棒の代わりに、六法全書をふりかざしているだけの違いです。ちょっと言い過ぎかな(笑い)。

あくまでも「設置基準」が安全基準に則っているかどうかの合否を判断するのは規制委員会の専管事項であって、それを受けて判断するのは政府です。

規制委員会がノーと言えば再稼働は見送りになる、あるいは最悪の場合廃炉にする、これがルールです。

そして再稼働のルールを明確にすべき責任は、あげて政府にあります。

毎日新聞は「揺れる司法判断」などと書いていますが、何を言っているのか。司法が揺れようとどうしようと関係ありません。

そもそもおかど違いの司法を引っ張りだす弁護団や原告団のほうが異常なので、判断権者の規制委員会と政府がしっかりしていればいいだけです。

一部住民と過激な脱原発弁護団によって引き起こされるモグラ叩きみたいなことを、いつまで続けるつもりなのでしょうか。

さもないと、規制委員会の判断は空洞化し、その権威は失墜するでしょう。

いったんこうなってしまえば、原子力規制に対する「政治」の支配が復活することになります。

安倍政権は、こと原子力政策において腰が引けすぎています。

私は再稼働に邁進しろ、といっているのではありません。原子力規制のルールをしっかり確認しろ、と言っているだけです。

今この時期は、エネルギーの過渡期です。私は原子力自体は、やがて消滅に向かうべきエネルギーだと考えています。

残るにしても、今のような形ではないはずです。

しかし、今、完全に消滅したら社会的ダメージが大きすぎます。電気料金の高騰と高止まりは既に現実になり、日本社会を苦しめています。

30%のエネルギー源が消滅するというのが、いかに巨大か、です。

従来型の原発がふるいにかけられて、危険度が高いダメなものから順次廃炉に追い込まれていく時期です。

短期のスパンの原子力の廃絶はありえません。おおよそ50年ほどかけて、この選別と廃炉の過程は進行するでしょう。

その間に様々な代替エネルギーが登場し、試練にかけられて、あるものは消え、あるものは残って次世代の主流の一角となっていくでしょう。

その過渡期のつなぎとして、残していい原発もあれば、残してはいけない原発もあります。

それを選別するのは、ただひとり、規制委員会だけの仕事です。政府でもなく、ましてや素人同然の裁判官ではありません。

この原則を打ち立てないと、大変な社会的混乱を招きます。いや、既に招いています。

政府がしっかりしないならば、電力会社はあらかじめ損害賠償の積み立て担保を要求して自衛するしかないでしょう。

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大津地裁運転差し止め判決 その4 法衣を着た放射脳オバさんと化した山本裁判官

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「安易な再稼働」という人が、マスコミを中心にしてよくいます。 

再稼働というと、対語のように「安易」をかぶせないと気が済まないようです。

東京新聞(2015年9月20日)は世論調査の形を借りて、この3ツを「安易な再稼働」の原因だとしています。

①原発の安全対策、とくに事故時の原発の安全対策、事故時の住民避難などの防災対策が不十分
②原発から出る核のごみの処分方法が決まっていない
③福島第一原発事故が収束していない

さて問題は、①の原発の安全対策ですが、山本判事がもっとも力点を置いたのは地震対策でした。 

山本裁判官は判決の「争点3」でこう述べています。
※http://www.nonukesshiga.jp/wp-content/uploads/b6c5742c4f89061d95ceb8a0675877e2.pdf 

「基準地震動Ss-1の水平加速度700ガルをもって十分な基準地震動としてよいのか、十分な説明及び疎明がされたとは認められない」(50頁) 

Ssと書いてあるのが基準地震動のことです。

まずは、用語から押えておきましょう。基準地震動の定義は以下です。

「原発の設計の前提となる地震の揺れで、原発ごとに異なる。周辺の活断層などで起こりうる大地震を想定して、地盤の状態を加味し、原発直下の最大の揺れを見積もる。
これをもとに原子炉、建屋、配管などの構造や強度を決める。単位はガルで、1ガルは1秒ごとに1
センチずつ加速すること。地球上で物が落ちる時の加速度(重力加速度)は980ガルで1Gともいう」  (2011年6月14日  朝日新聞)    

つまり、原発施設によって異なる地盤を考慮して、起こりうる大地震の最大の揺れの基準値のことです。

え、全国一律ではないのって。はい、そりゃそうでしょう。原発建屋が立っている場所の地層は、場所により異なっています。  

地層が軟弱な場所では、地震の揺れは大きいでしょうし、岩盤の上に立てられれば地震には強いでしょう。  

ですから、個別の原発によって想定される最大震度は違っています。  

この基準地震動は、2006年の耐震設計審査指針改定から適用されており、原発の耐震性能を評価する揺れの大きさを加速度で表現したものです。

Photo入倉孝次郎京都大学名誉教授http://www.seis.nagoya-u.ac.jp/taisaku/katsudo.html

原子炉の耐震工学が専門の入倉孝次郎京都大学名誉教授は、『原子力発電所の耐震設計の中でこう述べています。
原子力発電所の耐震設計のための基準地震動 - 入倉孝次郎研究所

「地震動の策定については、「『施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があり、施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定することが適切な地震動』を適切に策定し、地震動を前提とした耐震設計を行うことにより、地震に起因する外乱によって周辺公衆に対し、著しい放射線被爆のリスクを与えないようにすることを基本とするべきである」としている。
さらに、「残余のリスク」の存在について、「地震学的見地からは、上記のように策定された地震動を上回る強さの地震動が生起する可能性は否定できない。このことは、耐震設計用の地震動策定において、『残余のリスク』が存在することを意味する」と記されている」 (1頁)
 

例によって、専門家の技術論文は、私たち一般ピープルには暗号ですが、この部分は明解です。 

ここで、入倉教授が言っていることはこうです。 

「仮に基準地震動を策定しても、それを上回る強さの限界的地震動が来る可能性は否定できない。だから、そのような『残余のリスク』を想定して耐震設計している。」 

つまり、基準値地震動=耐震限界値ではありません。かならず倍数の安全率をかけて耐震設計されています。  

これを知らない山本裁判官や樋口裁判官などは、「基準地震動にあってはならない地震が来たらどうするんだ。だから、新安全基準は緩すぎる」と言い出しています。 

まったくの素人考えにすぎません。入倉氏はこう答えています。

「基準地震動は計算で出た一番大きな揺れの値のように思われることがあるが、そうではない」
「平均からずれた地震はいくらでもあり、観測そのものが間違っていることもある」
(福井新聞2015年4月15日)

事実、4つの原発に5回にわたり想定した地震動を超える地震が、2005年以後10年足らずの間に到来しています。  

福島第1原発においても、基準地震動を越える揺れが襲いました。 

001 図 宮野廣法政大学教授による 単位ガル クリックすると大きくなりますhttp://www.gepr.org/ja/contents/20140630-02/

上図は、宮野廣法政大学教授『福島原発は地震で壊れたのか』から引用したものですが、最大の加速度は、いずれも基準値地震動の平均460ガルを超えています。 

最大に超えたものは、2号機で南西方向に550ガル、3号機で507ガル、5号機で548ガルです。

さらに震源域に近かった女川では基準値580に対して636ガルで、ここも実測値が基準地震動を上回っています。

実は東日本大震災以上の大きな振動が発電所を襲ったケースに、2007年の中越沖地震動があります。

東電は地層の褶曲構造によって、施設内に大きな影響が出たと説明しています。

Photo_2 地質調査と基準地震動|柏崎刈羽原子力発電所|東京電力

実際に柏崎刈羽原発を襲った実測震度です。カッコ内が基準地震動です。比較してみてください。

002_3 宮野教授による 前掲

 

