中国大気汚染黙示録 その5 石油派vs環境派 最強・最弱対決
PM2.5問題は、ただの大気汚染ではなく、現在、中国社会が抱えている諸問題の縮図のようになってしまっています。
PM2.5の原因は、北京市環境局の発表によれば、3分の2は石炭燃焼と自動車の排気ガスからです。
北京市は、セントラルヒーティングが供給されています。戸別の暖房が大半を占める日本と違って、中国はかなり初期からソ連式の地域セントラルヒーティング方式を取り入れてきました。
大げさに言えば、国が供給するセントラルヒーティングは、「国の威信」そのもので、毎年、習近平はセントラルヒーティングの国有企業を視察しては、「諸君らのおかげで冬を乗り切れるのだぁ。諸君は英雄だ」くらいのことは言っているようです。
北京を始め中国の大都市近郊には、1990年代以来の高度成長で続々とベッドタウンが出現していますが、そこにも家庭にはストーブがなく、一括して地域ボイラーセンターがスチームを供給しています。
中国に来たばかりの日本人は、「うわー、なんて進歩しているの」と思う人も多いようです。いかにも「美しく誤解する」のが得意の、日本人らしい誤解です。
「進歩している」というより、都市部ですら安定的に温源を確保できない人が多かったために、国が提供しただけの話が始まりです。
当時、中国はバリバリの社会主義国だったせいもあって、ソ連とか東独をまねたようです。
元祖のソ連では、革命初期に、指導者は「電化と温水供給が社会主義だ」と叫んでいた時期もあるくらいです。
元々、マルクス学説は剰余価値学説に立つために、労働がすべての価値の源泉だと考えますから、半面その労働の廃棄物としての「環境」という概念はどこにも位置づけしようがありませんでした。
それもあってか、マルクス主義の体系には「環境」というが概念そのものが欠落しており、中国のみならずすべての社会主義国は環境問題自体について、「考えたこはもなかった」というのが本音だったのです。
ですから、自由主義に復活したあとの東欧諸国は、社会主義時代の環境汚物の処分に今も祟られています。
それはさておき、こういうボイラーセンターで使用する石炭が問題です。ご想像どおり、質の悪い硫黄分の多い褐炭か、さらには泥炭が大量に使用されています。
これらは、多くの汚染物質を排出しますが、多くはそのまま無処理で排気しています。
北京市人口は2012年末現在で2000万人を突破していますから、そこで使用される石炭量はハンパではなく、周辺地域の工場の使用量と並ぶほどだといわれています。
大気汚染を問題視した北京市は、2012年に、市内の2か所のボイラー・センターを天然ガスに切り換えする工事を行いました。
しかし、その数わずかに1年で20万戸。このペースで言っても100年かかる計算です。しかも天然ガスは料金的に高くなるので、市民に必ずしも好評ではありません。
国としては2018年にロシアとの天然ガスパイプラインが結ばれるので、そこをメドにしたい考えですが、なかなか進まないようです。
首都でもこの調子ですから、地方都市などは想像するまでもありません。
というのは、地域ボイラーセンター以外に、北京市3分の1にセントラルヒーティングを供給している企業があります。
北京市熱力集団といって中国でももっとも古い企業に属し、1958年創業の巨大な国有企業グループです。
当然、言うのもヤボですが、共産党権力との強固なつながりをもっています。
この北京市熱力集団の供給エリアには、習近平や李克強がのたくっている中南海が含まれていて、軍や各国大使館も、すべて熱力集団から暖房を引いているそうです。
習が激励に来たのも、この熱力集団で、ナンのことはない、自分を温めてくれていたわけです。
暖房を供給している総面積は2億2300万㎡、送熱管の長さにして1400kmにも及ぶそうです。
東京ガスが総延長約6万㎞ですから、さすがにそれより小さいですが、規模の大きさはお分かりになると思います。
実はこの熱力集団が、市の天然ガス化の方針に反対し続けています。
さきほど述べたように2012年に北京市政府は、石炭の燃焼量を当時の年間2300万トンから、5年後の2017年に1000万トンまで減らすと決めました。
熱力集団も、エネルギー源を安い国産の低品位炭から、高いロシア産天然ガスに替えていかないといけなくなっていました。
当然、コストがグンとアップします。プラントも大幅に変更せねばなりません。料金も高くする必要があるし、いいことはなにひとつありません。
現実には、政策的に安くされている市民向け料金を値上げできない以上、熱力集団が被ってしまうことになります。
とんでもない!と熱力集団が叫んだのは言うまでもありません。
彼らからすれば、国家のエネルギー政策そのものにに関わるような大変革を、いち国有企業のオレたちに押しつけられてたまるもんか、という怒りがあります。
しかも、そもそもこの背景には、北京市熱力集団と石油国有企業との宿縁の権力闘争があるときていますから、ややっこしい。
このロシア産天然ガスを導入するという天然ガス化推進政策を作ったのは、もうひとつの汚染源であるはずのシノペックやペトロチャイナなどの石油業界なのです。
現在中国のガソリン基準は、「国4」、「国5」化という硫黄分の少ない先進国レベルのガソリンを目指していますが、遅々として進んでいません。
それもそのはず。環境基準の改正プロセスに、石油業界や自動車関連業界などの利益団体が大きく関与しているからです。
事実、「国5」ガソリン規制基準の原案づくりをリードしたのは、石油大手「中国石油化工有限会社」(シノペック)に属するシンクタンクでした。
また、中国『科学日報』(2014年1月3日)によれば、硫黄規制値の厳格化を求める環境系委員の提案も、コスト上昇や燃費性の低下を懸念する石油・自動車業界からの強い意見で握り潰されるか、あらかじめ逃げ場を作ったものに変えられてしまっています。
環境派は、今回のPM2.5の直接の原因となった発揮性有機物削減のために、より低いリード蒸気圧を主張しましたが、揮発性の低下による着火性への影響を懸念する石油・自動車派に押し切られてしまったようです。
また、原案審査に関わる専門家委員会は、いちおう環境分野の専門家もパラパラと彩りていどに紛れ込んでいますが、頑として主体は石油国有企業と、自動車国有企業のふたつから出されています。
ちなみに中国の官庁に就職する大学卒業生は、いちばん成績のいいものから順にエネギー部門から配置されて、ドンケツが環境部だそうです。
環境部は賄賂もあまり取れず、共産党権力との結びつきもないという、うま味のない職種とされています。
一方、石油エネルギー部門は、チャイナ・セブンに人を送り込むようなエリート中のエリート。
環境部vs石油・自動車業界の戦い、最弱と最強の闘争というわけで、やる前から勝敗は分かりきっていますね。
このように、環境基準の改正などは、いくら国が決めてもザル。絵に描いた餅というわけです。
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