Photo_3 東電資料 前掲

いずれの原子炉も基準地震動に対して約50%、最大の2号炉では273ガルの基準値に対して、実に3倍の680ガルが襲っています。

この激震に対して、各原子炉は正常にスクラム(緊急運転停止)しています。後の配管の調査でも破断は認められていません。

しかし公平にみれば、東電はこの柏崎刈羽の教訓にもっと学ぶべきでした。

柏崎刈羽では、2700カ所以上の機器類の破損があり、3号機の起動変圧器は炎上し、外部電源も一時的に失われています。

ただし、非常用ディーゼル発電機が正常に起動したために、事なきを得ています。 

しかし起動後も電力不足状態が続き、タービン駆動給水ポンプを動かすために補助ボイラーが起動しましたが、1から5号機と6,7号機でそれぞれ一台しか使用できないようなシビアな状況でした。

そのため4号機の冷温停止には、丸2日かかっています。

東電はこの柏崎刈羽で経験した地震による全交流電源の停止(ステーション・ブラックアウト) という事態を、もっとシビアに総括して、今後に生かすべきでした。

そうしていれば、福島第1で簡単に水没する場所に予備電源エンジンを置くなどという失態をせずに済み、福島事故は起きなかったことでしょう。

このように、柏崎刈羽の例をみればわかるように、原発施設自体は基準地震動の3倍の振動にも耐える能力で設計されているのです。

原因はひとえに、外部電源の停止と、予備電源の水没による全交流電源喪失です。

福島第1原発の調査報告はこう記しています。

① 政府事故調報告書では、原子炉圧力容器、格納容器、非常用復水器(IC)、原子炉隔離時冷却系、高圧注入系等の主要設備被害状況を検討している。津波到達前には停止機能は動作し、主要設備の閉じ込め機能、冷却機能を損なうような損傷はなかったとしている。

② 民間事故調報告書では、津波来襲前に関して、地震により自動停止し未臨界を維持したこと、外部電源を喪失したが非常用ディーゼル発電機(EDG)により電源は回復したこと、その間にフェールセーフ(安全装置)が働きMSIV(非常用炉心冷却装置)が閉止したこと等、正常であったことが述べられている。

③東電最終報告書では、1号機~3号機について地震による自動停止と、自動停止から津波来襲までの動きに分けて評価している。前者は各プラントとも地震により正常にスクラムしたこと、外部電源喪失したがEDGにより電圧を回復したこと、EDG起動までの間に原子炉保護系電源喪失しMSIVが自動閉したこと等の結論を得ている。(宮野論文前掲)

 唯一、反原発派が主導権を握った国会事故調のみが、「配管の損傷に起因すると考えられる直接的なデータは認められないものの、可能性はないとはいえない」という文学的なことを言っています。

「可能性はないとはいえない」ですか、笑っては悪いが、工学系の論文が書くこっちゃないね(笑)。まるで不可知論だ。

そりゃ確かに、リスク評価において0はありえないから「可能性はないとはいえない」ですが、それ以上に大きな原因があったでしょう。

そう、デーゼル予備電源の水没です。とくに配電盤がやられて、全交流電源がオシャカになったのです。

この反原発志向の人たちはどうしていつまでも、未練がましく地震説をとるつもりなのでしょうか。

そもそもこの基準地震動など、しょせんは人間が定めたひとつの「数字」にすぎません。

斑目さんが安全委員会の委員長だった時に、国会で「いちおうの目安で決めた」といっているくらいに腰だめな数字です。

しかし、これがないと設計ができないので、とりあえず設定しているていどのニュアンスの基準値です。

ですから当然のこととして、人間の知見という狭い幅で決めたのですから、山本判事がいうように「超える場合もある」でしょう。そんなことは、あたりまえです。

超えるから、安全率をかけて設計されているのです。  

だからこそ、原子炉の格納容器、配管などが現に基準地震動を超える地震に耐えたのか、耐えなかったのか、という事実認定のほうが重いのです。

何度言っても、反原発原理主義者の硬化した頭脳には分からないようですが、福島事故の原因はあくまでも津波による予備電源の水没です。  

それは4つある事故調報告書が、国会事故調を除くすべてで一致して出した結論です。

なにが「原因究明は道半ば」だってーの。読んでから言え。  

この山本裁判官は、法衣を着た放射脳オバさんにすぎません。

けっきょく、彼が仰々しく書いている判決文など、こんなていどのものでしかないからです。

「うわー、また地震か来るゾォ!700ガルなんかぬるい。いや1250ガル超が来るかもしれないんだ。それに耐えるゲンパツなんかありっこない。だから全部止めろ。いや、このオレが止めてみせるゾ!」  

リスクは常にあります。すべての事象には、何事につけ「想定外」はつきものです。

入倉さんが「残余のリスク」といっているのがそれで、耐震設計などはまさに、この「残余のリスク」をいかに管理するかの設計哲学によって作られているといって過言ではありません。

だからこそその「残余のリスク」をいかにして減らしていくか、「想定外」が来た場合それをどのようにして極小化できるのか、というリスク管理が大事なのです。

これが工学系の考える万が一事故が起きても、さまざまな方法でシビアアクシデントにならないようにブロックする深層防御です。

この方法は今回の安全基準に盛り込まれています。 

一方、山本判事のような「ゼロリスク論」は、津波だろうと、地震だろうと、はたまた人為的ミスであろうと、初めから「危険性が万が一でもある」からダメだ、ダメだからダメだ、という循環論法的な考え方をします。 

「ダメだからダメ」という全否定の考え方に立つ限り、現実に原子炉を運営する立場の専門家や、電力会社とは「会話」そのものが成立しないでしょう。

だからいくら電力会社が何万ページもの文書で説明しようとも、「説明及び疎明は不十分」で終わってしまうのです。

そもそも、山本さんは、聞く耳をがないんですから無駄です。

こんな判決によっては、日本の原発の安全性は一歩も進化しません。

それは、かつてあった「原発は絶対に事故を起さない」という原発安全神話の、単純な裏返しとしての「原発絶対危険神話」でしかないからです。

 

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大津地裁運転差し止め判決 その3 日仏原子力規制を比較してみると

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大津地裁山本判決を、「規制委員会の独立性」に対しての侵害行為という視点で見ています。 

どうもよく分からないのですが、反原発派の皆さんは原子力規制委員会なんて、しょせんは政府の犬だから、こんなもの要らないと思っているようです。

だから、この山本判事のように「700ガルは低い」みたいなことを平気で言い出します。

こういう規制委員会の独立性を、ひんぱんに司法の名の下で犯すことが常態化すれば、規制委員会もその安全基準も空洞化していくことになります。

だって、仮に2年3カ月の審査を経て、4万頁におよぶ膨大な資料を積み上げ、巨額な安全対策をして運転が認められても、一瞬で運転停止できちゃうわけですからね。

それもサラ金が債務者を追い込む武器にしていた「仮処分」なんてもので、止められてしまうことができるのですから、もう規制委員会も安全基準もいらない、ということになっていきます。

このような反原発運動からの規制委員会の独立性への侵害行為が続けば、当然、推進派のカウンターが生じます。

今の田中委員長体制はそれでなくても、審査期間が長すぎる、地震について思い入れが強すぎる、ひょっとして隠れ脱原発派の巣窟じゃないのか、というブツブツ言う声が、経産省資源エネルギー課あたりから聞こえてきそうな存在なのです。

経産省の「長い手」が伸びてきても少しも不思議でない時期に、こんな判決が続けばどうなるかは目に見えています。

あのね、反原発派の皆さん、あんたらのやっていることは、逆に原子力の安全性監視・規制体制を揺るがしているのですよ。分かってやっているのかな。

まず、そのためには、規制委員会-規制庁の仕組みを知らねばなりません。

私は、かねてから原子力監視規制機関は、徹底的な独立性を担保されなけれダメだと思っていました。

原子力エネルギー推進機関と、規制機関は完全に分離され、いかなる支配も受けてはいけません。

さもないと、審査に手心が加わるからです。

結論からいえば、現在の原子力規制委員会-規制庁は、福島事故前の経産省の外局でしかなかった安全・保安院よりはるかに独立性は高いとはいえ、まだまだ完全独立を果たしたとは言い難い過渡期にあります。

原子力大国のフランスの「原子力の番人」であるフランス原子力安全機関「原子力安全機関ASN)と、比較してみましょう。

フランスASNは、どの省庁の下にも属さない完全に独立した国家機関で、院長以下4名のコレージュ(委員)による官房があります。

いわばASN自体一種の、「政府内政府」のような組織構造になっています。

政府にはASN長官と委員の任命権すらなく、唯一それを持つのは元首の大統領のみです。

ASNは国会への報告義務を負う完全に独立した国家機関なのです。

ASNは外部に「放射線防護原子力安全研究所」(IRSN)という専門家による補佐機関をもっています。 

ASNの職員数の77%、IRSNで85%が博士号を持つ専門家集団で、どこぞの国の規制庁のようにボスが警官出身で、その部下の警官たちを引き連れてやって来ました、というようなことはありません。

Dsc_1665(BSフジ「プライムニュース」より)

ちなみに、規制庁発足時の出身官庁をみます。 

●原子力規制庁の官僚出身内訳
・経済産業省・・・312名
・文科省   ・・・ 84
・警察庁   ・・・ 16
・環境省   ・・・ 10
 

7割を超える圧倒的人数を送り込んで来た経済産業省からの出向組は、原子力安全・保安院、資源エネルギー庁出身者です。

なんのことはない資源エネルギー庁とは、政-財-官-学にまたがる「原子力村」の司令塔のような所ではないですか。  

他は、文科省、環境省、内閣府原子力安全委員会の出身ですが、とくに環境省は原子力規制庁を組織系列下にした上で、ナンバー2の次長ポストを押し込んでいます。  

出向者数こそ地味ですが、原子力規制庁を組織系列化においた環境省はCO2削減を旗印にして、「地球にやさしいクリーン電源・原子力」(笑)をエネルギー比率50%まで増やすという今思えばトンデモの政策を作った役所です。 

福島事故に際してもその動きは鈍く、空間線量や土壌放射線量などの測定も文科省に遅れをとり続けてきました。

当時私は、環境省に無作為の悪を感じたほどです。経済産業省が「原子力村」の村長なら、環境省は助役です。  

つまり原子力規制庁は、原子力安全対策を風当たりが強い経済産業省から、環境省という裏の司令塔の下に系統をすげ替えただけの問題を多く含んだ組織だといえるでしょう。  

どうして完全にすべての省庁から独立させなかったのでしょうか。

モデルにすべきは、あの鬼の会計検査院です。

会計検査院は、徹底的な独立性が保証されています。

「国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない。(日本国憲法第90条)。また、内閣に対し独立の地位を有する。」(会計検査院法1条)」

 この会計検査院法の、「国の収入収支」の部分を原子力発電に読み替えて下さい。

「国の原子力発電の安全監視・規制・再稼働は、すべて原子力規制委員会がこれを検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない。また、内閣と政府諸機関に対し独立の地位を有する。」

原子力の規制・監視も、この「内閣からの独立の地位」、言い換えれば政治からの独立性こそが肝だったはずです。 

しかし発足当時、反原発派の人たちは、規制委員会の委員長が原子力村出身だからドータラなどにどうでもいいことに目を奪われて、肝心の原子力規制庁の「独立性」の部分が骨抜きになったことを見逃してしまいました。

つくづくどうして反原発派の皆さんは、こうも近視眼なのかと思いますよ。

たぶんこの人たちは、規制委員会のトップに坂本龍一氏のような音楽家になってほしかったのでしょうね。

Photo
さて、日本の原子力規制庁とあらゆる意味で対照的なのがフランスです。  

フランス原子力委員院長はラコスト氏ですが、彼は「フランスでもっとも怖い男」と言われているそうです。上の写真のいかにもガンコそうな親父が、アンドレ・ラコスト委員長です。

首相に対してもまったく物おじせずに正論を吐くので、脱原発派からも一目置かれている人物です。  

Photo_2http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=14-05-02-03

ラコスト氏はフランスの理系の最高学府である国立理工科学院(ポリテクニック)を卒業後一貫して原子力畑を歩み、原子力安全施設(DSIN)や独立機関になる前のASNの責任者をつとめました。  

ラコスト氏は原子力の専門家としてフランス原子力庁や、原発所有者のフランス電力公社からの独立を訴え続け、2006年に法令によって独立を勝ち得た後は初代院委員長に就任しました。  

ASNは福島事故直後の3月12日に仏政府より早く声明を出し、同月23日には早くも「仏全土の全原発の安全性に対する監査」を実施しています。  

同時期に日本の原子力安全委員会の斑目春樹委員長が、菅首相から連日子供のように叱り飛ばされてうろたえていたのとは対照的です。

安全委員会が内閣の顧問組織だからしかたがなかったというのが斑目氏の言い訳ですが、それにしてもこの人のダメぶりはひどかった。 
※斑目さんの爆笑漫画はこちらから。この人妙な才能があったんだとびっくり。特に事故マンガは抱腹絶倒。http://ponpo.jp/madarame/lec5/list.html

おそらくフランスで福島事故と同様の事故が起きた場合、ASNは政府とはまったく独立した判断をしたうえで、即時に事故対策を「命令」したことでしょう。  

もちろん政府にです。ASNは政府からあごで使われる組織ではなく、政府に命令できる権限を持つ独立機関だからです。  

ですから、菅首相のように外部者からの意見に左右されて、事故現場の指揮に直接介入するなどという国を滅ぼしかねない蛮行は、フランスではやりたくてもできません。 

もし首相がそのようなまねをしたら、ラコスト委員長から、「閣下、原子力事故において、素人に出番はありません。閣下ができるのは、現場への弁当の差し入れと責任をとること程度です。誰か閣下を部屋の外にお連れ申せ」と一喝されたことでしょう。

ましてや、一介の地裁が、「仮処分」命令で運転停止などしようものなら、 ラコスト氏の「大バカヤロー」という雷が落ちることは必定です。

というか、そんなことが出来る余地など、フランスにはそもそもありません。

わが国の福島事故の悲劇は、ASNのような独立した原子力規制機関がなかったこともさることながら、ひとりのラコスト委員長もいなかったことでしょう。  

このように「監視規制機関の独立性」ということをキイワードにしてフランスと日本の原子力規制行政を比較すると、わが国は福島事故を学んでおらず、おざなりの改革でお茶を濁してしまったことがはっきりと分かります。

山本裁判官、あなたのやったことは、原子力行政の安全に寄与したのではなく、規制委員会の独立性を侵犯したことで、かえって安全性を揺るがしたのです。

罪深いことだと思いませんか。  

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大津地裁運転差し止め判決 その2 電力会社は今後の抑止のために損害賠償訴訟をすべきだ

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一昨日の記事に対して、名無し氏からもらったコメントは、このようなものでした。

「立法も行政もあまりにもめちゃくちゃだから仕方なく司法がとりあえずなんとかしてやった、というが正確です。」  

まぁ、こういうコメントが来るだろうとは思っていました。たぶん反原発派の方でしょうが、私の言ったことが、この人たちの祝杯に墨汁を垂らしてしまったようです。 

ならば大津地裁は「とりあえずなんとかして」くれたわけですが、それはあくまで「とりあえず」なんで、次の審理で覆えるまでの一時の「意趣返し」ってわけですか。

しかしその代償は大きいですよ。関西電力の原発停止による1日5億5千万円(九電)といわれる損害と、それによる管内の電気料金値下げの中止です。

私は、このような「基準外的圧力」による原発停止に対しては、電力会社はその失われた損失の対価を原告団に請求すべきだと思っています。

これはたんなるシッペ返しではありません。「仮処分」は本来、このような時に使用されるべき民法上の概念ではないからです。

「仮処分とは、債権者からの申立てにより、民事保全法に基づいて裁判所 が決定する暫定的処置である。」(Wikipedia)

つまり、「仮処分」とは、民法上の権利に関する紛争のことで、金銭債権者が倒産しそうな債務者の財産を、急いで差し押さえる時になど使われる法律です。

なんだ仮処分というから仰々しいですが、なんのことはない、倒産、夜逃げ、ローン破産などで使ってきた法律なのですよ。

しかも正式な判決による強制執行(差し押さえ)が行われるまでの、緊急、かつ暫定的なもので、正式なものが出たら消滅します。

だから「仮」という字が被っているわけですね。これが一義的な仮処分です。

かつてサラ金などが乱発していた法律です。こんなものを公共エネルギーの運転の中止に使おうという根性がまちがっています。

もうひとつ二義的意味に、「紛争によって債権者に生じる現在の危険や不安を取り除くための、仮の地位を定める仮処分」(知恵蔵)があります。

どうやら、今回の市民団体は後者の「債権者に生じる危険や不安の除去」を使ったようです。

Photo福井から原発を止める裁判の会サイトより  http://adieunpp.com/

いずれにしても、仮処分の法の本旨から大きくはずれた拡大解釈です。

もし、このような恣意的な拡大解釈による仮処分で、政府、あるいは行政機関の行政判断や執行に横やりを入れられるなら、なんでもできちゃいます。

たとえば、辺野古移設工事停止仮処分なんかやればできそうですし、なんなら沖縄米軍基地使用差し止め仮処分、安倍首相執務執行差し止め仮処分なんかも可能かもしれません。

もっとも、カウンターで政府から、翁長知事執務停止仮処分とか、共産党活動差し止め仮処分なんかでてくるかもしれませんが(冗談)。

沖縄地裁に、山本氏や樋口氏みたいな法匪判事がいさえすれば、案外、仮処分がもらえるかもしれませんからやってみたらいかがでしょか。

誰が地裁の人事権者かしりませんが、お願いですから、こういうトンデモ裁判官を、原発や米軍基地がある県に派遣しないで下さい。

なにせ原告らが、自分の脳内地獄によって「生じる危険や不安の除去せよ」って言い出せば、人権保護を理由に差し止めが可能かもしれないのですから、ある意味、超法規的です。

「オレがコワイから人格権を認めろ。差し止めだ」では、なんのために膨大な時間をかけた安全基準審査があったのか、そもそもなんで規制委員会が存在し、安全基準ができたのか、まったく無意味になります。

こういう人たちが、今回の大津地裁判決で味をしめてしまったのですから、ひじょうにコワイ。

ですから、ぜひ関西電力はこの原告団に対して、断固として損害賠償請求をするべきなのです。

この「市民」グループは、十数人らしいですから、ひとりほんの数千万ていど払えばいいだけですよ。

これは、今後同じ「法の名の下の無法」を封じる抑止として有効になります。

全国の原発訴訟をまとめた脱原発弁護団全国連絡会という組織がありますが、それによれば、福島事故の後に39の訴訟が提訴されています。

内容的には大同小異で、以下の3点です。

①基準地震動を超える振動はあってはならないが、東日本大震災ではあったから安全性に疑問があるという基準地震動論。
②冷却装置の破損の可能性。壊れないとはいえないというゼロロリスク論。
③「原発は危険だから怖い」という感情論。個人利益の保護の観点から裁判所は直接的に危険性の有無を判断できるという「人格権」。

以上ですが、どれもこれもうりふたつ。まるで金太郎飴のようにどこを切っても同じ論理がでてきます。

それもそのはず。出所はメディアにひんぱんに登場する左翼文化人、マスコミ左翼、自称研究者、脱原発弁護団の弁護士などで、彼らはどこの裁判にも登場します。

この人たちがいわばイデオロギー装置で、同じことを発信して各地に原告団を作っているようです。

だから異様に同じ内容の原告の訴訟内容と、これまたそれに対応したかのような異様に同じ判決文が出てくることになります。

また、共産党は表立って出てきませんが、これらの人の多くはその支持者です。

こうした反原発訴訟に対して、九州電力は去年4月に結果が出た川内原発をめぐる訴訟において、申立人23人に本訴で原告の市民団体側が敗訴した場合に、再稼働が遅れたことで「1日5億5400万円の損害を被る」として、地裁に申立人に賠償に備えた「妥当な金額」の担保金を積み立てることを求めました。

それを警戒し、訴訟から下りる人が10名出ました。この人たちは、「意趣返し」はタダではないことに、やっと気がついたようです。

個人の安全・安心を言い立てるのは自由ですが、政府や規制委員会のような行政、あるいは電力会社のような公共事業体の役割は、社会の最大限利益を守ることであって、個々人の安全・安心ではありません。

経済的に巨大な損害を被る電力会社にとって、規制委員会の安全基準に合格していた原発を動かすのは、公共事業体として当然の社会的責務であり、通常の経済行為です。

しかも扱うものが公共エネルギーであるために、今回のように停止させられた場合の損害は、管内の電力消費者すべてが被ってしまいます。

この春に予定されていた関西電力の電気料金値下げも、中止に追い込まれました。管内の事業者や市民は、この原告団に対して損害賠償請求したらいかがですか。

ですから、個人の安全・安心を対置して妨害する勢力からの救済を求めて、電力会社が裁判制度を利用するのもまた、あたりまえなのです。

裁判制度を使って「実力阻止」を試みる以上、電力会社が同じく裁判制度を使ってそれを阻止するのは、当然のカウンターなのです。 

関西電力は、今回も多くの不手際を残して裁判所の心証を悪くしています。少しは罪滅ぼしとして、今後同じ手口を使われないような法的措置を取るべきです。

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大津地裁運転差し止め判決 その1 山本裁判官の「法の名の下の無法」

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今回の大津地裁の差し止め判決が出ました。大変に問題がある判決です。判決内容をご存じの方は引用以下からお読みください。

「関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町)は安全性が確保されていないとして、滋賀県の住民29人が再稼働差し止めを求めた仮処分申請で、大津地裁は9日、関電に運転差し止めを命じる決定を出した。山本善彦裁判長は「過酷事故対策などに危惧すべき点があるのに、安全性の確保について関電は主張や証明を尽くしていない」と判断した。仮処分決定は直ちに効力が生じるため、関電は運転中の3号機を10日に停止させる。
 高浜3、4号機の差し止め決定は昨年4月の福井地裁に続き2件目。運転中の原発を止める仮処分決定は初めて。
 関電は決定を不服とし、異議と執行停止を申し立てる。3号機は10日午前10時から出力を落とす作業を始め、同日午後8時に停止する予定。
 山本裁判長は決定で「東京電力福島第1原発事故の原因究明は道半ばだ」と指摘。事故を踏まえた新規制基準の過酷事故対策について、「関電の主張や証明の程度では、新規制基準や(原子力規制委員会が審査で与えた)設置変更許可が、直ちに公共の安寧の基礎になると考えることをためらわざるを得ない」と述べた。 (時事3月9日)

これを原告団は「画期的判決」などと歓喜していましたが、確かに「画期的」なことには違いありません。

Photo_2http://news.ameba.jp/20160309-632/

原告団がたいそうお喜びなところを、水を差して申し訳ないのですが、いいでしょうか、落ち着いて考えてみて下さい。 

そんなに手放しで喜べることか、どうか。 

上級審は保守的だから覆るさ、という人がいますが、そういうことではありません。 

仮に下級審の裁判官が別の人で、その人がこの山本善彦裁判官や、かつての樋口英明 裁判官のような反原発思想を持たない場合、どうなります? 

規制委員会は活断層に注目していて、それを再稼働承認の指標にしていることは、ご存じの通りですね。 

その是非は置いて、敦賀や志賀原発の下に活断層があることは間違いありません。 

規制委員会が、この活断層を理由に再稼働停止を命令したとします。 

これは原子力規制委員会の行政権限による正当な行政行為です。 

これに対して、電力会社が猛然と抗議し、地裁に行政措置取り消しの仮処分申請を出すかもしれません。

たまたまその担当判事が、モーレツな原発推進派で、彼は「オレは断固としてこんな理不尽な再稼働禁止なんか、認めないゾ。ファック、規制委員会!」と秘かに思っていた人物だとします。 

彼はたった4回の審理で、ろくに専門家も呼ばず、安全基準の検証などきれいさっぱりスルーして、出した判決はこうでした。 

①安全基準は地震について不必要に厳しすぎて合理性を欠き、適合しなくても安全性は確保される。
②安全の立証は電力会社にあるが、電力会社はその立証責任を果たしていると認める。
③電力会社の主張及び疎明のていどは、新規制基準及び本件原発に係わる設置許可は、直ちに公共の安寧の基礎を脅かすとは考えられない。
④耐震性能に関しては、当裁判所には充分な資料が届けられていると認める。
⑤大規模な津波が発生するとする科学的根拠は疑問なしとはいえない。
⑥避難計画は充分に練りあげられており、自治体との連携も信頼に足りる。

Photo_3http://www.asahi.com/topics/word/%E5%A4%A7%E6%B4%A... 樋口判決に喜ぶ原告団

気きづきになりましたか。この架空判決は、大津地裁山本判決をそっくりそのまま裏返したパロディです。
※大津地裁判決はこちらから。
http://www.nonukesshiga.jp/wp-content/uploads/e9782c2ea5fefaea7c02afd880dd3bfc.pdf
http://www.nonukesshiga.jp/wp-content/uploads/b6c5742c4f89061d95ceb8a0675877e2.pdf

ね、おかしいでしょう。裁判官の思想の色合いごとに、原発は動いたり、止まったりするもんなのでしょうか。 

どこがおかしいのかと言えば、本来、原子力安全行政の権限を持つはずの原子力規制委員会や規制基準の頭越しに、裁判所が原発の運転の是非を決めていることです。 

これでは、まるで原発の再稼働権限は、ただの裁判官の個性や思想に左右される属人的なものになってしまいます。 

今回、山本裁判官がやったことは、再稼働について唯一権限を与えられた行政機関の規制委員会の決定を、地裁が簡単に覆したことです。 

規制委員会の決定は、政府はおろか、国会ですら取り消せません。それをただの地裁が、短期の審理で覆したのですから、確かに「画期的」ではあります。

福島事故の時の、素人政治家の事故処理介入による混乱を反省して、政府は任命権者であっても、指導することはできない独立した機関を作ったのです。

それをなぜ下級審の一裁判官が、いとも簡単にできてしまうのでしょうか。このような行為を、越権行為、あるいは「法の名の下の無法」と呼びます。

山本裁判官は、規制委の独立性を侵害することで、せっかく出来た福島事故以降の大事な総括をひねり潰したのです。 

ですから、山本裁判官にとっては、規制委員会の新安全基準など「緩やかにすぎて合理性を欠き、適合しても安全性は確保されていない」と簡単に退けてしまっています。 

おいおい、なんという素人のゴーマンさだ。 あきれてものが言えない。

原子炉の専門家が営々と2年3カ月間かけて10万ページに及ぶ審査をしたものを、素人でしかない裁判官がたった4回の審理で全て「理解」し、「全否定」して、もう一度やり直せとでもいうのでしょうか。

これなら、安全基準もその審査もいりません。初めから山本裁判官がひとりいればいいのです。

規制委員会も必要ありません。全部、地裁だけでやりなさい。

Photo_6http://www.datsugenpatsu.org/bengodan/news/15-04-2... 川内原発訴訟判決に怒る原告団

ではここで、別な裁判所の意見も聞いてみましょう。

同じく川内原発の再稼働差し止め訴訟を持ち込まれた鹿児島地裁はこう判決文で述べています。

「専門的知見を有する原子力規制委員会が相当期間、多数回の審議を行うなどして定めたもの」で、「最新の調査・研究を踏まえており、内容に不合理な点は認められない」

「安全基準の適否など裁判所が判断すべきではなく、規制委員会の判断に任せるべきことだ」と言っているのです。

あまりに常識的で、逆になんでこんな簡単なことが山本裁判官にわからないのか不思議なほどです。

実はこの鹿児島地裁は、最高裁判決に準拠しています。

最高裁は既に、原発稼働についての司法権限について判断を下しています。 

それが1992年の四国電力伊方原発の原子炉設置許可取り消しを求めた訴訟です。

ここで最高裁は、訴えを退けてこう述べています。

「裁判所の審理、判断は、原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてされた被告行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきである」

例によってまわりくどい法律的表現ですが、こういうことです。

裁判所の判断は、当該の行政機関の判断が正しくなされたかどうかを判断するだけなのですよ、ということです。

別な箇所で、最高裁はこうも言っています。

「現在の科学技術水準に照らし、(略)調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があり、被告行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には、被告行政庁の判断に不合理な点があるものとして、(略)違法と解すべきである」

市民語に翻訳します。行政機関の判断が違法だと言える場合とは、調査や審議のプロセスで著しい過誤があった場合だけです、ということです。

この伊方判決について反原発派は、「現在の科学技術水準」を超えた事態が起きたのが福島事故だったんだから、伊方判決なんかダメだと批判しているようです。

すいません。別次元の話を混同しています。

最高裁が言っているのは、司法の権限の及ぶ範囲の話で、科学技術水準の知見ではありません。ゴッチャにしないで下さい。

当然、科学的知見は将来さらに拡大するでしょう。しかし、それは司法がうんぬんできることではなく、あくまでも専門家たちが考えて、規制委員会という行政機関が判断すべきことなのです。

しょせん、法律だけしか勉強してこなかった専門バカ、失礼、世間知らずの裁判官にそんな「現代科学技術水準」などとやかく言う資格はないのです。

裁判官ができるのは、最高裁が言うように、「専門機関の審議の過誤」だけにすぎません。

どういうわけか、弁護士とか裁判官という種族は、よほど自分が賢いと思っているのか、何にでもエラソーにくちばしを突っ込みたがる悪癖があります。

今回でいえば、規制委員会の安全規制基準が緩いかどうかなど、誰も聞いていません。

あくまでも司法に可能なことは、規制委員会の審議に過誤かあったかどうか、というプロセスに対する判断です。

裁判は属人主義であってはなりません。あくまでも司法が判断できる範囲をキチンと定めて、その範囲内での判断に徹するべきです。

さもないと、反・反原発の裁判官が出ると、いくら危険な原発なので規制委員会がノーと宣告しても、裁判官の一存で自由に動かせることになってしまうからです。

原告団の皆さん、裁判官が替わるごとに「司法は生きていた」と感涙したかと思えば、「私たちは屈しない」と怒ったりしなければならないわけで、これでは身体が持ちませんよ。

■今日は、ウインドウズのアップデートが突然行われて再稼働、じゃなかった再起動。3部の2まで書いていた原稿が一瞬でパー。むごい!

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ケーススタディ・ドイツ 自由化をしたら独占が強化されてしまった

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ドイツの脱原発政策が、何を生み、何をもたらしたのかについては、そのうちしっかりとやります。たぶん1週間くらいでは終わらないボリュームがあります。 

今回は、電力自由化にだけ絞って見ていきます。 

何かにつけわが国の反原発派と構造改革派、そして不勉強なマスコミは、安易に「ドイツに学べ」と言うのが、習い性になっているようですが、そうとうに事情は違います。 

まず第1に、ドイツはヨーロッパ広域送電網の一角にあることです。「欧州広域連携系統」(UCTE)といいます。 

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これは日本との決定的違いで、この広域送電網があるために、メルケルの脱原発政策による発電量の減少や不安定を、随時電力を輸入することでカバーすることができました。 

まぁ、うちの国でも広域送電網は、孫正義さんなどが提唱していましたっけね。韓国の電気が逆ザヤで、政府が政策的に安くしているからです。

外国の税金使って安い電気を買うという発想が、いかにもあの人のフリーライド体質を表しています。 ま、いいか。

しかし、かの国と送電網などを結ぶと、「軍艦島の強制連行を謝罪しないと、電気を切るゾ」と脅かされるかもしれませんがね。 

しかし、コリアのしつこさこそ、世界文化遺産だね(苦笑)。

第2に、ドイツにとって、電力自由化はEUの方針で抵抗できないことです。

EUは、域内を「一国」とみなしますから、ドイツだけ得手勝手な自国の都合を押し通すことができません。 

そのために、ドイツの電力自由化は、「ブリュッセルの官僚」たちと皮肉を込めて言われるEU委員会の命令に基づいていす。 

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これによって、ドイツの電力業界は、参入を求めて来る外国の電力会社との熾烈な争いに突入することになりました。 

日本で言えば、自由化をしたら経営のぐらついた電力会社の発電所と小売りのおいしい部分を、ごっそりとあのエンロンが買っていったというようなものです。おー、コワ。

実際、エンロンは、日本法人を立ち上げて、参入計画まで作っていたと言います。 

しかし一方、似た部分もあります。それは電力の歴史がよく似ているからです。 

ドイツでは戦前の地域ごとに別れて多数あった電力会社が、ナチス政権による1939年の「エネルギー経済法」によって地域独占に統合され、第2次大戦前夜に総力戦に備えていっそう電力会社の独占が保護されいった歴史があります。 

軍需工場をフル稼働するには、電力の安定供給が必須だったからです。  

平和になった戦後も、いったん作られた電力制度は、それなりに堅牢で安定していたために、逆に強化さてしまいました。 

ドイツの場合、西ドイツは1957年に電力会社の地域独占を守るために「競争制限禁止法」という法律を作って、以後39年間もその態勢を維持してきました。 

東ドイツは、共産主義なのですから、あたりまえに国家の一元的独占です。  

日本の場合、戦前の自由市場市場が統合されて戦時電力会社になり、戦後に9電力会社に分割されたという歴史の流れですから、ここまではそっくりです。

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ここからが違います。1996年12月にEU指令96/92号「電力単一市場に関する共通規則」が出て、ドイツはそれまでの電力会社10社による地域独占体制を廃止せざるをえなくなりました。  

これは価格カルテルや地域棲み分けをなくすだけではなく、「よそ者」に自分の会社の送電網を使わせねばならないという電力会社からすれば「屈辱的」な内容を含んでいました。 

そして2年後の1998年に、早くもライプチヒで電力自由市場が生まれています。これにより電力取引は自由化されるはずですが、そうは問屋が卸しませんでした。

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というのは、大手電力会社は、それまでの地域独占を取り消されたことを逆手に取って、逆に買収と合併に走ったからです。

なぜでしょうか?  それは自由化とは、自国市場内部のみならず、競争は外国のそれとのバトルでもあるのです。

事実ドイツは、電力市場解禁をしたとたんに、外国の電気会社勢力との激しい競争にさらされることになります。 

バッテンフォール・ヨーロッパのように、北欧の電力大国スウェーデンの電力会社に買収される会社まで現れたりします。

しかしこのことがかえって、電力安定供給の守護神であるドイツ電力会社の闘志に火を点けたようです。彼らは今までの縄張り意識を捨てて、経営統合を図ります。  

結局、2011年段階で国内発電量の83%が整理統合され、4社の寡占になってしまう皮肉な現象が起きてしまいます。

結局、これでは電力自由化だか、電力の独占強化だか分からない、ということになってしまいました。

怒った「ブリュッセルの官僚」たちから、「いちばん自由化の遅れたドイツ」という警告までもらう始末です。

また電力自由化に伴って、雨後の竹の子のように登場した再エネを中心とした新電力会社(PPS)や、企業の剰余電力の売電も行われるようになりましたが、これも競争のふるいにかけられていきます。

ドイツでは新規参入した発電会社は、1998年の「改革」開始から7年間で、100社からわずか6社にまで減ってしまいました。

なんとPPSは、たった6%しか生き残らなかったのです。

ここで登場したのが、2000年のシュレイダー政権による悪名高きFIT(固定全量買い上げ制)です。日本の再エネ法はこのパクリです。

これがいかにメチャクチャな電気料金値上げや、北海から南部までの新規送電網建設による財政負担など、新たな問題をまき散らしたのかについては、別稿でふれることにします。

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結局、電力自由化と脱原発を同時に遂行するというアブナイ政策によって、ドイツは自由化の恩恵を享受したのでしょうか。

競争メカニズムが健全に働いているかどうかの目安に、大口需要者(企業向け)の電気購入先の切り換えがありますが、英国、ノルウエイなどの諸国の平均は50%以上なのに対して、ドイツはわずか6%にすぎません。  

またもうひとつの競争指標である電力料金は、大口需要者料金が2004年調べでEU平均がメガワット当たり58ユーロなのに対して、ドイツは69ユーロ(6900円)で、ヨーロッパ一高い料金となってしまいました。

このように結果として、ドイツは電力自由化をしましたが、新電力会社(PPS)は伸びず、電力料金は脱原発の影響をモロに受けて2倍になり、肝心の電力会社の独占はかえって強化されることになってしまいました。

結局このドイツの場合、電力自由化がかえって電力会社の危機感を募らせて買収・統合に走らせ、かえって独占が強化されてしまった「逆走事例」といってよいでしょう。  

わが国でも似たようなケースは想定できます。現在わが国の9電力会社は、原発停止による化石燃料の負担によって、どの電力会社も青息吐息です。

経営体力がある電力会社はこの際とばかりに、弱小電力会社のシェアを奪いにかかるかもしれません。

既に関西電力と、東電の新規事業などの乗合が進んでいます。本格的な自由化となれば、どのような再編が起きるか予断を許しません。

おそらく、多少の再稼働が認められ、化石燃料圧力が減った段階で、思い切った経営統合もありえるでしょう。

その場合、もっとも儲からず、しかし電力事業のある意味、核心である送電網がどのようになっていくのか、注視していかねばなりません。

すると結局は、ドイツと同じように電力の自由化によって、電力9社体制から4、5社体制に独占強化されてお終いとなってしまう可能性も、大いにあり得ます。

最後に、ドイツのケースをまとめておきます。

教訓1 ドイツのように、脱原発と電力自由化という劇薬を同時に服用してはならない。
教訓2 ドイツの電力自由化はEU指令で始まった。
教訓3 ドイツは、自由化をしたつもりが、かえって独占が強化された。
教訓4 ドイツだけは見習ってはならない。70年前の帝国陸軍になるゾ。

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エンロン・ショック エネルギーインフラを性善説に任せていいのか?

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何気なく電力自由化を聞いていると、「いいじゃない、独占なんて悪いに決まっているでしょう。他の産業分野がとっくにやっているンだもん。国鉄だって、電話だってうまくいったもんね」、と思います。 

そんな簡単なことかどうか、検証していますが、まずは昨日の米国カリフォルニア州のケーススタディのおさらいをしておきます。

①電力自由化は安定供給義務からの解放。売る、売らないは、会社次第。
②再エネは自由化の攪乱要因。
③電力自由化は、電力の需給ギャップがある時にやると大火傷を起こす。

さて、カリフォルニア州では、電力自由化の結果、電力の売り買いを自由にするために電力取引所を作ることが必要でした。 

電力やガスなどを自由に売買できるようにするには、新しく電力取引所(卸売り市場)を作ることが必要でした。 

聞き慣れない言葉ですが、日本でも、日本卸電力取引所(JEPX)が既にあります。 

すべてネット上で売買され、売り手買い手は匿名。翌日に売りたい電気を、前日までに入札し、売買を成立させる大きな仮想市場です。全国どこで発電しようとも、どこで買い手がつくかも自由です。

800pxenron_complex_2(写真 エンロン本社のあるエンロン・コンプレックスの威容。テキサス州ダラス。Wikipedia)

ジャーン、では皆様ここで、スタンディング・オベーションならぬ、スタンディング・ブーイングでお迎えを。本日の主役であるエンロン社をご紹介します。
 

エンロン社は、この電力取引所を利用した巨大経済犯罪をやってのけた、全米7位、従業員数2万を誇る巨大コングロマリット(複合企業集団)です。 

後に、ハリウッド映画にもなり、エンロン・ショックとまで言われる、大スキャンダルに発展していきます。 

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エンロン社は、エネルギーの卸売り会社(エネルギー商社)で、そのシェアは米国とヨーロッパの実に2割を占めていました。 

このエンロン社のビジネスモデルは、IT上で「エンロン・オンライン」という仮想エネルギー引き市場を立ち上げて、電力、原油、天然ガス、石炭などのエネルギー商品を取引するものです。 

後に、エネルギーだけではなく、紙パルプ、鉄鋼、化成原料、タンカーや貨物船の運賃、光ファイバーケーブルの利用権、排出規制がある二酸化硫黄の排出権、世界諸都市の気温変化の先物商品などまで、取引対象としていきます。 

そもそも、この米国の電力自由化の火付け役はこのエンロン社です。

創設者でCEOケニス・レイは、米国政界に巨額献金をばらまきましたが、その中心はブッシュ父子でした。レイはブッシュ・ジュニアを通して、電力市場の規制緩和を進めていきます。

Muto01(漫画 エンロンは巨額献金の送電網で政治家を操っている。左がブッシュ、右がチェーニー。象は共和党のシンボル。奥の左がホワイトハウス、右は議会議事堂)

エンロン社が、最大の利益を上げたのは、この2000年でしたが、それはカリフォルニア州電力危機が起きたからです。そしてこの電力危機を演出したのがエンロン社です。

そのやり口はこうです。

エンロン社は、電力会社が採算不良で売却した発電所を買収します。そして、発電所を、検査中・整備中として多くを意図的に停止させました。  

さらに送電網を、実在しない送電線使用の空買いを急増させて、エンロンが押えてしまいました。  

理由は言うまでもなく、発送電の急減による、電力市場における電力価格の高騰のためです。  

まさに犯罪です。後に、エンロン社の社員の電話が暴露されますが、その中で、電気が止まって困っているお年寄りをあざ笑っています。

彼らは、この自らが火付け強盗をしているという罪の意識がないのがわかります。これもITを使った仮想現実が舞台だったからでしょうか。

エンロン社は、売り惜しみだけではなく、空売りによるデリバティブ操作と、粉飾決算も同時にしていました。

まさに資本主義の悪徳の花園ですが、上から下まで腐り切っていたようです。

こういった中で、2000年から01年まで大規模な停電と計画停電、そして電力会社の倒産が相次いで起こる事態になりました。 

その結果、州政府は慌てて、発電量を増加計画を立てたり、他州から電力を買電しようとしたりしたが、間に合わず計画停電となりました。  

当時カリフォルニアに住んでいた邦人によれば、「計画停電」といっても実態は突然停電してしまうことが頻発したそうです。  

というのは、計画停電の警告が、「停電する地域の順番は電気代の請求書に書かれた地域番号による」と説明されているだけで、そんなコードは一般消費者は知る由もなかったからです。

州政府はエンロンに相応の値段で電力供給を求めますが、エンロンはそれを拒否します。

呆れたことには、鼻薬が効いたのか、ブッシュ政権までもが、「自由市場の原則を曲げる政策をとるわけにはいかない」として支援を突っぱねるありさまです。

この国の介入の遅れで、いっそうカリフォルニアの電力危機は長引き、エンロンは肥え太ることになります。

電力危機が一段落した後、責任を追及されたカリフォルニア州政府は、エンロン社に対してスポット市場で売り惜しみをした疑いをかけ、相場を不正に操作して高騰させたとして90億ドルを返還するよう求めました。

レイCEOは、この状況を眺めて、「自由化が不十分だから危機が起きたの」だと言ってのけます。たいしたタマです。

168710601_4_2(写真 逮捕されたケニス・レイ創設者・CEO 悪相だぞ。写真の下には、カットされているが、手には手錠、腰には逃亡防止用の縄がつけてある。服も収監者用のもののようだ)

もちろん事実は真逆です。

この自由化を進めたグレイ・デービス知事はリコールでクビとなり、代わって選ばれたのが、あのアーノルド・シュワルツェネッガー氏だったという余話までついています。  

この悲惨な「世界の盟主国」の内部で起きた大停電に、この影響はカリフォルニアだけでにとどまらず、ネバダやオクラホマ、アーカンソー、ニューメキシコ、モンタナなどの他州の電力自由化をストップさせることになりました。

海を越えて、第1次電力自由化をするつもりだった日本の経済産業省内・改革派官僚たちも、涙を呑んでいったん引かざるを得なくなります。

彼らの野望が復活したのは、実に10年後の福島事故の後のことでした。

なお、2001年6月、エンロン社は粉飾決算がバレて、倒産に追い込まれます。米国史上最大の倒産でした。これをエンロン・ショックと呼ぶそうです。

自由化とは、このように自由競争をおのれの暴利のために悪用する者がいない、という性善説の上に成り立っています。 

しかし、現実には、作為的発電量の削減、電力取引所に対する売り惜しみ、小売りの買い占めなどによって、自由に電力供給量と価格を操作することが可能です。

それを証明したのが、このカリフォルニア電力危機でした。

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ケーススタディ米国 大停電は電力自由化の後に来る

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電力自由化をやれば、電気は安くなり、原発はゼロになり、再エネは自由に参入できるので原発の代替になれる、そう反原発運動と構造改革派は主張しています。 

経済産業省は、電力10社の発電・送配電・小売の事業部門を分離分割して、電気料金規制を全廃したりする電力全面自由化を進めています。 

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開放される電力市場は7.5兆円やで!参ったかぁ、どや、すごいビジネスチャンスやろう(←なぜか河内弁)、というのが、今や電力自由化派になった自民党の言い分のようです。

下は経産省の掲げるバラ色の未来ですが、反原発派と違うのは、原発ゼロの部分だけで、だいたい同じです。 
  1. 家庭でも電力会社を選べるようになります。 
  2. どんな電気を使うか、自分で決められるようになります。 
  3. 電気代を少しでも安く。 
  4. 我慢の節電から、ライフスタイルに合わせた節電へ。 
  5. 企業にとっても電気の選択肢が増えます。 
  6. 60年ぶりの抜本改革は地域に新しい産業を創出し、雇用を生み出します。 
  7. 新しい電気事業者のチャンスが膨らみます。 
  8. 消費者目線の電力ビジネスも広がります。

これを読むと、どうもこの「電力システム改革」は、「電源選択の自由」と新規ビジネスチャンスが売り物のようです。 

  • さすがに経産省は「原発ゼロ」とは言えないので、「原発が混じった電気がイヤなら、再エネも選べますよ」と言いたいようです。
  •  
  • ひょっとして、これは原発再稼働した場合のいい訳なのかと勘繰りたくなりますが、わざわざそのために、うまくいっていた現行制度をぶっ壊すというのですから、お前大丈夫かとおでこに手をあてたくなります。
  • というのは、電力自由化が必ず失敗する条件というのがあります。
  • では、その電力自由化失敗の宝庫、米国の場合を検証してみましょう。 

    米国では、時代背景として、インフラの自由化が驀進中でした。

    航空、鉄道、通信といった産業での規制緩和・自由化が価格の低下や市場の拡大をもたらしたと総括されて、次は電気事業の自由化だというのが、当時の米国の自然な流れだったようです。

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    そこにレーガノミックスの信奉者で、構造改革派のグレイ・デービス・カリフォルニア州知事が、電力自由化に元気よく手を上げたわけです。

    そして州知事の大号令で、人口3400万、GDP比15%、ITや航空宇宙機産業などの先端産業を有する米国最大の州のカリフォルニアは、先陣を切って1998年4月に電力市場の完全自由化をスタートさせました。

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    (図 エネルギー未来技術フォーラム 「電力自由化時代の電気事業」)

    では、そのカリフォルニア州の電力自由化を検証してみましょう。カリフォルニア州のケースには、電力自由化以後、必ず発生しそうなことがたっぷり詰まっています。 

    カリフォルニア州は、電力自由化からわずか2年たらずの2000年に、大規模ブラックアウト(停電)を引き起こしています。

    そして以後、1年間に渡って慢性的電力不足と計画停電を続けて、カリフォルニア州社会と経済に大打撃を与えました。

    ちなみにわが国の、東日本大震災における電気の復旧は、50%復旧まで1日、90%まで4日間でした。

    おそらく、この規模の災害で世界最速でしょう。いかに堅牢な発送電構造を持っているかわかります。

    それはさておき、大震災があったわけでもないのに、米国の大停電の原因はこのようなものでした。  

    電力自由化は、うたい文句では、自由化により、新たな発電所が建設され、発電所間の競争が激化し、電力の値段が下がり、サービスが向上するはずでした。 特に再エネ発電所が期待されていました。

    しかしその「はず」は、現実にはなりませんでした。今までと違って、州政府と、電力会社が長い時間をかけて建設計画を煮詰めるのではなく、全部それを民間に丸投げしたからです。

    ところが、丸投げされた方の民間は、電力供給義務から解放されています。今まで電力の安定供給こそが至上命題だったのが、自社の都合で出来るように変わったのです。

    ここが電力自由化の最大のポイントです。今までと違って、電力会社は地域独占を放棄する代わりに、電力を送ろうと送るまいと自由になってしまうのです。

    第2に、再エネ導入を電力自由化の縛りにすると、発電コストの上昇によって、発電業者の忌避が起きることです。

    これがどんな恐ろしいことなのか、カリフォルニア市民たちも、すぐに気がつくことになります。 

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    カリフォルニア州は、環境意識が高い州です。そのために環境負荷の少ない電源を、電力会社に一定割合で購入することを義務づけていました。  

    また、発電所も他の州より厳しい環境基準が設けられていました。

    すると、このような州が定める高コストの再エネや、環境設置基準を嫌って、発電所の経営をあきらめる業者が続出しました。  

    これは、小売りが自由化されなかったために、利益が出るどころか逆ザヤになってしまったためです。 

    また、発電業者はライセンスだけ持って、余剰電力市場から電気を購入する道を選びました。  

    カリフォルニア州ならば、オレゴン州からの雪解け水の水力発電を買うということにしていたのですが、運悪く2000年冬のオレゴン州、ワシントン州の降雪量が例年をはるかに下回って、翌年の余剰電力市場が逼迫してしまったのです。  

    すると、当然のこととして発電量は減少していきます。そこに、あろうことか空前のITバブルがカリフォルニアを襲って、重要が急増したのですからたまりません。  

    しかも悪いときには悪いことが重なるもので、2000年夏は猛暑が襲い、天然ガスの輸入までもが高値になる始末です。  

    ここに恐ろしいばかりの、電力の需給ギャップが生じたわけです。

    はい、ここで3番目の電力自由化失敗のポイントが出ました。

    電力自由化という電源インフラをイヤでも不安定にするような手術は、電力事情が悪い時にやるな、ということです。

    次に4番目として、当時のカリフォルニアのように、ITバブルの好景気で電力需要が急増している時には、絶対に避けろ、ということです。

    これは、原発ゼロのためにギリギリで電力供給をしている状況であり、ようやく2万円台につけるような景気回復の芽が強くなった、現在の日本の状況と酷似しています。

    こんな時期に大手術をすると、カリフォルニア大停電のようになる可能性がある、ということです。手術成功、患者重体、という悪い冗談のようなことになりかねません。

    そして、ここにとんでもない悪徳会社が現れました。あの悪名高きエンロン社です。

    名前からしてハリウッド映画に出でくる悪徳会社みたいですが、実際ハリウッドは電力危機でエライ眼にあったので、ほんとうに関係あるのかもしれませんね(笑)。  

    エンロン社は、電力業界の盲点を突いて映画もどきの悪事に走りました。

    それについては長くなりそうなので、次回に。

     

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